塗装
一刀の節操があるかないかに関わらず、物事は進んでいく。
「遊んでいいっていったじゃんかぁ!」
と言いたくて言いたくて仕方がないが、雰囲気がそれを許さないのは何故だろう?
これで仕事か趣味でもあれば、それに逃げることも出来るのだろうが、董卓討伐のために袁紹軍も軍を進め、当然袁紹もそれに参加し、袁紹がいるならば一刀も動員されるわけで、馬で行軍をしているという状況ではそれも不可能だ。
その両脇に田豊と沮授が一言も喋らずに馬を進めている。
一刀のような体力のない人間が徒歩で行軍できるはずがないから。
逢紀の部屋から戻ってきた日の朝、というより昼、田豊と沮授は早速結果を確認する。
「何回したの?」
「正直にお願いします」
残念ながら、一度もやっていないとは全く信じられていない一刀である。
嘘をつける雰囲気は全くなく、正直に答えざるをえない。
「えーっと、一晩中…………かな?」
それ以来、今に至るまで二人と会話をした記憶がない。
本当に短い春だったと悲しむ一刀である。
麹義の言葉はあっても、やっぱりこの態度は辛いものがある。
早く関係を回復したいのだけど……。
「反省した?」
隣の馬上から声がする。
久しぶりに田豊の声を聞いた気がする。
「もう駄目ですからね」
反対側の馬上からも声がする。
久しぶりに沮授の声を聞いた気がする。
「うん!うん!」
二人の優しい言葉に、思わず涙してしまう一刀だった。
今回の冬の原因は、元々田豊、沮授共に認めていたことで、ちょっと一刀が程度を誤っただけだから、それほど長くなく終わったようだ。
田豊、沮授も基本的には一刀を愛しているから、時々冷却期間が入るものの、結局元の鞘に戻るのである。
こうして、3人はまた元通りの仲のよい夫婦生活を営み始める。
時々冷却期間があったほうが、春の喜びをより感じていいだろう………多分。
反董卓軍は酸棗に集結を始めている。
董卓軍の最初の砦の氾水関から数里と離れていない場所である。
実際にはもっとばらばらに進軍したようだが、一同に会さないと恋姫の話が進まないので、そうなっているのだろう。
集まってきた群雄は、錚々たるメンバー。
袁紹を始め、曹操、孫堅、袁術、公孫讃、劉備などの恋姫メンバーに加え、劉岱、橋瑁、袁遺、鮑信、孔融、陶謙などなど。
全員女かとおもいきや、そうでもないらしい。
半々くらいだろうか?
臧洪は?いました。
いつのまにやら袁紹の部下になっていた。
かなり時期が早いが。
臧洪が張超に進言しなくても、袁紹は宦官と董卓の討伐に乗り出すことにしたので、ちょっと出番が減ってしまった臧洪。
それでもまだまだ活躍の出番はあるだろう。
集結した兵力はおよそ50万人。
その二割、10万人を袁紹軍が占める。
発起人であるし、黙っていても圧倒的に巨大な勢力だから。
それでも常備軍の半分しか連れてきていないのだが。
ある程度諸侯が集まったので袁紹が最初の軍議を呼集した。
大きな天幕に諸侯が次々と集まってきている。
袁紹のお目付け役のような一刀も当然連れられてきている。
一刀は天幕に入っていく人々を眺めて、これだけの人物が一同に会する機会を得たことに感謝している。
なんて、貴重な体験だろう!と。
女性は大体恋姫仕様の雰囲気を漂わせているので、説明を受けなくても誰が誰だか凡そ想像がつく。
そんな風に諸侯を眺めていた一刀であるが、やってきた女性を見て、いきなり目を点にし、思わず叫んでいた。
「そ、孫策さん!どうして裸なんですか!」
「何?この子。どうして私のこと知っているの?」
「そんなことどうでもいいから、服を着てください!」
「失礼ねぇ。ちゃんと体は隠しているじゃない」
「ん?どうした、雪蓮。何を騒いでいるのだ?」
「冥琳、聞いて。酷いのよ」
「しゅ、周瑜さんも服着てください!!」
「何だ?どうして私の名を知っているのだ?」
一刀が見たのは、風貌からして孫策、周瑜と思われる人々。
孫策。字は伯符、真名は雪蓮。
そして、周瑜。字は公瑾、真名は冥琳。
二人とも、後に呉の国を作る中心となる人物達だ。
だが、その服が奇想天外だった。
裸にボディーペインティング。
確かに物理的に形を維持するのが難しそうな服だったとは思ったが、まさかボディーペインティングだったとは。
正確には孫策は腕のところには布で出来た袖がついているので若干布地で覆われている部分があるが、周瑜にはそれすらもなく、兎に角二人とも体は色が塗られているだけで布地で覆われている部分は皆無だ。
二人とも髪は長いので、後ろから見ればなんとか体を隠しているようにも見えるが……。
色がついているので隠している、と言い張られればそうかもしれないが、どう見ても乳首の形は明瞭だし、その、女性の大事なところも毛を剃られていて形がよく分かるほど。
一刀から見れば裸にしか見えない。
「いいから、二人とも服を着てください!
恥ずかしくないんですか?
寒くはないんですか?」
「その前にあなたの名前を教えてよ!」
「そのとおりだ。初対面なのに我等の名前を知っているとは、一体何者だ?
加えて我等を裸呼ばわり。
失礼にも程があるだろう」
一刀はほぼ裸の美女二人に攻め寄られている。
その他の人々は、何をやっているんだ?という雰囲気であまり興味を示していない。
「いや、あの、俺は……ですね、北郷一刀っていう名前で、袁紹様のところで農業指導をしているんですけど……」
しどろもどろに答える一刀。
視線は宙を漂っている。
「農業指導?なんでそんな部下がここにいるのよ?」
「そ、それはどうでもいいですから、兎に角服を着てくださいよ!
そんな格好じゃ恥ずかしいでしょ!」
「全然」
「いや、全くそのようなことはない」
「………」
流石に言葉を失ってしまった一刀である。
沈黙した一刀に、今度は孫策・周瑜の逆襲が始まる。
「だいたい、あんた何よ?
人を捕まえて裸だなんて失礼だわ!」
「そのとおりだ。全くもって失礼だ。
この姿のどこが裸だというのだ?」
「毎朝どんな衣装にするか考えるのが楽しみで、いつも絵の具を塗って一日の気分を高めているって言うのに、それを裸だって言われた気分って分かる?」
「全身ほとんど肌が露出していないではないか。
なんでそれなのに裸だといわれなくてはならぬのだ?」
どうやら、価値観が違うようで、一刀と孫策・周瑜が理解しあえることはなさそうだ。
「す、すみません。俺の勝手な思い込みでした。
そ、それはそれで立派な服でした」
心にもないことを言ってその場から逃げ出そうとする一刀だが、世の中そんなに甘くない。
「あなた、全然そんなこと思ってないでしょ?
さっきから私たちの体を全然見ようともしていないもの」
「謝れば済むという問題ではないだろう。
一軍の将や軍師を捕まえて裸だと言い放ったからにはそれなりの謝罪というものがあろう」
「そうよ。この私にそういったということは万死に値するわね」
もういたいけな少年を捕まえていたぶっているいけないお姉さん二人といった雰囲気だ。
と、そこに援軍が現れる。
「一刀く~ん、軍議はじまるよ~」
一刀を迎えに来たのは、何故か審配。
そう、あの樹梨亜那。
今回袁紹軍に同行している参謀は、田豊、沮授、審配の三人。
他は留守番。
審配は一刀を迎えにきて、その一刀に詰め寄っているいけないお姉さん達を見て目を点にしている。
一方の孫策、周瑜も声がした方向を見て目を点にしている。
最初に声を出したのは孫策だった。
「な、なに、あなた破廉恥な格好をしているのよ!
肌が丸見えじゃない!」
審配は例によってボディコンスタイル。
脚が100%見えるほどのミニスカート。
背中は丸出し。
胸も大きく開かれている。
確かに破廉恥ではあるが、この孫策に言われるのも……
「あなたにいわれたくはないわよ。
あなたこそ裸じゃない!」
「そうですよねぇ」
一刀もようやく自分と同じ考えの人間に会えて勢いを取り戻してきた。
「裸とは失敬な。
全身絵の具を塗っているから裸ではないだろう。
お前こそ肌の露出が多すぎる。
恥を知るべきだ」
「絵の具塗ればいいってものじゃないでしょ!
乳首だってあそこだって形がわかるじゃない!」
「形はわかっても色はわからないわよ!
あなたこそ、隠しているところが殆どなくて裸じゃない!」
「見せるところは見せて隠すところは隠すのがいいのよ!
そんな絵の具は邪道だわ」
「なんですって!
あなたのそんなだらしのない服こそ邪道よ!」
と、昔の田豊、逢紀、審配の喧嘩もこんなようだったのかと思われるほどに下らないレベルの喧嘩をしているところに救世主が現れる。
「お姉様、そろそろ軍議が始まります。
天幕に参りましょう」
一刀が声の方を見てみると、孫権の雰囲気の女性。
孫権。字が仲謀、真名が蓮華。
服は普通!
呉陣営になる人々が全員ボディーペインティングというわけではないようだ。
「ねえ、聞いて!蓮華!
この破廉恥な女、私たちのこと裸だって言うのよ!」
「孫権さん、体に絵の具を塗っただけでは恥ずかしいですよね!」
孫策と一刀が畳み掛けるように孫権に質問する。
孫権は4人の様子を見て、
「お姉様たちには普通の服を着るようにお願いしているのですが……」
「オーホホホ。やはり絵の具は変態ですわ」
審配は樹梨扇を動かしながら満足そうだ。
「そちらの方も同じ位破廉恥です」
と答える。
「「「なんですってーー!!」」」
孫策、周瑜、審配の声が揃う。
「蓮華、この女と同じくらい破廉恥ってどういうことよ!」
「聞き捨てならんな」
「訂正して欲しいわ。こんな変態とは違うと」
と、ぎゃあぎゃあクレームをつける女たちの声を、孫権は最初は静かに聞いていたが、そのうち額に青筋が現れ、ぷるぷると震え始めると、
「黙れ」
と静かに恫喝を入れる。
が、その発する声からは想像できないほどに強い殺意が含まれている。
孫権さんって切れるとあんなにこわかったんだー、と驚愕している一刀だ。
「………すみません、ちょっと切れてしまいました」
元の孫権の雰囲気に戻ったが、もう誰も口論はしない。
かくして、孫権の力でその場はなんとか納まったのであった。