元凶
「ごめんなさい、突然押しかけてしまいまして。
出来るだけ早く戻りますから」
関羽の天幕で、一刀がそれは低頭に謝っている。
「いえ、私も一刀さんのことを知りながら受け入れてしまったので……」
「でも、さっきはちょっと精神を病んでいたんですけど、もう大丈夫ですから襲うようなことはありません。
その点は安心してください」
「……そ、そうですよね。
ご正室がいらっしゃるんですものね」
分かってはいるが、ちょっと残念そうな関羽。
正確には正室のような存在、であるが。
だいたい、この時代正室がいても、側室をとって何も問題ないはずなのだが、どうも一刀は現代日本の感覚か、側室をとることを躊躇している。
正室二人はいいのか?という疑問もあるが、同時だったので許容しているのか?
だいたい、あの正室っぽい二人も、一刀独占欲が強く、側室をとれる雰囲気がない。
側室をとることが問題ない時代と言っても、側室と正室が仲良く暮らすというわけでもなく、正室が側室を殺したり、その逆もあったりしていたから、あまり手広くしないほうが無難だろう。
「俺は部屋の端の方で寝ますから。
布を貸していただければ……」
「え?!あ、その……私の分しかないのですが」
「それじゃあ、公孫讃さんにでも借りてきます」
「それが……私も頼んだのですが、白蓮様も桃香様もどうしても貸して下さらなくて。
桃香様に至っては、一緒に寝るとあったかいよ、と笑っていて……」
謀ったな!と公孫讃と劉備を恨めしく思う一刀である。
「それだったら、布はなくても大丈夫ですから」
「そ、そうですか。寒かったらいつでも来てください」
と、いうことで部屋の隅で何も掛けずに寝始める一刀であるが、時期は冬、どうにも寒い。
「さ、寒い……」
その声を待っていたかのように関羽が声をかける。
「一刀さん、そのご迷惑でなかったら……」
一刀に一緒に寝るよう催促する関羽。
田豊、沮授に疎まれるのも困るが、凍死はもっと困る。
仕方なく関羽の隣に入り込んでいく一刀。
……あったかい。
それでも通常の精神に戻っている一刀は、というよりも強靭な精神力で関羽の魅力に耐えている一刀は、関羽に何をすることもなく眠りにつくのであるが……
翌朝、一刀は大急ぎで自分の天幕(今は田豊、沮授に占領されている)に走っていく。
丁度、沮授が天幕から出てきたところだった。
「清泉、お願いだ!
この天幕に戻してくれ!
愛紗さんと一緒じゃ辛すぎる!!」
やはり寝巻き一枚の関羽の横で何もしないで寝るというのは辛かったようだ。
おまけに、夜、関羽が抱きついてくるし………。
だが、沮授はにこっと笑って何も言わずに一刀の許から立ち去ってしまう。
「清泉~~」
泣いて訴える一刀を、沮授は振り返ることもしない。
と、次に田豊が出てくる。
「あら、関羽軍の一刀さんではありませんか。
こんなところに何の用でしょうか?」
「菊香、お願いだ!
この天幕に戻してくれ!
愛紗さんと一緒じゃ辛すぎる!!」
同じように田豊にも懇願する一刀であるが……
「劉備さん、公孫讃さんに貸した兵の大将は一刀さんですからしっかり兵に指示を出してくださいね」
と、とりつくしまもない。
「あのさ、夜寝るときに使う布だけでも持っていっていいかな?」
「これ以上袁紹軍から劉備軍に貸すものは何一つありません!」
しかたなく、とぼとぼと公孫讃軍の許に戻ろうとすると、一刀を呼ぶ声がする。
「おや、主殿ではありませんか」
趙雲であった。
「あ、星さん……」
「探しましたぞ。
昨日は昼は天幕にいたのに、夜来てみたら一刀など知らぬと言われまして。
一体どちらにおいでだったのですかな?」
「ああ、ちょっと公孫讃さんのところにお世話になってた」
「それは……関羽殿のところですかな?」
にやっと嗤う趙雲。
「ど、どうしてそれを知っている?!」
「それはもう、昨日主殿にメンマを頂きに参ろうとしたら、関羽殿の手を強引に引っ張っていく主殿をお見かけしましてな。
それで、後をつけていったら天幕の中からそれは悩ましい声。
今は主殿のところに行っては迷惑と思い、その場は退散した次第。
その後、公孫讃殿のところにいるというのであれば、関羽殿のところだろうと予想したまで」
「…………それ、誰かに話した?」
「おお、劉備殿に関羽殿を知らないかと聞かれましてな、そのように答えておきましたぞ」
どうやら、趙雲がこの事件を広めた元凶のようであった。
「はあ、そう」
元はといえば自分の責任であるから、趙雲を非難することもできない。
「…………それで、メンマね。
少しならあるから、一緒に来て」
「それはかたじけない」
気を取り直して、関羽の天幕に向かう。
一刀は田豊に放り出された荷物の中からメンマを取り出し、趙雲に渡す。
趙雲に会うかもしれないと思って、少しだけ持参しておいたのだ。
一応、主殿と慕ってくれていることだし、できることはしてあげようと思う律儀な一刀である。
どうせ荷物を放り出すなら寝るときの布も一緒に放り出してくれればよかったのに、と思っている。
「はい、今回はこれだけ。
あと、お酒も。ウィスキー」
「いやはや、このメンマは本当に美味ですからな。
この酒も桁違いに強いですし。
また、お願いいたしますな」
趙雲は嬉しそうに去っていった。
「そうそう、お代が足りなければこの体でお払いいたしますが……」
去る間際にそういい尋ねるが、
「いらないから!!」
と、一刀に拒絶されてしまうのであった。
さて、一刀、早速仕事である。
辛いことは仕事で忘れる。
自軍の行動について公孫讃に相談に行く。
「公孫讃さん」
「おや、一刀殿。昨夜は楽しめましたか?」
「……一応まじめな話なんですけど」
「それは失礼した。
それで、どんな話だろうか?」
「袁紹軍はどんな行動をとればいいんでしょうか?
一応、俺が大将らしいんで確認したいのですが。
戦は全然出来ないから言われたことを軍に伝えることしか出来ないんですけど」
「そうだな……朱里殿はどう思う?」
「弓隊として活躍してもらうというのはどうでしょう。
一刀さんが戦が出来ないというのであれば弓隊をどこかに据えて、攻撃の合図をとってもらうのがいいと思います」
「わかりました。その通りにします。
では、戦場となる場所を事前に見ておきたいのですけど。
それから、もう少し詳細な行動を教えてくれると助かるのですが」
「ああ。それでは、朱里殿。一刀殿を案内してくれるか?」
「はい、あの、えーーっと、愛紗さんも一緒でいいですか?」
「ああ、いいがどうしてだ?」
「……襲われると困るので」
信用ゼロの一刀であった。
一刀は、自兵20名(幹部クラス)を率いて、関羽、諸葛亮に連れられて汜水関に向かう。
「あれが汜水関……」
目の前に巨大な砦が聳え立っている。
サイズは、画面で見た感じより遥かに大きい。
幅約200mの絶壁を端から端まで覆っていて、ほとんどダム。
確かにこれを外から攻略するのは難しそうだ。
「ええ、洛陽に向かう道筋の中で虎牢関と並び重要な砦です」
実は汜水関と虎牢関は同じものという話もあるが、ここでは2箇所存在するらしい。
周りの風景は……ゲームの通りに岩だらけの風景。
結構隠れる場所が多い。
「それで、袁紹軍は傍から矢を射ればいいんですか?」
「そうですね。
作戦はこんな風に考えています。
まず、桃香様が華雄将軍を挑発して砦の外におびき出します。
ある程度砦から離れたところで斉射を行います。
あまり早いところで弓を使うと砦に戻ってしまいますから。
そこで、弓で勢いが止まって、ある程度勢力が減ったところで本体が突入しましゅ。
その弓隊の指揮をお願いします」
「はい。ということは……あの辺がいいでしょうか?
広くて敵を討つには丁度いい場所だと思うんですけど」
舌を噛んだ程度の事は、指摘しないのが紳士の嗜みである。
「そうですね。
丁度隠れるのに都合がいいですから、敵が目の前を通り過ぎたあたりで射始めればいいと思いましゅ」
「それで、公孫讃軍が突撃してきたら、斉射を止めればいいんですね?」
「その通りです」
「そのくらいだったら俺でも指示できそうです」
「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。
元々は袁紹さんの呼びかけに応じてくれたわけだし」
「そうですね!ウフフ」
一刀は今度は兵士に話しかける。
「端から撃って矢が真ん中の敵に当たるんでしょうか?」
「大丈夫だべ。
このくらいなら端から端まで届くべ。
だから、両側に布陣したら反対側の味方にあたっちまうべ」
「そ、そうなんですか?」
「んだす」
「じゃあ、どこから撃つといいでしょうね?」
「んだな……この辺だとすんと、あの大きな岩陰に6千、向こうの岩陰に4千隠れるっつーのはどだ?
そんなら矢が自軍を撃つことがねえべ」
「あの大きな岩はいいと思うんですけど、向こうの岩は遠くないですか?」
「全然問題ね」
「そ、そうなんですか。すごいですね。
あと、何か作戦は?」
「ま、その辺は訓練どおりやるけ。
今の楽な暮らしができんのも天の御使い様のおかげだて。
天の御使い様は撃て!と、止め!だけ言ってくだされば大丈夫じゃて」
「それは助かります。
じゃあ、夜の内に忍び込んで戦まで待機することにしましょう」
「んだな!」
袁紹にも明日突撃することが伝えられ、了承された。
他の部隊にもその旨連絡される。
全陣営動きが慌しくなる。
いよいよ汜水関突撃のときが来た。
集合から攻撃まで僅か2日!
驚異的な速度である。