挑発
劉備と張飛が二人で汜水関に向かっている。
華雄を挑発して汜水関の外におびき出すためだ。
後方では公孫讃や諸葛亮が心配そうに眺めている。
先陣ではないが、孫策軍も結構前方に軍を進めていて、その様子を眺めている。
「ねえねえ、鈴々ちゃん。
今回の作戦知ってる?」
「もちろん、知っているのだあ。
華雄将軍を挑発して砦の外に誘き出して、そこを叩くのだあ!!」
おもわずずっこける後方部隊。
「と、桃香、鈴々、それはちょっと……」
「はわわ、はわわ」
「……あの子、大物ね」
それぞれ、公孫讃、諸葛亮、孫策の感想である。
「そうだよね!
華雄ちゃんは抜けてるからきっとこの作戦にひっかかるよね!」
「でも、でてきてもどうせ負けるのだあ。
孫堅に負けたくらいだから、今度でてきてもまた負けるのだあ!!」
「あははは。
抜けてて弱いなんて最低だね!」
「そうなのだあ!
抜けてて弱いなんて、袁紹みたいなのだあ!」
袁紹が聞いたら頭の血管がぶち切れそうなことを平気で話しているコンビである。
「そんなこと言ったら袁紹ちゃんがかわいそうだよう。
袁紹ちゃん、ああ見えても『雄々しく、勇ましく、華麗に進軍!』って全軍に指示することができるんだから。
雄々しくもなくて、勇ましくもなくて、華麗でもない華雄ちゃんと比べられたら、いくらなんでも袁紹ちゃんがかわいそうだよ」
「それは袁紹に悪いことをしたのだあ。
でも、それだと華雄には全然いいところがないのだあ。
華雄って、名前は華やかで雄々しいのに、全然違うのだあ!
だめだめだあ!!」
「そんなことないと思うよ。
きっと、一つくらいいいところがあるよ」
「それはなんなのだ?」
「うーんとね、……そうだなあ……
…………
自分が抜けているのも分からないくらい抜けているところ!」
「アーハハハ!最低なのだあ!!」
と、砦の中が急に慌しくなり、門が開くと軍勢が怒涛のように飛び出してくる。
「うぬーーー!お前等、散々の狼藉許せぬ!!
この華雄が成敗してくれよう!!」
「きゃあ、大変。
鈴々ちゃん、逃げよう!」
「そうするのだあ!
馬鹿がうつるのだあ!!」
劉備と張飛はきゃあきゃあ騒ぎながら逃げていく。
その後を顔を真っ赤にして怒り狂っている華雄軍が追いかけていく。
こちらは袁紹軍というか、一刀軍というか……とにかく公孫讃、劉備に貸し出されている袁紹軍+一刀である。
昨晩の内に岩陰に軍を進め、そこで夜を過ごした。
一刀は、他の兵士と身を寄せ合って眠ったので、凍死することなく朝を迎えることができた。
なので、昨晩は関羽の魅力に抗う必要がなかったので、寝心地は悪かったが、精神的にはゆったりと寝ることが出来た。
関羽との過ちは一度で終わりそうだ。
さて、その一刀。
岩陰から汜水関の様子を眺めている。
挑発の様子は……まあ、ノーコメントを決め込む一刀であるが、そのうちに本当に作戦通りに華雄が汜水関を飛び出してくる。
ぐんぐん劉備、張飛、華雄が自分のいる岩に近づいてくる。
一刀の鼓動が緊張で早くなる。
掌にじわっと汗がにじみ出てくる。
そして、劉備と張飛が自分の目の前を通り過ぎる。
それに続いて華雄軍がどどっと目の前を通り過ぎていく。
全体の8割位の兵が通り過ぎたところで一刀の号令が響く。
「撃てーー!!!」
その声に隠れていた袁紹軍がどばっとその身を起こし、射撃を始める。
日頃、広大な畑の遠方の百姓に声をかけているので、声だけは大将並みに大きくなってきた一刀である。
軍全体に指示が届いたと思われる。
だが、一刀がみれば、遠いほうの部隊はまだ隠れたままだ。
指示が届かなかったのだろうか?
何は兎も角、袁紹軍6千の弓の攻撃を受け、慌てる華雄軍。
「何?伏兵か!!
全軍、弓隊の攻撃に備え、側面を向け!!」
華雄の指示に今まで突進を続けていた華雄軍がその勢いを止め、一刀隊に向き直る。
袁紹軍の弓は、訓練を通じて改良が進んでいるようで、かなり強い威力で弓を射出することができている。
しかも、射る兵が、信長の4段撃ちよろしく、弓の3段撃ちをしていて弾幕に隙間がない。
「くっ!なんと厚い弓の層だ!」
華雄軍はその場に足止めをくらってしまった。
だが、それを待っていたかのように一刀隊の残りの部隊が斉射を開始する。
「別の弓隊もいたのか!」
華雄軍は異なる方向からの弓の攻撃に耐えられず、がたがたになってしまった。
弓だけで数百、いや数千の死傷者が出ているようだ。
「突撃ーーー!!」
その様子を見た公孫讃が全軍に突撃指令を出す。
「いくのだあ!」
張飛が水を得た魚のように飛び出していく。
公孫讃軍が充分に近づいたのを確認して一刀は最後の指示を出す。
「止めー!!」
一刀の声に、袁紹軍の射撃が一斉に止む。
あとは公孫讃・劉備軍に任せればいいだろう。
袁紹軍、一刀の仕事は終わった。
途中、孫策軍が一刀の脇を通って汜水関に突入していった。
いけないお姉さんとは目を合わせないようにした。
華雄軍の劣勢が明らかになると、曹操軍も華雄軍討伐にあたり、華雄軍はあっけなく倒壊した。
華雄は負傷し、何故か何もしていない袁術の捕虜となった。
こうして、汜水関を落とすことに成功した連合軍であった。
「短い間でしたがお世話になりました」
汜水関が落ちたので、袁紹軍は戻される。
当然一刀も戻りたいので、公孫讃、劉備等に別れを告げている。
「えー?帰っちゃうのー?
一刀ちゃんだけでもずっといればいいのにー!
返さなくて結構です!って言ってたじゃない!!」
劉備が本当に不満そうに一刀を引き止めようとする。
「いえ、元々袁紹様の元で働いていましたし、それに大事な人がいますから」
と、帰る意志を変えない。
「でもーー……
愛紗ちゃん、愛紗ちゃん……」
今度は劉備は関羽に説得するよう依頼する。
「あの、あの、一刀さん。
もしよろしければこのままここにいてくださるとうれしいのですが……」
関羽も一刀引止めに参加する。
実は関羽は昨晩それはそれは真剣に一刀と一緒にいたほうがいいと劉備に説得されていたのだ。
最初はそんなことはと言っていた関羽であるが、愛する二人は絶対に一緒にいるべきだと言われるうちに、そんな気がしてきてしまったのだ。
二度も交わった関羽に言われると、ちょっと心が揺らぐが、それでも一刀の意志は変わらない。
「ありがとうございます、愛紗さん。
でも、やっぱり戻ります」
「そう……ですよね。
私こそ無理を言ってすみません」
「それでは、みなさん。ごきげんよう」
一刀はちょっと暗い雰囲気で戻っていった。
「あ~、かえっちゃうよう。
愛紗ちゃん、引き止めなくていいの?
愛してるんでしょ?」
関羽以上に残念そうな劉備であった。
一刀は自分の天幕に戻る。
田豊、沮授が中にいるが、一刀の妙にシリアスに暗い雰囲気に、関羽がどうこう言って一刀を虐めることなく、素直に心配そうに尋ねる。
「どうしたの?」
一刀は暫く黙っていたが、そのうち自分の心の内を話し出す。
「今日……………生まれて初めて人が殺されるところを見た。
しかも俺の命令で何百人も何千人も死んでいった……」
田豊も沮授も何も言わずに一刀を抱きしめる。
昨日、関羽としていないことを察知した沮授は、田豊と相談して、もう許してあげようと決めていたので、辛い一刀を慰めるのに何のためらいもなかった。
夫婦喧嘩は自然に消滅した。
汜水関の戦場となったところに、数名の人々がいる。
「あー、星ちゃんだー」
「おお、桃香殿ではありませぬか。
なぜ、このようなところに?」
「うん、ちょっと外の空気を吸おうと思って」
「酒もありますから、如何ですかな?」
その後、二人で何の話か、ちびりちびりとウィスキーを飲みながら、長々と話をしていたようだ。
別の数名も戦場だったところにいる。
「確かこの辺から撃っていたわよね」
「はい、華琳様」
「秋蘭、ここから弓を射ってみて」
「はっ」
夏侯淵は普通に前方に的を見て、愛弓、餓狼爪を使って矢を射る。
夏侯淵。字が妙才、真名が秋蘭。
姉の夏侯惇と共に曹操に仕えている武将で、弓が得意。
矢はひょうと飛んでいき、華雄軍のいたところまでの距離の半分を越したか越さないかのあたりに落ちる。
「………どうして、袁紹軍の矢は普通に華雄軍に当たったのよ?
秋蘭なら当てられる?」
「はい、全力を出せば……」
夏侯淵は今度は弓を思い切り引き、上方に的を見て弓を射る。
先ほどよりも大きな音を残して弓は飛んでいき、ようやく華雄軍がいた場所を越したあたりに落ちる。
「秋蘭と同じような射手が普通の兵士にごろごろしているということ?」
「いえ、弓が違うのではないかと」
「弓が違う?」
「はい。ちらとしか見ておりませんが、弦が何本もあるように見えました。
それから、弓の両端に滑車のようなものがついていたようです。
その辺が何かの役割を果たしていると思うのですが。
あと、その弓の所為か、撃ち方も少し変わっていました」
「弦が何本もあって端に滑車?何かしら?
あとで、真桜にでも考えさせましょう。
麗羽は馬鹿だけど、袁紹軍は馬鹿にできないようね」
「はい」
曹操と夏侯淵はそう言って汜水関に戻っていった。
あとがき
戦闘シーンは全然わからないので、適当に創作しました。
あしからずご了承くださいませ。