混乱
「ところでさあ、何で曹操軍が攻めているのに虎牢関は落ちないんだ?」
一刀の素朴な疑問である。
「それはもちろん曹操は本気で落とそうとは思っていないからよ」
田豊が答える。
「どうして?」
「確かに虎牢関は難攻の砦ではあるのだけれど、それ以前に曹操に董卓や宦官を憎む気持ちは麗羽様ほど強くはないし、それにこれは袁紹軍にも言えることだけど自軍の強さを今後戦うかもしれない他の諸侯に示したくないし……」
「なるほどねえ」
「だから、洛陽についたら袁紹軍は単独で南側より攻め込む予定なの。
他の諸侯に戦の様を見られないようにするために。
恐らく1刻か2刻もあれば攻め入れると思う。
その間、他の諸侯はまだ城壁を攻めあぐねている時でしょうから、その間に王宮を落として陛下の身柄を確保する。
董卓を助けたければその時にすることね。
南が破られたと知ったら、他の面を守っている兵もこちらに向かうでしょうから、城壁の守備が手薄になって、他の諸侯も洛陽に攻め込むでしょう。
袁紹軍が自由に活躍できるのはそれまでの一時に限られる」
1刻=2時間なので、1~2刻ということは2~4時間。
圧倒的な戦力で攻め込むのだろう。
「洛陽は分かったけど、とりあえず目前にある虎牢関はどうするのさ?」
一応軍議(除袁紹)なので、来ている軍師、将軍は全員揃っているが、話はほとんど田豊が行っている。
「一刀の予感では連合軍が混沌としているときに呂布が飛び出してくるのよね」
「……多分」
「だったら、簡単。
虎牢関を見張っていて、どうも動きがあったようだと判断したら、麗羽様に突撃を命じてもらえばいいのよ」
「麗羽様に?危なくない?」
「麗羽様の身柄は猪々子に守ってもらう。
いいわよね?」
「ああ、合点だぜ!」
「それから?」
「麗羽様のすごいところは、一刀がいなければどんなに単純なことでも複雑にすることができるところ。
一刀はその時呂布対策ではるか遠くにいる。
だから、麗羽様の指示で攻め込んだら曹操軍が多少耐えても戦場は大混乱に陥る」
「……菊香、それ誉めてないから」
将軍、軍師はみな笑っている。
そんな能力でも誰も袁紹を見捨てないのは、一刀のおかげだろうか?
「これで、一刀の予感が正しければ呂布が飛び出すはず。
斗詩と猪々子は被害が及ばないように呂布に道をあける。
これが作戦の全貌」
「それで、もし呂布が飛び出してこなかったら?」
「仕方がないから斗詩と猪々子にそのまま攻め込んでもらう。
ある程度の城攻めの道具は持っていくことにしましょう」
「兵士は充分にいるから大丈夫でしょう」
顔良もそれに同意する。
「それで、一刀は清泉と一緒に遠方に控えて肉饅を準備するんだっけ?」
「そう」
「それで、投降に同意したら呂布を業に連れて行くというわけね」
「そう……なんだけど、俺は董卓さんの所にもいかなくてはならないから、誰か適当な人がいないかな?」
「そうね。
連れてきた将、軍師の中では……臧洪あたりでどうかしら?
義を重んじる将で、そういう理由であれば彼も納得するでしょう。
まだ袁紹様に仕えたばかりで、独自の兵もなく、彼がいなくても大勢に影響はないし、丁度いいと思うわ」
「分かった。俺からも頼んでみる」
作戦は決まった。
後は、砦で動きがあるのを待つだけだ。
一刀は食料部隊に毎日1000個の肉饅作りを命ずる。
何時、呂布が出てきても大丈夫なように。
そして、呂布が出てこなかったら、肉饅はその日の抽選に当たった部隊の腹に収まる。
その抽選会は袁紹軍の中では結構盛り上がったりしていた。
「許大隊長、頑張ってくれ!!」
「おう、まかせんしゃい…………っああーー、外れじゃ。。。」
「あぁぁぁ……」
落胆する許部隊
「韓大隊長、絶好の機会だぜ。
絶対当たりを引いてくれよなあ」
「おお、任せとけ…………やったぜ!当たりだ!!」
「おおおお!!さすが、韓大隊長」
とまあ、虎牢関を前に、息抜きもしている袁紹軍である。
そうこうしているうちに虎牢関の様子がおかしくなってきた。
見張りの兵士の数が減り、曹操の挑発にも応じなくなってきた。
作戦実行の時が来た。
一刀は袁紹の許に向かう。
「麗羽様」
「何かしら?一刀」
「曹操軍はここまで待っても虎牢関を落とせません。
もう、麗羽様の我慢も限界でしょう。
どうでしょう、ここは一つ麗羽様が自ら華麗な軍の采配を見せて、ちんちくりん曹操に華麗とはどのようなものか示してみては如何でしょうか?」
「オーッホッホッホ。そうですわね、もう我慢も限界ですわね。
斗詩、猪々子、全軍雄々しく、勇ましく、かれ~に進軍ですわ!」
「はい!」
「わっかりましたーー!!」
一刀は顔良、文醜らに目配せをして、沮授と共に戦列を離れていく。
袁紹軍全軍は、袁紹の指示の許、整然と虎牢関に向けて進軍を始める。
が、唯でさえ狭い峡谷である。
10万人の人間が押し寄せてきたら、渋滞するに決まっている。
「華琳様、大変です」
「どうしたの?桂花」
「後方より大部隊が進軍してきます!」
「何ですって?それは敵なの、味方なの?」
「味方ではあるのですが、袁紹様が全軍を進軍させたようです」
「はあ?何をかんがえているのかしら、あの馬鹿は。
こんな狭いところに大軍を進ませては混乱するということがわからないのかしら?」
「わからないのではないでしょうか?」
「っ……もう、どうしたらいいのよ!」
曹操は状況を確認する。
前方は虎牢関が峡谷の端から端までを覆っている。
後方は袁紹軍が峡谷の端から端までを埋め尽くしている。
左右は断崖絶壁で逃げ場がない。
流石の曹操も為す術無く、曹操軍は袁紹軍と接触するや大混乱に陥ってしまった。
と、それを待っていたかのように虎牢関の門が開き、中から呂布と思しき部隊が突撃してきた。
恋姫史実の通りであった。
袁紹軍はそれを確認すると出エジプト記の海のようにざっと二手に分かれ、呂布の通り道を作る。
呂布軍はその間を悠々と通り過ぎていってしまった。
その後、公孫讃・劉備軍や孫策軍と手合わせがあったようだが、ほとんど被害を受けることもなく戦場を去っていってしまった。
こちらは、一刀、沮授、臧洪、及び数名の兵士(給仕兵)。
峡谷の外の荒野で待っている。
一応、目印として肉饅の幟を急造して高々と掲げている。
そして、竈を作って肉饅を温かく蒸し始める。
準備が一段落したところで、一休み。
「うまくいったかなぁ?」
心配そうな一刀。
「大丈夫でしょう。
一刀の予想は、ここというときは当たりますから」
「だといいんだけど。
あと、呂布さん、ちゃんとこっちに来てくれるかなぁ」
「それも大丈夫でしょう。
あの峡谷を出たら、ここに来るしか道がありませんから。
ほら、言っている傍から土煙が」
「あ、本当だ」
「あとは任せますよ」
「うん……」
土煙を見ていると、虎牢関の方向から一本道に沿ってこちらに向かってくる。
が、土煙は道沿いに進まず、物理的にまっすぐに荒野に向かっていってしまう。
荒野の真ん中を砂塵が動いていく。
「……あれ?」
作戦は失敗か、と思われたが、突如砂塵の向きが一刀方面に向き直り、あとはまっすぐと肉饅目指して突進してくる。
どうやら、肉饅の幟が見えたようだ。
それから、ドドドと馬群、約100騎が一気に走り寄ってきて、一番前の大きな馬、多分赤兎馬に乗ったやたらスタイル抜群の長身のちょっと赤毛のショートヘアの美少女、恐らく呂布が一刀に話しかける。
「肉饅……」
「呂布さん、お待ちしてました。
呂布さん達のために肉饅を用意して待っていました」
その言葉を聞くと、呂布は方天画戟を一刀の首筋に当て、
「何で……名前を知っている?」
と尋ねる。
彼女が呂布で間違いないようだ。
呂布。字が奉先、真名が恋。
一刀は、戟を当てられたまま、堂々と返事を返す。
死に直面して肝が据わってきたのだろうか。
「まず、自己紹介から。
俺の名前は北郷一刀。
袁紹軍で農業指導をしている」
「農業指導?」
「その通り。仕事はそれだけなんだけど、俺は天の御使いとも呼ばれていて」
「天の御使い?」
「そう、それで、実際に今後起こることが予見できたりもする。
今回、呂布さんが突撃してくるのも、その力で予見した」
「………」
「他に知っていることは、董卓さんが宦官にいいように操られているということ。
だから、俺は董卓さんを助けたい」
「月を?」
「そう。でも、現実に董卓軍が宦官の協力をしているように見える状況では、この討伐自体をなくすことはできない。
だから、董卓さんには陛下の侍女にでもなってもらって、冀州に来てもらおうと思っている。
呂布さんも洛陽に戻って我々に抗することなく、袁紹様の許で一緒に行動して、董卓さんを守ってもらいたい。
どうだろう?協力してくれるだろうか?」
呂布は一刀の顔をじっと見る。
信じてよいものかどうか思案しているのだろう。
が、程なく……
「信じる」
あっさり一刀を信じる呂布である。
確かに、純粋な心の持ち主だったから、董卓を助けたいという気持ちが一刀を信じさせたのだろう。
ところが、
「恋殿、このような素性の分からぬ怪しげな者の言うことをむやみに信じてはなりません!」
どこに隠れていたのか、小さな女の子が口を挟んできた。
どうみてもこの体のサイズは陳宮だ。
陳宮。字が公台、真名が音々音。
呂布に心酔している軍師である。
「大丈夫。目が正直だった」
「ですが!」
「十常侍より酷い人はいない」
確かに!
「……恋殿がそこまでおっしゃるのでしたら」
陳宮も納得したようだ。
「よかった。
それじゃ、董卓さんは俺が責任もって助けてくるから、呂布さんは彼、臧洪さんについて業に先に行っていてください。
あと、折角だから肉饅も食べていって」
呂布はコクリと頷く。
「それじゃ、俺は袁紹様のところに戻るから」
「月を……助けて」
「うん、絶対助けるから」
虎牢関は予想通り空き家になっていて、曹操軍は難なく虎牢関に入ることができたのだった。
一刀と沮授は、臧洪と呂布が出発するまで呂布の様子を見ていた。
沮授は呂布が一生懸命肉饅を頬張っている姿を見て、かわいい♪と思っていたりした。
肉饅1000個は呂布軍約100名の胃袋に全て収まってしまった。
ちょっと計算が合わない胃袋の持ち主達であった。
「それでは、沮授様、一刀様。先に戻っております。
呂布殿は責任をもって業に連れていきます」
「「お願いします」」
臧洪、呂布らは業に向かっていった。