洛陽
その後は特に問題もなく洛陽に到着した。
洛陽に到着するなり、袁紹軍から各諸侯に命令が発せられる。
明日、朝を以って総攻撃を行う。
南は袁紹軍、東は公孫讃・劉備軍、陶謙軍、橋瑁軍など、北は曹操軍、劉岱軍、孔融軍など、西は袁術・孫堅軍、袁遺軍、鮑信軍など。
袁紹軍としては、他の軍はあまりあてにしていない。
どうせ、様子見に多少攻撃をするだけで本気で洛陽を攻め落とそうとはしてこないだろう、洛陽に入ったら漁夫の利でももらおうかと思っている程度だろう、と見ている。
だから、単独で洛陽を落とせるだけの勢力を率いてきている。
洛陽には、結局董卓軍の主力は戻らなかったから、今洛陽を守っているのは董卓軍でも二級の武将、それから主力が漢の正規軍。
「あの……麗羽様?」
「なんですの?一刀」
「洛陽を守っているのは、漢の正規軍が主な部隊になると思うのですが」
「ええ、そうですわね」
「敵が皇甫嵩様でも攻め落とすのですか?」
「……悪政に協力しているのなら、たとえ相手が陽であっても攻め滅ぼさなくてはなりません」
この袁紹、違う!
始めてみる強い決意を持った袁紹だ。
業にいたときと別人ではないだろうか?
「わかりました」
董卓のことも聞こうと思っていたが、それはやめた。
この決意であれば沮授の言ったとおりのことを考えているだろうから。
袁紹軍工作部隊は持ってきていた資材で夜通しで何か作っていたようだった。
そして、夜が明けて、その実体が明らかになる。
そこにあったのは大量の櫓。
高さは5mほどか?
洛陽を囲む城壁の高さの半分強といったところに見える。
これでは、城壁を越すのは難しいと思うのだが……と思っている一刀である。
おまけに櫓は城壁からかなり離れたところに置かれている。
「董卓、宦官の悪政は目に余るものがありますわ。
この袁紹がみーんなまとめて退治して差し上げますわ。
やーっておしまいなさ~い!」
洛陽を攻撃するにしては、なんとものんびりした開戦の号令が袁紹よりなされる。
……やっぱり業にいた袁紹と同一人物だろう。
「撃てー!!」
顔良はその声を受けて、弓隊に射撃開始を指示する。
櫓に登っているのは大勢の射手たち。
袁紹軍スペシャルの弓で城壁の上の兵を撃っている。
洛陽守備軍の方が5mは高い位置にいるのに、彼等の弓は櫓の少し手前までしか届かない。
高さの不利を弓の性能でカバーしているようだ。
というよりも、弓の性能を考えて、この櫓でよいと判断したのだろう。
弓の先は城壁の一点。
比較的城壁が低目のところを狙っている。
守備隊もそれは分かっていて、そこを必死に防衛しようとしているが、如何せん袁紹軍の攻撃は凄烈を極めた。
次第にほころびが見えてきた。
「突撃ー!」
文醜の声が響く。
文醜軍の一部が梯子を持って、敵兵のいないところをよじ登っていく。
城壁の上は、次第に袁紹軍が数を占めるようになってきた。
そして、ついに……
ギギーーー
城壁が重い音を出しながら開かれる。
「全軍突撃ーー!!」
文醜の声が再度響く。
顔良の射撃指示から突入まで1時間余。
明けても暮れても訓練を繰り返してきていた袁紹軍と、贅沢三昧の宦官らの護衛しかしていない漢正規軍の力の差は歴然だった。
ここに、洛陽攻防の趨勢が決まった。
「一刀さん、私達も行きます!」
「はいっ!」
顔良の声に、一刀も洛陽に飛び込んでいく。
一刀の目的は董卓の保護。
顔良の目的は陛下の保護。
文醜の目的は十常侍ら宦官の殲滅。
全員目指す先は王宮だ。
袁紹の目的は……朗報を待つこと。
なので、その場に待機。
確かに、戦場にこられたら迷惑そうだ。
一刀よりも運動神経が鈍そうだし。
洛陽。
その当時世界最大の都市であり、王宮の規模も半端でない。
だが、王宮の内部構造は分かっているし、陛下や董卓、宦官らのいそうな場所のあたりはついているので、顔良、一刀、文醜はそこを目指して走っていく。
「やい、てめーら、覚悟しやがれ!!」
最初に文醜が宦官と出会う。
「い、命ばかりはご勘弁を……」
と、命乞いをする宦官もいるが、
「うっせー!そう民に言われて助けたことなんか一度だってねえんだろ!」
と、文醜に看破されて誰一人として袁紹軍から逃れられない。
「麻呂が張讓と知っての狼藉か?」
一際偉そうな宦官が文醜に面と向かっている。
逃げなかっただけ立派かもしれない。
「あたいにとっちゃ、誰でも関係ねえ!
その台詞は閻魔様にでも言ってくれ!」
だが、張讓はしぶとかった。
手近にあるものを手当たり次第文醜に投げつけて、なんとか保身を図る。
「こんなところで死んでなるものか!」
「うわ!ちょっと、そんなもの投げんな!」
張讓は暖をとるための火のついた薪を次々と文醜に投げつける。
「うるさい!麻呂は逃げるのじゃ」
だが、手持ちの武器は次第に減っていく。
そして、とうとう投げるものが何もなくなってしまった。
「観念するこったな!」
「ま、まて!」
それが張讓の最後の言葉になった。
こうして、武芸に秀でない宦官たちは、悉く文醜たちに殲滅させられていった。
一方の顔良、一刀組は陛下と董卓を探し回っている。
陛下がいるとしたら、後宮だろうと予想して回ったのだが、どこにもいない。
「え~ん、陛下がみつからないよう」
陛下がいないどころか、誰もいない。
後宮には女がうなるほどいるはずなのに、人っ子一人いないので、聞くことも出来ない。
「先に董卓さんを探しませんか?
彼女なら陛下の居場所を知っているかもしれません」
「うん、そうしよう」
こうして、今度は董卓がいるだろうと目星をつけておいた部屋に向かう。
顔良、一刀達が部屋に入ると、髪に軽くウェーブのかかった気の弱そうな少女が2名、それから気の強そうな少女が1名いた。
気の弱そうな少女のうち、一人が董卓だろう。
リアルな人間なのでゲームの絵を知っているだけではどちらが董卓か判断できない。
二人とも何か雰囲気がそっくりだから。
気の強そうな少女は賈駆に違いない。
もう一人は……董卓の侍女か誰かだろうか?
気の弱そうな二人が手を握り合って恐怖に打ち勝とうとしているように見える。
「董卓さんは?」
一刀が尋ねると、気の強そうな少女が一刀と気の弱そうな少女達と一刀の間に割って入って手を大きく広げて一刀の進路を塞ぐ。
「月は全然悪くない!
陛下の友達なのをいいことに、十常侍にいいように使われていただけなんだから!」
やはり、陛下と董卓は予想通り仲がいいらしい。
賈駆。字が文和、真名が詠。
必死に董卓を守ろうとする賈駆、健気だ。
それでも、体が震えているのは隠せない。
「俺は北郷一刀。袁紹様に仕えている。
詳しいことはいえないけど、大体状況は知っていて、董卓さんを助けに来た。
今、俺達袁紹軍が宦官を殲滅させているところだ。
それが終わったら王宮に小火をつける手筈になっている。
董卓の死体が出てこないと不自然だから、董卓は死んだことにしてもらう。
それを他の諸侯が来る前に終えてしまわなくてはならない。
だから、本当の董卓さんは陛下の侍女として俺達と一緒に逃げて欲しい。
賈駆さんも一緒に」
「た、助けてくれると言うことは感謝する。
でも、それでは月が身分を捨てるって事じゃない!
ボクは許さない」
命が助かりそうだと聞いて、急に元気が出てきた賈駆である。
「詠ちゃん、もういいよ。
私が身分を捨てれば詠ちゃんが助かるなら、よろこんで身分を捨てるよ」
やはりおっとりしている董卓。字が仲穎、真名が月。
「そんな、月!
月は雍州の州牧なんだよ!
それなのに宦官にだまされたというだけで、その身分を捨てるなんて!
ボクはいやだよ!」
「詠ちゃん、もういいの。
私もそんなに権力が欲しいわけではなかったんだし、私の部下が宦官の指示に従って悪事の加担をしていたことも事実だし。
だから、殺されても仕方ないと思っていたの。
詠ちゃんが助かるなら何でもする。
お願い。言うことを聞いて」
「月……」
賈駆、涙を呑んで董卓の言うことを聞くことにする。
「わかったわ!
月の命令だから、仕方なくあんたの言うことを聞くことにする!」
「よかった。
それで、陛下もお救いしたいのですが、居場所はご存知ですか?」
「はい。
陛下です」
董卓はもう一人の気弱そうな少女を陛下と紹介する。
「「え゛ーーーーー?!?!」」
一刀と顔良の驚きの声が部屋に響き渡る。
陛下が女?
驚きの事実である。
後宮がからっぽだったのも頷ける。
曹操のような趣味がない限り、女は不要だから。
董卓がいなかったら永遠に劉協見つからなかったかもしれない。
それに、部屋に入ったときの様子を見ると、董卓と陛下はかなり仲が良さそうだ。
陛下も董卓が生きていたほうが嬉しかったことだろう。
やはり、董卓を救うことにして正解だった。
一刀と顔良は慌てて跪く。
この雰囲気だと宦官に対抗するのは無理そうだ。
「あ、あの、話は大体分かったと思いますが、悪政の根源の宦官を滅ぼしています。
この王宮は血まみれになることでしょう。
ですから、陛下におかれましてはほとぼりが醒めるまで袁紹の本拠地、業にお越し願いたいと思います」
一刀が跪きながら陛下、劉協に同行をお願いする。
「わかりました。あなた方を信じてついていくことに致します」
「ありがとうございます」
「それから、地下牢に皇甫嵩や心ある有志が囚われておりますから、彼等も救って頂けないでしょうか?」
「わかりました。
それじゃ、一刀さん、救出は私がやるから、陛下をお連れして下さい」
「了解!」
一刀と数名の兵士は劉協、董卓、賈駆を連れて洛陽の外へと向かう。
「あの、一刀さん……でしたっけ?」
董卓が申し訳なさそうに一刀に話しかける。
「はい、そうです。なんでしょうか?」
「あの、私と詠ちゃんは大丈夫なのですが、陛下はあまり長く歩いたことがありませんので抱いていってもらえないでしょうか?」