救出
顔良は地下牢に向かう。
もう、この時期反抗する兵士もおらず、楽々地下牢に達することができた。
だが、誰もいないので鍵もない。
「皇甫嵩様~、皇甫嵩様~」
顔良が地下牢に皇甫嵩を呼ぶ。
「その声は斗詩か?ここだ」
扉の奥から皇甫嵩の声がする。
「扉を破りますから、扉から離れてください!」
顔良は金光鉄槌を扉に叩きつける。
「え~い!」
ボガンという音と共に扉が内側に吹き飛んでいく。
こういうときは得物が重量物の方が効果的だ。
その重量ゆえ関羽には負けたが、皇甫嵩を助けるのには大いに役立ったようだ。
「皇甫嵩様、ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。
助けてくれて感謝する」
言葉では感謝しているようだが、無表情のままだ。
全くコールドビューティーの女である。
「他の仲間も助けてもらえるか?」
「もちろんです!」
顔良は金光鉄槌を扉に叩きつけ続け、清流派で宦官の悪政に心底反対し、牢獄に閉じ込められていた人々を全員救出した。
「それでは、みなさん、逃げましょう!」
「うむ」
顔良に率いられて、皇甫嵩らは洛陽の外へと向かった。
袁紹の許に一足先に戻っていた一刀は、陛下を袁紹に引き合わせる。
「麗羽様、陛下をお連れしました」
数キロメートル、陛下をお姫様だっこして歩いて、かなり疲れた~~、腕がパンパンだー!と思う一刀である。
一刀の体力もかなり向上してきたようだ。
平時であれば車に乗せてくるものを、それを探す時間も惜しいくらいさっさと袁紹の許に向かっているので、抱いてそのままの移動となった。
皇帝劉協。
年は高校生くらいか?
董卓同様、俗世間に染まっていない雰囲気の美少女である。
だが、一刀は美少女を抱き続けたことは、極力意識しないようにする。
というより、最初の20mこそ女を意識したが、次第に重量物としか認識できなくなってしまってきていた。
柔らかい胸を鷲掴みにしようが、愛らしい腰周りを抱きかかえようが、そんなことは一刀の煩悩を全く刺激しない。
一刀の感覚はただ一言、重い!である。
かといって、一応歩いている兵士たちの中では、立場上自分の身分が一番上だから一兵卒に任せるわけにもいかないし。
陛下でなかったら放り出していたところだ。
「よくやりましたわ、一刀。
それで、他の者たちは?」
「はい、猪々子さんは十常侍ら宦官を殲滅させています。
斗詩さんは牢に囚われていた皇甫嵩さんらの救出に向かっています」
「そう、陽が……」
袁紹、少しうれしそうだ。
それからようやく袁紹は陛下に向き直り、跪いて歓迎の意を示す。
「陛下、よくご無事で。
これからはこの袁紹が陛下をお守りしますので、是非業にお出でください」
さすがの袁紹も、陛下相手では身分をわきまえた応対をするようだ。
これからは、この華麗な袁紹が陛下をお守りしますわ~、なんて言った日には陛下に拒否されてしまいそうだし。
「朕はもはや何の力も持たない身。
袁紹の手助け無しでは何もやってはいけません。
これからよろしくお願いします」
皇帝劉協も丁寧に袁紹に返答する。
「も~ちろんですわ~」
ちょっと地が出てきてしまった袁紹である。
「それで、一刀、他の者は誰なのですか?」
袁紹は陛下に同行してきた董卓と賈駆を指して尋ねる。
「はい、董卓さんと「何ですってー?!!」……」
董卓という名前に驚きを隠せない袁紹である。
というより、全員驚いている。
「はい、この董卓さん、陛下の大事な侍女の一人だそうなのですが、名前があの悪の董卓と同じであるというだけで皆にそのように驚かれ、疎外されていたそうなのです。
そして、もう一人が賈駆さん。
悪の董卓の軍師をしていましたが、董卓の横暴にいつもその身を削る思いだったそうです。
そうして、いつしか賈駆さんは自分の主君と名前が同じで、悪の董卓に酷い目に合わされているのも同然の侍女の董卓さんと仲が良くなり、そして共に陛下をお守りしようと心を一つにしてきたそうなのです。
なので、董卓の部下ではあるのですが、殺さずここに連れてきた次第なのです。
他の悪の董卓の部下も同じようにこの侍女の董卓さんのほうにむしろ心引かれていったらしいです」
名前がばれても、賈駆と董卓の仲が疑われても問題ないような設定をでっち上げて袁紹に説明する。
「そうなのですか。
それは大変でしたわね。
これからは、この華麗な私の許で働くとよろしいですわ。
そちらの侍女はしっかり陛下の面倒を見ることですわ。
オーッホッ……」
陛下の御前なので、高笑いは控えようとしたようだ。
「はい、この賈駆、誠心誠意をもちまして、袁紹様に仕えようと思います」
「いい心がけですわ。
期待しておりますわよ。
オーッ……」
袁紹も、陛下の前だとちょっとやりにくそうだ。
「あと、麗羽様には業に戻ってからお知らせしようと思っていたのですが、あの呂布も麗羽様の許に下ってくれることになりました」
「え?あの呂布が、ですか?」
驚きを隠せない袁紹と、嬉しそうな表情になった董卓。
史実では親子の縁を結んでいたそうだが、恋姫では姉妹の契りでも結んでいたのだろうか?
「虎牢関を飛び出して、我々の間を抜けていったではないですか」
「はい。実は俺はあの日、天啓のようなものを感じまして、侍女の董卓さんを助けたら呂布さんも下ってくれるという気がしたのです。
それで、虎牢関から離れた場所で呂布さんを待ち、話し合った結果、洛陽には戻らず、麗羽様に下ってくれることになったのです。
呂布軍が洛陽に戻っていたら、洛陽攻略ももっと厳しいものになったことでしょうし、呂布軍を取り込めば袁紹軍はますます強くなるでしょう。
なので、勝手な行動と咎められるのを承知の上で、呂布さんを説得したのです。
どうか、お許しください」
天の御使いという立場は、こういういい加減な説明が可能なので、時々便利だ。
「まあ、そうですわね。
呂布がいたら、洛陽攻略も厳しいものになっていたでしょうからね。
いいですわ、その件不問といたしますわ」
「ありがとうございます」
かくして、董卓一門の取り込みに成功した一刀であった。
田豊、沮授らも董卓を見て、確かにこれなら救いたいという気持ちも理解できると、一刀に共感するのである。
「麗羽さま~、戻りました~」
そうこうしているうちに、顔良も戻ってきた。
皇甫嵩ら地下牢に囚われていた者たちも一緒だ。
ただでさえ人材豊富な袁紹である。
それに彼等が加われば、もう他に人材面で追随する諸侯はいない。
皇甫嵩はじめ、彼らには顔良から董卓の状況は説明済である。
彼らも、状況は分かっているので、袁紹に董卓の身分を明かすようなひどいことはしない。
「あ~ら、陽ではありませんか。
陛下をお守りするはずのあなたが何を牢屋で遊んでいたのですか?」
いつぞややり込められた腹いせか、無事再会できた余裕か、きつい言葉で皇甫嵩を出迎える袁紹。
「返す言葉も無い。
今回は本当に世話になった」
さすがに、うなだれている………ようには見えないコールドビューティー皇甫嵩。
今度は陛下に向かって跪いて、
「献様、此度は全く献様をお助けすることが出来ず、面目ございません。
何なりと処分をくださいますよう、お願いします」
劉協の真名は献らしい。
献帝劉協の真名が献……。
「いえ、陽こそ朕がいたばかりに自由に活動できなかったのでしょう。
処分などあってはならないことです。
その代わり、今後は何が起こっても朕を守ることを希望します」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
宦官に虐げられていた人々が、ここに会した。
あとがき
董卓の名前を董卓にすると言う話は確かどこかにありましたが、参考にさせていただきました。