炎上
そのころ文醜は……
「よっしゃ!これで全員片付いたな」
と、満足そうにしていた。
が、
「文醜将軍!早く逃げてくだせー」
と、部下が避難するよう叫んでいる。
「へ?」
文醜が辺りをみてみると、もうそこは火の海だった。
張讓が投げた火のついた薪があちらこちらに飛び散り、それが王宮に火をつけてしまったのだ。
当初予定では文醜らが火をつける予定だったが、その必要もない。
というより、もう小火のレベルを超えている。
小火は死体の顔かたちが分からない程度まで起こしてから消して帰る予定だったが、これはもう消火の範囲を超している。
逃げるしかない。
「撤収!撤収!撤収!」
文醜隊は王宮から慌てて撤収していった。
「麗羽さま~、ただいま戻りましたー!!」
「よくもどりましたわ、猪々子。
……随分黒くなってますわね?」
「はい、まずご命令通り、董卓、宦官、十常侍は殲滅してきました。
ですが……」
「ですが、なんですの?」
「董卓は、我々に歯向かい、最後には自ら王宮に火を放ちましたので、首を持って帰ることは出来ませんでした。
あたいもその場にいたので、火と煙で黒くなっちまいました」
文醜、台本通りでなく、張讓を董卓に見立てた即興の台詞で、悪の董卓をでっち上げる。
実際の悪は張讓だったから、まあ外れでもないだろう。
「そのくらい問題ありませんわ。
もう、これで宦官らが悪事を働くこともないでしょう。
ご苦労でしたわ。ゆっくり休みなさい。街の治安維持は斗詩に任せます」
素晴らしい袁紹だ!
やっぱり宦官相手のときは何かが違う!
「はい、そうします。
兵にも休憩を伝えまーす」
こうして、袁紹軍の目的は全て果たされた。
あとは冀州に戻るだけだ。
その頃には、他の諸侯も洛陽に攻め込んでいて、残党の掃討をしていた。
南側が崩れたという報を受け、東西北の守備が弱体化したのが諸侯が攻め込めた主因である。
洛陽に入った部隊の中には虐げられた民を助けようとする孫策や劉備のような奇特な部隊もある。
が、多くの部隊は王宮に上がって、目ぼしい品を漁ったりしている。
この時代の戦争は特に報酬がなく、攻撃先を略奪して報酬とするということが普通だったので、攻略先の王宮内の物を略奪することは当然の権利として誰も咎めなかった。
後宮に女がいれば、それも略奪の対象になったことだろうが、生憎女は一人もいなかったので、それは叶わなかった。
しかし、宝物探しに割ける時間はあまりなかった。
王宮の奥から上がった火の手がぐんぐん火勢を強くしていき、王宮全部を覆い尽くそうとしていた。
それどころか、火の粉が撒き散らされ、街のあちらこちらから火の手が上がり始めていた。
「きゃー、たいへーん。みんな~街の外ににげて~~」
「みんな、我々に続いて!城外に避難するわ!」
「みなさ~ん、ついてきてくださ~い」
劉備や孫策、顔良、その他諸侯が街に住んでいる人々を外へと導いている。
空腹で動けないような人は兵士が抱えだしている。
悪政で人口が減ってはいても、数十万の人口を抱えた巨大都市である。
避難には数時間を要した。
全員の避難が終わったとき、もう辺りは暗くなり始めていた。
その夕暮れの空を洛陽全体を燃やす炎が焦がしている。
さすがに、みな呆然としてその情景を眺めている。
「洛陽が……朕の洛陽が、燃えていく」
劉協もショックを隠しきれない。
「献様……」
「月……」
そんな劉協を董卓が慰めている。
劉協は董卓の胸の中でいつまでも泣き続けていた。
洛陽が炎上するのは、宿命だったのだろう。
文醜もまた、非常なショックを受けていた一人だった。
泣きそうな文醜は一刀の天幕を訪れる。
「な、なあ、一刀」
「何ですか?猪々子さん」
「洛陽が燃えているのはあたいの所為じゃないよな?違うよな?」
別に文醜が火をつけたわけではないが、文醜たちが戦っているところが火元だったので、恐ろしくなってしまったのだろう。
「ええ、違います。
猪々子さんは悪くありません。
悪いのは悪の董卓や宦官です。
猪々子さんは全然悪くありません」
「そうだよな?そうだよな?」
文醜は一刀の胸に静かに抱きつき、さめざめと泣き始めた。
「……ちょっと猪々子さんと一緒にいるから」
一刀は天幕にいる田豊と沮授に声をかける。
二人とも何も言わなかったが、表情は一刀に同意していた。
翌朝……
「あたいの心も体も一刀に火ぃつけられちまった……」
元気を取り戻した文醜が一刀と抱き合って寝ていた。
董卓、宦官の殲滅作戦はこれで終了した。
宦官は殲滅、董卓は洛陽を炎上させ、そして袁紹軍に殺された、ということになった。
董卓の悪名はここに定まった。
集まった諸侯は、袁紹の号令の下、解散となった。
今回の董卓討伐の恩賞は後日連絡するということにした。
洛陽の民衆は、希望するならば業で受け入れると袁紹からの布告が為されたので、洛陽に住んでいた住民数十万人の大半は冀州に移動することとなった。
曹操も受け入れを表明したが、皇帝のいるところがよかったのだろうか、袁紹領に比べれば向かう人数は少なかった。
それでも、洛陽に近いのが好評だったのか、数万人の人々が曹操領に向かっていった。
袁紹軍は当面洛陽付近に留まる民のため、1万の兵と、多量の食料を洛陽の傍に残しておいた。
陛下、袁紹、兵の主力は先に業に向かっていった。
さて、兵を自国に戻す前に、戦場を見て回っている部隊もいる。
「何かわかった?桂花」
「扉は壊されていませんから、城壁を越えて侵入したものと思います。
梯子でも掛けたのでしょう。
ですが、夏侯惇の目を奪ったほどの敵の攻撃をどう、かわしたかは……」
「あの弓でしょうか?」
「そうね、秋蘭。そう思うわ」
「飛距離だけでなく、精度も高くないとできない作戦です」
「ええ。そのうえ、城壁に登った兵が、速やかに城門を開けているところを見ると、剣技も優秀ね。
際立って優秀な武将はいないけど、兵卒の力は曹操軍より上みたいね」
「はい、北面の兵の攻撃が弱くなったのが、攻撃開始から一刻もかかっていませんから、袁紹軍が城門を突破したのは、もっと早い時間と考えられます。
兵の数の差も大きいですが、それにしても驚異的な早さです」
「大陸を制覇しようとした時に、一番邪魔になるのは、もしかしたら麗羽かもしれないわね。
大陸全部を統べようとする気概が見られたのは孫策一人だったけど」
「……ということは、華琳様」
「ええ。今回は諸侯の様子をみるために麗羽に付き合ったけど、これでおしまい。
あとは好きにやらせてもらうわ。
桂花、これからよ、曹操軍が本当の力を出すのは」
「御意!」
宦官は駆逐されたが、大陸に平穏が来る気配はないのであった。
あとがき
洛陽が世界最大と記載しましたが、この当時最大だったかどうかはどうもよくわかりません。
人口も、数十万いた程度で、かつての都100万都市長安には及ばないようです。
案外業の方が人口が多かったかもしれませんが、資料(といってもweb)では分かりませんでした。
ちなみに、董卓編終了まで48話。
この先公孫讃、匈奴関係、官渡、などまだまだ続きますが、一体いつになったら終わることやら……
地道に進めていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
尚、この先しばらくはいくつかの出来事が同時に起こり、その関係を試行錯誤しながら書き進めますので、少しペースが落ちると思います。