訓練
「突撃ーー!!」
演習場というより、城外の平原に文醜の声が響く。
「たるー」
「だりー」
だが、昨日まで遊んでいた兵隊が、そう簡単に動けるようになるものでもない。
だるそーな雰囲気が漂っている。
「てめーら!やる気あんのかああ!!」
文醜の声が10万の兵に響き渡る。
覇気がないとはいえ、袁紹軍。数だけはすさまじい。
文醜も、流石に将軍。よくもこれだけの人間に一声で命令を届けられるものだ。
「そりゃーねえっすよ」
勇気ある兵士が口答えする。
「そうっす。戦なら少しは頑張りますけど、訓練なんて」
「なあ」
「お前……ちょっと来い」
文醜が一人の兵士を呼びつける。
「…………え?」
普段と違う文醜の妙にまじめな様子に、呼ばれた兵士は硬直してしまう。
「ぶ、文醜将軍、じょ冗談に決まっているじゃないっすか。
ももももちろん、しんけんにくんれんしますです、なあみんな!」
「お、おう、もももちろんだぜ」
「ふ、いいだろう。あたいはな、軟弱な男が大嫌いなんだ!
今度弱音を吐いたら全員ナニを切るから覚悟しろ!」
こんな真剣な文醜を見たことがある兵士は一人もいない。
さすがにビビッてまじめに訓練に取り組もうとする。
「突撃ーー!!」
再度文醜の号令が響き渡る。
「おおーー!」
掛け声も勇ましく、突撃を敢行する。
が、日頃やっていないものがそれほど簡単に出来るわけがなく、
「うわーーーー!!!」
何人かの兵士がばたばたと倒れ、それがきっかけとなって将棋倒しのように兵士がばたばたと倒れていってしまう。
「何やってんだ!お前等!!」
「ちょ、ちょっと足がもつれて……」
「気合が足らない!もっと、気合入れてやれーー!!」
「はいーー!!」
だが、気合を入れても出来ないものはできない。
こうして、初日の訓練は文醜のフラストレーションを高めるだけで終わってしまった。
それでも、二日目、三日目ともなると兵士達の体力も次第に戻ってきて、文醜の号令についてこれるようになってきた。
一週間後。
毎日訓練の様子を見ていた一刀と沮授。
「結構やりますね」
「ええ。ここまで統率が取れるとは思いませんでした」
「そろそろ、麗羽様に見せますか」
「そうですね。今見せないと……」
「そう思いますよねえ」
そろそろ頃合と思い、袁紹を呼びに行く。
「麗羽様」
「あら、一刀。何かしら?」
「たまには猪々子さんの訓練の様子でも見てみてはいかがでしょうか?
言い出した手前、毎日訓練を見てますが、本当に華麗な動きをするようになってきました」
「それは見ないわけには行きませんわね」
「それでは早速」
基本的に袁紹は常時暇そうなので、興味があればほいほい出かける。
袁紹と護衛の兵士、それに一刀が馬に乗って文醜の許を訪れる。
そう、それがまだ普通の光景だろう。
袁紹が出かけるときに何人もの護衛が付くという状況が。
「猪々子、訓練の様子を見に来ましたわ。
随分華麗な動きになってきたと一刀が言ってましたわ」
「もちろんです、麗羽様。見ていてください」
文醜は兵士達に号令をかける。
「整列!」
兵士がさっと突撃体制に整列する。
行動もきびきびしていて、確かに見ていて美しい。
「構え!」
槍、というか棒を全員前に突き出す。
その動きも全員が揃っていて、袁紹が満足するに値するものだ。
というより、こんなに揃った動きを袁紹は見たことがない。
「突撃ぃーー!!」
「ぅおおおおぉーーー!!」
兵士たちが咆哮と同時に突進を開始する。
10万人の兵士である。その勢いは戦慄を覚えるほどに迫力がある。
「す、すばらしいですわ。さすがに我が軍、華麗で力強いですわ」
「本当に、素晴らしい軍です。本当に麗羽様の軍は華麗さが際立っています」
「オーホッホッホ。もちろんですわ」
こうして、文醜軍は袁紹も満足する見事な行動をとれるようになっていた。
だが、一刀も沮授も予想していた。
恐らく、今がピークの時だろうと。
文醜は突撃型だから一ヶ月休みなしに訓練するに違いない。
そして、次第に疲労が蓄積されて、本番ではぼろぼろになるに違いないだろうと。
一刀らの予想通り、文醜軍の動きはその後精彩を欠き始め、それを挽回しようと文醜はより過酷な訓練を課し、という悪循環が続いていった。
もう、戦う前から結果は明らかだった。
顔良の貞操は守られそうだ。
一方の顔良軍。
こちらも総勢10万の兵が集められている。
二軍で20万。
それでも袁紹軍の全勢力ではないのだから、袁紹軍の規模は凄まじい。
顔良軍は、田豊を軍師に仰いだ。
彼女の指示の許、基礎体力の拡充から図っている。
武具を装着してひたすら走る。走る。走る。
それから休憩。
またまた走る。走る。走る。
……地味な訓練だ。
もちろん、兵士が怠けないように顔良の優しい笑顔が全員を見張っている。
というのが一週目。
二日の休みを挟んで次の週が突撃訓練。
文醜と違って華麗さはないが、地道に一ヵ月後を目標に訓練をしている顔良軍。
二週目の終わりには、突撃速度も文醜軍匹敵するレベルになっていた。
そして三週目。
フォーメーション訓練、陣形訓練。
いきなり多くの陣形を覚えさせても仕方がないので、文醜対策で鶴翼陣と衡軛陣の2つを徹底的に鍛える。
「突撃ーー!!」
衡軛陣になった顔良軍が、顔良の指示で一直線に突撃する。
「左右に展開ーー!!」
集団で移動していた顔良軍がばっと左右に分かれ、あっという間に鶴翼陣に展開する。
「敵を迎撃!!」
展開していた顔良軍が方向を内側に変え、それから鶴翼の内側の敵を挟み込むように突進する。
「そこまで!!」
顔良の指示で衝突寸前だった自軍同士がぴたっと止まる。
「文醜軍は横から攻められるので対応が難しいでしょう。思う存分やっつけてください」
「文醜軍を横から全滅させてね!」
田豊の小さな声を、顔良が大声で全軍に伝達する。
「はっ!」
兵士たちの威勢のよい返事がある。
やはり毎日演習を見ている一刀と沮授。
「かなりよくなってきましたね、斗詩さんの軍も」
「ええ。これだけ"華麗"なら麗羽様もお喜びになるでしょう」
「そう、"華麗"ですね」
一刀と沮授は顔を見合わせてにっこりと笑う。
「斗詩、ずいぶん華麗になるのに時間がかかったのですね。
猪々子は訓練を始めて一週間後には私に華麗な成果を見せてくれましたわ」
一刀に誘われて訓練を見にきた袁紹が一言目から苦言を呈している。
だが、訓練の方法が違うので、それは当然。
顔良もその辺は充分理解している。
「大丈夫です、麗羽様。
文ちゃんは猪ですから、まっすぐにしか進めません。
私は"華麗"に展開しますから少し時間がかかりました。
でも、本番では私が必ず勝ちます」
そして、訓練の成果を見せる顔良。
確かに時間をかけた分、文醜より映えて見える。
「すばらしいですわ、斗詩。
兵士が舞う様に展開していますわ」
「でしょ~?麗羽様」
「ええ。当日は期待しておりますわ」
「は~い♪」
こうして、二人の将軍は決戦の日を迎える。