政策
帰りの道中、田豊は馬上で今後のことをあれこれと考えている。
〔戦争を行うことは大事業だけど、戦後処理も同時に大事業よね。
戦後処理として色々やらなくてはならない案件があるけど、今回真っ先にしなくてはならないのは避難民の受け入れ準備。
今回の戦争では洛陽が炎上してしまって、その住民を受け入れると公言してしまった以上、その対応を真っ先にしなくてはならないですもの。
政治体制云々も問題だけど、放っておいてもすぐに大問題は発生するわけではないから。
でも、住民は放っておいたら街に溢れてしまうので、放っておくわけにはいかない。
冀州はその点有利よね。
一刀が屯田制を始める前は、人が住んでいるところは城壁の内側だけだったけど、屯田制を始めて耕作面積が飛躍的に増えると、街から遠方の畑に毎日通うと言うことは無理だから、城壁外にもいくつもいくつも村落ができているものね〕
そう、曹操が邑を作る前は、人が住んでいるところといえば城壁の内側に限られていたのだった。
しかし、屯田制がきっかけで邑(村落)が出来始めていたのだ。
現に袁紹、曹操の治めている州以外では、人が住むところといえば城壁の内側だけだ。
冀州では、そういう村落いくつかにたいし、農協一つという構成になっている。
袁紹に大陸を統一してもらう手前、曹操に負けるわけにはいかないから、一刀は曹操に一足先んじて村落を作り始めていたのである。
農協制は曹操でも考え付かなかった案件だ。
〔だから、農民はほとんど業から出てしまっていて、業の住環境は比較的余裕があるもの。
それに、各村落の周りにはまだいくらでも麗羽様の顔の染み……いえ、未開墾地が残っているから、労働力さえ確保できればまだいくらでも開墾することができる。
農民には各村落に散ってもらいましょう。
そして数年間を乗り越えれば、人口増以上に食料増産が見込まれるでしょうから、数年に一度天災が起こっても備蓄で乗り越えることが出来ることができる、磐石の食料体制を備えた国家が出来上がるにちがいないわ。
業に住まわせるのは、政治関係に携わるもの、および商業、工業に携わるものの一部とすれば、業の住まいだけで対応できるでしょう。
工業はともかく、商業は各村落にもそれに従事する人が欲しいので、あちらこちらに分散してもらっていいかもしれないわね〕
成熟していた国家であれば、もうそんな余地が残されていないので数百万の人口の国に数十万の難民がやってきたらパニックになったであろうが、発展途上であったので、こういった離れ業ができる。
だから、洛陽に住んでいた数十万の住民も、冀州、并州の村落から引く手あまただ。
来た当初の住居、食料の確保は課題ではあるが、住む場所は家ができるまでのしばらくの間は天幕で我慢してもらうことにして、食料は現時点でも数百万人×十年分以上の食料備蓄はあるので、数年食糧増産がなくても平気!
国家として洛陽全部を受け入れることができる下地が整っていたのだった。
〔労働力をみんなが欲するのは、税制によるところも大きいかもしれないわね。
一刀の意見で累進課税が導入したけど、高くても5割の税率に抑えられているから、それ以上は収入を増やせば増やすほど自分の収入が増えるもの〕
一刀は税制に関しては全くの素人であるが、日本に累進課税があるくらいは日本人として知っていたので、それを意見してみた結果採用されたのだ。
人民も、低い税率でそこそこの収入を得るよりも、高い税率でもガンガン稼ぐほうが魅力的なので、そっちを目指すようになってきていた。
だから、今や低い税率の人は、高い税率の人々に収入が少ないんだと馬鹿にされる始末である。
働けば働いただけ成果があがるシステムでは、そういわれると努力したくなるものだ。
まだまだいくらでも発展の余地はある。
だから、労働力はいくらでも欲しい。
労働力が増えれば一人当たりの取り分が当然減るが、共同で作業しなくてはならないような案件も少なくないので、労働力が増えたほうが結果として総収入が増えるというのが今のところの産業システムになっている。
つい最近までは税率が下がることに歓喜していた民衆が、こぞって高い税率を目指すというのも不思議なものだ。
50年後、100年後も同じシステムでうまくいくかどうかは不明だが、そんな先のことはその時代の人に考えてもらえばよい。
〔最近、急発展しているのがビール産業ね。
一般市民でも普通に飲めるようにするために、信じられない規模のビール工場が出来ている。
もう、業には入りきらず、業のそばにビール専用の街を作ってしまったくらいだから。
それに関わる作業員も案外多い。
ビールの街といっても、その大部分は食料庫を兼ねているから、街全部がビール工場と言うわけではないけど、それでも巨大な街よね。
そうそう、ビール工場が大きくなったので、甕の需要も伸びているわね。
とにかく、洛陽の全人口を受け入れることは何ら問題ないでしょう。
でも、それを最初に私達だけで捌くのは難しいから、洛陽にいた文官もついてきてもらっている。
業に着くまでに仕事のやり方を確認しておいてもらいましょう〕
そんなようなことを移動しながら考えている田豊である。
沮授、荀諶、逢紀、審配ら他の参謀にも意見を聞いてみるが、それほど外れた点はないと思っている。
さすがは名参謀。
田豊はちらと隣の一刀を見る。
名伝令もいることだし、希望の政策を実現することができるだろう。
地味な仕事だが、一刀なしではもはや袁紹陣営は成立しないだろうと期待した眼差しを向ける。
「ん?どうした?」
一刀が尋ねる。
「うぅん、なんでもないの。
ちょっと、愛しているって思っただけ」
「そそそんなこと、今言わなくても……」
ちょっと顔を赤らめる一刀である。
〔それから、政治的には……〕
田豊は視線を一刀から正面に戻し、考えを再開する。
〔麗羽様が将来皇帝になるかどうかは別にして、まずは現在の状況を磐石にする必要がある。
そのためには、麗羽様の身分が冀州牧のままではまずい。
陛下に具申してそれ相応の身分を得る必要があるわね。
諸侯に袁紹は陛下に次ぐ第二位の立場にあるということを知らしめる必要がある。
相国になれば問題ないけど、陛下がそれを認めるかしら?
無理強いすればうんというだろうが、それでは宦官とやっていることが変わらない。
やはり、ここは率先して摂政に任じるようにしたほうが、あとあとやりやすいもの。
まずは陛下の心積もりだけど………だめなら、董卓に頼むといいかもしれないわね?
あの董卓、案外拾い物だったかもしれないわ。
一刀の言うとおり、殺さなくて正解だったわ。
陛下が認めなかったら、董卓経由で頼んでみると、案外すんなりいきそうな気もする。
………というより、それ以前に名伝令がいるものね。
まず、一刀に頼みましょう。
麗羽様がどういうかが問題だけど〕
まずは、漢の国ありきでの政策を考える田豊である。
一度に全てを転覆させては大陸全土が一気に騒乱に突入するから、とりあえずは現状維持を図らなくては。
それから、少しづつ変えていくという方法をとるのだろう。
〔麗羽様が漢の皇帝に次いで第二位の立場になったとしても、漢の皇帝自体の権威が失墜しているから、諸侯がそれを認めるかどうか。
こちらのほうが余程問題よね。
麗羽様は、人柄があれなので、袁家としての人望はあるけど、個人としての人望はあまり期待できないもの。
下手をしたら、全部が麗羽様、というか漢から離れていってしまって、各州が独自に皇帝を立ててしまう可能性がある。
それらを個別に撃破していくのも……。
それに、黒山、烏丸の動向も気になるし……〕
「ねえ、一刀」
「ん?」
「州牧の持っている軍事力、影響力を下げるにはどうしたらいいと思う?」
「そんなの簡単じゃん。
治める州を変えさせればいいんだよ」
〔それは道理ね。
でも、それを命ずると、多少は袁紹に仕えようとする気がある州牧の反感まで買ってしまうような気がする。
これはもう少し考える必要がありそうね。
沮授や荀諶にも相談してみましょう〕
「それから、金を使わせることだ」
「金を使わせる?」
「ああ。俺の知っている国では、奥さんを都において一年おきに都と自分の国の間を往復させていたっていうのがあった」
「ふーん……」
〔それも、大反発を買いそうな方法ね。
でも、金を使うと言うのは他にも方法があるかもしれないわね。
それにしても……〕
田豊は思いを更に先に向ける。
〔結局戦は避けられないのでしょうね〕
田豊は現在の大陸の状況をまとめる。
漢の持つ州は全部で13。
その州と、州牧は次のとおりだ。
州 牧
幽州 袁紹
冀州 袁紹
并州 袁紹
司州 皇帝直轄地
雍州 董卓
涼州 馬騰
兗州 曹操
豫州 曹操
青州 陶謙
徐州 陶謙
益州 劉焉
荊州 劉表
揚州 袁術
一刀が見たら、一体いつの勢力図なのだ?と疑問を呈するだろうが、どうやら今はそうなっているらしい。
州牧ではないが、郡の太守で、州牧とは一線を画している名士たち、袁紹領内で言えば公孫讃などが独立した対抗勢力として考えられるだろう。
そして、それ以外に
北方に 黒山・南匈・烏丸
西方に 羌・胡
南方に 蛮
といった勢力が袁紹の邪魔をするだろう。
〔陛下と董卓を引き入れた今、司州、雍州は麗羽様の影響下にある。
ということは河北は涼州を除けば全て袁紹勢力化にある。
仮に大陸の全州が麗羽様に叛旗を翻したとしても、まず袁紹軍とぶつかるのは、地勢的に曹操・馬騰・陶謙・劉焉・劉表、それから黒山・南匈・烏丸。
このうち、勢いがあるのは曹操、黒山の二つ。
黒山は勢いはあるが、武力はもやは袁紹軍の敵ではないでしょう。
馬騰はまだ羌、胡との決着をみていない。
陶謙は年の所為か、一時期ほどの覇気が無い。
劉焉は益州内部に留まっている。
劉表は今のところ麗羽様とは友好的だ。
南匈・烏丸も友好的だ。
そうすると、気をつけるべきは曹操のみなので、いきなり無理な政策を推し進めても何とかなるかもしれないわね。
……まあ、最初からそこまで粋がらなくても。
その辺は少し様子を見ながら進めましょう〕
参謀田豊は袁紹の時代を見据えて、政策の展開を考えているのであった。