伝令
皇帝劉協は皇甫嵩や董卓と話をしていたようだが、こちらは袁紹軍に随行している軍師、将軍たち。
今日の野営地で賢人会議を開催している。
賈駆も軍師として同席している。
田豊が最初に自分の考えを述べる。
難民受け入れについては、袁紹軍の人々は何ら問題ないという感じで受け入れるが、賈駆一人がその考えに疑問をはさむ。
「ちょっと待って。
洛陽の民を受け入れるとすると、食料はどうするの?」
食料は全く問題ない案件だったので、田豊は特に触れなかったのだが、そんなことを知らない賈駆は、自分の領地の様子を思い浮かべて疑問を挟んだのだった。
「食料?全然問題ないわよね、一刀」
「ああ。数十万人だろ?
食料の増産がなくったって受け入れ可能だと思うな。
住むところはそれぞれ作ってもらわなくちゃなんないけど」
「……信じられない」
賈駆のいたところ、即ち董卓の治めていた雍州は今は田舎である。
古は黄河文明の発祥地であり、そしてかつては長安を有し漢最大の人口を有していたが、遷都されてしまうと残されたものは何もなかった。
州全体の人口が数十万人。
州全体で洛陽とようやく並ぶ程度の人口である。
黄河文明のような小規模な集落であれば問題なく養える土地であるが、長安のように規模が大きくなってしまうと、もう雍州内では賄いきれず、漢の他の地から食料を運んで、ようやく人口を養っていたというのが実態であった。
だから、遷都され、雍州の意味合いがなくなってしまうと、食料自給すら困難になっていたのであった。
雍州では日々の食料確保に如何に苦労していたことか。
というが雍州の実態であったのに、冀州はそれだけの人口が増えても全く問題ないと言い放っている。
「雍州も麗羽様の支配下になるんだろうから、それだったら雍州に適した産業を興して、食料は冀州から運んだら?」
一刀が続けて雍州の食料状況の改善案を提案する。
あまりにあっさりと言うので、賈駆は自分たちの今までの努力はなんだったのか、と悔しくなってしまう。
「まあ、雍州のことはあとで考えることにしましょう。
とりあえず、洛陽の難民受け入れの方針はそれでいいわね?」
田豊が話を進めようとする。
と、そこに客……というより、主が現れる。
「あ~ら、皆で今後の方針を考えているのですか」
顔良・文醜付き袁紹であった。
「はい、麗羽様。
難民の受け入れをどうするか相談していたところです。
そして、参謀達の間で話がまとまったらいつものように麗羽様に報告にあがる予定でした」
一刀が淀みなく袁紹に状況の説明をする。
「そうですか。それはいいことですわ。
だらだらとした会議に付き合うのも苦痛ですからね。
一刀が方針を分かりやすくこの私に伝えれば、私も簡単に決済することが出来ますからね。
これからもそのようにするのですわ」
「はあ……」
なんだかなぁという感じの一刀である。
「それで、一刀にもう一つ仕事を任せることにいたしましたの」
「それは、なんでしょうか?」
「袁家としての方針を陛下にお伝えする仕事を任せることにいたしましたわ」
「は?俺が、ですか?」
「ええ。何か問題でも……」
「どうして麗羽様自らご報告にあがらないのでしょうか?」
「だってぇ………」
陛下の前では、どうも調子がでないのですもの、とぶつぶつつぶやいているが、誰にも聞こえていない。
ちょっと可愛い袁紹である。
オーッホッホッホができないと、辛いのだろう。
「いいからそうするのです!命令ですわ、これは」
「はあ、わかりました」
何もしなくても一刀が伝令になったので、内心歓喜している田豊だが、袁紹、一刀には秘密だ。
「それに、この私とて知っているのですよ。
今までばらばらだった参謀、将軍を一刀の人望で一つにまとめたのでしょ?
陛下にもその人望を使うことですわ。
オーッホッホッホ」
袁紹は言うことを言って、去っていった。
「……仲違いが解消したのって、俺の人望の所為なのか?」
それは違うだろうと思う一刀が全員に確認する。
「いいんじゃない?女性関係の人望って考えれば」
田豊のきつい一言であった。
賈駆が一人、頭の上に?マークを灯していたが、同時に危険な雰囲気を感じたのか、
「月になにかしたら、このボクが許さない」
と、一刀に釘を刺す。
「しねーよ!唯でさえ、浮気をしたら奥さんっぽいのが恐ろしいんだから」
「自業自得よねぇ、清泉」
「そう。それから、奥さんっぽいではなく、正妻」
「はいはい、俺の妻は清泉と菊香の二人しかいないから」
「何か言い方が引っかかるけど、話を続けましょう。
あ、その前に忠告しておいてあげるわ。
陛下を抱いて戻ってきたけど、それ以上のことを考えたらきっと皇甫嵩様が黙ってないでしょうね」
田豊はにやりと嗤って、話を進める。
自分の頭が胴体から離れるシーンの後ろに無表情の皇甫嵩が血塗りの刀を持っている姿を想像してぞ~~~っとする一刀であった。
次に話題になったのは政治関係。
一応一刀の意見を元にしたアイデア、即ち国替えと参勤交代を説明はするのだが……
「内容の是非は兎も角、時期尚早でしょう。
まず今回の董卓討伐に功のあった諸侯にそれなりの褒美を与えて、陛下や麗羽様の力がついてからでないとそのような施策は無理でしょう」
「私もそう思う」
沮授、審配にあっさり却下されてしまう。
田豊もそうだろうと思っていたので特に却下されたことに不満は持っていない。
「まあ、私もそう思っていたのよね。
それでは何をすればいいと思う?」
「官位を授ける位しか陛下に出来ることはないですね。
麗羽様から恩賞を送るというのもおかしいですし」
「今更漢の皇帝の官位をもらって嬉しいのかしら?」
沮授、審配、二人とも皇帝の重要性は認識しつつも、その権威の低下は否定できないという点で一致している。
「そうよねぇ。名より実よね、この時代」
「ビールでもくっつけたら?」
一刀の意見に、田豊、沮授、審配の目がきらりと光る。
「いいわねぇ」
「ええ」
「最高よ」
会議の後で。
「ねえ、ビールって何よ?」
賈駆が一刀につっかかるように質問している。
賈駆は一刀と仲が良いわけではないが、というより傍目には悪いが、それでも一刀は聞きやすい人間なのか、賈駆が不明な点を問いただしている。
やはり、ゲームの仕様上、女難は避けられない運命にあるようだ。
だいたい、この二人の仲が悪いというのは、董卓を侍女にしてしまったという時点で避けられなかったのだろう。
それに加えて、洛陽での袁紹の一言が利いた。
「オーッホッホッホ、賈駆とやら。
洛陽を火の海にした大悪党董卓から、この華麗な私に主人を変えてよかったですわね!」
董卓が悪党呼ばわれされることが耐えられない賈駆である。
それが、大悪党となった日には……。
ストレスのはけ口を一刀に求める。
「助けてくれたことは感謝するわ。
でも、このボクの心に巣食ういらいら感は何?
感謝しなくてはならないことはわかるけど、どうにも月の悪口を聞いたり、あんたの顔を見ると鬱憤が溜まってくる。
きっと、ボクとあんたじゃ反りが合わないのね」
「そ、そんなこと言われても、俺だって困るんだけど。
そんなに言うなら、俺と会わなきゃいいじゃんか」
「そうなんだけど……
どうにもあんたに不満をぶつけたくなるのよ!」
一刀、不憫だ。
「まあ、不満を聞くくらいならいつでも聞くけど……程ほどにしてくれよな。
董卓さんだって、きっとこういうぞ
『だめだよう、詠ちゃん。助けてくれたんだからそんなひどいことを言ったら』って」
それを聞いた賈駆は、ふるふると怒りで震えてきた。
「一回殴っていい?」
「詠ちゃん、止めて。助けてくれた人を殴ったらいけないわ」
「殴ることにしたわ」
「ご、ごめん!」
それから、追いかけっこを始める二人。
ちょっと調子に乗りすぎてしまったような一刀である。
董卓なしの賈駆の扱いは難しいようだった。
というのが洛陽での話。
で、それ以来仲はよくないが(……実はいいのかも?)、とにかくストレスの発散先に選ばれてしまった一刀は、日々賈駆と何かと話をしている。
一刀もそれだけ話せば賈駆の扱いに少しは慣れてくる。
そして、冒頭の話の続き。
「ビールってのは酒の一種だ」
「酒?そんなもの運んで腐らないの?」
「ああ。2~3週間なら問題ない。
もう少し放っておいても平気だと思う」
「葡萄酒や蜂蜜酒以外にも保存の効く酒があるのね」
「ああ。それから、ビールは葡萄酒みたいな高級酒でなく、大衆用の酒だ。
それでも、市井に出回っている酒よりずっと強い。
だから、最初は只で配って、需要が出てきたらそれを少し高めに売って儲けられるんじゃないかってことだ」
「でも、そんな酒なら他の諸侯も造るでしょうに」
「技術的には出来ると思う。
でも、それだけの麦の供給が袁紹領以外では無理だから、事実上出来ないだろうな」
「一体どれだけ麦がとれるのよ、あんたのところは!」
「袁紹領民1000万人を冀州だけでまかなって、さらにある程度のビールを造っても、備蓄にまわせる分がある。
その他にも幽州、并州での生産もあるから、……そうねえ、たくさん!」
絶句する賈駆である。
「賈駆さんも、業についたらいくらでもビールが飲めると思うよ。
強い酒が好きなら、桁違いに強い酒もあるけど」
「いいわよ、そんなに飲んでるわけじゃないから。
……あ!酔わせて襲おうっていうんでしょ!」
「違うよ!そんなに信用ないのかよ?」
「ない!」
どこに行っても信用ゼロの一刀であった。