召集
「麗羽は全然贈り物をよこさぬではないか!」
こちらは仲国の都となった寿春の街。
例によって、袁術と張勲が主従漫才を観客もいないのに披露している。
「本当ですね。困りますね、皇帝を蔑ろにするというのは」
「妾を蔑ろにする者には天誅を下すのじゃ」
「はいはーい……って、袁紹様をやっつけろってことですか?」
「そうじゃ。問題あるまい。孫策にやらせればよいことじゃ」
「でも、袁紹様のところに行く前に、陶謙様か曹操様か劉表様の州を通らなくてはなりませんが」
「それなら簡単じゃ。まず、劉表をやっつけるのじゃ」
「どうしてですか?」
「劉の姓が嫌いなのじゃ」
「ああ、漢の皇帝と同じ姓ですものね。
わかりましたー。孫策呼びつけまーす」
やはり、袁紹参謀の読みどおり、反袁紹連合というのは結成されず、袁紹以外の州牧間での戦いが勃発するのである。
というわけで、呼びつけられた孫策。
「劉表を倒すのじゃ」
「へ?劉表って荊州の州牧の劉表?」
「そうじゃ。他に誰がおるのじゃ?」
「随分簡単に言ってくれるわね」
「お主なら問題あるまい。
さーっといって、さーっと倒して参れ」
「また、無茶なことを」
「孫策ほどの将ならば、強い敵の方がよいじゃろ。
劉表ならば敵に不足なかろうに」
「わかったわ。その代わり条件がある」
「何じゃ?」
「劉表相手では今の手勢では足りないわ。
仲に散らばっている他の旧臣も集めるわ。
敵は劉表よ。孫の全勢力で当たらないと劉表は倒せない」
「むむむ……仕方なかろう」
「それじゃあ早速準備を始めるわ」
「うむ、そうするがよい。
さっさと呼び寄せてすぐに出陣せい」
退席しようとする孫策に、袁術が後ろから声をかける。
「ところで、孫策も普通の服を着るようになったのじゃな」
酸棗での出来事を思い出し、むっとして言葉が出ない孫策。
「妾も孫策の醜い体を見なくてよくなってうれしいぞよ」
「ああ、そう。それはよかったわね!!」
ようやくそれだけ反論すると、頭から怒りの湯気を出しながら袁術の許を去っていく。
帰りの道中、袁術と一刀に対する怒りが彼女を支配していたのは言うまでもない。
「さっすが、お嬢様。孫策さん、怒りながら帰っていきましたよー。
人が嫌がることを言う天才ですー。きゃー、すてきー!!
「ふふ、そうであろ、そうであろ。
もっと妾を誉めるのじゃ」
「頑張れ~~大陸一~~!!頑張れ、頑張れ、大丈夫ー!」
「……なんじゃそれは?」
「何となく言ってみたくなっただけですー」
実は、孫策に対する最後の袁術の一言が袁術を不幸のどん底に落とす原因の一つになってしまったのだが、そんなことを本人は知る由もない。
張勲は、袁術の許で無能な参謀を演じているが、実は抜群に有能な参謀であった。
人を見る目、特に袁術に歯向かおうとする雰囲気を察知する能力が抜群で、今まで袁術に敵対する芽を悉く摘んでいた。
だから、ここまで袁術が生きながらえたといっても過言ではない。
孫策が抱いた怪しい野望も、普段の張勲であれば察知したろうが、孫策の怒りに隠されてしまってそれを知ることが出来なかった。
それがどのような結果を生むか?袁術も張勲もまだ知らない。
ボディーペインティングが思わぬところで孫策に味方したようだ。
「何だった?また無茶をいわれたのでしょうね」
戻ってきた孫策に早速周瑜が尋ねる。
「劉表を倒せですって!」
あまりに大規模な戦の、あまりに大雑把な指示に、一瞬呆ける周瑜。
「は?劉表って荊州の州牧の劉表か?」
「そうじゃ。他に誰がおるのじゃ?」
袁術の物まねで答える孫策。
「随分簡単に言ってくれたのだな。
それで了解したのか?」
「ええ。その代わり、仲に散らばっている仲間を全て集結させることを了承させたわ」
「そうか。袁術も仲の過半の兵が集結すると言うことを分かっているのだろうか?
何はともかく、袁術の仕事をするのもこれが最後だな」
「そういうことは口に出していっては駄目。
どこに耳があるかわからないから」
「うむ、つい……な。
ところで、それなら悪いことばかりでもないのに何故帰ってきたときあんなに怒っていたのだ?」
「ああ、あれ?」
孫策は一旦言葉を区切って、そして改めて怒りを露にしてくる。
「袁術に『普通の服を着たのか。嬉しいぞよ』って言われたのよ」
それを聞いた周瑜、答えることもなく表情に怒りを滲ませてくる。
「雪蓮!」
「何?」
「わかるわ、その怒り!」
「でしょ?」
「袁術の次はあの坊やだな」
「ええ!!」
本人の全く知らないところで怒りを買っている一刀だった。
周瑜は早速仲に散らばっている旧臣に声をかける。
黄巾党討伐のときは、親族、および忠臣という部類に属する将の一部、具体的には恋姫のゲームに登場する人物しかあつめられなかったが、今回は違う。
孫堅の代から孫家に忠誠を誓ってくれていた諸侯を全て集めている。
「雪蓮様、ずいぶんご立派になられまして……」
「鉄蛇、よく来てくれたわ。
今まで苦労かけたわね。
これからはずっと一緒になって、私の力になってちょうだい」
程普。字が徳謀、真名が鉄蛇。
かつては韓当・黄蓋・祖茂と共に孫堅四天王と呼ばれていたほどの人物である。
黄蓋は女だが、程普は男だ。
……男でも真名はあるらしい。
「もちろんでございます。
孫堅様から仕えている身、雪蓮様のために差し出します」
「私が袁術のために働くのはこれが最後。
この次の仕事も手伝ってくれるわね」
程普、それを聞いて目をうるうるさせる。
「いよいよ孫家の時代が来るのですね」
「ええ。そのためにも私が支配する領土を少しでも拡げておきたいの。
そして、私が国を興したときに、他の州に対する影響を大きくしておきたい。
でも、これは秘密よ」
「もちろんです。
袁術には絶対に隠し通す必要があります」
「このことは鉄蛇と冥琳しかしらないことだから。
それから、もう一つ。これの存在も……」
孫策はそう言ってなにやら小さな包みを取り出す。
「これは……もしかして!!」
「玉璽」
「一体どうやってこれを?」
「洛陽に行ったときに拾ってきたの。
私たちが国を興すのは天命と言うことだと思わない?」
「はい。これでようやく袁術のいいなりにならなくて済みます」
「ごめんね、私が不甲斐ないばかりにこんなに長い間みんなに苦労かけて」
「そんなことはありません。
我々も袁術にいいように操られて雪蓮様をお助けすることが出来なかったのですから。
我々の方が罪が重いです」
「そんなことないわ。
みんな頑張ってくれていたのは知っているわ。
でも、そんな過去は今はいいでしょう。
とりあえずは劉表を倒すことに神経を集中させましょう」
「そうですね。
劉表様を倒さない限り、我々の国は出来ないのですから」
「そういうこと」
程普の他にも、孫堅時代から仕えていた臣が続々と集結してきていた。
これで、孫策の勢力は孫堅の全盛期のものに戻っていったのであった。
あとがき
これから複数の話が同時に進むので、各話のつながりがなくなって読みにくくなることが予想されます。
加えて、袁術や曹操など、袁紹軍に全く関係ないところの話しか出てこない回も増えてしまいます。
申し訳ありませんが、そのようにご承知置きください。