苦悩
関羽は悩んでいた。
今の桃香様のお役目は琢郡范陽県の県令。
最初お仕えしたときに比べれば立派な身分だ。
桃香様も民衆に好かれている。
あの性格、あの容姿。好かれるのに十分な資質をお持ちだ。
街の中での問題はすぐに桃香様に上げられる。
みんな気さくに話しかけるので、そういう情報はすぐに桃香様が聞いてきてくださる。
そして、それを元に朱里殿が善政と言ってよい政治を執り行っている。
街の民の表情を見れば実際の内容が分からなくともそれと分かる。
かといって、文官が不遇かというと、それも違う。
愛想がよいとは言わないが、普通に仕事をしているようだ。
桃香様の大きな夢の第一歩としては十分なのかもしれない。
だが………本当にそうなのだろうか?
今のままでは公孫讃殿の部下の一人に過ぎず、そしてその公孫讃殿も立場上は袁紹殿の部下の一人に過ぎない。
このままここで過ごしてよいのだろうか?
と。
そうは言っても………
関羽は考えを続ける。
確かに漢を放浪しているときは何か夢があった。
漠然とした大きなものを得ようとする希望があった。
その代わり、生活は苦しかった。
夢を忘れてしまうほどに苦しい生活が続いた。
中でもお金の問題は大きかった。
桃香様は夢はお持ちだが、現実的な感覚が今一つだ。
鈴々は桃香様に輪をかけて酷い。
それを私や朱里殿がどうにか抑えてきていたと思っている。
その生活に戻るのがいいのだろうか?
そもそも、私は何をしたいのだろう?
桃香様を盲信したいだけなのだろうか?
それはない。桃香様の大きな夢に惹かれたのだ。
それでは夢とは?
漢を統べて理想の国を作ること?
もしそうなら、袁紹殿の許に仕えたほうが余程可能性がありそうだ。
袁紹殿は今や国力で他を圧倒しており、そしてその施政も善政として知られている。
そして、今や相国として、漢全土を治めようとしている。
それに諸侯が反抗しているというのが現状だ。
袁紹殿のところには陛下もいらっしゃるから、袁紹殿が漢を統べるというのは自然に思える。
それでも……
私が袁紹殿の許へ行って、この力を出すというのは何かが違う気がする。
桃香様を裏切ることになるから?
そういうことではないと思う。
では何故?
自分がこの人と選んだ人が皇帝にならないと満足しないのだろうか?
私はそこまで傲慢なのだろうか?
……私はどうすればよいのだろう?
関羽は悩み続けていた。
そんな関羽のところに劉備がやってくる。
「愛紗ちゃ~ん……あれ?どうしたの?何か悩みがあるの?」
難しい顔をしていた関羽に劉備が声をかけてくる。
「いえ、何でもありません」
努めてにこやかな表情で答える関羽。
まさか、このまま桃香様に仕えるのがよいことなのかどうなのか分からなくなってきました、と相談するわけにもいかないし。
「そう。でも、心配事があったら、何でも相談してね!
桃香ちゃんでできることだったら、何でもするから。
あ、でも愛紗ちゃんは一刀ちゃんに慰めてもらったほうがいいのかな?」
「知りません!」
顔を赤らめる関羽。
「そういえば、一刀ちゃん、結婚したんだってね」
「はい、そのように聞いております」
今度はちょっと悲しそうな表情をする、非常に分かりやすい関羽である。
「それでも平気だよ。
絶対愛紗ちゃんのこと愛しているから」
「はあ……」
「だからね、一刀ちゃん連れてみんなで旅に行こう!」
「は?何のお話ですか?」
「うーんとね。県令止めて旅に出ようと思うの」
「………行く当てはあるのですか?」
先ほどの苦悩を思い出し、どのような態度をとったらよいか戸惑っている関羽である。
このまま安定した生活を続けたいという気持ちと、別の世界を、夢を探すために旅に出たいという気持ち、その二つが葛藤している。
「うん、陶謙様のところにでも行こうかな~って」
「お知り合いなのですか?」
「ううん、全然」
しばし言葉を失う関羽。
「……そ、それでは何故陶謙殿なのでしょうか?」
「もっと大陸を知りたいなーって。
そうすると、幽州の隣が冀州で、その隣が青州みたいだから、陶謙さんのところなんだって。
冀州に行ったら、袁紹ちゃんにおこられちゃうから、青州にいくの。
あそこはまだ盗賊なんかが多いみたいだから、愛紗ちゃんも絶対活躍できるよ!」
「はあ……」
「だから、さっきも言ったけど一刀ちゃん連れてきてね♪」
「出来ません!!」
妙に一刀にこだわる劉備であった。
「え?!何だって!桃香が県令を辞めるだって?!」
公孫讃が報告に来た劉備に、驚きの声を返している。
「うん。桃香ちゃん、もっと大陸全部を見てみたいの。
だから、白蓮ちゃんには悪いと思うんだけど、他の州にも行ってみたいの。
ごめんね、我がまま言って」
「考え直してはもらえないだろうか。
まだまだ弱小勢力だが、何れは桃香と一緒に大陸を統べたいと思っていたのだが」
「ありがとう、桃香ちゃんをそこまで高く買ってくれて。
でもね、でもね、もっと大陸をみたいっていう気持ちは変えられないの。
本当にごめんね」
「……部下はそれでいいと言っているのか?」
「鈴々ちゃんは一緒に行くのだぁっていってるよ。
愛紗ちゃんも行ってくれるって。
朱里ちゃんは、ちょっと残念そうだったけど、やっぱり一緒に来てくれるって」
そこまで気持ちが固まっているなら、説得は無理だろうと思った公孫讃、劉備の意見を尊重することにする。
「そうか。そこまで気持ちが固まっているなら、桃香の好きにさせるしかないか。
また、気が変わったらいつでも戻ってきてくれ。
歓迎するぞ」
「ありがとう、白蓮ちゃん。
桃香ちゃんも白蓮ちゃんに大事にされたこと、忘れないよ。
もし……もしもだけど、桃香ちゃんが白蓮ちゃんの役にたつことがあったら、いつでも桃香ちゃんを頼ってきてね。歓迎だよ」
「ああ、そういうときがあったら、お世話になろう」
公孫讃は笑いながら答える。
「白蓮ちゃんも、まだまだ通過点だよね。
きっと、大陸全部を統べることができるよ!応援してる!!」
「ありがとう。大陸全部が私のものになったら、その時はまた桃香、私の部下になってくれるかな?」
「もちろんだよ。大陸どこに行っても白蓮ちゃんの領土だもんね!」
こうして、劉備は公孫讃の元を離れ、陶謙の許へと向かうことになった。
劉備には、関羽、張飛、諸葛亮以外にも、劉備を心底尊敬する兵士、数百名も付き従っていった。
陶謙は、未だ領内の治安維持にてこずっており、そんな劉備軍を諸手を挙げて歓待したのだった。