黒山
黒山賊。
族でなく賊というあたりがこの集団の性格をよく示している。
黄巾の残党が母体になったという説もあるが、同時に存在していたので別物と見たほうがよいだろう。
元は盗賊や山賊など罪人だった人々を頭領の張燕が纏め上げた集団である。
いや、今でも罪人か。
一時は10万の勢力を誇ったが、袁紹領で善政が行われているという話を聞いて離脱するものがいたり、度重なる袁紹軍との戦いで次第に勢力を少なくしており、今や兵力3万、内精鋭は5000といった陣容になっている。
それでも袁紹に帰順しないのは、何か思うところがあるのだろうか?
やはり、自分が親分になりたいのだろうか?
「てめーら!敵が袁紹でも何でも関係ねえ!
俺たちゃ俺達のやり方で俺達の国を作るんだーー!!」
張燕が全員に檄を飛ばしている。
張燕。字は秘匿されていて不明、真名が飛燕。
秘匿するなら真名だろうと思うのだが、何故か字を隠す張燕である。
真名の通り、軍を、飛ぶ燕の如く素早く動かし、漢軍を悩ませ続けていた。
だが、そんな張燕も袁紹の善政には堪えた。
元々山賊や盗賊あがりの人間と言っても、漢の悪政が原因で止む無く賊になった人間も少なくない。
そういう人々は落ち着いた生活が保障されると言われたら、そちらを選択したくなるものだ。
だから、黒山賊は戦わずしてその勢力が削がれていた。
逆に言えば、残った人間は本当に悪が染み付いている人々、労働と略奪では略奪を、創造と破壊では破壊を選ぶような人々で、黒山賊はより性質(たち)が悪くなったとも言える。
性質は悪くなったが、精鋭になったかというと、そうでもない。
悪は好むが、地道な軍事訓練を好むような人間は、ほとんど皆無なので、集団を形成した当時の強さから進歩はほとんどないのであった。
張燕の軍才が全てであった。
そんな黒山賊には、袁紹の軍も脅威となっていた。
昔は、数は多いがしまりのない集団だったのだが、何時の頃からか動きに統制がとれ、立ち向かっていっても跳ね返されるような鋼のような集団へと変貌を遂げていた。
張燕は焦った。
必要以上に冀州に攻撃をかけた。
必要以上に賊の反漢意識を昂揚させる必要があった。
そして、今日も全軍相手に出撃前の檄をとばしているところだ。
「「おおーーーっ!!!」」
破壊と略奪が好きなやくざの集団である。
そういうことには大いに盛り上がるのだ。
「よーーし、今日も出陣だーー!!略奪だーーー!!!」
「「おおっ!おおっ!おおおーーーっ!!!」」
こちらは、呂布隊、文醜隊。
黒山賊を倒す拠点に到着した。
いよいよ、黒山賊との対決を迎える時が来た。
「恋、訓練どおり相手の弱いところをついて、適当に戻ってきて。
ここまで来れば、文醜隊が相手をするから」
賈駆が最後の指示を呂布に与えている。
呂布は分かったというように、こくりと頷く。
「気をつけろよ」
一刀も呂布に最後の挨拶を済ます。
呂布は分かったというように、こくりと頷……かないで、じっと一刀を眺め……
「一緒」
と、言ったかと思うとひょいと一刀を持ち上げ、自分の前に座らせる。
「突撃」
呂布の合図で、呂布隊が黒山賊に向かって突進する。
「え?え?え?え?……」
一瞬の出来事に何が起こったのか理解できない一刀。
深呼吸して現状を確認してみれば、認めたくないが自分は呂布と共に赤兎馬の馬上。
黒山賊に向かって、一直線に突き進んでいる。
呂布の体重は、身長に比して軽いほうで、一刀も重くはない。
二人足しても、やる気無い麹義より更に軽い。
…………多分。
名馬赤兎馬は二人を乗せていつもと同じように疾走する。
呂布は自分の隊の先頭を突き進む。
一刀はその呂布の更に前にいる。
ということは、一刀が呂布隊の一番の先端ということになる。
遠くに見えていた黒山賊がみるみる近づいてくる。
この先、残酷なシーンが続きますので、音だけで事態を想像してください。
一刀「ウギャーーーーーー!!!」
ズバッ、ズバッ!
……ドサッ
一刀「ヒィーーーーーッッ!!!」
呂布「退却」
ドドドドドッ
張燕「……お、追え!
敵はたったの100騎しかいないぞ!!」
ドドドドドッ
一刀「ぅぅああぁぁぁ…………」
一方の文醜隊。
呂布隊が黒山賊を連れて帰ってくるのを今か今かと待っている。
「あ~あ、退屈だぁ。
ちゃんと、黒山賊来るんだろなぁ」
文醜が沮授に愚痴をこぼしている。
「少なくとも一度は来るでしょう。
呂布隊はたったの100騎しかいませんし、誘うように戻ってくる手はずになっていますから」
「じゃあ、その後は?」
「多分、もう来ないでしょうね。
わざわざ袁紹軍に飛び込んでくるような真似はしないでしょう」
「はぁ。……っつうことは、あたいが剣を揮えるのは一度っきりってことか」
「その方が楽でいいではないですか」
「そりゃそうだけどさ。
そんな戦いだったら一刀だって出来そうじゃん」
「まあ、そうですね。
一刀も汜水関では一応将として出陣しましたからね。
確かあの時は弓隊に撃てと止めを指示していました」
「だろ?それとおんなじじゃん」
「猪々子は袁紹軍の二枚看板なのですから、突撃を加えればいいでしょう」
「そりゃわかるけどさ。たった一回だろ?」
「まあ、そう言わないで。
その一回に猪々子の全てを注ぎ込めばいいではないですか。
ほら、話している傍から土煙が向かってきましたよ」
「おっしゃ!やったるで!!」
文醜は沮授に慰められて、どうにか戦意を昂揚させ、敵を迎え撃つ態勢を整える。
そうとは知らない黒山賊。
呂布隊にしてはゆっくりとした速度で走らせている騎馬を追いかけている。
と、いきなり響き渡る攻撃の声。
「撃てーーー!!」
文醜の声であった。
その声と同時に一斉に弓矢が黒山賊に襲い掛かる。
「撤収ーー!!」
流石に飛燕と呼ばれる張燕、形勢が危ういと判断するや否や即座に全軍を反転させる。
5000人の隊が一時に反転するというのは、張燕、侮れない采配である。
「とつ…げ………」
そして、文醜が次に突撃の合図をしようと思ったときには、もう目の前に敵はいなかったのであった。
文醜は無人の荒野(死傷者しかいない)を前に、ただただ呆然とするしかないのであった。
このときの黒山賊の被害は次のとおりであった(概数)。
呂布隊の攻撃による死傷者 250人
文醜隊の攻撃による死傷者 1000人
呂布隊は敵の弱いところに接して、一人当たり2~3人の敵を屠り、撤退していったので、敵の被害約250人は想定どおりだ。
反撃が来ないうちにさっさと帰る、これが訓練の成果だろう。
一方の袁紹軍の被害は次のとおりであった。
呂布隊 0人
文醜隊 0人
文醜隊は敵と剣を交えていないので当然の結果だが、呂布隊は5000人の敵と剣を交えて被害0というのは驚異的な強さの軍と言ってよいだろう。
戦いのあとで……
「うぅぅぅーーー、これじゃあ一刀とおんなじだぁーー」
将軍としての仕事が何もなかった文醜が嘆き悲しんでいた。
あとがき
史実では呂布はこのSSの訓練なしで同様の成果を出していたようですが、訓練でより強くなったということにしておいてください。
それにしても、こんなことを実際に行った呂布軍は本当に強かったのですね。