曼成
「秋蘭様、弓、作ってみたんやけど、どうですやろ?」
ここは豫州許の街の王宮、早い話が曹操の城である。
李典が夏侯淵に弓の試作品を渡している。
そう、汜水関での袁紹軍スペシャル弓の断片的な話を元に、半ば想像で作り上げた李典苦心の傑作である。
「弓のことはようわかりませんのて、秋蘭様にみてもらいたいんですわ」
「うむ」
夏侯淵は弓を受け取り、まずは見た目の感想を言う。
「確かに、このような感じだった。
弦は何本かあって、そうそう両端にこんな滑車のようなものがついていた」
「それはよかったですわ。
この滑車のところの強度を確保するのが苦労やったんですわ。
で、使うとどうですやろ?」
「うむ……」
夏侯淵は、弦を引っ張ってみて、様子を調べる。
「私が普段使っている弓と同じ強さの方がよかったのだが―――」
と、言うのを李典が遮る。
「何いうてますねん。
秋蘭様の餓狼牙と同じ強さに揃えてありますぅ!」
「だが、随分と軽い」
「うそ思うんやったら試射してみればええとおもいますぅ」
「それもそうだ」
ということで、二人で試射に行く。
試作品に矢を番えて、それを射って、
「ほらみろ、飛ばないではないか!」
と言おうと思っていた夏侯淵であるが、意に反して矢はぐんぐん飛んでいく。
確かに餓狼牙と同じくらい飛んだようだ。
「どうですやろ。飛んだのやろか?」
声がない夏侯淵に李典が尋ねる。
李典、工作は好きだが弓は得意ではないので、普段より飛んだんだかどうだか分からない。
「いや、今のは間違いだ」
「……間違いってなんなんです?」
「矢が風に乗ったのだろう」
その言葉に、餓狼牙並みの性能が出たことを確信した李典、夏侯淵の手前、おっしゃー!と、小さくガッツポーズをとる。
「そなら、もう一辺撃ってみたらどうですやろ?」
嬉しそうに進言する李典。
「そ、そうだな」
ちょっと狼狽しつつも、第二射を撃つ。
夏侯淵の予想に反し、李典の予想通り、矢は最初の矢と同じくらい飛ぶ。
「な、何故だ?」
「その滑車が引く力を軽くするんとちゃいますか?」
「そうだな。ということは……」
夏侯淵と李典は顔を見合わせる。
そして、互いにうんと頷く。
お互いの脳裏に浮かんだのは、もっと強い弓を作っても大丈夫!ということだ。
「暫く待ってください。
これより強い弓作ろう思たら、材料も考えないけまへん」
「わかった。
袁紹軍はどうしているのだろうな?」
「ほんまですな。やっぱ、あの弓、手に入れたいなぁ」
「……無理だろうな」
「あ~あ、残念や」
ということで、またまた自力で強い弓を作ろうとした李典であるが、それに着手することなく計画は頓挫してしまった。
「そうなの。新しい弓が出来たの」
新弓の開発結果を報告にきた李典と夏侯淵に、曹操が答える。
「はい、秋蘭様に言われたとおりに試作してみたんですけど、うまいこといったようなんです」
「これがその弓ね。
それで、この弓は何がすごいの?」
「は、軽い力で強い弓を引くことができます」
「……ということは、一般兵でも秋蘭と同じ弓を引くことができるということ?」
「御意にございます」
「そやから、秋蘭様用にもっと強い弓を作ろうと思っておりますねん」
嬉しそうに話す李典を曹操が制する。
「だめよ、それは」
「なんでやねん?」
拒絶されると思ってもいなかったので、曹操に食ってかかってしまう李典である。
「それより前に、この弓を大量に作りなさい。
それを一般兵に持たせるわ。
その後ね、強い弓を作るのは」
「一般兵に持たせるのは大事なことなんですか?」
「ええ。真桜は見ていなかったのだけど、汜水関での袁紹軍の攻撃は驚異だったわ。
強い武将は一人もいないし、軍を率いる将にいたっては、戦の素人。
それなのに、華雄軍を叩きのめしていた。
華雄軍も、ちょっと猪突猛進のところがあるけど、それほど弱い軍ではないわ。
公孫讃軍が突撃したから袁紹軍の攻撃は終わりになったけど、袁紹軍だけでも華雄軍は投降したのではと思うくらい。
そのくらい、強い武器を数多く揃えることは戦に勝つことに重要なの。
一人二人強い将がいたからといって、戦局は大きくは変わらないわ」
それを聞いて、ちょっとうじうじする者が約一名いる。
「……も、もちろん、春蘭は信頼しているわ。
春蘭のいない曹操軍なんか考えられないわ。
これからも期待しているから」
「はい!もちろん、華琳様のために、この身を奉げます!!」
一転してうれしそうになる夏侯惇。
彼女も単純な……もとい素直な性格の女性である。
李典は職人多数を指示して、新型弓の生産を始める。
とりあえず100張ということだったので、20人の職人に作り方を指示して、李典が随時仕上げを確認するという手工業方式を採用する。
それから数週間。
曹操指示の通り、100張の弓が出来上がった。
それを夏侯淵率いる弓隊が試射する。
「どう?秋蘭」
曹操も試射の様子を見に来ている。
「はい、飛距離は申し分ありません。
今までの弓隊が使っていた弓とは比べ物になりません」
「そう、それはよかったわ。
でも、飛距離は、ってどういうこと?」
「はい、袁紹軍の弓隊の方が精度が高かったように思えます。
まだ何かあるのではないかと……」
「そう……まあ、ない情報をとやかくいっても仕方ないわ。
とりあえず弓の飛距離が伸びたことで良しとしましょう。
真桜、これを弓隊全員分作りなさい!」
「御意!」
曹操軍も袁紹軍にやや遅れて装備の充実を図ろうとし始めたのであった。