醸造
さて、一刀であるが一日中軍事演習を見ていたわけではない。
というよりは、むしろ、軍事演習を見ていた時間のほうが少ない。
それでは何をしていたか、というと、彼の専門を生かせるかの確認。
……のはずだったのだが、酒のまずさに辟易した一刀は、まず酒を造ろうと決意する。
原料として使える食材は、麦、米、ジャガイモ、サツマイモ。
ジャガイモはあっても葡萄はないので葡萄酒は無理。
色々訳分からない世界だ。
葡萄のほうが入手しやすいだろうに。
ジャガイモ、サツマイモといったら中南米原産で、この時代ユーラシア大陸には来ていない。
葡萄だったら中東やヨーロッパにあるはずなのに???
あとで種を入手できるか聞いてみよう。
ここ、河北の主要産品は麦だから、米や芋から造る酒よりは、麦から造る酒が適当だろう。
ホップがないから現代の(味付けの)ビールは無理。
探せばホップが見つかるかもしれないけど、暫くは諦めよう。
昔のビール(エール)なら麦だけでも出来るので出来そうだ。
それを更に加工すればウィスキーもできるだろう。
蒸留装置が必要だから、醗酵がうまくいったら蒸留装置を作ってもらおう。
蒸留酒は、もしかしたらここに来るかもしれない趙雲対策。
あの人のん兵衛らしいから。
焼酎は麹が必要なので、これがうまいこと入手できるかどうか。
まあ、米をそれらしい場所にばら撒いておいて、麹菌が採取できるか試してみよう。
麹が入手できたら、酒よりは味噌、醤油が先かな?
というわけで、麦をもらってくる。
袁紹は太っ腹だから10袋も麦をくれた。
いや、最初は実験だからそんなにいらないんだけど。
というより、最初は蔵ごとくれようとしたんだけど、どうにか10袋まで減らしてもらったというところが現実だ。
それにしても………実が充実していない。
もっと粒の大きな、つまった実が欲しい。
品種以前に肥料不足だな。
これはこれでなんとか考えないと。
でも、まあ、まずは酒造り。
麦を水につけて放置。
二日後、充分水を吸った麦を借りた建物の床にばらまいて、時々空気を入れながら発芽を促進させる。
まるで自分でやっているようだけど、人もつけてくれたので俺は指示するだけ。
「何をやっているのですか、一刀さん」
沮授が興味深そうにやってきた。
「酒を造るんだ」
「酒?こんな造り方はみたことがないですね」
「でも、西の国ではこんな風に造っていると思うんだけど」
「西?涼州のあたりですか?」
「いや、もっと先。今は……」
一刀は歴史の知識を発掘する。
「俺の世界でローマと呼ばれていた国か、パルティアと呼ばれている国のはずなんだ。
ローマは大きな帝国で、交易がある。ここの言葉では大秦かな?
パルティアはアルシャク朝で、安息という名前だった気がする」
「ああ、それなら両方とも聞いたことがあります。
行ったことも見たことはないですが。
大秦は交易があって、確か葡萄酒はそこから運ばれてくるんですよ。
めったに手に入らないんですけど。
葡萄酒は芳醇で少し呑んだだけで幸せな気持ちになれるのです。
でも、強いお酒なので、少し呑んだだけで酔ってしまうんです」
そうか、ワインも強い酒に入るのか。
「この間宴会で出たお酒は、俺の世界で言うと酒にならないほど弱い酒だったんだ。
だから、まず最初は葡萄酒の半分くらいの強さの酒を造ろうと思って。
最終的には葡萄酒の何倍も強いお酒を造ろうと思っているんだ。
エチオピアやパルティアではそんな強い酒を造っているかもしれないけど、漢にはないから、うまくいったら強い酒を飲む最初の漢人になれるよ」
「すごいのですね。
一刀さんって本当に天の御使いなんですね」
「う~ん、それほどでもないと思うけど、そんなふうに見える時もあるかもしれない」
「期待してますから。お酒も政治も軍事も」
「うん、俺にできる限りのことはするから。
清泉や菊香のために」
「えっ?!」
沮授は顔を赤らめて、そのままどこかに行ってしまった。
何か変なことを言ったか?と不安になった少し鈍い一刀である。
一週間後、発芽も適当になったので、これを乾燥させる。
天日乾燥では間に合わないので木炭併用。
それを石臼で挽いて粉砕麦芽にする。
粉砕麦芽を茹でてると麦汁ができる。
いきなり全量茹でて失敗すると情けないので、1割ほどの粉砕麦芽を使用する。
他は暫く保存。
麦汁を煮沸消毒した甕に詰めていく。
いくつかの甕には黒糖を入れておこう。
度数があがるかもしれないから。
甕には蓋。
嫌気環境にしなくてはならないんだけど、木の蓋をして、少し隙間を開けて粘土で覆えばいいだろうか?
雑菌が繁殖しなければいいのだが。
あとは20℃くらいの環境で一週間くらい醗酵させればできる!……はず。
粉砕麦芽の滓は、乾燥させて固めて栄養剤にする。
名前は……強力和華猛徒がいいだろうか、それとも英美皇素錠がいいだろうか。
酵母や乳酸菌がないから英美皇素錠にしよう。
そして一週間後。
甕が破裂することはなかったのでひとまず安心。
肝腎の甕の中身は………
その晩は一刀の発案でまたまた宴会を実施することになった。
「一刀、新しい酒ができたというのは本当ですの?
宴会をするのですから変なものをだしたら承知しませんわ」
袁紹が、少なくとも言葉はきついことを言っているが、表情をと見てみれば期待でわくわくしているのが明らかだ。
「ええ、麗羽様。味見しましたが思いのほかよくできたので皆様にも味わってもらおうと思って集まってもらいました」
「そうですか。それでは早速味見して差し上げますわ」
袁紹は自分のガラス器を一刀に差し出す。
国宝白瑠璃碗のような器。
ペルシャ製だろう。
う~ん、さすが金持ち袁紹。
一刀は碗にビールを注いで袁紹に差し出す。
もちろん、いくつかの甕で一番よくできたと思うビールを差し出す。
フルーティーな香りとコクが丁度いい塩梅に出来上がった。
「な、なんですの?これは。
色が変ですし、泡もたってますわ」
「ビールという飲み物で、西方では多く飲まれているはずです。
度数は……ああ、今まで飲んでいた酒よりは強いですから、お酒に弱い方はあまりたくさん飲まないようにしてください」
「そうですか?それでは……」
袁紹は不安そうに一口飲む。
一刀はその様子を心配そうに眺めている。
他の将軍、参謀は興味深そうに袁紹の様子を見ている。
袁紹はビールを一口飲んで、ぱあっと明るい表情に変わる。
どうやら、お気に召したようだ。
「ま、悪くはないですわね」
「それは、よかったです」
「いつでも飲めるようにしておいてもよろしいですわよ」
かなりお気に召したようだ。
「はい、ありがとうございます。
それでは、他の方にも飲んでいただいていいですね?」
「まあいいでしょう。
まずいものではないですから、飲んでも平気でしょう」
「それでは、みなさん、どうぞ!」
一刀の声に、みなわっと甕のそばに寄ってくる。
そして各々自分の碗に(もちろんガラス製ではない)柄杓でビールを注ぎいれて、試飲する。
「文ちゃん、これおいしいわ」
「うん…………本当においしい。一刀、やるなあ」
「うむ、いける」
「お~いしい」
「おー、これは!」
「まずくはないわよ!」
「なかなかのお味でありんす」
軒並み好評のようだ。
「まだまだありますから、どんどん飲んでくださいね!
あと、甕ごとに味が違いますから、それぞれ味わってください!」
一刀もうれしそうだ。
そしてその日はビールを中心にいつになく和気藹々とした宴会が進んだのだった。
酔った沮授を部屋まで抱いて運ぶというおいしいイベント付!
残ったビールは低温殺菌して保管。
これでしばらくはビールを飲み続けることができるだろう。
次は蒸留酒に挑戦だ!
あとがき
袁紹陣営の地固めを先に行っているので、袁紹、顔良、文醜以外の恋姫キャラはあと5~6回は出てこない予定です。
申し訳ありませんが、もうしばらくオリキャラでの袁紹陣営の世界をご堪能ください。