伯安
曹操が中華で好き勝手やっている間、袁紹軍が何をしていたかというと、河北最後の障害、匈奴と烏丸の対応をしようとしていた。
「一刀」
「ん?何?」
「劉虞のところに行って、南匈、烏丸と交渉にあたるんだけど、一緒についてきてくれる?」
田豊が珍しく弱気に一刀に頼み込んでいる。
「別にいいけど、どうして?」
「於夫羅と踏頓(正字は蹋頓、または蹹頓)って、どうも苦手で。
特にあの踏頓がなんとも不気味な感じで」
於夫羅は南匈の単于、踏頓は烏丸の単于である。
「ふーん。どんな人なの?男?女?」
「二人とも男。
どんなという問いは……私の口からはとても」
「分かった」
というわけで、劉虞のところに向かうことになった一刀。
南匈、烏丸は袁紹に友好的なので、交渉で配下に下ってもらいたいというのだ。
その見返りとして、漢の将軍として扱う旨、提案する予定になっている。
この世界ではもういないが、史実の張燕が曹操に平北将軍の地位を与えられたところを見ると、漢の将軍としての地位はなかなかに魅力的なのだろう。
民族を認められ、かつ支配権も与えられたことと同義だから。
漢に攻め込まれることがなくなる上に、経済的な効果も期待できる。
交渉にあたるのは田豊、将として同行するのは麹義。
一応、兵も5000位つけている。
一刀のおまけについてきているのが呂布。
陳宮は今回もお留守番。
向かう先は劉虞。
劉虞。字が伯安。真名は……田豊も知らないらしい。
史実では、姓からわかるように皇族の子孫で、袁家と同様名家であった。
そして、袁紹に皇帝に祭り上げられようとしたが、それを拒否している。
袁紹も、皇帝に祭り上げる人の了承をとってからすればよかったものを。
最期には公孫讃に滅ぼされている。
恋姫劉虞は、血筋は不明だが政治家ではなく、宗教家であるという話だ。
劉虞は袁紹と友好的で、且つ於夫羅、踏頓と仲がよいらしいので、交渉の仲介をお願いしたのだ。
「麗羽様と劉虞さんって、何で仲がいいの?」
道中、一刀が田豊に尋ねている。
「ああ、劉虞って、宗教家というだけでなく、医療行為も行っているの。
昔、猪々子が病気になったときに劉虞が治してくれて、それ以来麗羽様は劉虞を大切にしているの」
宗教家で医療行為?
どこかで聞いたような話だけど……
「ふーん。じゃあ、公孫讃さんは宗教も嫌いだし医療行為も嫌っていたのかなぁ?」
「ええ。公孫讃はまじめな性格だから、宗教のように論理的でないものや、鍼で病気が治ると言うような得体の知れないものは信じなかったようね。
だから、常日頃出て行けとか、邪道だとか言っては劉虞と喧嘩してたわね。
於夫羅や踏頓は劉虞と仲がよくって、よく病気を治してもらったりしていたみたいで、劉虞と仲の悪い公孫讃とも険悪だったのね。
だから、南匈・烏丸を味方に引き入れようと思ったら、やっぱり公孫讃はいないほうがよかったの。
公孫讃を追い出したのは、彼女が叛意を持っているかどうかよりはそっちの政治的な理由のほうが大きかったのね」
顔良より色々知っている田豊である。
「そういうことなんだ。
何かちょっと不憫だね」
「まあね。でも、結局斗詩も公孫讃を逃がすことを手助けしているし、一番平和な結末だったんじゃないの?」
「そうだな」
そんな話をしていると、ぼちぼち劉虞のところに到着する。
「やあ、田豊。よく来たね。
於夫羅も踏頓も待ってるよ」
目的地に着くと、劉虞が自ら出迎えてくれた。
田豊とも知り合いらしい。
で、その劉虞。見た目は赤毛の髪の好男子。
宗教家で医療行為。
どうみても、華佗だ。
何故、劉虞?
「こんにちは、劉虞。
交渉の仲介、どうもありがとう」
「いや、なに。俺も彼らが安定した生活を送れるようになると嬉しいし。
ところで、そちらの男は?」
田豊にくっついているように存在する一刀について、劉虞が尋ねてくる。
「紹介するわ。私の夫の一刀。
交渉の支援役としてついてきてもらったの」
「へえ、結婚したんだ。おめでとう」
「始めまして、劉虞さん。北郷一刀です。一刀と呼んで下さい」
一刀は劉虞にお辞儀をする。
「こちらこそ、よろしく」
劉虞も律儀にお辞儀を返す。
でも、どうみても華佗だよなぁ?と思っている一刀である。
建屋の中に入って、於夫羅、踏頓と対面する。
烏丸は元は匈奴に支配されていたり住む場所を追い出されたりしたはずだが、ここでは南匈と烏丸が仲が悪いというわけでもないらしい。
於夫羅は白髪のダンディーな老人で、筋肉隆々としていて、年の割りに体力がありそう。
踏頓は、左右に三つ編みの髪をたらした、こちらも筋肉隆々の脂ぎっている中年。
というより、どう見ても卑弥呼と貂蝉だろう!と思う一刀である。
「やあ、田豊殿。待ちかねたぞ!」
「そうよう、わたしもこの肉体をもてあましそうだったわ」
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「そちらの殿方といちゃいちゃしていて遅くなったんでしょう?
もう、見せ付けちゃってくれるんだからぁ。
このいけずぅ」
田豊の顔がひくついている。
気持ちは良~く分かる!
「それで、今日来て頂いた案件ですが……」
貂蝉の……いや、踏頓の言葉をスルーして話を始めようとする田豊。
「その前に、そのいい男を紹介してよう」
マイペースな貂蝉、ではなくて踏頓。
……一刀はいい男なのか?
まあ、感じ方は人それぞれだから。
「……いいわ。私の夫の一刀です」
「始めまして、卑弥呼さん、貂蝉さん。一刀です」
見た目のイメージで、ついそっちの名前が出てきてしまう一刀。
インパクトがでかすぎるから。
それを聞いた於夫羅と踏頓、少し驚いたように質問を返す。
「あら、いやだ。
わたしったらいつの間に真名を教えていたのかしら?」
「うむ、私もおぬしと会うのはこれが始めての気がするのだが。
私の真名など、漢人で知っているものがそれほどいるとはおもわなんだった」
し、しまったー!つい……
そうか、卑弥呼、貂蝉が真名だったんだ。
真名を安易に呼ぶと失礼だという話だが……
「す、すみません。つい、そういう印象を受けてしまって、その名で呼んでしまいました。
真名とは知らず、申し訳ありませんでした」
ということは、劉虞の真名は華佗?
華って姓ではないの?
佗って名ではないの?
もうどうでもいいや!
「いいのよう。真名と知ってわざと言ったわけではないのでしょう?」
「うむ、そのとおりだ。
ところで、何故その名を。
以前どこかであったことがあっただろうか?」
それほど怒っていないようなのでよかった。
「え?いや、その、初めてです、お会いするのは。
実は、……何といったらいいのか、時々天啓みたいなものがあって、今日もお二人の名前が卑弥呼、貂蝉だと分かったんです」
「なんと!その様な天啓で私たちの真名を知ることが出来たとは!」
「あらん、こっちの男に鞍替えしちゃおうかしらん。
きっと生まれる前から赤い手錠でつながれていたのよん♪
わ・た・し・た・ち!」
「何!それを言うなら、私たちは赤い足かせだ!」
顔面蒼白になる一刀。
赤兎馬で戦場に向かうときよりも恐ろしい情景だ。
こんなマッチョ二人に言い寄られた日には、体がいくつあっても足りない。
田豊が苦手意識を持つのももっともだ。
「い、いえ、卑弥呼さんも貂蝉さんも華佗さんと仲良くしたほうが……」
「何?!俺の真名も知っているのか!」
やっぱり、劉虞の真名は華佗だったのか!
って、ついそっちの名前が出てきてしまう一刀である。
まあ、一刀がこの姿をみたら、劉虞、於夫羅、踏頓で呼べ!と言うほうが難しい。
「そ、そうですね。
これも天啓みたいなもので……あはは」
「田豊殿と結婚するほどの身、そして、俺達の真名を天啓で知る。
一体どのような男なのだ?
何ができるのだ?」
劉虞というか華佗も一刀に興味を示し始めた。
「いえ、大したことはできないんです。
農業指導をするくらいで……」
「ん?もしや、最近話題の農業指導をしているという天の御使いでは」
「よくご存知ですね」
「あら、だぁりん、この男知っているの?」
貂蝉が、ではなく、踏頓が……って、もう面倒なので恋姫に倣って貂蝉、卑弥呼、華佗で呼ぶことにする。
で、その貂蝉が話しに加わってくる。
「ああ、食料を増産して、領内から飢えを無くした者だ。
食料が潤沢になってからは病人も随分減った。
やはり、十分な食料と休養、これが健康への道の基本だ!」
「そうですよね!俺もそう思います」
「俺の修める神農大帝が始めたとされる五斗米道も、まず食料を確保するところから教義が始まっている」
実際の五斗米道は神農大帝が始めたわけではないようだが、恋姫ではそういうことになっている。
食料を確保する、というのは五斗の米を寄進させているところから見ればそうなのかもしれない。
「君のやっている行為は五斗米道の真髄ともいうべき、立派な行為だ!
神農小帝と名乗って良いだろう」
「いやあ、それほどでも……」
微妙に意気投合する一刀と華佗。
「謙遜することはないだろう。
それで、今日君達が来たのは、神農大帝について語り合いたいと、そういうことだったかな?」
「違います!
漢と、南匈・烏丸の交渉をするためです」
「そうだったか……」
残念そうな華佗。
「そうよう!
わたしたちも二人でいつまでも仲睦まじく話していると妬いちゃうから!」
「そうです。早く交渉を始めましょう!」
貂蝉の言葉に一刀も大いに賛同するのである。
ようやく、会議が始まるようだ。
田豊は会議が始まる前から疲れていた。
あとがき
華佗の口調が、どうも難しいです。
特徴があるようなないような……
読み返しても、違和感があるようなないような……
アドバイスがあればいただけると幸いです。