二面
河北では袁紹が河南侵攻を決めたが、江東でも怪しい動きがある。
「七乃はおるか?」
「はいはーい。ここにいます」
ご存知、袁術・張勲のコンビである。
相変わらず仲国の皇帝を名乗っていて、且つ袁術は贅沢をしないのは敵だ、というポリシーがあるのか、民の暮らしは相変わらず苦しい。
「徐州は陶謙が亡くなり、劉備とかいう女が州牧を継いだと思ったら、あっという間に曹操が州を占領してしまったではないか。
おまけに魏とかいう国を宣言しおって。
この妾に対抗するつもりじゃな!」
「本当に、曹操さん許せませんねえ。
お嬢様を尊敬することなく、自分で王を名乗るなんて」
「その通りじゃ。
曹操めに、妾の力を見せねばならぬ。
徐州であれば未だ軍備も整ってはおらぬだろう。
軍を進め、徐州を妾のものにしてしまうのじゃ!」
「えー?でもぉ、孫策、まだ荊州に攻め込んだっきり、帰ってきませんよう」
「何を言っておるのじゃ。
妾の軍があろう」
それを聞いた張勲、手をポンと叩いて、今気がついたように、
「そうでした。いっつも孫策に戦わせてばかりなので忘れてました」
って、本当に今気がついたようだ。
……そんな軍で大丈夫だろうか?
「たまには兵も働かねばならぬだろう。
さっさと行って徐州を陥としてくるのじゃ!」
「はいはーい、わかりましたー
……って、私が行くんですか?」
「他に誰がおる?
華雄は連れて行ってよいぞよ」
氾水関で捕虜として捕まえて以降、なんとなく臣下に収まってしまった華雄がいる。
「はーい、わかりましたー」
本当にそんな軍で大丈夫だろうか?
ただ、恋姫張勲、意外と戦巧者のようで、曹操もまともにぶつかったら結構苦戦するかも。
こちらは許都。
史実では劉協を迎えて許が都となり、許都となったが、残念ながら劉協を袁紹にとられてしまったので自分が王になって許都にした。
こちらは曹操・荀彧が緊迫した様子で話している。
「なんですって!袁紹が攻め込んでくるのは想定どおりだったのだけど、袁術も攻め込んできそうですって!」
「はい、まだ軍備が手薄な徐州に目をつけた模様です。
進軍の準備を始めていて、一両日中には出陣すると思われます」
曹操の位置は中原で、立地条件は抜群だが、その分周辺から狙われやすい。
下手をすると、劉表を倒した孫策が荊州から豫州に攻めてくる可能性だって否定できない。
「ということは、今兵を向けなくてはならないのは、袁紹が青州と兌州、袁術が徐州の3箇所と見ればいいのね」
「はい、御意にございます」
「桂花、今、すぐ動かせる戦力はどのくらい?
40万位かしら?」
「はい、現有勢力は青州軍30万に、常備軍10万で、だいたいそのくらいです。
ですが、時期が農繁期で、屯田制を敷いたので常備軍と言えども全てを供出するのは難しいです。
今動かせるのは作業をやりくりして常備軍のうち3万くらいではないかと……」
そう、戦争の時期は農業との関係が強い。
袁紹軍のように、国全体が豊かで、常備軍を備えても大丈夫なところとか、袁術軍のように民から搾取することで常備軍を維持しているようなところで無い限り、いつでも兵を動かせると言うものでもない。
袁紹軍も、一刀が来た当初は屯田制を敷いたが、洛陽から難民が大量にやってきて、兵士が畑で働かなくても問題ないレベルになっていた。
とはいっても、何もしないと、また昔のようにだらけるから、いつ作業を中断してもよいような土木工事に常備兵の日頃の活動が移っていた。
土木工事といったら、早い話が治水利水である。
黄河の水は昔も今も、というよりこの時点からすれば今も将来も豊かだから、これはかなり使っても大丈夫。
湖沼の干拓は一刀の方針で禁止しているが、そんなことをしなくても農地はどんどん広がっている。
それが終わると、更に農地が広がり、袁紹領がますます発展することとなる。
もう、袁紹は経済では他を圧している。
大陸全部の酒を一手に担っていることからもそれは明らかだ。
一刀がこの世界に来たのは、まだ黄巾の乱が始まる前。
その時点で農地改革に取り組み始めているのだから、そう簡単に他の諸侯が追いつけるはずがない。
仲や魏が独立したとはいっても、経済交流は幸か不幸か存続しているから、袁紹領から酒類ががんがん出荷され、それが他の領土の富を吸い取っている。
しかも、いやらしいことにビールを心持ち値下げしている。
値上げをするなら、もうビールの購入を停止するということがあったかもしれないが、値下げをされると、領内で作るよりも楽で(同一量のアルコール比で)安く、領内禁酒というのも難しいので、どうしても購入せざるを得ない。
客観的にみると、最早袁紹が弱いものいじめをしているようにしか見えないかもしれない。
曹操も、よくもまあ現有勢力で対抗しようと思ったものだ。
というより、今対抗しないと、差が広がる一方なので、苦渋の決断なのかもしれないが。
袁紹にもう富を渡したくないという気持ちも強いのだろう。
「厳しいわね。
袁術は寿春から攻めこんでくるのね」
「はい」
曹操は、洛陽からかっぱらってきた地図を広げる。
曹操は時間があれば地図を眺めて、城の位置関係や河川の位置を確認している。
なので、地図が無くても大丈夫だが、一応念のためだ。
寿春の次の徐州の城は、ほとんど下丕である。
徐州の州都のある場所だ。
そのほかには城らしい城はないということが、自分の記憶と一致することを確認する。
「劉備軍はどのくらいいるの?」
「ここにいるのは千名程ですが、徐州に2万程度いる模様です。
これも動かせるのは数千規模だと思います」
「兵糧はどのくらい持つかしら?」
「今なら比較的潤沢にありますから、40万人を1年持たせることが出来ます。
ただ、領民もいますから、全てを兵に向けるわけには参りません」
潤沢でも40万人1年分しかないというのが、袁紹のところと桁が違うところだ。
袁紹のところは数百万人10年以上の備蓄が既にあるから、ちょっと屯田制を真似して(って、史実では曹操が本家なのだが)、収量が増えている途上の曹操ではまるで追いつけない。
これでは農業をおろそかにしては州民が餓えてしまう。
数日の戦であれば、田畑を放っておいて、ということも考えられるが、袁紹も袁術もそれほど簡単に済むとは思えない。
今日は農業、明日は戦、では兵が疲弊してしまう。
「そう」
曹操は脳をフル稼働させる。
「真桜を下丕に向かわせて、篭城兵器を完成させるよう伝えなさい。
あれがどれだけ有効に働くかはやってみないとわからないけど、しばらくはそれで凌ぐこと。
圧倒的に不利なら増援するけど、今は州内のことで手一杯。
兵は1万つければいいでしょう。
将は春蘭。
季衣と霞も同行させなさい。
劉備の軍は劉備と……関羽…………ああ、あと諸葛亮の3人を除いて全部返して、青州との州境を守らせなさい。
青州は捨てるわ。
あそこは、まだ治安が悪いから今固執してもいいことがないわね。
だから、袁紹軍がそれ以上徐州に入らないようにしてくれればそれでかまわないわ」
劉備を残すのは人質目的、諸葛亮はその頭脳が必要、で、関羽は趣味だろうか?
「ですが、劉備軍が寝返るようなことはないでしょうか?」
「それはないわね。
今、劉備軍には公孫賛がいる。
公孫賛は麗羽のところを追い出されたので、劉備軍に公孫賛がいる限り、寝返ることはできない。
それに、劉備が許都に留まっている限り、公孫讃が劉備を裏切るとも思えないわ」
「わかりました」
「劉備と関羽は許都に残して、行動は逐一監視。
劉備軍の指揮者は劉備に任命させなさい。
諸葛亮は秋蘭に付けて、官渡に向かわせなさい。
官渡よりこちらには絶対に近づけないこと。
官渡に送るのは、他に凪と沙和。
兵は官渡の常駐兵3万に2万増員。
下丕、官渡何れかが危うくなったら全勢力で対抗するけど、今のところこれで凌ぐしかないわね。
麗羽がまっすぐ許都を目指したら、全勢力で抗さなくてはならなかったけど、どうも端から攻め込むようだから少し時間に余裕ができたわ。
あとは、それで様子をみてみて、短期で一掃できるようだったら一時的に全勢力をそこに投入することね。
各戦局を随時確認しておきなさい」
「御意」
曹操は建国直後にして、二面戦争を余儀なくされたのであった。
辛い試練の始まりである。
あとがき
曹操、踏んだりけったりです。
この危機を乗り切れるのでしょうか?