買物
「昨夜はお見苦しい姿をさらしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
と、真っ赤な顔で一刀に謝っているのは沮授である。
酔っ払って動けなくなったのが余程恥ずかしかったらしい。
「いえ、俺も清泉さんみたいに可愛らしい人を抱くことが出来てうれしかったです」
それを聞いて顔を真っ赤にしてうつむいてしまう沮授。
「あれ?何か変なこと言いました?」
今のところ、純粋、且つ鈍い一刀はそんな間の抜けた質問をしている。
「い、いえ、別に……」
「それで、何か用でもあったのですか?」
「え?ええ。あの、お詫びと言っては何ですが、街の案内でもしようかと思いまして。
まだ、業の街は余り見ていらっしゃらないのでしょ?」
「そうですね。訓練とビールで時間がつぶれていましたからね。
確かに余り街を見たことはなかった気がします。
それではお願いできますか?」
「はい、喜んで♪」
こうしてデートをすることになった一刀と沮授である。
城から出ようとする二人に声をかけるものがいる。
「あれ?清泉、一刀、どこに行くの?」
田豊である。
「一刀さんに街を案内しようと思いまして」
「それなら私も行くわ」
「そ、そう……」
ちょっと不満そうな沮授であったが、半ば田豊に押し切られるような形で3人でのデートになってしまった。
街は……まさに漢である。
男の漢ではなく、古代中国の漢である。
木の柱に、恐らく土で作った煉瓦や木の板で壁を作った、瓦葺の屋根の家並みが並んでいる。
技術水準は案外高そうだ。
そして、大通りには露天が犇めき合うように並んでいる。
家並みは住居で、露天は他の街から来た行商であろうか?
「ここが業で一番賑やかな通りです。
ご覧のとおり露天が所狭しと並んでいて、民が生活に必要な物はだいたいここで手に入れることができます」
沮授が街の説明をしている。
「大部分が食料で、その他がちらほらという感じだね」
「そうですね。
近くの農家が野菜や家畜を売ったりするのがほとんどですが、魚を持ってきたり、時には遥か遠方より珍しいものを運んでくる人も時々います」
売っているものは、先日の宴会で食べたような食材。
ジャガイモ、サツマイモ、ピーマン。
ただ、型は小さ目か?
麦は、倉庫と店が同じだから、露天には並ばないのだろう。
その他、栗とか木の実類は結構充実しているように見える。
野菜は概して寂しいか。
果物は……あまりなさそうかな?
あまり日本には見かけないものとして虫がある。
確かに東南アジアでは今でも売っているからそうなのだろうけど…………ねえ?
宴会で見なかったのは、見落としだろうか?
チーズはありそうなものだが、見当たらない。
「あのさ」
「はい?」
「チーズ……じゃ、通じないな。
乾酪……これも違うかな。酪、醍醐……これも日本語だし……」
「何をぶつぶつ言っているのですか?」
「いやあの、言葉が分からなくて。
山羊の胃袋に乳を入れて醗酵させたような白か黄色いふにゃふにゃの食べ物はないの?」
「……ああ、匈でなにかそのような食べ物を作っていると言う話は聞いたことがあるような気がしますが」
「ここでは、あまり見ないわね。すぐ腐るんじゃないの?」
沮授に続いて田豊も一緒に答えてくれた。
保存技術はまだないのか。
牛はいるのにもったいないけど、あれはどうやって作ったかなぁ?
「そうなんだ」
「それがどうしたのですか?」
「いや、牛がいるから、そういった食べ物ができるのになぁ、って思ったんだ」
「じゃあ、それも作ってみたら?」
「うーーん、そうなんだけど、ちょっとあれは忘れた。
思い出したら試してみるけど……」
「期待していますから」
「あまり期待されても困るなぁ。
まあ、ここになくて何か出来そうなものはそのうち試してみるから」
「おいしいのをお願いね♪」
「はいはい」
食料以外の露店について。
鍋屋がある。修理も兼ねているようだ。
筵は……売っているのは劉備ではなかった。
服はなくて、生地がある。
服は露天でなく、建物を持った針子のところに作ってもらうか、自分でつくるかのようだ。
確かに、作るのに時間がかかるだろうから、露店ではむりだろう。
恋姫仕様の服は、スペシャリストがいるに違いない。
籠はあるが、自動籠作り機はなかった。
というわけで、売っているのは李典ではない。
「宝石も売っているんだ」
ダイヤモンドとかルビーとかそういった類のものではないが、翡翠とか水晶がいくつか並んでいる。
それが綺麗に磨かれている。
勾玉が古代にあったくらいだから、石を磨く技術はそれ相応にあるのだろう。
黄色っぽいのは琥珀だろうか?
「そうですね。
あちらこちらの山や川でとれた石を綺麗に磨いて、こうやって売りに来るのです」
「俺に金があったら、買えるんだけど」
と、初デートに何もできずちょっと残念そうな一刀に、田豊が朗報をもたらしてくれる。
「お金ならあるわよ」
「え?そうなの?どうして?」
「このあいだのビールの代金」
「ビール?だって、元は麗羽様の麦じゃない?」
「それはそうだけど、酒にすると価値が上がるから、その差額は一刀のもの。
それ以外にも麗羽様に軍事演習を勧告してくれるとか、十分に働いてくれているわ」
「そんなの別に麗羽様をちょっとおだてて言うことを聞いてもらっているだけじゃない。
そんなことでお金をもらうなんて」
「それを言ったら、言うことを聞いてももらえない私は無給になってしまうわ」
「あ……」
「兎に角、お金はそれなりにあるから、買いたいものがあったら好きに使っていいわよ」
「本当?それじゃあお言葉に甘えて。
二人に贈り物をしてあげたいんだけど。
どれなら買える?」
「そ、そうなの?」
ちょっとどぎまぎする田豊である。
「そこに並んでいるものならどれでも買えるわよ」
「ふーん……」
一刀は宝石を今度はじっくりと眺める。
「こっちの桃色のが清泉に似合うかな?
菊香はこっちの紫のがいいかな?」
今の言葉で言えばピンククォーツとアメジストに相当する石であろう。
「それでいいのね?」
「うん、その二つをお願い」
「紐も付けますか?」
と尋ねるのは商店主。
言われて見れば確かに石に穴が開いている。
ペンダント用だろう。
「それじゃあお願いします」
「色は何色にしますか?」
「何色がありますか?」
商店主は紐をずらりと並べる。
「じゃあ、桃色のほうは赤い紐、紫のほうは青い紐でお願いします」
「えっ?」
と、なにやら不自然に驚く沮授。
「わかりました。こっちが赤でこっちが青ですね?」
と、にこにこしながら答える商店主。
「ええ」
一刀がそう答えると、田豊がそれに異を唱えてくる。
「わ、私も赤い紐がいいわ」
「でも、石が紫だから青いほうが似合うと思うけど」
「そ、それでも赤い紐がいいの」
「そう?まあ、本人がそういうなら。
すみません、両方赤でお願いします」
「分かりました」
商店主はさらににこにこしながら、石に赤い紐を通していく。
「はい、どうぞ」
「どうも」
一刀が石を受け取り、田豊が支払いを済ます。
それから、一刀は二人に向き直り、
「いつもお世話になっているお礼」
と言って、二人の首にペンダントをかけていく。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
二人とも、妙に赤くなってペンダントを受け取る。
それから、何かぎこちない雰囲気で業の街の案内が再開される。
この時の一刀、赤い紐のペンダントを贈ること=結婚の申し込みであるという風習を知らない。
後に赤い糸で結ばれるという伝説の元となった風習である。
二人同時に赤い紐のペンダントを贈った一刀、その後どうなることか?
あとがき
今更感がありますが、次の「視察」を書いたときに流れが唐突だったので、ここに一話入れたいと思っていたのを漸く入れることができました。
これで、袁紹伝は全て終わりです。
ちなみに、上記風習があるかどうかは私も知りません。
似た話はどこかで聞いた気もするのですが。
それから、漢の街並みの描写は適当です。
少し調べたのですがなかなか分かりませんでした。
建物は普通に瓦屋根の家があるようなのですが。
少し仕事も楽になってきたので、また何か書いてみたいと思います。
次は「陵辱の董卓伝」か「おおかみかくしafter」あたりがいいかなぁと思案中です。
どちらにしてもX版ですが……
それでは、また。
追伸
100話近くも上げるのは非常に面倒でした……