回転
そして、麹義がほれぼれしている新型弩。
この新型弩の開発の背景にはこんなことがあった。
「弩っちゅうもんは、矢の勢いは最初はえらいねん。
そやけど、ふにゃ~っと曲がって、すぐにおっこってしまって、弓よりとばへんねん。
これ、もっとよう飛ぶようにできへんかなぁ?」
そう、新型弓は飛距離800m位はあるが、弩は3~500mくらいで矢というか槍が失速して落っこちてしまう。
弓の飛距離は、アーチェリーで1km以上、古代の弓ではトルコの弓と呼ばれるものが600m、漢で普通に使われている弓が2~400mくらいなので、新型弓は現代アーチェリーに肉薄する性能を誇っている。
現代アーチェリーに届かないのは素材の差か?
こうなると、弩の飛距離が情けなく見えてくる。
初速は弩の方が速いのに、槍の飛行性能が安定しないので弓に負けてしまうのだ。
破茂はそれを何とかしたいというのだ。
一刀は、何となく覚えている現代知識で答える。
「確か、飛んでいるものを回転させると安定して飛ぶんじゃなかったかなぁ」
「回転でっか?」
「うん、こんな風に」
と、棒が軸を中心に回転しながら飛ぶ様子を示してみる。
「それから、飛んでいる物の先端は放物線の形状にするといいんじゃなかったかなぁ」
ライフル銃は弾を回転させるのが胆だから、それは間違っていないだろう。
そもそもライフルって銃身に切ってある螺旋状の溝のことで、今やライフリングを切っていない銃は散弾銃などを除けばあまりない(砲は別らしい)ので、小銃だけをライフル銃というのも変な話だが、ともかくジャイロ効果くらいはうっすらと覚えている一刀はその通り答える。
先端の形状はそうだったようなちがったような……
少なくともとんがってはいないから大外れではないだろう。
それから、破茂の血の滲むような試行錯誤の日々が続いた。
これは弓のように簡単にはいかなかった。
いや、弓だって簡単ではなかったのだが、弩は難しさの桁が違った。
どの程度桁が違うかというと、新型弓が全軍に配備された時期になっても、新型弩は試作品すら出来ていない段階だった。
しかもうまくいくかどうか全く分からない。
弓は完成形のイメージがあるが、新型弩はそれすらない。
だから、どうやって槍を回転させながら飛ばせばよいかという機構の開発から行わなくてはならない。
槍に手を加えるのか、それとも発射台か。
発射台ならそのどの部分か。
一刀から鉄砲のライフルの話を聞いて、それを元にいろいろ試して、発射台の槍と紐が接するところを工夫して、槍を回転しながら押し出すのが一番有望だという結論に達した。
機構が決まったら、次にそれを試作。
これがまた難儀だった。
ライフルは筒状の木の内側に鉄板を螺旋状に貼り付けることで実現することとした。
ライフル相当の溝というかでっぱりに爪をひっかけて押し出す部分を回転させるのだが、余程精度良く作らないとうまく動かない。
これだけでいったいどれだけの時間を費やしたことか。
しかもどのくらいの割合で回転させたらよいかの実験込みなので、試作品だらけになってしまった。
ようやくこれでよいかという本体が完成する。
槍作りも並行して行う。
放物線が何だか聞いて、槍の先端の錘というか石をなんとなくそういう形状に加工する。
ややいびつ、かつ、でこぼこだが、その辺はご愛嬌。
そして、遂に出来たのがこの新式弩。
その姿は、大砲に弩をくっつけたような形。
大砲の火薬の代わりに弩の力が与えられたと思えば分かりやすいかも。
史上どこにも存在しない型の弩が完成した。
破茂弩とでも命名したらよいだろう。
諸葛亮は弩の連射性を問題とし、破茂は飛距離を問題とした。
どちらが勝つのだろうか?
破茂弩の威力は桁違いだった。
射程2km~を誇り、今までの弩とは次元が違う。
ライフルを切ったので初速はやや劣るが、直進性が抜群になった効果が絶大で、そこまでの射程がでたようだ。
旧式の大砲を遼に凌ぐほどに、反則技である。
ただ、まだ1門しかないのが難点だ。
だから、その1門をいつも傍において愛でている麹義なのだった。
「ぐふふ。愛いやつ、愛いやつ」
……実はちょっとあぶない人かも。
愛でるだけでなく、一日一度は試射をする。
「照準よし!引っ張り強度よし!発射!!」
槍は吹っ飛んでいって1km以上先(約3里)の半畳ほどの板のど真ん中をぶち破る。
大満足の麹義。
「早く実戦で使いたいのう」
野外が活動の場である将は軒並み視力がよい。
だから、一刀には点にしか見えない、いや点にすら見えないような的でも麹義には十分な大きさに見える。
今の視力換算で5.0位はあるだろう、きっと。
紀霊が小沛の劉備を攻めたときに、呂布が見えるか見えないか分からないくらい遠方の戟に矢を当てたという史実(実話かどうかは微妙だが、それに類する事例はあったのだろう)からも、それは明らかだ。
人間の視力の限界は8~9らしいが、いくらなんでもそこまではないだろう。
この破茂弩、案外早くに活躍するシーンが現れることとなる。
一刀の一般的な知識を利用した他の例としては石炭の活用があった。
燃える黒い石が絶対にどこかにあるはずだ、というので探してもらって、それを露天掘りしはじめたのだ。
石炭は幽州撫順で見つかったが、そこが中国でも最大級の露天掘り鉱床であったことは、一刀は知らない。
実際にここに炭鉱が発見されるのは千年以上後のことである。
石炭が発見されたことで、燃料は木炭から石炭に急激にシフトしてきた。
……と思ったが、臭いが嫌われ、それほど爆発的には普及しなかった。
確か石炭を直接燃すのでなく、コークスにすればよかったような、コークスは石炭を蒸し焼きにすれば出来たような。
でも、蒸し焼きってどうするのだろう?というのが一刀の現状であった。
それも破茂のような人々がそのうち解決してくれるに違いない。
基本的には木炭製造と理論は一緒だから。
それはそれとして、当初考えていたように、林業に従事する人を専任で設けてもらうことにした。
司州(司隷州)、雍州が袁紹の管轄下に入ったので、黄土高原の管理ができるようになったためだ。
更に森林の所有権を明確にして、森林の管理をお願いし、常に木々が再生するようにお願いした。
それまでは、木炭を作る人はいたが、木はいくらでも生えている(と思われていた)ので、とり放題だったのだが、そうではないということを口うるさく説明して、黄土高原に緑が残るようにしたのだ。
これで、河水は何時までも河水でありつづける(黄河にならない)に違いないと夢見る一刀である。
ただし、木材が有料になったので、必然的に木炭の価格も若干上がり、若干恨みを買っていたりするのだが。
さて、一刀の昔話といくつかの活躍の話はひとまずこのくらいにして、戦争の状況に目を戻すことにする。
攻め込まれている側の曹操は、というと……
「城を攻め落とされるのは分かっていたけど、信じられない早さね!」
日々報告される戦況にいらついていた。
いくらなんでももう少し時間が稼げると思っていたのに、一日一城のペースで城が陥落するのを聞かされたら、フラストレーションも溜まろうというものだ。
袁紹がいれば、数百の守備兵の城を10万の兵で攻めるのは華麗でありませんわ、といってスルーするところだったのかもしれないが、残念ながら小城でも容赦なく、というより律儀に攻め立てる顔良・文醜らであった。
顔良、まじめだから。
数百の兵が守る城では、あっさり投降という例も少なくないが、1000兵を越すような城では、一応防御を試みている。
だが、衝車で数回城門を叩かれると、だいたいその時点で投降だ。
城門は破られそうだし、矢は雨霰のように降ってくるし、絶対負けることが明白だから。
程昱は既に曹操の元にいるようで、その辺の小城にはいなかった。
「はい。守備側数百から千名程度に対し、攻撃側の勢力が10万人もいます。
更に、城門を破る新兵器を投入したようで、それが有効に機能してしまっています」
荀彧がその原因を報告し、さらにこう付け加える。
「ですが、今度攻められると思われる濮陽は、守備兵3万はおりますし、我々の新兵器が配備されていますから、それほど易々とは攻略されないと思うのですが。
それにあそこには郭嘉も楽進もいますし」
濮陽はそのあたりでは大きな街である。
大きな街から新兵器を設置したので、既に霹靂車も元戎も配置済みだ。
霹靂車と元戎を諸葛亮が配置した後に、郭嘉が防衛の軍師として送られている。
更にその後、袁紹軍が攻めてくるため、防衛の将として楽進が官渡から濮陽に移されていた。
史実では官渡の一連の戦いは白馬が最初のようだが、恋姫袁紹軍、かなり遠回りをして、もっと遠くから順番に攻め続けている。
いきなり白馬に行って顔良が殺されても困るし、臧洪と同時に攻め込めば背後の心配が要らなくなる。
「そうね。霹靂車も元戎も下丕ではそれなりの成果を上げているみたいだから、袁紹軍も防げたら本物ね」
「はい。ただ、袁紹軍の新兵器は丸太で装甲をしているそうなので、どこまで有効に機能するか……」
「ええ。濮陽をおとされたら農作業をおいてもいよいよ全軍の召集をかけなくてはならなくなるわね。
どうにか収穫が終わるまで凌いでくれればよいのだけど」
地理的には濮陽を陥とすと、次の主な街は白馬、官渡、そして曹操のいる許都になる。
だから、濮陽を陥とされたら、もうすぐ許都になってしまうし、濮陽も官渡もそれほど守備力に差がないから、濮陽3万の兵があっさりやられるようだと官渡には袁紹軍を凌ぐ軍隊を用意しないと負けてしまう。
戦に、内政に、頭がいたい曹操である。
あとがき
色々新兵器のご助言ありがとうございました。
ですが、技術的に何かと難しそうですので、とりあえずこのままで進めたいと思います。
また、何かありましたらご指摘などお願いします。
尚、この弩か弩砲のようなものは一回だけ登場します。