風邪
「野戦は得意だけど、攻城は苦手なのよねぇ」
と、ぶつぶつ下丕を前に文句を言っているのは張勲。
袁術軍10万を動員して下丕に来たのはいいが、どうにも攻めあぐねている。
弓や弩で城壁の上の兵を狙っても、曹操軍の方が上にいて、尚且つ弓の射程距離が長いようで、ほとんど近づけない。
楯で防ぎながらどうにか近づこうとすると、今度は小岩や槍が吹っ飛んでくる。
だから、兵は多量にいるが、それを有効に活用できていない。
霹靂車も元戎もそれなりの成果をあげているというが、まさにそのとおりの状況になっている。
元戎の連射性は、弩の設置場所が城壁の上のように限られている場合には有効に機能するようだ。
槍の装填にやや時間がかかるが、いざというときに連射できるのは効果的だった。
元戎と破茂弩は戦う相手が違うので、その要求性能も違ったということのようだ。
攻城には守備兵の3倍の兵力というが、それにはそれ相応の設備が必要なのであって、設備で負けていたら兵が多くても攻めきれるものでもない。
マシンガン相手に素手で10人で向かっても50人で向かってもやられてしまう道理だ。
確かに全軍突撃をかけて、弓や弩で大勢の兵が死んでも一部の兵が城壁に辿り着けば、ということも考えられるが、そんなことをしては一体自軍にどれだけ被害が出るか分かったものでなく、実は名将の張勲がそんな下策をとるはずがない。
下丕の街中の人々は、生活するには特に不都合がないので、収穫が終わって曹操軍本隊がやってくるのを気長に待てばよい。
武器も今のところ有効に活用できているので、見張りさえしっかりすれば袁術軍が下丕を攻略することはなさそうに見える。
「だったら、敵が外に出るように策を考えればよいではないか」
と、張勲に提案するのは華雄であるが……
「そんな挑発に乗ってほいほい自分の有利な場所から出てくるような人は華雄さん、あなたくらいですよう。
他の人は自分自身を客観的に見ることはできるんです。
あなたとは違うんです」
ごもっとも。
「それはそうだが、相手を挑発する以外にも相手が外に出なくてはならない状況を作ることは何か考えられるだろう」
それはそうだがって、華雄さん、あなた反論しないのですか?
まあ、いいけど。
「挑発以外で外に出なくてはならない状況?」
張勲の目がきらりと光る。
「そうですねえ。それはいい考えかもしれませんよう」
何か考えついたようだ。
一方の下丕の内部。
「ひまだーひまだーひまだーひまだー!!」
と騒いでいるのは夏侯惇。
「ええやんか、暇で。」
となだめているのは張遼。
張遼。字が文遠、真名が霞。
元、董卓軍にいて、洛陽で曹操に囚われてしまった武将である。
これまで全く出番がなかったが、恋姫史実の通り、結構曹操軍の中で元気にやっている。
下丕は元は陶謙・劉備の所領であったが、劉備軍は全て青州との州境の防衛に向かっているので、ここ下丕を守るのは曹操軍になっている。
兵力は1万、それに対し攻め込む兵力が10万なので、普通に考えれば圧倒的に不利なのだが、兵器の質がものを言って、対等以上に防衛に成功している。
なので、夏侯惇や張遼は訓練以外はほとんどすることがない。
「あんまり暇だと体が固まってしまうではないか!」
「暇なのは平和な印や。
弓も霹靂車も元戎もええ按配に働いてくれてるやないか。
あとは収穫が終わって華琳様が来るのを首なごーして待ってればええんや」
「だがな、そんな兵器に頼ってばかりでは体が動かなくなってしまうではないか。
やはり、こう常日頃敵と戦っていなくてはならぬとは思わぬか?
それに、こう平和だといざと言うときに対応できなくなってしまいそうだ」
この夏侯惇、なかなか慧眼である。
というより、時々真理を突いたことをいう。
「そのための訓練やんか。
あと、言うとくけど外で春蘭はんの悪口言っているの聞いて飛び出していくのはよしてや。
昔、砦から飛び出してったアホがおって、苦労したんや」
「クション……クション……」
「あら、華雄、風邪でもひきましたかぁ?」
「いや、そんなことはないのだが……?」
そのアホ、すぐそばにいたりした。
「大丈夫だ。あの程度の悪口、桂花に比べれば甘いものだ」
「そりゃそうやな。安心したわ。
桂花はんも春蘭はんには容赦ないからなあ」
「クション……クション……」
「あら、桂花、風邪でもひいたの?」
「いえ、そんなことはありません。
おおかた、春蘭が私の悪口でも言っているのでしょう」
「クション……クション……」
「ん?春蘭はん、風邪でっか?」
「いや、そんなことはないが。
今日は寝るか」
「そうやな」
と、比較的穏やかなのが下丕の城内。
そして、ほとんど忘れ去られている孫策軍。
「あとは、泉陵を残すのみね、冥琳」
ひたすら荊州を攻め続けていた。
荊州は孫堅も攻め、もう一息というところで矢に当たって死んでしまった、孫家にとっては鬼門のような場所である。
劉表は孫堅が死去した後、再び荊州で力をつけてきていた。
そこに孫家が再度攻め込む。
なんとも皮肉なものだ。
孫策は、孫堅と同じ轍を踏まないようにするため、とにかく劉表を倒すことに全勢力を注いだ。
そして、かなり早い段階で襄陽に劉表を討ち取っていた。
ところが、荊州巨大である。
しかも、漢が落ち目で、あちらこちらで独立している諸侯がいる。
荊州でも、劉表が敗れたからという理由では孫策に下らない諸侯がたくさんいた。
そこで、仕方なしにそれら諸侯を順番に攻めていたのだ。
もう一度言おう、荊州巨大である。
だから、移動するだけでやたらと時間がかかってしまう。
そして、辺境の泉陵に最後の敵を倒すと、ようやく荊州の鎮圧に成功したことになる。
「ああ、長かった。
こんなにかかるとは思わなかった」
周瑜も感慨深そうに応えている。
「いえ、まだ終わっていないわ。
最後まで気を抜いてはだめでしょう」
「そうだな。流れ矢に当たらないとも限らないし」
「ええ、だからもうすぐ終わりだからといって気を抜いてしまって、また孫家の希望が消えてしまっては困るもの」
「そうだな。悲願を達成するまでは気を抜けないな」
「それにしても、みんなよくここまでついてきてくれたわね」
「ああ、孫軍の結束も十分だ。
呉を興しても、しっかりと国を守っていくことができるだろう」
「ええ、そうね。
でも、早くしないと袁紹や曹操に差をつけられる一方だわ」
「うむ。それは頭が痛いな。
当面の敵となる曹操ですら、国力が上がり始めていると言う話だ。
袁紹に至っては、我々が楯突くことが無謀なのではと思うほどに国力がすさまじいようだ」
「いっそ、袁術を撃ったら、漢に下りましょうか?
そうしたら、袁術を撃った功績と、曹操を南北から攻めるという作戦が出来て、私たちも漢の中で重要な位置を占めることができるようになるわよ」
「……冗談にしては魅力的過ぎるぞ、雪蓮」
「はぁ……全くよね。
何で袁紹のところ、あんなに国力がついたのかしら?」
「それは、かなり前から地道に農業改革に取り組んでいたからだろう」
「そうだったわね。袁術も、搾取するだけでなく、もう少し国や民のことを考えてくれたら、これほどひどいことにはならなかったでしょうに」
「全くだ。袁術に袁紹の爪の垢でも飲ませてやりたいものだ」
「クション……クション……
七乃、早く帰ってくるのじゃ……むにゃむにゃ……」
「袁紹じゃないでしょ」
「ん?それでは誰だ?」
「農業といったら……」
「……!
あのむかつく男か!!」
「ええ!!」
何やら意味なくヒートアップする二名だ。
以上、袁術軍関係とそれに対峙する曹操軍の様子であった。
ちなみに、その頃の業の様子はというと……
「クション……クション……」
「どうしたの?寒いの」
「いや、そんなことはないんだけど」
「仕方ないわね、私が暖めてあげる」
「もう、菊香は好きなんだから」
「清泉もいないから独り占めできるのよ」
「仕方ないなぁ。あと一回したら寝るからね!」
孫策達の緊迫した状況と打って変わってラブラブだった。