眼鏡
一刀の肥料探しの出張は終わった。
後は、業に戻るだけだ。
そして、帰途についている一刀の両腕を、荀諶と賈駆がしっかりと掴んでいる。
口には出さないが、業に帰ったら、また正室に取られてしまうから、と二人とも考えているに違いない。
「はあ……」
なかなか疲れる状況である。
陳宮も、もう冷やかすのに飽きたのか、二人には何も言わず、呂布と楽しそうに話している。
「いい?業に戻っても、月に変なことをしないで!
変なことをしたくなったら、ボクにして。
ボ、ボクなら、いくら変なことをしてもいいから」
「大丈夫だよ、変なことなんかしないから」
「と、時々だったら、相手してあげてもいいから。
本当だから。時々だったら嫌じゃないから」
全く素直でない賈駆である。
「はいはい、奥さんに怒られない程度に誘うから」
と、暗に拒否する一刀である。
「ところでさあ」
一刀は、今まで気になっていたことを賈駆に尋ねようとする。
「その目の前にあるガラスみたいなのは何だ?眼鏡か?」
「めがね?」
「あ、いや、それは気にしなくていいや。
とにかくさあ、その鼻の上にのっている透明のやつ、なんなんだ?」
「ああ、これ?これは水晶を薄くしたものね」
「水晶?何でそんなものを?」
「水晶には妖力のような魔力のようなものがあると考えられている。
ボクのような軍師は自分自身の能力を超えた神憑り的な智謀を要求されることがあるから、こうやってその力を高めている」
「ふーーん、お守りみたいなものか」
「まあそうね」
確かに、かけているのは軍師系の人が殆どだから。
だから、目を覆うような眼鏡はあまりなくて、レンズというか、水晶が小さめなものが多いんだ。
ゲームでは、一人、巨大な片眼鏡をかけている人がいたけど、目が悪いとか言っていたから、あまり見えなくてもいいほうの眼を覆っているのだろうか?
辻褄は合うような合わないような。
「能力のない軍師が使う道具ね」
と、賈駆を小馬鹿にしたように一刀の反対側から声をかけるのは荀諶。
「何ですって!!」
「自分に能がないから、そんな小道具に頼ろうとするのよ」
「まあ、柳花さん、誰しも完璧じゃないから、どんなに才のある人でも神仏を頼ろうとするときもあるんじゃない?」
「うん、一刀がそういうなら、信じるにゃ!」
賈駆に対する言葉と打って変わって、でれでれ荀諶である。
賈駆も呆気にとられている。
これで、業都に戻ったらどうなるのだろう?
で、業都に戻ってきたのだが……
荀諶は、何か察するところがあったようで、ぱっと一刀から離れ、距離をとる。
いきなり業モードに戻った荀諶。
賈駆は、荀諶、何をしているのだろう?といった雰囲気だ。
そんな一行のところに、田豊が走ってやってくる。
荀諶の霊感、恐るべし!
やはり、眼鏡を能力のない軍師が使う道具と言い切るだけある。
一方の賈駆、ちょっと田豊に気付くのが遅かったようだ。
一刀の腕を掴んでいる現場を抑えられてしまう。
真っ青になる賈駆。
眼鏡の神通力は発揮されなかった。
「ねえ、詠。何で一刀の腕を掴んでいるのよ?!」
「か、一刀が月を襲いにいかないように身柄を確保していただけよ」
「そう、それは "わ・ざ・わ・ざ" どうもありがとう。
もう、私が面倒見るからいいわ」
と、一刀から賈駆を引き剥がし、
「恋、夜、一刀を襲う敵はこなかった?」
と、呂布に出張時の状況を確認する。
余程心配だったのだろう。
だいたい、賈駆は一刀にぴったりだったし。
本人でなく呂布に聞くあたりが、一刀の信用の無さだ。
沮授ほど霊感が働かないから、やったかどうかは聞かないとわからない。
それを聞いて真っ青になる一刀、荀諶、賈駆。
だが、
「大丈夫。
敵は来なかった」
と、呂布が答えるので、どうやら出張時の過ちはばれずに済みそうだ。
と、思ったら、陳宮が余計なことを言い始める。
「敵に襲われるどころか、この狼は毎晩毎晩荀諶、賈駆とよろしくやっていたのですよ」
それを聞いて更に真っ青になる一刀、荀諶、賈駆。
「……恋。敵は来なかったんじゃないの?」
「"敵"は来なかった」
どうやら意志の疎通がうまくいかなかったことを悟った田豊、呂布との会話は意味が無いと判断し、今度は一刀に向き直り、
「……どういうことか説明して頂戴、一刀」
「え?ええ、えーーっと……」
と詰問する。
だが、一刀も口ごもって駄目そうなので、最後に荀諶と賈駆を問いただす。
「柳花、詠、どういうことなのかしら?」
「ち、治療よ」
「ボ、ボクは帰ったときに月を襲わない様にぬいておいただけ」
二人とも明後日の方向を見て、なんとか誤魔化そうと努力する。
「そう。それじゃあ、側室になろうというわけではないのね?」
「も、もちろんよ」
「と、当然」
「だったら許してあげるわ」
正室になった余裕か、比較的おおらかな田豊だった。
一刀の性格からして、一人側室を認めたら、側室だらけになることは火を見るより明らかだから、兎に角側室は認めない!というのが、正室たちの統一見解だった。
だから、それさえ守っていれば、多少のことは目を瞑ろうと(努力)しているのだ。
だが、夫に対しては……
「一刀!!」
「は、はいっ!!」
「今から私を満足させなさい!」
「い、今から?まだ、明るいけど……」
「何か文句あるの?」
「い、いえ、ありません。
仰るとおりにいたします」
なかなかシビアだった。
「ふふ。狼はちゃんと躾けなくてはならないのですよ」
陳宮は妙に嬉しそうだった。
「ねえ、柳花」
「なによ」
そっけなく尋ねる賈駆に、デレが無くなった荀諶が答えている。
この二人、いつの間にか真名で呼び合う仲になっている。
そして、二人とも明らかに出張前に比べ、色っぽくなっていた。
「どうして、一刀のこと好きになったの?」
「…………詠なら、話してもいいか。
昔、黄巾党を鎮圧したときに、私が黄巾党が篭っている城に忍び込んで食料を減らす工作をしたの。
でも、黄巾党が思いのほか頑強に抵抗して、私が城内で食べるのが難しくなっていたのよ。
それを、一刀が一生懸命私を救うように動いてくれて。
それからね、どうもあの男から目が離せなくなってしまったのは」
「ふーん……」
「そういう詠こそ、何で一刀の事を好きになったのよ?」
「えっ!!
ボボボクは……やっぱり、洛陽で助けてもらったからかな。
最初は洛陽から逃げようとしたのだけど、連合軍の動きが早くてもうだめだと思った。
それを、あの男が現れて、ボクも月も助けてくれるって言って、ものすごくほっとして……
本当はその場で抱きついて、ありがとうって言いたかったんだけど、素直になれなかったし、逃げなくてはならなかったから、その時は何も。
やっぱりお礼はしなくてはと思ったんだけど、ボクの持っているものは全てなくしたから、お礼をするなら自分の体しかないって思ったの。
でも、嫌いな男に抱かれるのは嫌だから、好きになろうと思って接していたら、これが案外いい奴で。
それに、一緒にいると妙に安心できて、本当に好きになっちゃったんだと思う」
「そうね。一刀といると、何か落ち着くのよね」
「それで、きっと月も同じように思っているんじゃないかっていうのが心配で。
月は誰かの正室として幸せになってもらいたいと思うから」
「そういうことだったの。
確かに男は他にもいるからね」
「うん」
「でも、それは私達にも言えることでしょ?」
「…………そうだけど」
「詠は一刀以外の男と幸せになりたいと思う?」
「ボクは……わからない。
でも、少なくとも一生この旅の事は忘れないと思う」
「董卓も一緒じゃないの?」
「そうかもしれないけど……それでもボクは月を守りたい」
「まあ、頑張ってね。
私は……側室になれるならなりたい……わね。
でも、あの正室が障害で……」
二人とも、素直じゃないのだから。
あとがき
肥料探しの旅はこれで終わりです。
次回、戦争の描写に戻ります。