散歩
そんなこととは知らない劉備一行、馬でパカパカと下丕に向かっている。
何で、そんな便利なものがあるかというと……
「ねえねえ、桃香ちゃんたち、お散歩に行きたいから、お馬さん貸してくれる?」
と厩番に言ったら、快く馬を3頭貸してくれたからである。
流石に諸葛亮も絶句していた。
城を出るときも同様にすんなり出ることができた。
おまけに、衛兵には
「お気をつけて!」
といわれる始末である。
諸葛亮、許都をどうやって出るかが一番の問題と思っていたが、劉備にかかれば、
「頼めば出してくれるよ!」
で、終わりである。
やはり、劉備、何か桁が違う。
諸葛亮は、自分の智恵など劉備の前では芥子粒のように小さなものでしかないのではと、ちょっと自信を失ってしまう。
そんな劉備でも心配にしていることがある。
「ねえ、朱里ちゃん。
本当に曹操ちゃんは攻めてこないかなぁ?」
「大丈夫だと思います。
曹操軍は、全軍で袁紹軍に対抗する準備をしていますから、徐州にその軍が向かうことはありません。
今、袁紹軍に対抗しないと、濮陽から先の城をいくつも陥とされてしまいますから、それは戦略的にも得策とは思えません。
ですから、桃香様を追いかける兵を出すとしたら小数の兵になると思いますが、こちらも馬ですから簡単には追いつけないと思います。
そして、一度下丕に入ってしまえば、周りには袁術軍がいますから、曹操軍が劉備様を攻めることはありません。
むしろ、曹操軍と袁術軍の間での戦いになるでしょうから、曹操軍はそうなるまえに戻ると思います」
「うーん……朱里ちゃんの言うとおりだと思うんだけど…………何か心配」
それを聞いた関羽、
「それでは、私が小沛城で曹操軍を食い止めましょうか?」
と提案する。
「うん、それはいいかもしれないね。
朱里ちゃんはどう思う?」
「そうですね。
まあ曹操軍がくることはないと思いますが、桃香様が安心なさるならそれがいいかもしれません」
ということで、一行(三人)は一旦小沛に向かい、関羽はそこで曹操軍を迎え撃つために留まることとなる。
万が一曹操軍が来るとしても、弱小勢力だけだろうから、小沛にいる徐州の兵だけで倒せるだろうという読みがあるから。
劉備、諸葛亮は、小沛にいた徐州の兵数名とともに下丕に向かう。
その一方で、伝令が公孫讃のところに劉備が下丕に戻る旨、報告に行く。
これで、再び劉備軍が一同に会す事になる。
劉備たちは下丕の傍で夜を待つ。
夜になって、城内から秘密の通路を通って迎えが来るのを待つためだ。
そこに、馬を飛ばしてきたのか、公孫讃など青州との州境を守っていた劉備軍も戻ってくる。
「桃香、無事だったか?」
「あ!白蓮ちゃん!うん、元気だったよ。白蓮ちゃんは?」
「ああ、みんな元気だ」
「よかった!」
「桃香様~~~!!」
「鈴々ちゃん、久しぶりだね」
「うぇっ、うぇっ……寂しかったのだ!」
「うん、もうずっと一緒にいようね」
「そうするのだ!……でも、愛紗がいないのだ」
「愛紗ちゃんはね、小沛城でこの徐州を守ってくれているんだよ。
そのうち会いに行こうね」
「うん!早く会いたいのだ!!」
再会を喜び合っている劉備たち。
彼女達の積もる話は尽きることなく、そのうちに陽が傾いて、薄暗くなってくる。
麋竺の使者が劉備の許を訪れる。
「劉備様、よくご無事で」
「うん、曹操ちゃん、優しくしてくれたから平気だったよ。
麋竺さん達もわざわざ桃香ちゃんのために働いてくれたみたいでとってもうれしいの」
「ええ、それなのですが、ちょっと問題が……」
使者が言うには……
麋竺たちは劉備が帰ってくるときには夏侯惇などをどうにか処分する方法を考えていた。
ところが、昨日になって張勲が夏侯惇を破ってしまい、今は下丕には張勲が居座っている。
張勲軍は10万近い大軍で、ちょっと麋竺たちでは手に負えず、困ってしまった。
言われて見れば、確かに張勲軍どこにもいない。
「えーっ?!夏侯惇ちゃん、負けちゃったの?」
「はい」
それは昨日の夕刻のことであった。
夏侯惇の許に伝令が大慌てで走ってくる。
「た、大変です。
曹操様と見られる軍が張勲軍に追いかけられております!」
「なんだと!全軍出撃!!」
「まあ、待て。春蘭はん。
華琳様がこの時期くるはずあらへんし、仮にきたとしてもそう簡単に張勲にやられる華琳様とも思われへん。
絶対、敵の罠や、これは」
後先考えずに飛び出そうとする夏侯惇を張遼が押し留める。
張遼、見かけによらず、案外冷静である。
「ふむ。確かに霞の言うとおりだ。
華琳様がそんなに簡単に破られるはずがない」
「でも、一応どんな様子かみてみませんか?
万が一ということもないとは言えませんから」
と言ったのは許緒。字が仲康、真名が季衣。
「うむ、そうだな」
そこで、全員で城壁に登り、曹操と見られる軍を見る。
兵は約1万か?
牙門旗は確かに曹操のものに見える。
「うーーーーん。本物に見えるような見えないような……」
夏侯惇は旗を見て悩んでいる。
「せやけど、この時期たった一万の兵でここにくる理由があらへん。
だいたい、ここに来るなら事前に連絡があるやろ。
罠やっちゅうたら、罠や」
「うーーーーん。そう言われるとそんな気も……
「まさか袁紹軍にやられて、どうにか逃げてきたということは……」
「……それはないとは思うんやけど……」
と、悩んでいる夏侯惇の耳に、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
「春蘭!しゅんらーーーーん!!」
思わず、顔を見合わせる夏侯惇、張遼、許緒。
「やはり華琳様!?」
「しんじられへん」
「とりあえず、助けに行きましょう!!」
全軍で下丕を飛び出す曹操軍。
だが、それを待っていたのは牙を研ぎ澄まして待っていた張勲軍。
張遼の言うとおり、これは罠だった。
夏侯惇たちをおびき出すために、曹操の牙門旗を作り、曹操兵の服を揃え、そして曹操に良く似た声の娘を探し出し、城外で芝居をうったのだ。
夕暮れ時を狙ったのは、作りの雑な牙門旗が贋物と見破られないため。
城外に出れば、ただの野戦。
1万対10万では、いくら夏侯惇や張遼、許緒が豪傑だといっても勝てる道理はなかった。
「夏侯惇、ごめんなさいね。
お嬢様がどうしても徐州を欲しいっていうものですから」
張勲が捕虜になった夏侯惇に詫びの言葉を告げている。
といっても、悪いとは思っているようには全く見えない。
勝者の余裕だ。
「おまえなど、華琳様がすぐに倒してくれようぞ!」
「でも、曹操、袁紹相手にてんてこ舞いで、ここには来る余裕がないでしょう。
ここに来る前に私達が守備を固めちゃうから、そう簡単にはおとせないんですぅ。
それ以前に、袁紹にやられちゃうかもしれませんねえ」
「そんなことはない!」
「牢に閉じ込めておきなさい」
というのが、昨日の出来事。
下丕陥落の情報は、丁度劉備たちがこちらに向かっているときに許都に向かっていたのだろう。
「そっかー。色々あったんだね。
それじゃあ、とりあえずその張勲ちゃんとお話をしにいこう!」
「よいのですか?」
「だって、話し合わないと何も解決しないじゃない!」
劉備が言っても、どうも説得力に欠けるが、他に解があるわけでもないのでとりあえず劉備の言葉に従うことにする。
「それでは、ご案内します」
「うん、お願い。
鈴々ちゃんも一緒に行こう!」
「わかったのだあ!桃香様をしっかりお守りするのだあ!」
「おねがいね。
白蓮ちゃんは、何かあったらすぐに逃げて」
「分かった……といいたいところだが、どこにも逃げ場がないではないか」
袁紹のところに行けるはずがなく、曹操のところも行けるはずがなく、何かあったということは袁術のところにも行けないので、どこにも逃げ場がない。
「ああ、そうだね。どうしよう、朱里ちゃん」
そんなこと言われても、諸葛亮だって困ってしまう。
それでも、徐州の周りの3人を比べてみる。
袁紹は、劉備も公孫讃も嫌っている。
曹操は、今逃げ出してきたばかり。
それに比べ、袁術は直接、話をした訳でもなく、今のところ中立的な立場だ。
「……袁術様のところが一番ましだと思います」
「だって」
「……一応、分かった。
まあ、無事に戻ってきてくれ」
「うん、大丈夫だよ、きっと」
劉備は張勲に会うために下丕に入っていった。