懲罰
劉備が麋竺に連れられて張勲のところにやってくる。
麋竺は、地元の豪族で、基本的には支配者が変わったらその者に仕えるだけというスタンスをとっている。
だから、夏侯惇が捕まえられて張勲が徐州の支配者になったら、傍目張勲に仕えるようにするので、殺されることも拘束されることもなく、自由に動ける。
「張勲様、張勲様にお会いしたいという人を連れてまいりました」
麋竺が張勲に劉備を引き合わせる。
「あら、お客さんとは珍しいですね。どなたですか?」
「前の州牧の劉備様です」
麋竺の紹介で、劉備と張飛が張勲の部屋に入ってくるが、その二人に反応したのは張勲ではなく、華雄だった。
「おのれー、劉備!!今こそ積年の恨み、晴らしてくれようぞ!!」
と怒り狂いながら金剛爆斧を振りかざして、劉備、張飛目指して突進してくる。
思い出してみよう、そもそも何故華雄がここにいるかを。
あれは汜水関での出来事。
汜水関を守っていた華雄を、ここにいる劉備と張飛がさんざんこけにして、それに怒った華雄が関を飛び出して負けてしまった、そしてその身は袁術に預けられた、というのが過去の歴史である。
華雄がこの二人を恨むのも当然だ。
張飛は、本能的に蛇矛で華雄を防ぎとめるのだが、華雄に対して発した言葉は
「お前は誰なのだ!」
張飛は劉備と共に華雄をさんざん馬鹿にしたが、実際には一合もしていないので、顔を知らない。
だが、そう言われた華雄は、更に馬鹿にされたように感じてしまう。
「ぬぉーー!!そこまで馬鹿にするか!!
よもや汜水関での出来事を忘れたとは言うまい!」
「汜水関?お前は馬鹿の華雄か!」
「馬鹿いうなーー!!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのだ!!」
二人ともののしりあいながら武器を戦わせている。
張勲は呆気にとられている。
麋竺は困惑している。
劉備は、諸葛亮病がうつったのか、「はわわ、はわわ」とうろたえている。
劉備にしては珍しいことだ。
華雄、張飛相手に一歩も引くことなく互角に戦っている。
口げんかのレベルは低の低だが、戦いのレベルは高の高だ。
やはり、華雄、ちょっと短絡的なことがあるが、一廉の武将ではあるらしい。
二人の戦いは外野がまあまあと言って止められるレベルでないので、もう全員ただ傍観するしかない。
二人の戦いを止めたのは、場外からの乱入だった。
「桃香!逃げるぞ!!
曹操が全軍引き連れて攻め込んできた。
あれは相手にならない」
乱入してきたのは公孫讃。
曹操が攻めてきたので、大慌てで徐州から逃げようというのだ。
「えっ!!そんなぁ。朱里ちゃん、曹操ちゃんは攻めてこないって言っていたのに」
「朱里殿も間違えることもある。
兎に角、急ぐぞ!」
と言うや否や、麋竺や張勲や華雄のことはお構いなしに、劉備の手を握り、張飛の襟首を掴んで、大急ぎで外に出て行ってしまう。
劉備、張勲と話すために来たのに、一言も声を交わすことなく戻ることになる。
「放すのだ!」
と、まだ試合を続けたい張飛は騒いでいるが、そんな余裕は全くない。
公孫讃、二人を引っ張ってぐんぐん走っていってしまう。
それほど華はないが、公孫讃だって相当な武将だ。
このくらいのことは訳なく出来る。
「おのれ!逃がしはせんぞ!!」
華雄は張飛を追いかけようとするが、
「華雄!」
と、彼女を叱責する張勲の声に、足を止める。
「はっ!」
「今の話の真偽を確かめるほうが先です。
城壁に向かいます!」
と、外に向かおうとすると、そこに張勲軍の伝令が大慌てで走ってくる。
「た、大変です!!
曹操軍が大軍で攻め込んできました!!」
伝令より早くに城外から抜け道を通ってやってくる公孫讃、いったいどれだけの足の速さなのだ?
張勲が城壁に登ってみると、確かに遠方より曹操軍らしい大軍が押し寄せてくる。
下丕を陥としたのが昨日、恐らく伝令が許都に届くのが今日か明日、それから出陣の準備をして下丕にくるのは、どう考えても3~4日後だと思っていたのに、何でこんなに早く曹操軍は軍を送ることが出来たのだろう?と訝しく思う張勲である。
まさか、劉備が曹操軍を呼び込んでしまったとは夢にも思わない。
曹操軍、神速だと驚嘆するばかりである。
さて、その張勲、前にも記したが抜群に有能な参謀であった。
人を見る目、勢いを感じる能力などが秀逸。
そして、曹操軍を見て、下した結論は……
「これは、負ける……」
篭城したほうが有利とか、下丕の城内には新兵器が山のようにあるとか、そういうアドバンテージを吹っ飛ばしてしまうほどに曹操軍の勢いは強い。
だって、攻めてくるのは張三姉妹に応援してもらったファン達なのだから。
城内に篭って新兵器をかっぱらって使用すれば、ある程度敵にダメージを与えられるだろうが、結局は防ぎきれず、張勲軍は殲滅させられる、そういうシナリオが張勲には見えた。
それから先の張勲の行動は早かった。
「華雄!全軍に撤退命令!!」
「はっ!!」
張勲軍は取る物も取り敢えず下丕を後にして、寿春に向かう。
劉備、公孫讃たちも同じく寿春に向かっている。
「小沛に愛紗ちゃんがいるの!」
「関羽殿には申し訳ないが、自力で何とかしてもらうしかあるまい」
「そんなあ!愛紗ちゃんを助けなくちゃ!!
曹操ちゃんにいじめられちゃう!!」
「駄目だ。全員、このまま寿春に向かうぞ!!」
「愛紗ちゃーーーん!!」
公孫讃は、泣き叫ぶ劉備を抑えて、全員で寿春を目指す。
だが、曹操軍、執拗であった。
下丕の奪還は既に完了し、中には劉備軍も張勲軍もいないのに、張勲軍や劉備軍を追いかけていく。
被害を受けたのはほとんど張勲軍。
いつのまにか全員分の白馬を準備していた、実は資材調達にも有能な公孫讃であったので、劉備軍は全員騎馬で、また公孫讃が率いているので神速とは言わないまでも、相当の移動速度を誇っている。
白馬にこだわるのは、公孫讃の趣味だろうか。
それに対し、張勲軍は歩兵が殆ど。
殿を満足に勤められるような武将もおらず、曹操軍の猛攻をひたすら受けている。
いても駄目だったろうが。
張勲軍が寿春に戻ったときには、10万の兵は5万にまで減っていた。
いや、よく5万残ったものだ、というべきか。
「風、そろそろ戻るわよ」
張勲軍を徐州の外に追いやり、今日のところはこの位で勘弁してやろうといった雰囲気で、曹操が軍の侵攻を止める。
このまま進めば、袁術軍を殲滅させることも出来たかもしれないが、許都を伺う袁紹がいて、そうも言っていられない。
一部下丕に軍を残して、また怒涛の勢いで許都に戻る曹操軍。
大急ぎで戻りはしたのだが、やはりさすがは袁紹軍、曹操軍が手薄になると見るや否やあっというまに軍を進め、白馬、延津、酸棗、烏巣など、官渡より北の城は全て陥としてしまっていた。
だが、その直後、一部守備兵を残し、軍は大挙して冀州に戻ってしまっていたのである。
一刀の予言の所為だろうか?
「風、袁紹軍は好き勝手に暴れてくれたわね」
怒りで爆発寸前の曹操である。
劉備がいなければ、こんなことにはならなかったものを。
いや、劉備がいなくても、下丕は陥とされていたから、どのみち下丕に向かうのは時間の問題だったか。
夏侯惇も全く困ったものだ。
夏侯惇よりは張勲を誉めるべきだろうか?
それにしても、ほんの数日で多くの城を失った。
袁紹軍、本当に強い軍だわ。
考えてみれば、劉備のおかげで下丕に迅速に向かうことが出来、夏侯惇らを助けることが出来たのだから、少しは劉備に感謝してもいいのかもしれないが、曹操が劉備に感謝することは絶対ないに違いない。
「はい、一瞬の隙を突かれてしまいました」
「でも、時間的には官渡も落とせたでしょうに、袁紹軍は何で戻ったのかしら?」
「わかりません」
「まさか、私に恩を売ったとか考えてはいないでしょうね?」
「それはないと思います。
何か大事でもおこったとしか考えられませんが」
「そうよね。
間諜を多めに送りなさい。
それから、兵役を解いて農業に戻すわ」
「御意」
とりあえず、袁紹軍の動きも止まり、袁術の侵攻も撃退し、平穏を取り戻した曹操であった。
だが、その平穏の後に、真の地獄がやってくるとは、このときの曹操には予想も出来ないことだった。
さて、曹操、此度の曹操軍vs.張勲軍の賞罰、特に罰を与えなくてはならない。
曹操の前に呼ばれているのは荀彧と夏侯惇。
「二人ともなんで呼ばれたか分かっているわね?」
「申し訳ありません、華琳様。
つい劉備の乳に魅力を感じてしまいました」
「申し訳ありません、華琳様。
他の女の声を華琳様のお声と間違えてしまいました!」
微妙にポイントがずれている気もするが、外れでもない。
曹操、ちょっと不機嫌な表情になるが、気を取り直して二人に罰を言い渡す。
「まあ、いいわ。
それで二人に罰を与えることにしたの」
「あぁ~ん、かりんさまぁ。そんなにいぢめないでくださ~い」
うっとりした表情に変わる勘違い荀彧。
それでは、罰にならないではないか!
曹操、もう一度不機嫌な表情になるが、気を取り直して二人に罰の内容を伝える。
「これから二人で朝まで愛し合いなさい!」
「「どうしてこんな女と!!」」
二人の息はぴったり。
似たもの同士なのかも。
それを聞いた曹操、とうとう爆発してしまう。
仏の顔は三度だが、曹操の顔は二度だ。
「罰だからよ!
二人で愛し合いながら私の様子でも見ていなさい!!
いいこと?朝まで愛し合わなかったら、もう二度と抱いてあげないわ。
明日は相手を多くいかせたほうを抱いてあげるわ」
荀彧と夏侯惇、仕方無しに二人でキスをして、愛し始めることとなる。
「待たせたわね、関羽」
部屋にはもう一人人間がいた。
関羽である。
小沛城が陥落するのはあっという間で、関羽は、再度許都に連れ戻されていたのだ。
「今、私は不機嫌なの。
私の言うことは全てすぐに聞くこと。
そうしないと、いくら相手があなたでも殺すわよ。
いいわね!」
「はい、曹操様」
「服を脱ぎなさい!」
「はい」
劉備もおらず、再度囚われの身となった関羽に、否定することは出来ないのであった。
時は過ぎて……
関羽は曹操の閨で泣いていた。
服もなく、髪飾りも取り、まさに生まれたままの姿で泣いていた。
傍では、曹操を取られたと感じている荀彧と夏侯惇が泣きながら愛し合っていた。
「いいこと?いつか、関羽の心も私のものにするわ。
私はね、欲しいものは何でも手に入れるの。
いいわね!」
関羽はそれに答えず、泣き続けていた。
「何時まで泣いているのよ!
不愉快だわ。
部屋に戻りなさい!!」
さんざん関羽で遊んでおいて、それはないと思うのだが。
やっぱり、曹操、暴君だ。
関羽は黙って立ち上がり、服を着始めるのだが、曹操、思いっきり不機嫌だった。
「そんなことは自分の部屋でやりなさい!!」
哀れ、関羽は服を持って裸で自分の部屋まで移動しなくてはならなくなってしまった。
そして、自分の部屋の閨に飛び込み、「一刀さん……」といいながら、何時までも泣き続けていた。
そのまま、いつの間にか眠りについていた。