正義
張勲、劉備たちはその後どうなったかというと……
「お嬢様ぁ~、最後の最後で負けてしまいましたぁ」
「よいよい、七乃が無事戻ってきただけで十分じゃ」
案外寛容な袁術だった。
余程一人で寂しかったのだろう。
「兵も半分失ってしまいましたぁ」
「うぬぬ、曹操なかなか手ごわいではないか。
それで、これからどうすればよいのじゃ?」
「とりあえず、しばらくおとなしくするしかないと思いますぅ」
「しかたないのお。
七乃がそういうのであれば、そうするしかあるまい。
ところで、七乃が帰ってくる少し前に、厄介になりたいというものが来たが……」
「ああ、劉備たちですね。
もう、華雄は張飛と戦い始めていますが……」
そう、袁術たちのいる部屋の隅の方では、既に華雄と張飛が罵りあいながら剣を交えている。
劉備は、それを困惑した様子で眺めている。
「仲においた方がよいものだろうか?」
それを聞いた華雄、戦いながら袁術に進言する。
「ここに置くべきです。
そうすれば、この私が叩きのめしてくれましょう!」
「何を!倒されるのはお前なのだ、馬鹿華雄!!」
「馬鹿言うな!!
そういうお前はつるぺた張飛ではないか!!」
「よ、よ、よくも言ったなあ!!
人が気にしていることを!!馬鹿華雄!!」
「やーい、つるぺた張飛!!
下の毛も生えていないんだろう?」
「ぐぬぬ……」
案外、似たもの同士である。
文章にすると、剣を交えている様子が分からないので、もう全く以って園児か小学校低学年の喧嘩である。
試合自体はレベルが高いのだが……
「そうですねぇ……
あなたは、どう思いますか?趙雲」
趙雲?
そう、趙雲は麋竺に下丕のことを任せ、自分自身はいつの間にやら仲に仕官していたのであった。
麋竺を見捨てたのだろうか?
まあ、彼女なりに何か思うところがあったのだろう。
「そうですな、劉備殿とは何度か同じ将に仕えたことがありますが、その何と言うか民に好かれる傾向が強い者ですな」
「そうですか」
それを聞いた張勲、にやりと嗤い、
「それでは、お嬢様、劉備は仕官させることにいたしましょう」
と答える。
今、張勲が困っている案件はいくつもあるが、その一つが袁術が民に好かれていないということである。
それを劉備を入れることで、どうにか緩和しようと考えたのだ。
それにしても、張勲、やはり名将である。
袁術の配下にあり、ここまでめちゃくちゃ袁術を延命させているのだから。
「さようか。
七乃がそういうのであればそうするぞよ。
劉備、聞いて喜べ。
この寛大なる袁術様が、その方を家臣として迎えることにいたそうぞ」
「ありがとう!袁術ちゃん。
桃香ちゃんたち、いっぱいいっぱい頑張るね!」
ということで、今度は袁術に仕えることになった劉備一行。
「え~ん、桃香様ぁ。
馬鹿華雄につるぺた張飛って言われたのだ!
下の毛も生えていないって言われたのだ!
鈴々はとっても悔しいのだ!!」
張飛は試合を放棄して劉備のところに癒してもらいにいっていた。
それを華雄は満足そうに眺めていた。
寿春での第一ラウンドは華雄の勝ちだった。
まあ、それでもなんとなくうまくやっていけそうな感触はあるのだが。
「それにしても、活気の無い街だな」
寿春を歩きながら、公孫讃が見たままの感想を述べる。
「全くです。
許都や業都に比べたら、天と地ほどの差があります。
商店の数が少なく、開いている商店にも品数が少ないです。
街を歩く人の数も少なく、本当にここが都なのだろうかと思ってしまいます」
諸葛亮も同じ感想を持ったようだ。
「そうだね。
でも、一応ここにお世話になるから、少しは役に立てないと。
何か私たちで出来ることはあるかなあ?」
「うーーーーーん」
「うーーーーーむ」
諸葛亮も公孫讃も頭を抱えてしまっている。
「きっと前にもそういう提言をした人はいると思うんです。
それでも、袁術がわがままを通したのでこうなってしまったのではないのでしょうか?
だから、何を言っても駄目そうな気がします」
「そうだな、私も同意見だ。
いくらなんでもここまでひどくなるまで放っておくことはないだろう」
「そっかー……」
それから、劉備たちは街の人たちととにかく数多く話すことに専念した。
彼らから聞かれる言葉は、とにかく税が重い、それを何とかしてもらいたい、まずはそれだった。
「袁紹様のところの税率3割を見てしまうと、八公二民というのは、全く無謀な税率ですね。
徐州でも6割でしたし。
暴動がおきます、このままでは」
「八公二民ってなあに?朱里ちゃん」
しばし絶句する諸葛亮。
今まで劉備は民の言葉をどれだけ理解していたのだろうか?
「………そうですね、桃香様。
農民が働いて10石の収穫を得たとします」
「うんうん」
「その10石の内、8石を袁術様が取ってしまって、働いた農民のところには2石しか残らないと言うことです」
「えーーー!!それはひどいね。横暴だね!」
「ええ、ですが、袁術様や張勲様に直接そう言わないでくださいね」
「どうして?」
「今は、仕えている身です。
仕官元の行為を非難したら、私たちも殺されてしまいかねません」
「うーん、でも駄目だよ!
何とかしなくちゃいけないよ!」
妙なところで正義感がある劉備である。
「と、桃香。その気持ちは分かるがな、仲には仲なりの方法があるのだ。
我々のような行きずりのものがとやかく口を挟むべきではないと思うのだが」
必死に劉備を押し留めようとする公孫讃。
「そんなことないよ。
みんなが苦しいのに黙っているなんてできないよ!」
「いや、その、あの、だな……」
ここで、関羽がいれば、ピシッと劉備に苦言を言ってくれたかもしれないのに、と思う公孫讃と諸葛亮である。
だが、関羽は曹操に囚われの身となっていて、助けに行くのはほぼ無理だ。
劉備も思い出すと悲しむのか、敢えて関羽のことには触れないようにしているように見える。
あとは劉備があまり波風が立たないようにしてくれれば、と祈るのみである。
だが、正義の劉備は民のために立ち上がるぅ!!
「袁術ちゃん、やっぱり税率は低くしないと駄目だよ!
今の飯能市民じゃひど……え?八王子民?違う?八公二民?……八公二民じゃ酷すぎるよ!」
城に戻るなり、袁術に苦言を呈する劉備。
いきなり直球ど真ん中である。
ちょっと、諸葛亮の補正が入ったが。
劉備、やるときはやる!!
「ななななんじゃ、いきなり。
妾のやることにけちをつけようとでもいうのか?」
「そうですよう。
お嬢様のすることに文句を言うなんて、もう劉備はここに留め置くことはできませんね。
折角、お嬢様の深い慈愛でこの仲にいられることになったというのに、恩を仇で返すような発言、許せません。
即刻仲を出て行きなさい」
袁術、張勲であればそう言うだろう。
一緒に劉備についてきている諸葛亮も公孫讃も真っ青だ。
「でもね、でもね、みんな生活が苦しいんだってよ。
業や許はもっとみんないきいきしていたよ。
あんまり生活が苦しいと、みんな他の街に逃げて行っちゃって、この街には誰もいなくなっちゃうよ。
そうしたら、全然お金がはいってこなくなっちゃうんだよ!」
おー!劉備にしてはまともなことを言っている。
「……七乃、そうなのか?」
「まあ、そうですねえ。
それはいえちゃうかもしれませんねえ」
「それはまずいではないか。
もう少しここの民が増えるように考えるのじゃ」
おー!劉備の意見が通ったようだ。
諸葛亮も公孫讃も呆然としている。
「はーい、わかりましたー!
でも、どのくらい下げたらいいでしょうねえ。
幸か不幸か兵隊は少なくなってしまったので、その分の予算は浮きますけど……
あとは、お嬢様の蜂蜜をどれだけ減らすかですね」
そんなに蜂蜜って高いのか?
「それはだめじゃ。
蜂蜜水はなくすわけにはいかぬ」
「そうですよねえ」
「ねえねえ、代わりのものじゃだめなのかなぁ。
袁紹ちゃんのところには、ウィスキーっていうとっても強いお酒があるんだけど」
蜂蜜の代わりが酒では駄目だろう、と普通なら思うところだが、蜂蜜"水"というところがミソだったりする。
蜂蜜には軒並み酵母が含まれているが、これは蜂蜜の極めて高い糖度で通常は活動を抑えられている。
ところが、水を加えると、糖度が低くなり、それにより酵母の活動が始まり、発酵が始まる。
早い話が酒になる。
それも10度くらいと、結構度数が高い。
で、袁術の好きなのはそっち。
甘い水も好きだが、酒はもっと好きなのであった。
蜂蜜を薄めただけの甘い水、醗酵途中の甘さとアルコールの混ざったのを飲むのも好きだが、醗酵が進んで強い酒になったものを飲むのが一番。
子供のくせに酒好きとは、困ったものだ。
「何?強い酒とな?」
「うん……ああ、でも、強すぎて袁術ちゃんみたいな子供には無理かなぁ」
と、腕を組み、指一本であごを押さえて、斜め上を見る劉備。
ほとんど、袁術を挑発しているようだ。
「何を言うのじゃ!
その、う、ういなんとか言う酒を即刻ある限り購入するのじゃ!」
「うん、分かった。
頼んでみるね!」
かくして、劉備の進言どおり、税率がいきなり五公五民まで下がることが決定した。
これで、劉備の印象がよくならないはずが無かった。
劉備はどこに行っても民には絶大な人気を博するのである。
もちろん、劉備、袁術がいい人だと(本人にはそのつもりはないのかもしれないが)宣伝することも忘れないが、劉備の方が人気が高くなるのを避けることは出来ないのであった。
あとは、劉備がウィスキーの発注をすればおしまいだ。