放逐
「な、何をしているの?何なの、これは?」
その様子を、城を訪れた孫策が驚きの目で眺めている。
孫策、荊州の鎮圧がようやく終わり、その報告のために登城したところだ。
そして、城に来てみれば全員酔っ払っている。
何だ、これは?と思うのは極めて正常な神経だ。
「ああ、孫策ちゃん。
あのね、ウィスキーっていうお酒を買って、みんなで飲んでいるところなんだよ。
とーっても強いお酒なんで、みんな変になっちゃった。
ぜったい、みんな明日は二日酔いで頭が痛くなってるよ」
劉備が、その質問に丁寧に答えている。
「……何で劉備がここにいるのよ?」
孫策、暫く寿春にいなかったので、劉備が厄介になっていることを知らない。
「うーーんとね、色々あって曹操ちゃんに追い出されちゃったの」
「ああ、そう。大変だったのね」
と、劉備のことは軽くスルーしておいて、
「それで、全員明日二日酔いって本当?」
と、実に興味深い話の確認をする。
「絶対だよ!お碗一杯でも頭が割れるように痛くなるんだから!」
「ふーん、そう」
孫策はそう言ってにやりと嗤う。
X-dayを何時にしようか迷っていたが、もう迷う必要はない。
明日がその日だ。
こんな酔っ払い放っておいて、準備のために帰ろうと思った孫策であるが、彼女を引き止めるものがいる。
「あら~、孫策じゃないの。
いつもどったの?」
酔っ払い張勲であった。
孫策を見つけると、よろよろと歩いてきて、孫策にガバッと抱きついてしまう。
「今日戻った」
酒臭い息だ、と思いながらも、努めて冷静に答える孫策。
「あら、そう。それはよかったわね。
荊州の鎮圧は済んだのね」
「ああ、そうだ」
「それは、お嬢様もよろこぶでしょう」
「そうだな」
「いいですか?孫策。お嬢様は大切にしなくてはいけましぇん!
お嬢様は、寂しいのでしゅ!
お友達は一人もいましぇん!
ななのが守ってあげなくてはいけないのでしゅ!
わかってますか?孫策」
「も、もちろんだ」
「わかってなーーーーーい!!
ぜんっぜん、わかってましぇん。
いいですか?
お嬢様はわがままなのではありましぇん!
本当はいい女の子なのでしゅ!!」
張勲、酒癖が悪いようだ。
孫策が解放されるのに、それから数時間を擁した。
ちょっとしんみりする張勲の話ではあったが、その程度のことでは孫策の決心は揺るがない。
そして、翌朝。
孫策軍は易々と寿春を制圧し、クーデターを成功させた。
どのくらい易々か、というと、寿春の城に入っていって、私がこの国を滅ぼしたー!といえばおしまい。
城の中は二日酔いによる頭痛で、頭を抱えている人間だらけ。
劉備に、明日は全員二日酔いだ、と聞いていなければ新種の病気では?と思ってしまうくらい、悲惨な状況だった。
全員二日酔いで、頭を抱えてのた打ち回っている。
誰も反抗できないので、孫策の言うとおりになったことになる。
空前の簡単さで落城してしまった寿春であった。
難しかったのはそれから後、袁術らに、自分達はもう負けたということを認めさせることだった。
「あのね、袁術?」
「うおあああーーー、頭が痛い!痛いのじゃ!!
割れるように痛いのじゃ!!
七乃、妾は頭が痛いのじゃ!!」
「ぅぅぅぅぅぅ……
お嬢様、七乃もです。
頭が痛くて……ぬぁああああ……
んーーーーあーーーー……」
「聞いてる?仲国は滅びたの」
「ぐぅぅぅがぁぁぁ、痛い、痛い!!
孫策でも誰でも構わぬ。
この頭痛を鎮めるのじゃ」
「はい、袁術ちゃん、お水だよ。飲んで」
救いの手を差し伸べたのは劉備。
袁術に水を汲んでくる。
「おお、劉備か。気が利くではないか」
袁術は奪うように水を飲み干し……
「少しは痛みが………
ぐぉおおおお!!まだ痛いのじゃ!!」
「だからあんなに飲んじゃ駄目って言ったのにぃ」
仕方無しに、また水を汲みに行く劉備。
「ねえ、冥琳。私達、何をしているのかしら?」
「私も今それを考えていたところだ。
とりあえず、この二日酔いが収まるまで何もできぬのではないか?」
「本当ね。
戦いもなかったことだし、何か仲を滅ぼしたというのに、全然実感がないわ」
「全くだ。袁術はこのまま居ついてしまいそうで怖いな」
「そうしたら、殺すまでよ」
「まあ、そうなのだが……何というか緊張感が全くないな」
「ええ。早く領外に行ってくれないかしら?」
途方に暮れている孫策と周瑜の傍らで、劉備や公孫讃がせっせと水を運んでいる。
「はい、袁術ちゃん。また、お水だよ!」
「すまぬな、劉備……」
「張勲殿、水だ。飲め」
「あ、ありがとう……」
張飛まで一緒に水を運んでいる。
「馬鹿華雄、水なのだ!」
「す、すまぬ、つるぺた張飛」
なんだかんだで、仲のよい二人である。
だが、張飛は二日酔い華雄を見て、にやにや嗤っている。
そして、
「わあっ!!!」
と、華雄の耳元で大声をあげる。
「ぐをーーー、頭が!頭が割れるように痛い!!
いきなり大声を出すな!!」
「それはすまなかったのだ。
ごめん、なのだああっ!!」
「ぐわーーー、止めてくれーー!!」
のた打ち回っている華雄を見て大喜びの張飛。
今回は張飛の勝ちだった。
それから数時間。
二日酔いは……完全になくなったわけではないが、かなり醒めてきた。
「わかった?袁術。
仲は滅びたの。
命まではとらないから、さっさと揚州、荊州から出て行きなさい!」
孫策は、剣を突きつけながら、袁術、張勲を脅している。
「七乃、孫策はあんなことを言っているのじゃ。
酷い女なのじゃ」
「全くです。
お嬢様を尊敬しないどころか、脅して……あははは」
張勲の言葉は途中で止まった。
孫策の剣が首筋にぴったりと当てられたので。
「もう一回だけ言ってあげるわ。
今すぐ揚州、荊州から出て行きなさい!」
「わ、わかったから、その剣を引くのじゃ。
じゃが、今日は二日酔いで頭が痛い。
すまぬが、明日の出立ではだめじゃろうか?」
袁術、どうにかそれだけのことを孫策に提案する。
孫策、にっこりと笑って、
「ええ、いいわよ~♪
その代わり、明日の朝、袁術の首と胴体が繋がっているかどうかはわからないけどね」
と、答える。
「……うぇ~~~ん、孫策は鬼なのじゃ。
血も涙もないのじゃ」
「ねえ、袁術。
そろそろ、私、堪忍袋の緒が切れそうなのだけど。
首を刎ねていい?」
それを聞いていた趙雲、
「しかたあるまい。
私も袁術殿の客将として、寿春にいた立場。
袁術殿を他へ連れて行って進ぜよう」
と、提案する。
「そうしなさい、袁術。
これ以上ここに居座ると、本当に切るわよ!」
「うぇ~~~ん、そんなこと言っても、どこにも行く当てがないのじゃ」
「だったら、袁紹ちゃんのところに行くのはどうかなぁ?」
嘆く袁術に、劉備がそう提案してくる。
「麗羽?妾が仲の皇帝を名乗ったので怒っているに違いないのじゃ」
「うーーん、でも袁紹ちゃん、優しいから、きっと受け入れてくれるよ!」
「……七乃はどう思うのじゃ?」
「そうですねえ、親族ですから受け入れてくれるといいなあ、って思うのですけどぉ……」
「じゃあ、決まりね!
さっさと袁紹のところに行きなさい!
今度、その顔を私の前に出したら、有無を言わさず切るから、そのつもりでいなさい!!」
孫策の最後通告に、しぶしぶ寿春を出る袁術一行なのであった。
袁術、張勲、それに華雄は趙雲の御する馬車で業を目指して寿春を後にした。
「じゃあ、桃香ちゃんたちもそろそろ出発するね♪」
袁術が去ったのを見届けて、劉備も寿春を離れると言い始める。
「出発、ってどこに行くのだ?
この地に留まるのではないのか?」
「そうですよ。
孫策さんと一緒に新しい国を作ってもいいのではないでしょうか?」
あまりに突然な発言に、公孫讃も諸葛亮も目が点になる。
「それはだめだよ!
孫策ちゃんが新しい国を作ろう!ってときに、桃香ちゃんたちがいたら迷惑だよ!
ね!孫策ちゃん!」
「え?え、ええ。ええ?えーー」
孫策もいきなり聞かれて、どう答えたものか困っている。
「だから、益州に行こうと思うの」
「そ、そうなのか」
「そうですか。
桃香様がそう仰るなら、それに従います」
公孫讃も諸葛亮も、劉備がここにいたら迷惑だ、と思う状況はよく分かった。
立場上、劉備は州牧も勤めた人物、それに対し孫策は下っ端の役人になったかならないか程度の身分。
恐らく、これから国を作って、そのトップに立つのだろうけど、そのとき劉備がいては、目の上の瘤のように思ってしまうかもしれない。
それなら、ここにいないほうが、確かにいいかもしれない、と二人は納得する。
劉備もずいぶん深く考えている………のだろうか?
「だって、ここにはあんまり食べ物がないから、鈴々ちゃんみたいにいっぱい食べる人がいたら食べ物がなくなっちゃうよ!
益州はいっぱい食べ物が取れるって聞いたから、そこに行こう!!」
迷惑ってそういうことなのか?
それなら、なんとなく劉備っぽい。
公孫讃も諸葛亮も、ちょっと冷や汗がたら~りと垂れてきたが、確かに迷惑であると言う状況はそうだろうから、結局益州に向かうことに賛同するのだった。
そして、劉備軍も出発の準備を整えて、益州に向かう。
史実と色々違って既に劉表はいないので、劉焉のところにまっすぐ向かうことになる。
「孫策ちゃん、短い間だったけど楽しかったよ。
また会えるといいね!」
「ああ、私も結果的に劉備のおかげで楽に仲を滅ぼすことができた。
感謝している。
また、出会うことが会ったら、一緒に仕事をしたいものだ」
「そうだね!
もし……もしもだけど、桃香ちゃんが孫策ちゃんの役にたつことがあったら、いつでも桃香ちゃんを頼ってきてね。歓迎だよ。
それじゃあね!!」
劉備軍は益州に向かって旅立っていった。
その後、孫策は仲に代わり、呉を建国、自らを初代皇帝とした。
都は建業に設定した。
寿春は、その役目を終え、ゆっくりと中華の大地に戻っていった。