甜菜
さて、蜂蜜の生産がようやく始まったのと時を前後して、その他にも一刀がこの世界に来て少し経ってから着手した案件がいくつか実を結び始めていた。
まず、砂糖。
これは、サトウキビからの生産が殆どで、冀州のような北の地では収穫できない。
中国は世界で最初にサトウキビ(甘蔗)の栽培が始まったと言われている土地で、一説では紀元前700~800年に栽培が始まったと言われている。
だが、規模はまだそれほど大きくなく、糖類(蔗汁・石蜜・蔗飴など。北に来るのはこのうち石蜜)の流通は少なく、価格も高い。
最初、何の気なしにビールに黒砂糖、というより石蜜を入れた一刀であったが、あとで価格を聞いてびっくり仰天、それ以降は加糖はなしである。
だから、袁術の蜂蜜は糖分を得るには画期的だったのだが、如何せん量が少ない。
袁術が大きなスプーンに蜂蜜をぐいっと掬って舐めたのは、庶民から見たらまだまだ超贅沢な行為だ。
糖を入手しようとしたら、南に金を払って入荷するのがまだ主である。
まあ、ビールで大もうけしているから、その程度どうってことはないといえばそのとおりなのだが、やっぱり自前でも作りたい。
北の地で採取できる砂糖の元といえば、テンサイ。
天才でも天災でもなく、甜菜。
別名、サトウダイコン。
原産地は中央アジアなので、入手は出来たのだが、残念ながら原種。
まったく、恋姫世界なのだから、改良済みの甜菜があれば植えればおしまいだったのに!とぶつぶつ文句を言っている一刀である。
そこで、原種を持ってきて、何世代も交配を繰り返しているうちに、何となく砂糖の含有量が高そうな品種が出来てきた。
よし!ということで、畑に展開して、ようやく砂糖というか糖が取れるようになった。
まだまだ収量が少ないが、そのうちに大規模に展開していこうと思うのである。
つぎに、木綿。
これはインドから種をもってきてもらうところから話が始まる。
というよりも、種を入手することが木綿生産の肝であって、それさえ完了すればあとはそれほど難しい作業はない。
ようやく種を入手して、木綿の生産も可能になった。
木綿から糸をつむぐのは、一刀には分からない作業なのでその方面のプロに任せる。
絹や毛があるから、木綿から繊維をとるのもなんとかなったようだ。
これで、服の生地のバリエーションが増えたことになる。
それから、葡萄。
種はこの世界に来てすぐに入手したが、ようやく実をつけ始める大きさに育ってきた。
ほどよく養蜂家も現れたので、受粉をお願いする。
で、葡萄と言えばワイン。
やっぱり、ビールだけじゃ飽きるから、他の酒も準備しないと。
ワイン作りはビールよりも簡単。
潰して醗酵させればおしまいだから。
べらぼうに高いワインであれば、色々ノウハウがあるのだろうけど、そんな高級なことはワインの専門家が現れたらその人に任せればよいのであって、とりあえず飲むだけならそれで十分。
だが、酒になるまでに時間がかかる。
とりあえず、若いワインでもいいかと思って半年物のワインの試飲を勧める。
ボジョレーヌーヴォーもあることだし、時間が経てばよいというものでもない。
時間をかけたほうがいいかどうかは、葡萄の品種で決まるらしい。
で、栽培している品種は……不明。
色々試してみて、若い方が良さそうだったら早めに飲み、寝かせたほうが良さそうだったら熟成を進める、という試行錯誤をしなくてはならない。
でも、それほど舌が肥えているわけではないから、どうでもいいかも。
何は兎も角、試飲大会。
「え~っと、葡萄酒もできましたので、是非ご賞味ください」
というか、手っ取り早く赤葡萄からワインを造ったら赤くなった。
白葡萄から作るか、赤葡萄でも果汁だけ醗酵させれば白ワインになるが、果皮があったほうが醗酵が進みやすいはずなので、とりあえずは赤ワイン。
そのうち白葡萄を入荷したり、果汁発酵を試してみよう。
「それでは早速」
「いただきます」
袁紹と劉協がテイスティング。
劉協、まだ20前だと思うが、飲酒に関しては日本の法が適用されるわけではないから大丈夫。
だいたい、彼女自身が法のようなものだし。
そして、二人の感想は……
「はぁ~~~」
「ふぁ~~~」
幸せそうに溜息をついている。
言葉はなくても、満足しているのは明らかだ。
「それでは、他の方もどうぞ」
「待ってましたぁ!」
「早く、早く!」
みんな、わさわさと樽のところに集まってきては、ワインを碗に注いで行く。
そして、みんな
「はぁ~~~」
と幸せそうな表情に変わる。
とりあえず、ワインつくりも成功したようだ。
ところでこのワイン、その後事件を引き起こすこととなる。
まだ葡萄栽培は小規模なので、出来たワインは小さめの樽3つ分。
そのうち1つはこの間空けてしまったから、残りは樽2つ分。
たまにはワインの様子を見てみようか、と思った一刀、蔵にワインを見に行く。
「あれ~~~???」
だが、樽はあるのに中身は空。
「おっかしいなぁ???」
そこで、一刀は夕食時に皆にワインのありかを知っていないか聞いてみることにする。
「あの~、知っていたら教えてもらいたいんですけど、葡萄酒がすっかりなくなってしまったんですが、誰か知っている人はいませんか?」
と、単純に疑問をぶつけてみただけなのだが、何故か全員会話を中断し、一刀から目を逸らす。
この瞬間に理由が分かった一刀、個別に問いただしてみる。
「清泉、何で目を逸らしたの?」
「わ、私は菊香に誘われて。でも、ほんの少ししか」
「わ、私は猪々子が楽しいことがあるって言うから」
「と、斗詩がさあ、酒蔵の鍵を持っているから、何をするのかって思って」
「れ、麗羽様が酒蔵の鍵を開けるようにって仰るから……」
「よ、陽が葡萄酒を見たいと言うからですわ」
「それは違う。私は献様が葡萄酒はおいしかったと仰っていたと伝えただけだ」
「だって、おいしかったのですもの……
でも、陽、その言い方は酷いです。
まるで、私が葡萄酒を要求したようではありませんか。
それに、あなたが一番飲んでいたではありませんか!」
「………麹義の方が飲んでいました」
表情一つ変えずに、自分の正当性を主張する皇甫嵩。
……いや、正当性ではないか。
ちょっと最近怖さが減ってきてしまった皇甫嵩である。
「な、何を言われる。
皇甫嵩様お一人で一樽空にしていたではないか!」
「そのようなことはない。
私が空にした樽は荀諶も逢紀も飲んでいた」
「違います!呂布もです」
「賈駆も飲んでいたでありんす」
「葡萄酒、おいしい」
「ボ、ボクは月と少しづつ……」
「へう……あの、ごめんなさい」
芋づる式に犯人があがってくる。
「困ったものだ」
って、皇甫嵩さん!あなた一番飲んでたでしょ!!と、全員心の中で突っ込みをいれるが、まだ皇甫嵩怖くて、口に出すものはいない。
何のことはない、全員で寄ってたかって空にしてしまったようだ。
「とにかく!」
一刀が声を張り上げる。
「来年まで葡萄酒はありませんから!!」
それを聞いて目をうるうるさせる女性達。
今は、皇帝も相国も一刀には頭があがらない。
「な、なんですか?
俺、悪くないですからね。
自業自得です!」
しんみりとしてしまった女性達の中で田豊が口を開く。
「ねえ、一刀……」
「何?」
「来年はもっとできるの?」
「……多分」
それを聞いてぱっと明るい表情に変わる女性達。
現金なものだ。
「でも、酒蔵の鍵は俺が持っていたほうがよさそうですね!」
再び、しょんぼりとする女性たちなのだった。
他の農産品も記しておこう。
苺。
木の枠組みを油紙で覆い、漢時代の温室を作る。
油紙といっても、紙自体がまだ高級品なので、温室は超豪華農産物生産工場になる。
ビニールやガラスと違って、ちょっと薄暗いけど、結構温室らしくなった。
そこで、苺の交配を続けると、あ~ら不思議、原種に近い苺の粒が次第に大きくなりましたとさ。
……そこまで簡単でもなかったけど、結構運よく大きな種を作ることができた。
大きいと言ってもまだ2cm程度だけど。
これもなかなか好評だった。
椎茸などきのこ類。
菌床栽培成功!
木材腐朽菌タイプのきのこを数種類量産化に乗せることに成功した。
ホップ
探せばあるものだった。
現代ビールに近い味付けのビールもできるようになった。
アブラナ
これはもともとあったが畑の規模の拡大。
油が潤沢にとれるようになった。
蜜蝋
これは養蜂で出来るものの一つ。
主にろうそくに使う。
生産者は袁術養蜂組合の単独供給!
仲にいたときより羽振りがよくなりつつあるように見えるのは気のせいか?
できなかった、見つからなかったものも数多い。
蚕
何故か南でしか生産がなく、河北では扱いがなかった。
茶
これも、原産が南で、河北では見つからなかった。
きっと、植えても駄目だろう。
米
きらら397の無い恋姫世界では、さすがにこの土地で米の生産は無理だった。
ということで、気候的に難しいものは難しいという、極めて当然の結論を得た。
南も制圧したら、色々また新たな試みが出来るかも、と思う一刀であった。
米も出来るし。
あとがき
いいんです!
これで、いいんです!
運よく、出来たんです!!
次回、曹操関係に戻ります。