夢ってすごく便利だと思う。
ありえないシチュエーション、完璧な自分、思い通りになる未来。
そりゃ毎回眠りに入る度に夢を見ることはできないし、時には寝覚めの悪い夢だって見ることもある。
だけどそれも全部目が覚めてしまえば終わってしまい、記憶に深く残ることもないとても都合のいい世界。
大体はいいところで目が覚めてしまうっていうのがよくあることなんだけどね。
日常が地獄の私としては、夜になる度にせめていい夢をなんて願っちゃったりしてたりする。
ご主人様の蔵書の中に幻覚魔法がどうのっていうのがあったけど、そんなことで得られる夢は絶対楽しくはない。
幻覚と夢。別にそう変わりはないのかもしれないのにね。
なんだか強制的に見せられるのと、自然に見るものじゃやっぱり自然の方がいいと思ってしまう。
そういえば夢を見ているうちに、そこは夢の世界だったんだって理解することってあるのかしら。
大体は目が覚めてから、あれは夢だったんだって理解することが多いからね。むぅ……夢の内容をちゃんと覚えておければいいのに。
「って私は思うわけなんですよ、ミルナさん!」
「う、うむ……我も同感だ」
どうやら私の鬼気迫る持論に心から賛同した様子ではないようで。
そんな世辞で騙されるほど私は軽くはありませんよ、ミルナさん。
私とミルナさんが向かい合って話しているのは真っ暗な空間。
真っ暗、っていうよりも絵の具の黒を一面にぶちまけたような感じ。
明かり一つ遠目に見ることも出来ず、それでも私とミルナさんの姿はその輪郭が切り取られたようにしっかり見える。
ちなみにミルナさんの姿は教会のシスターに見られるような聖堂服からフードを取っ払った感じ。
腰まで垂れた漆黒の髪はポニーテールのように纏められ、お顔は絶世の凛凛しい美女って感じで、この黒の空間の中で輝くそれはまるで夜空の――――ってポエムっぽくする意味もないわね。
まぁとにかく綺麗なおねえさんってな感じで、もうよしよしって撫でてもらいたくなるくらいだ。
で、ここはどこかっていうとこれまた驚いたことに私の夢の中らしい。
本来であればそのあまりに馬鹿馬鹿しい話を鼻で笑ってやるところなのに、ミルナさんの口から出たその事実は私の胸の中をストンと落ちて行った。
んー……いくら非常識ご主人様の傍にいるからって、自分だけは常識人だと思っていた手前なんとも悲しいものだ。
しかーし、ここで私はへこたれる女じゃない。
此処が夢の中だって言うのなら何をしようが私の勝手であり、それもすぐに忘れるということだ。
ならば私が常に望んでいたこととは――――。
「どう思います!? いたいけな女性をオブリビオンの中まで誘拐して探検ごっこするって! 馬鹿ですよね!?」
「その、だな……」
「分かってます、わかってますよミルナさん! 女性としてそんな男には天罰を与えるべきですよね!? っていうか人間として天罰を与えるべきです!」
愚痴らせてくれ。
これが今の私が願うたった一つのことだった。
いやだってさ、もう私の苦労を感じてくれる人っていないのよ?
隣のアグメットさんは元々頭痛持ちで相談なんかできないし、ガンダーなんて聞き流す程度だし、ヤラクさんにはそんなことできないし。
あれ? 私ってあんまり知り合いいないの? ……へこむわぁ。
だったらこの夢の中でくらい愚痴らせてくれたっていいよね?
ていうか夢の世界だって理解できるのって珍しいい気がする。普通だったら目が覚めてからあれは夢だったって気づくもの。
ということは夢の中にまで求めるくらい私は愚痴る場所を求めていたってわけだ! そうに違いない。
だったら目の前で笑うミルナさんが包容力100%配合の綺麗なおねえさんになるのも納得だ。
「ううぅ……ミルナさぁん……ミルナさんだけが私の味方です……」
「……というよりもこの世界が我の世界でな……」
もう何言ってるかわかりませんけど、今だけは泣かせてください。
あぁ、ミルナさんあったかいわぁ……腰に抱きついた私をミルナさんは愛でる様にして柔らかく撫でてくれる。
なんで此処がいつかは覚めてしまう夢の中なのか残念すぎる。
でもまたこんな夢がまた見れたら私も頑張れるかもしれない。
夢の世界を愚痴り部屋にするってのもあれだけど。
「む……少女よ。そろそろお前の世界に帰りたまえ」
「……ていうことは一応私も生きてるんですね」
笑顔の陰に残念そうな感情を込めながらミルナさんは呟いた。
正直な話ここが夢の世界っていうのは嘘で実は天国なんじゃないかっていう考えもあったんだけどね。
たぶん私はあの印石を取った後に気絶したんだろうし、それから無事に帰れなかったっていう可能性もなくはない。
本当だったら真っ暗な空間は地獄を連想させるかもしれないけど、私が地獄に行くなんてあり得ないはずだ。
だってこんなに頑張ってるもの。うん、頑張ってるもの。
「また、ミルナさんに会えますか?」
「夢であれ、悪夢であれ、お前が我が庭に訪れる時は祝福しよう」
夢なんだとわかっている癖に、どっかの芝居でもありそうなくさいセリフ。
いや、夢だとわかっているからこそ私は何一つ誤魔化すことなく願った。
不安そうに見上げた私の顔を、その頬を撫でながらやっぱりミルナさんは笑ってくれる。
ミルナさんの手はその笑顔に似合わずびっくりするくらい冷たかったけど、なんだか心地がよかった。
「しかし、お前の主にも困ったものだな」
出てきたのは今は思い出したくないご主人様の話。
いや、別に嫌ってるわけじゃないけど今だけは勘弁して欲しいなぁ。
でも徐々に薄くなっていく視界からは確かに現実からの足音が聞こえてきそうで。
もうちょっとだけって後ろ髪引かれる思いもあるのだけど、まだ無事に生きているっていうのなら私の仕事はご主人様に仕えることには違いない。
苦笑したミルナさんの表情を最後に、私は完全にその意識を閉じた。
夢で気を失うって変な感じね。
――――我が世界を愚痴の部屋とするとは――――
――――新たな狂気の王子と似て剛胆な者だ――――
――――彼奴の従者を名乗るというのなら――――
――――良き悪夢に呑まれることもあるまい――――
…………身体が痛い。
足はまるで棒のように張って少したりとも動かせないし、腕も重しを乗せてあるかのようにピクリとも動かない。
腹筋に力を入れようと思えば激痛が走るし、唯一自由に動かすことができるのは首から上くらい。
ここまで身体中が筋肉痛で苛まされるなんて、おじいちゃんに格闘術の初歩を教えてもらってから何年ぶりかってレベル。
メイドになってからも運動関連は欠かしたことはなかったのになぁ。
目が覚めればそこはいつも私が使っていた地下室の天井が見えていて。
それを見た瞬間、無事に帰れたんだってすぐに自分の状況を理解してちょっとだけ涙を流してしまった。
といってもすぐに体中を走った激痛でそんな涙引っ込んじゃったけどね。
おそらく、というか考えるまでもなくあの後ご主人様によって私はここまで運び込まれたのであろう。
よくよく考えればただの小娘がよくあそこまでついて行ったものだと拍手を送りたいくらいだ。
ていうかなんか変な夢を見ていたんだけど気のせいかしら……?
首を捻っては思い出してみるものの、目を覚ましてすぐっていうのに見たはずの夢は全く思い出せなかった。
でもって一階に行くこともできずにベッドの中で蠢くこと数分。一階から降りてくる誰かの足音が聞こえてきた。
まぁご主人様なんだろうけど。
大きくなる足音が私の近くで泊まり、ゆっくりとその方を向けば、いつものご主人様の姿があった。
「起きた?」
「つい先ほど」
確認の会話は短く。
心配はしてくれたのか一つ息を吐いてご主人様は近くにあった椅子に腰を下ろした。
ていうかご主人様が気絶した私をここまで運んでくれたのよね?
むぅ……どう考えてもご主人様のせいだけど一応礼は言っておく。
「あの、ありがとうございます」
「何が?」
「ここまで運んで頂いたことです」
「……どういたしまして」
ここは「俺が悪かったんだし」くらい言えよ。くそー、その崩れない笑みが憎たらしい。
それにしてもこの身体じゃメイドとしての仕事なんてできそうもないんだけど、どうしよう。この痛みじゃ1、2日で引くようなものでもなさそうだし。
なんて不安をよそに、ご主人様は一本の薬瓶をベッド脇にある小さいテーブルに置いた。
紫色の綺麗なガラス瓶の中には当然のごとく液体が入っているようで、置いた衝撃に中身がゆらゆらと揺れていた。
なんだろ、これ。
「え、っと……」
「俺特製の疲労回復薬。材料はハム、オニユリの花蜜、クロイチゴ、シュタケの黄色いかさ」
「…………」
何そのゲテモノ。ハムって何。
普通薬の中身とかって飲ませる人に言う必要ないんじゃない? ただ身体にいいですって渡せばいいじゃん!
というかクロイチゴ? そんなもんハムと混ぜるなんて……そこに直れっご主人様!
ひょっとしたら殺気まで混ざっていたかもしれない視線を送るも、ご主人様は逆に胸を張っているようで。
何だ、この薬の自慢でもしたいのか。
「今日一日は無理だけど明日には動けるようになるよ。味も一応調整しておいたから。良薬口に旨し、って薬だね」
「……ありがとうございます」
どう調整したっておいしくなさそうだけど、私のために作ってくれたっていうのは揺るがない事実。
不満はあったけど、頭を下げることもできない私は感謝の言葉を言うだけ。
なんだかんだ言ってオブリビオンの中でもずっと守ってくれたし、こうやって気遣ってくれるし、こっちがイライラしても馬鹿みたいだ。
「んじゃ、これからの話とかはまた明日にでもするから。今日は俺も家にいるから、用があったら呼んでね」
「はい」
まるでご主人様と私が逆の立場になったような状況。
やっぱりやってることは非常識だけど、メイドの身分としてはこれ以上ない良待遇なんだなってふと再認識。
むむむ……声高に糾弾する機会を率先的に潰されているようで釈然としない。
ま、こう言ってくれるんならお言葉に甘えるとするか。甘えるしかできないしね。
結局その日は何もすることができなくて。ちょっと睡眠を取っては本を読んで、また寝ては本を読んで。
そんなことを繰り返しながら身体を休めていた。
ちなみに薬は死ぬほど不味かった。
<あとがき>
夢の中でミルナさん(仮)と話す。
この方、本来は老婆の姿をしているらしいですが、まぁ、そこはノリで。
夢よりか、悪夢の方が好きらしいですしねー。
もう神様とかにもギャグ補正とかつけ始めた件について。
TES世界に詳しい方、このSSを見ても怒らないでください。
『ご主人様特製疲労回復薬』
・スタミナ 回復
・持久力 回復
・持久力 上昇