帝都巡回兵と別れてからただ目的地に向かって黙々進む。
雲一つ見当たらないどこまでも続く蒼の空も、道端に鮮やかに咲く様々な花々も、大自然が織り成す澄んだ空気も、昼を過ぎる頃にはもう飽きた。
メルヘンだなぁなんてハイキング気分だったのも、午前を過ぎてからはなんで馬がねぇんだとやさぐれ始める始末。
ちょっと脇道に逸れて新たな発見に心躍らせようかとも思ったけど、魔物云々時間云々やらであえなく断念。
……あえなく? いやいや私は冒険者なんかじゃなくてただのメイドなんだ。発見なんてノーサンキュー。
太陽が真上を過ぎる頃にはスキングラードと帝都の真ん中くらいに広がるグレートフォレスト入り口に到着。
その時間帯まで休むことなく歩き続けたんだけど、そろそろ服が汗ばんできてなんとなく嫌な気分。
グレートフォレストはまぁ名前から連想できるように、木々が密集した森林地帯。
密林とまではいかない森林地帯にはそれなりに珍しい植物が生えているらしいが……お花摘みなんて行く余裕もないわね。
熊も出るって話だし。
とにかくお昼時を過ぎちゃったけども、休憩場所に小高い岩場を選んでそのうちの一つに腰を降ろす。
バックパックを下ろせば、それまで担いでいた影響なのかちょっとだけ痛んだ肩が随分楽になった。
いくら軽量化のエンチャント付きでも、こんだけ担ぎっぱなしじゃさすがにきつかったみたい。
密集した木々のお陰で降りかかる陽光は文字通りに木漏れ日って感じ。
私一人で食べる昼食はなんだか寂しかったけども遠く近く聞こえる鳥の囀りがすごく心地いい。
昼食はまたもやサンドイッチ。うむ、繊細な味だ。誰かのと違って。
本当だったらこんなところで喰ってりゃ魔物が集まりそうなんだけども、こんなに気持ちがいい中ではそんな危機感も薄れてしまう。
近くにいた鹿の群れに残りのサンドイッチを食べさせようとしたけどすぐに逃げられちゃった。ちくせう。
もっともっと堪能したい気分だったけども、これ以上長居するとホントに森の熊さん状態になるので早々と撤退。
再びバックパックを背負ってみたが、これだけの休憩でも随分と楽な感じ。
うんざりし始めていた自然の景色も歩けば歩くほど様変わりするものだし、ここからは森林浴でも楽しみましょうか。
なんだかんだ言って楽しめてるのは僥倖だ。
「…………でっか」
鬱蒼と茂るってほどでもないが、先の景色をそれなりに遮られるグレートフォレスト。
どこまでも青々とした木々が続くなーなんて思い始めてきたんだけども、ちょっとばかり傾斜のきつい坂を上りきればそこから見える景色は絶景だった。
海なんじゃねーのかって勘違いするほどに広大な湖、ルマーレ湖。
シロディール北部の山脈の水源から流れ出る川が集結して出来たその湖は、遥か南のニネベイ川へと流れていく。
水のある場所には人が集まるっては聞くけども、その豊富な水源は視覚で感じられるほどに十分だ。
そんなルマーレ湖の中心に浮き島のように存在するシロディール中心の都市、インペリアルシティ。
長いし意味は変わらないしで『帝都』って呼ばれ方が一般だけども、なるほど、こりゃ確かに中心だわ。
私のいる場所が結構小高い場所だったのか帝都全景が僅かに見えるけども、それがまた帝都の凄さを思い知らせる。
どんだけ計算されて建てられたんだっていうくらいに左右均等歪みない円形状の街。
その中心に聳え立っている塔なんて雲にも届かんがばかりの高さ。
デイゴンさん、たぶんあんたの世界のは負けてると思う。
地図から見た限りでは6つくらいに区画が分かれてた気がしたけども、ここから見える限りじゃその分けられた区画も等間隔っぽい。
遠くから見えるでっかい神殿っぽいのとでっかい石像っぽいのと……あとは、いんやとにかくでかい。すごい。
「…………」
そりゃ帝都ってんだから多少のことは想定してたけどこの雄大な街は予想外だった。
どんだけ人が住んでるのかしら? なんか迷子になりそう。
とりあえず唖然としているだろう私の頭を振って、また一歩踏み出す。
いやー……ホントすごいね。何度も思うけど。
ぼーっと帝都を眺めていたのもちょっとだけ。
そろそろ日も水平線の彼方に沈み始め、蒼を誇っていた空も次第に茜色に変わっていく頃だった。
この調子だったら完全に暗くなる前に帝都に着くことが出来るみたい。さすがに夜中に歩き回るのは物騒極まりないしね。
ちょっとだけ足も痛くなってるし疲れによる全身の気だるさを感じるけど、少しだけ足を速める。
空だけじゃなくて道端の草花も、遠くに見える帝都の姿も、そして私の姿でさえ茜色一色に染める光景はなんだかいつも見ている夕方とは違うように思えて。
さっき見た帝都のことでは無意識にはしゃいでるつもりなのかしら。
「…………あ」
なんてちょっとセンチメンタルな感情を抱きかけたところで思い出した。
確か、ご主人様から今日の泊まる場所について色々と言われていた気が……。
確かな記憶の下に、背負ったバックパックから一枚の羊皮紙を取り出した。
『
――――帝都での動きについて――――
到着する頃には日が沈んでるだろうから、帝都波止場地区か帝都大橋の前にある宿屋ウォーネットに宿泊すること。
高級ホテルに泊めてやりたいんだけど、信用できる所も多くないのでこのどちらかに泊まることをお勧めするよ。
ウォーネットの店主にはワイン関係でいろいろと繋がりがあるから、そこらへんをうまく使ってね。
波止場地区については俺の庭のようなものだから、あまり気にしないで。メイド服の女の子にはよくしてやってって言ってあるから。
で、次の日の午後二時に帝都王宮にてオカートとの会合を組み込んであるので、一応遅れないように。ちょっとだけならいいけど。
あそこの衛兵には俺の持たせた手形を見せれば中に入れてもらえるから。
おそらく見せた途端に対応が悪くなるからそのつもりで。
オカートに計画書を見せたら後は自由にしていいよ。
1週間くらいなら滞在していいけど、それ以上はちょっと寂しいかな。
ちなみに何かしらのトラブルに巻き込まれたら、波止場地区にいるアミューゼイっていうアルゴニアンに助けを求めること。
「影、狂気に呑まれぬことを」って言えば分かってくれるから。
まぁ基本そんなにスケジュールを詰め込んだわけではないので、気楽にね。
』
暗くなる前になんとか見れてよかった。
男のものにしてはやけに綺麗な字で書かれた内容はこんな感じ。
色々と突っ込む所はあるけれどあえてスルー。いちいち気にしてたらそれこそ日が沈んでしまう。
とりあえずここからでも分かるのはウォーネットかしら。
遠目に見える帝都大橋の入り口にポツンと立てられた2軒の家。
おそらくあのどちらかが件の宿屋なんだろう。
でもってもう一つが波止場地区だっけ?
ていうか私の記憶では帝都の波止場地区ってスラムよろしく、あんまりお金のない貧乏な人たちが住む区画だって聞いてるんだけど。
そりゃ帝都の港口だからそれなりに宿泊施設は整っているかもしれないけどさ。
むむむ……どっちにしようか。
と悩むんだけどもあっさり答えは決まる。
「行ってから考えよ」
結局あのウォーネットの前は通るんだし、先に部屋が開いてるかどうか聞いてからでもいいや。
どうせどっちに泊まっても変わらないだろうし、ご主人様の知り合いだっていうんなら信用できるんだろうしね。
……変人じゃなきゃいいけど。
ちょっとだけ不安はあるけども、まぁ急ぐとしましょうか。
と、軽い考えを持ってたんだけど、すぐ目の前にあるはずの帝都の大きさは一向に変わらない。
いや、変わっているんだけど、グレートフォレストから帝都までの距離がこれ半端ない。
夕暮れには着くかなって思ってたんだけど、今じゃほとんど日の光も見えないもの。
「……こりゃ帝都の中までは入れないな」
夜遅くに帝都の門を叩いて不審者扱いされるのも真っ平ごめん。
なんとかウォーネットの宿屋に頼んで宿泊させてもらうしかないようだ。
もうちょっと歩けば着ける距離にあるし。
ということで急ぎ足で宿屋に到着。
看板としてぶら下げられた月の絵が確かに宿屋のそれを表わしている。ウォーネットに間違いないようだ。
でもって部屋が開いていることを期待してノックを二回。
別に叩く必要はないかもしれないけど、ちょっと遅い時間帯なので一応のため。
「あら、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは宿屋の店主にしては珍しいのかもしれない女将さん。
ワイン関係って言ってたから初老の男性とかを予想していたんだけど。
そんな私の内心を気にすることなく、女将さんは私をカウンターまで案内してくれた。
「それで、宿泊ってことでいいのかしら?」
「ええ、まだ部屋が残っているならば明日の朝まで一泊頼みたいのですが」
「それじゃ、二階の奥の部屋ね。はい、これがその部屋の鍵」
なんとも流れるような会話と共にとんとん拍子で宿泊が決定。
あまりに予定調和染みた女将さんの対応にちょっと疑問を感じるんですけど。
こんな服の人が来るだとか、女の身で大荷物だとか、か弱い女が夜遅くとか。もっと何か聞くことがあるでしょうに。
そこらへんは営業の基本でお客さんに深く聞くことはないのかしら。
「それで、一泊……」
「いいわよ、話は聞いてるから。あなた、あの人のメイドさんなんでしょう?」
……どこまで手を伸ばしてやがるご主人様。
予想していなかったようでちょっとだけ頭の片隅にあったことを、笑いながら言われてなんとも微妙な気分に。
ここまで来るとびっくりするよりも呆れてくる方が早い。
しかし、いくらなんでもその好意を受け取るのはなんだかまずい。
「いえ、いくらなんでもそれは」
「いいの。私もあの人にはお世話になってるからね。これくらいしなきゃ罰が当たるってものよ」
ウィンク一発、頼もしい女将さんの笑顔に屈服。
なんでこんな素晴らしい方がご主人様の知り合いやってるんだろ。
なんか弱みでも握られてるんだろうか、なんて疑問も今の言葉にゃ合わないし。
「で、では、その、お言葉に甘えて」
「はい、そういうことにしておきなさいな。夕食はどうする? おいしいワインがあるわよ?」
うおーい!? この人、人がよすぎるぞ。
ていうか私に確認を取っていたようだけど、メイドを語った別人だたらどうするつもりなんですか女将さん。
何で判断したんだろ? ……あぁ、この服か。
でもって結局女将さんの好意に甘えまくっておいしいお肉料理と赤ワインをご馳走してもらった。旨し。
あ、ちなみに女将さんの名前はネルッサさん。
どうやらご主人様との繋がりはネルッサさんのワイン集めという趣味であるらしく、各地の砦や遺跡に眠っているという『影滅のワイン』の取引をしてるんだって。
なんとも伝説チックなロマン溢れる代物なんだそうで、ご主人様が関係してるのもなんか納得。
にしてもワインセラーを薬入れに変えているご主人様にワイン集めを手伝う気概があったとは。
ちょっとくらいタミカさんやスリリーさんのワインを買ってやったらどうなの? あの人たち残念がってたわよ?
あとは適当にご主人様の話やらを聞くなりなんなりの談笑。
途中からウォーネット真向かいにある家に住むご老人、エイルウィン・メロウォルドさんもやってきて3人でおしゃべり。
エイルウィンさんもまたご主人様にお世話になったって人みたい。
どこまで繋がってるんだ、私のご主人様は。
「でね、私もいい年だから隠居するためにお金を稼ごうと思ってねぇ。その時にお世話になったのが君のご主人なわけさ」
「あのご主人様が、ですか?」
ワインを傾けながらご主人様とのエピソードを話す私とエイルウィンさんのそれは、なんだか孫娘に話をするおじいさんみたい。
ネルッサさんも半ば聞き手状態だしなんだか居心地のいいような悪いような。
にしてもご主人様が掛け値なしの善行に励むとはっ! いや、ちょっと待て、最近ご主人様への評価が酷すぎるぞ私。
「曇りなき眼で見つめよ」っておじいちゃんも言ってたはずだ。
「その時はこのルマーレ湖に住むスローター・フィッシュの鱗が必要だったんだけど、どうにも運が悪くてねぇ。足を怪我しちゃったのさ」
「そう、でしたか……今は大丈夫なのですか?」
「そりゃもう漁師の真似事をすることはできなくなったけど、こうやってワインを飲むには何の問題はないよ。ハハハッ」
「エイルウィンさん? ただじゃないんですからね?」
なんだろう、この心癒される感じ。
酒場のマスターよろしく優しく嗜めるネルッサさんが美し過ぎる。
「で、その時会ったのが彼だったのさ。いや、あれには驚いたね。橋の途中で襲ってきてた野盗の輩を湖に投げ込んでいたからねぇ」
「あ、あはは……そうでしたか」
「まぁ自業自得というかなんというか……でもあの光景は凄かったわよ? もう人が水切りのように水面を跳ねていったもの」
あぁ……前から人間を辞めていたんですね、ご主人様。
ていうかそれだと逆にご主人様が帝都兵に捕まりそうなんですけど。
「それでねぇ、なんだかそこでピーンと来てね。あの人だったら獰猛なスローター・フィッシュ相手でも余裕なんじゃないのかって」
「その時のエイルウィンさんたら随分と慌ててたのよ? 家から家宝のルマーレの指輪を持ち出してから、必死に頼みこんで」
「いやぁ……あの時は怪我したのが悔しくてねぇ。それにもう少しで隠居できる金が集まる感じだったからさ。余計に、だよ」
「あぁ、なるほど」
ご主人様はひょっとしたらその指輪に釣られたのかもしれない。
いや、逆にそのスローター・フィッシュの鱗とやらに興味を示したのかも。
なんて考えが回ったけどご主人様の行動を予測すること自体無駄だったので、お二人の話に耳を傾ける。
「でね、彼は快く引き受けてくれたのさ。まぁ……その後はちょっとやり過ぎたけど」
「あれはねぇ……」
急にその表情に苦笑を浮かべたお二人の姿に、冷や汗がたらり。
何だ、何しでかした。
「いきなり湖に向かって雷を放ってねぇ……あれって雷撃魔法って言うのかい? まぁすごかったよ」
「水面に光が走ったと思ったら、次々にスローター・フィッシュが浮いてきたものね。マッドクラブとかもいたけど」
「…………」
うわぁい。さすがごしゅじんさまでございます。
ていうかそれもう完全に生態系破壊なんですけど。
「本人が言うには力を抑えたから大丈夫って話だったけどねぇ」
「元漁師から言わせればあれはもう乱獲だよねぇ」
文字通り息が合ったようようにため息を吐いたお二人になんとなく心の中で頭を下げた。
たぶんこの人たちもある意味被害者だ。
「まぁなんとか誰にもばれずに鱗は回収できたからよかったけど」
「あの後波止場地区からも何の話も出なかったわよね。彼の言うとおりになんともなかったみたい」
「あ、あははは……」
なんてご主人様も犯罪履歴やら武勇伝やら区別のつかない話を聞きながら夜は更けていった。
まぁ聞けた話はちょっと苦笑ものかもしれないけど、まるでおじいちゃんに暖炉の傍で昔話を聞かせられるようなあの時間はよかったな。
時間がゆっくりと流れるような穏やかな時間。
いつまでもそんな時間を楽しみたかったけど、明日には王宮突撃。
なんとも振り幅の大きい旅だな、なんてふかふかとは言い難いけどもそれなりのベッドの中で思ったりした夜だった。
<あとがき>
のんびりまったり。
チート主人公の足跡を追うってMODないのかしら。
全イベント消化の人物が物語の一つとして語られていたなら、これほど興味深い人物はいないのに。
『ルマーレスローター・フィッシュの鱗』
・減退 気力
・水中呼吸
・体力減退
・水上歩行