メイドって言うからにはご主人様のために粉骨砕身の心で日々を過ごさなくてはならないわけで。
それは一般的に知られるメイドのそれっぽい仕事だけでなく、ご主人様のその日その日のスケジュールをよく確認したりだとか、ご主人様を尋ねる人達の応接だとか、なんというか本来は執事がやりそうなこともやらなければならない。
最初はちょっとしたお金持ちだと思っていたんだけど、シロディールの最重要人物に近い人だなんて聞いてないわよ……。
というかそれでなんで私だけがメイドをやっているのかが理解できないし! 頼むから他にも雇ってください。
といっても私が担当するのはご主人様の私生活における衣食住を完璧にするということだけ。
ギルド云々とかに関わることはない。というか関わったら後ろから刺されそうで怖い。
ここらへんはきちんと線引きをしてくれた理解あるご主人様に感謝。
スケジュールの管理なんていうのも、どちらかといえば私のためのようなものなのよね。
で、いきなり仕事をうまくやれというのもちょっと厳しいものがありまして、異常すぎるご主人様の身の回りに驚いたり戸惑ったり死にかけたりするうちに一週間が経った。
まぁ一週間も経てば最低限くらいの仕事もできて、自分の生活リズムも決めることができる。
メイドって言うからにはまず最初にその日の朝食の準備やら、洗濯物の準備やらとごく一般の家事をするんだけど――――。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま」
3日に1回は朝帰りするその滅茶苦茶な生活リズムをどーにかしてください。
私の生活リズムがまるで無駄です。
「朝食はどうなさいますか?」
「ん、何があるんだ?」
「軽めならパンとスープを。でなければシチューを煮込んでありますが」
「じゃあシチューで」
なんて会話をメイド服の私と、ミスリルフルメイル装備のご主人様とで交わす。
ちょっと血の匂いがきついです。またどこかの遺跡にでも潜ってきたらしい。
こんなときはまず朝っぱら一番の湯浴みを勧める。
一応メイドなんだからご主人様には家の中で気分よく過ごして頂くことを前提とするわけだからね。
「では、ごゆっくり」
「ああ、ありがとう」
にっこり笑ってくれるのはいいですけど、とりあえず頬に付いた血痕を落としてください。どーせご主人様の血じゃないんでしょう?
ちなみに、本来は湯浴みの時もご主人様の傍で色々とお手伝いしなきゃいけないのかもしれないけど、ご主人様はそういうところはとにかくルーズみたい。
別段メイドって職業に経験があるわけじゃないからなんとも言えないけど、私の立場は一般のそれよりも緩いのは間違いない。
アレなところだと夜伽とかさせられることもあるらしいしね。どっかの本にそんなことが書かれてたかな?
ガッシャンガッシャン音を立てながら地下へと降りてゆくご主人様の背後でペコリと一礼。
うむむ、それなりにメイドをやれてたかしら。
まぁ、あとは普通の一日、とういう感じ。
そりゃギルドマスターやらアークメイジやらって聞いたからには多忙なご主人様の手伝いでもするのかしら、って思ったけどそうでもない。
私が家事やらなんやらをやってる間にご主人様は本を読んだり、武具の手入れをしたり、地下室に篭ったり。
ちなみに私の部屋は地下室だけど、ご主人様の秘密の部屋はさらに下の地下二階。
この部屋ばっかりは私が入ることを禁じられた。
正直な話、お願いされても拒否するつもりでいました。
物騒な武具とか危険な錬金品とかが普通の部屋に置いてあるのに、それ以上の危険物って何ですかご主人様。
とにかく、家にいる限りは本当に一般的なものみたい。
でもって私がこの家に慣れるにはやっぱり時間が掛かりそうなのである。
なんてったってこの家は25000ゴールドの価値がある高級住宅。
別に私の実家だって貧乏だったってわけじゃないけど、この煌びやかさにも似た内装は結構精神的にきつい。
埃がちょっとでも溜まれば気になっちゃうし、箪笥に小指をぶつけては箪笥の方を気にしちゃうし、とにかく神経質になってしまうのだ。
だからこそ、ちょっとだけご主人様との間で意見が分かれちゃったりする。
普通だったら自分の意見を通そうとしただけでクビよね。
「干す場所?」
「ええ、今まではどちらに?」
「うーん…………」
おいおい、まさか今まで洗濯したことがないっていうんですか?
洗濯用具ならきちんと地下室に用意されあったじゃないですか。
顎に手を当てて考え込むご主人様の姿にちょっと不安が。
「適当だったからな。大体は部屋干しだったが……」
「そ、そうですか」
なんでそんな覚えがないみたいな言い方なんですか。洗濯は人として必ず通る道でしょうに。
というか部屋干しというのがどうも私は我慢できない。
何回も言うようだがこの家は高級住宅なのだ。故にだだっ広いベランダもしっかり取り付けられている。
故にもったいない。ああ、実にもったいないぞご主人様っ!
「ベランダがあるからには、そこで干すべきです」
「そうか?」
「そうです」
「そうか」
自分でもメイドの分を超えていると思うけど、そこで納得していいのかご主人様。
まぁ、優しいご主人様で嬉しい限りですけど。
「しかし、外から丸見えだぞ?」
「一般家庭ならば当然です」
「この家、商店通り沿いにあるけど」
「あ」
……忘れてた。
確かにこの家はいい。それはもうこれ何度目よって話なほどに。
だが立地がどうにも良くない。
このスキングラードって街は二つの区画を城壁で囲い、その二区画帝都への街道で分けているんだけど、我らが家は何故か商店側の区画に建てられている。
住宅街側だったならベランダに干そうが道行く人に、あらあらおほほ、おはようございますなんてご近所付き合いの挨拶を交わされるだけかもしれない。
だがしかしここは錬金術店を隣にした商店側通りにポツンと建てられた馬鹿でかい家。
――――ねーねーママー、あれ何屋さん? パンツ屋さん?――――
――――あれはね、普通の洗濯物なの。見ちゃ駄目よ。今頃家の人の顔真っ赤だから――――
いやだぁぁぁああぁぁぁ!!
しかしっ! ベランダがあるならばっ! 干したいっ! 豪華な内装の家の中に、物干し竿を立てるだなんて暴挙、私には出来ないっ!
「よし、任せろ」
「へっ?」
頭を抱えて不審な動きをする私に何を思ったのか、ご主人様は自分の部屋に戻ると大量の巻物を持ってきた。
それがこの問題をどうにかしてくれるのかしら。
「洗濯物全部に不可視の呪文をかけよう」
ごめんなさい、やっぱいいです。
大量の魔法の巻物越しに満面の笑みを浮かべる我がご主人。
確かに名案かもしれないけど! ご主人様の作った巻物なら一日効果が保つかもしれないけど! 確かにそれなら問題ないかもしれないけど!
そこまでやられるとさすがにこちらの気が引けますって。
魔法店とかにある不可視の巻物がいくらすると思ってるんですか。
軽く2、3週間はご飯食べられる値段ですよ!
なんて弁明してはみるもののご主人様は私の話を聞いてくれるでもなく。
ご主人様本人もベランダで洗濯物を乾かしたことがなくて、初めてのことにわくわくしていたらしい。
さすがは好奇心溢れる冒険者とでも言えばいいんですか。
その日、ベランダで洗濯物を干すパントマイムをするメイドの姿が見られたとか。
どういうことですかご主人様。
<あとがき>
不可視って便利。