アレなおじ様と遭遇してしまってから数日。
一応ご主人様にそのことを報告しておいたけどやっぱり「また来たのか……」なんてうんざりした顔を見せた限り、中々におじ様からのストーキングは続いているらしい。
ということはまたこの家に来るのかしら、と考えれば条件反射のように腕に鳥肌が立った。
ご主人様、このまま放っておくとたぶんそのうちすんごいことになりますよ。
だからってそのうち全身をおじ様の血で濡らしながら満面の笑みを浮かべるご主人様もそれはそれで怖いんだけど。
で、それからは別段何事もなく一日一日を過ごしてるんだけど、どうにもメイドっていうのは暇ができる仕事だ。
そりゃ多分ご主人様の慈愛に満ちた心と、実質私の上に立つ人間がご主人様だけってのが原因だと思うんだけどね。
大きい家ったって掃除に3,4時間もかけないし、住んでる人もご主人様と私だけだから食事の仕込とか買出しとかも随分楽。
その上私が触れることのできない物や、入ってはいけない部屋とかもあるもんで家の中で手を出せるものも限られてくる。
しかも時たまご主人様が帰らない日があるっていうんじゃどうしても堕落した生活を送りそうで困る。
なんとか時間を潰せて尚且つ有用な何かにでも取り組まなきゃなーなんて思ったりもしてる。
まぁ色々あるけれど、それなりにこの生活に満足してる私です。
でも時間が経つにつれてご主人様が抱える問題っていうのもそれなりに見えてくる。
就いている仕事はそれこそ世界を回すにふさわしいものだし、収入も一般人のそれを隔する。
でもってその人柄もいいし、顔だって帝都辺りでもそうそう見かけることができないだろうかっこいい部類に入るものだし、腕っ節だって毎回血だらけ(敵の)で帰ってくる当たり強いに決まってる。
……あれ? 何この完璧超人、って思うけども行き過ぎはどんなことにおいてもいけないと思う。
完璧を行き過ぎてちょっとした変人に見えるくらいですから。
でもそんな上辺だけの印象も2週間ほど一つ屋根の下で共に暮らしていけばそれなりに粗は見えてくる。
私とか一般人に部類される人の粗なんてものは普通の状態でも目立つものでもないから別段気にするわけじゃいないけど、ご主人様みたいな人の粗だとそりゃ目立つ。
一つくらいは欠点あったほうがいいんじゃない、とも思うかもしれないがここは人間の傲慢なところ。
その欠点を直した方がいいなんて欲張ってしまうのだ。
「おかえりなさいませご主人様」
「ただいま」
もはや慣れてしまった朝帰り。
普通だったら「昨夜はお楽しみでしたねフフフ」なんて言ってやればいいんだろうけど、どう見ても血痕が目立ってます本当にありがとうございました。
遺跡潜り=山賊やらモンスターやらとの小競り合いってんだから仕方ないかもしれないけどね。
冒険者なら仕方ないわよねって自分に言い聞かせてます。
で、いつも通り湯浴みを勧めて、朝食を頂いて、そしてあとはまぁ普通に。
本来ならばいつも通りじゃんなんて言われるかもしれないが、問題はそんなことじゃない。
ご主人様が遺跡潜りをした後の後始末がこれまた大変なのだ。
そりゃ冒険者っていうんだからその目的は宝探しだったり、新たな神秘の発見だったり……まぁご主人様はその余り溢れる好奇心に突き動かされてる感があるんだけど。
どっちにせよ冒険者の遺跡潜りに対する達成目標っていうのは『戦利品』や『発掘品』の取得に寄るところが多い。
それはご主人様も同じで、朝帰りするたびに背負ったズタ袋の中に大量の武具やら調度品やらを詰め込んでくるのだ。
そう、その戦利品やら発掘品が問題なのだ。
いや、その、根本は危険性とかじゃなくてね……そういうのはもう慣れちゃったから。
実際問題単純な話でこのご主人様、物の管理が本っ当になってないのだ。
特別じゃない限り家中にあるチェストや展示箱にぶち込むし、その入れ方も適当で種類に分けているとかそういうものじゃ決してない。
前なんて台所にあった空の小麦粉入れ袋からアイレイドだかの彫像が出てきたときなんてびっくりした。
他に入れるとこあるでしょーに。
というわけでこの家では物の整理をすることに一番手間隙掛けなきゃいけないはずなのだ。
なんだけど……。
「私だってアンヴィルからスキングラードまで身一つで旅した経験があります。武具の扱いも不器用なわけではないんですよ? ですから」
「うーん。俺の持ってきた武具ってほとんどエンチャントされた危険なものばかりだよ? やっぱり女の子には触らせられないよ。調度品だってたまに呪われてるものもあるし」
「だからといってそこら中に置かれても困ります! 昨日は何故湯浴み場にクレイモアが落ちてたんですか!? 何に使ったんですか!? あともう女の子っていう年じゃありません!!」
「まだ20になってないんでしょ? それじゃまだまだ女の子だよ」
今はそういう話してるんじゃないのですご主人様。
うぁぁ、そんな微笑ましいみたいな目で見るな……っていうかホントにそんな話じゃないんですよ!
なんて言い合いをしてるんだけど結局話は平行線。
というか私の身を案じているならばそれこそ物の管理はきっちりしてくださいよ。
台所で呪われるとかどんな状況ですか……。
ってなわけなんだけど、どうあってもご主人様は私にそういったものを触らせてくれないのだ。
そこで気になったのはエンチャント武具の管理の仕方。
確かに調度品とかの目利きなんかは私には無理かもしれないけど、武具の管理くらいなら私にもできる。
実際ご主人様の持ってくるものって8割が武具系のものばかりだし。
話は変わるけどエンチャント武具ってのは武具そのものに魔力を込めた、つまりは物理的以外の効果を齎す魔法武具のこと。
エンチャントってのはその名の通り、魔力を物に付加するってことね。付呪なんて言われることあるらしいけど。
結構珍しい感じがするかもしれないけど、エンチャント武具っていうのは玉石混合なものなのよね。
それこそ古代の武具なんてものは山のような金が動く場合もあるし、そこらの山賊の持ってるものは街の武器屋でも気軽に買える。
価値の定義がすごく広いんだけどご主人様の持ってくるものは軒並みその効果が高い。
いや、威力とかは見たことがないけど聞く限りだとかなり高い。
でもってそんな高魔力がエンチャントされた武器がそこら中に転がっているのだ。
…………火薬庫かよ。
私はご主人様の制止を振り切って、とは随分な不敬なんだけど、内緒でスキングラードにある武具屋にお邪魔することに決めた。
武具の取り扱いなら本職の人に聞いた方がいいしね。
いくら戦士ギルドと魔術師ギルドの頂点に立つお方だからって、家を火薬庫にするのは勘弁してください。
というか仕事場が鉄火場だからこそ、家の中は平穏であるべきだ。
そうに違いない……よね?
というわけでご主人様がまたもや出かけた後にきちんと仕事を終わらせて、いざスキングラードにある武具屋に!
まぁ、そのそのお目当ての『ハンマー・トング武具店』ってこの家のお隣さんなんだけどね。
日中に金床をハンマーが叩く音がしたりするし、店の裏庭には鍛冶道具っぽいものが置かれている。
ハンマーの音って結構小気味よくて好きだったりします。
では突撃。
ちょっとの決心と共に店の扉をくぐれば、客の来訪をしらせる鐘が澄んだ音を鳴らした。
店の中には大槌やら片手剣やらが展示されてるのはもちろんのこと、武具屋ならではの鉄臭い匂いが漂ってきている。
店主はどこかと見回してみれば入り口横のカウンターで、私に気づくことなくうな垂れていた。
店主の名前はノルドのアグメットさん。
彼女っていっつも頭痛に悩まされているらしく、『悩める者』なんて呼び名までつけられてるくらい。
それが偏頭痛の類とかなら同情の余地さえあるんだけど、実のところスキングラード名産のワインによる二日酔い。
確かに此処のワインってばシロディールでも有名なんだけど、仕事に差し支えるまでに飲むのはいかがなものか。
腕は確からしいんだけど。
「こんにちは、アグメットさん」
「……はぁい? あら、隣のメイドさんじゃない。って頭痛い……」
こめかみを押さえながら起き出した彼女に苦笑。
まぁ悪い人じゃないしお隣同士ってわけでそれなりに仲良くしてるから別にいいんだけどね。
でも此処のワインってそんなにおいしいものなのかしら? まだそんな贅沢に手を出すこともできないから飲んだことないのよね。
家の備蓄にはそれなりにあったけど、メイドが勝手に飲むわけにはね。
「いい加減ワイン控えたらどうですか?」
「痛たたたた……冗談じゃないわよ。あんなおいしいものを奪われるくらいならあなたの家でメイドをする方がマシだわ」
どういう意味だコラ。
実際ご主人様の持ってくる武具の売買とかにアグメットさんが贔屓にしてもらってるらしく、家の状況を知ってもらってる数少ない人だ。
そのせいでいつ隣が爆発でもするんじゃないかって一時期胃痛持ちにもなったって話だけど。
ご主人様自重してください。
「にしてもメイドさんが店にまで来るなんて珍しいわね? 何か頼まれごとでもあった?」
「実はですね」
かくかくしかじかまるまるうまうま。
「というわけなんですよ」
「……引っ越そうかしら」
気持ちは分かりますけど。
やっぱりご主人様の放置癖にはアグメットさんも呆れたらしく、ますますこめかみを強く抑えた。
あぁ、ごめんなさいごめんなさい。
「何か私でもできるような保管方法があればいいんですけど」
「んー……確かに私も付呪武具は扱うことが多いのよね。あなたのご主人様絡みで。……うん、いいわ。特別に教えてあげる」
「本当ですか!?」
「一応お得意さんだしね。ハンマー・トング独自の方法だけど、そこらへんは勘弁して頂戴ね」
やっほい。なんとか聞き出すことができそうだ。
店とか自営業を営む人の経営に関わることを聞き出すなんてちょっとあれだけども、ここはその好意に乗っからせてもらおう。
ていうか実際のところアグメットさんも危険だし。
いつあの家が火属性エンチャントの影響で火事になってもおかしくはない。
「付呪武具の保管方法だけど、特別な方法で作られた布を巻いておけばいいだけよ」
「布、ですか?」
「そ。シュタケっていうキノコがあるんだけどその黄色のかさの部分をすり潰して水に溶かしたものに一日布を漬け込んでおくのよ。あれって魔法反射の効能がある錬金術の材料だしね。でも反射してもらっちゃ困るから水100にシュタケ1くらいの割合に薄めるの。後は乾かした布で武具を包むだけ。魔法を吸収するでもなく反射するでもない特別製の保管布の完成ってわけよ」
おおっ……ってえらく簡単な気が。
「でも長く保管するならシュタケは合わないかもね。あれって一ヶ月しかもたないから。あの人って溜め込むタイプでしょ?」
アグメットさんの言う通りでございます。
ていうかおそらく自分でも管理できないほどに溜め込むからこんなことになったのだ。
ちょこちょこ売っているって言っても大量に溢れる武具のほんの一部にすぎない。
それを一つ一つ作った布で巻くようじゃ……むぅ、ちときつい。
「1年単位で持たせるなら、ウォルオ・ウィスプが落とす発光する塵だとかね。でもあれって一つ40ゴールドするのよねぇ」
「そ、それはちょっと」
むむむむ、こんなに管理だけでお金がかかるなんて思いもしなかったかも。
今回の管理云々ってば私の独断によるものなので、いくらご主人様のためとはいえ家のお金を持ち出すわけにはいかない。
というかまずは私が武具に触ることを了承してもらわなくちゃね……。
さすがに外まで行って材料を取ってくるのは危険すぎるし。
「ちょっと無理な話だったかしら?」
「……すみません。方法さえ分かればと思っていたんですが」
「謝ることは……って一応隣人なんだからちょっとは気にして欲しいわね」
ぐ、ぐうの音も出ません。
「ま、彼のことなんて今更な話だし、そう気負うこともないわよ? 私からも武具の取引を増やすように頼んでみるわ。なんだかんだ言って儲けさせてもらってるし」
「気を使わせてしまってすみません」
苦笑するアグメットさんがやけに光って見えるぜ……。
といっても私ができることなんてやっぱりないのね、って少し残念。
確かに危険だからって理由もあったけど、暇を潰すって意味もあったからなぁ。
とりあえずは武具の手入れくらいを手伝えるように認めてもらうしかないのかな。
なんてちょっと悩んでいれば、アグメットさんがこちらをジロジロと見ていた。
「何か、私に?」
「いえね、あなたのそのメイド服、だっけ? 中々にいいデザインだと思ってね」
何かと思えば服の話ですか。
確かに私が常日ごろ着ているメイド服はご主人様より渡された、たぶんシロディールでも珍しいかもしれない。
足は出てるし、白いし、フリフリだし。
街中じゃ浮いてるっちゃ浮いてるかもしれないけど、まぁ、実際のところかわいい服だと思うので文句はないです。
……着られてなきゃいいけど。
「ちょっと恥ずかしいんですけどね。でも有難く着させてもらってます」
「へぇ……ご主人様に礼を言っておいたらどうかしら? それも一応付呪されてるものみたいだし」
「は?」
何それ、えっ、私も火薬庫の一部だった!?
「それ、体調整えてくれたり疲れを溜め難くなったり健康面に関する付呪が凄いわよ? 優しいご主人様でよかったわね」
にやり顔を向けてくるアグメットさんに対して特に反論することもできなくて、ちょっとなんだか違った意味で恥ずかしかった。
またお越しくださいませ、なんてどう見てもからかいの意味を込められた言葉を背後に店を出た。
帰る家なんてすぐ隣なんだけど、私の足取りは右足が軽くて左足が重いような、なんか変な気分だった。
なんかちょっと頑張る方向違うな、と帰り道に思ったのは内緒の話。
時間を潰すんだったら、明日の朝食の仕込みにもっともっと時間かけようかと思った夕暮れ時のことでした。
朝帰りのご主人様は相変わらず大量の戦利品を持って帰ってきたけど。
<あとがき>
メイドさんの容姿とかは各々想像でどうぞ。
『メイド服』 持久力 上昇 20pts
気力 上昇 20pts
運 低下 10pts