相変わらず正午を過ぎると暇ができてしまうメイドだけど、ご主人様の機嫌を悪くするような粗相は今のところやってないし、それなりに街に溶け込めている日々を過ごしてます。
でもメイドっていう職業柄、街のどこかで知り合いと和気藹々にお喋りする暇はないし、自分の趣味の時間を見つけることもできないのよね。
基本家の中の仕事だから外に出ることっていったら、相変らずのベランダ不可視干しの時と、消耗品の買出しと、ご主人様の見送りって感じ。
案外メイドって引きこもりな仕事なんだなぁ、って実感してる。
ご主人様が外出したときは教会にでも行って旅のご無事を祈ろうかなって思ったけどそこまで信心深くもないし。
人に傅く仕事ってやっぱりいろいろと難しいなぁって思うことが多くなってる気がする。
結局のところいい家に住めてもそこは所詮居候。敷地内にある全てのものはもちろんご主人様のものであり、唯一私が自由にできるのは宛がわれた地下室の一室だけ。
ベランダに花でも置いて世話でもしようかなって思ってもやっぱりお金は掛かるし、勝手に場所を取るのはいけないし。
ご主人様っていつも優しいんだけど、どこまでメイドの身で踏み込んでいいのかさっぱりわからないのよね。
そういう部分で言えばご主人様は捉えどころがない風のような人なのだ。
シロディールの重役、苛烈な冒険家、優しい主、だらしない男の人。
どれが本当のご主人様なのやら……。
物の片付けもできないだらしない男の人が本当のご主人様だっていうんなら――――ちょっとは我がまま言ってもいいのかしら?
そろそろ食べ物がなくなってきたなーなどと思い、ご主人様と出会ったコロヴィア商店へ。
今の時期だったらクロイチゴが売ってるかもなんて淡い期待を持つのは間違いじゃないはず。
あれって甘酸っぱくておいしいけどあんまり店とかで見れないのよね。
まぁ食料品に限ってだけはそれなりに金銭の管理を任されているので少しくらいの贅沢なら許してもらえるし。
ふと空を見上げれば雲行きが怪しいみたいだし急いだ方がよさそうだ。
コロヴィア商店の場所は商店街入り口からの大通り一番奥。
私もスキングラードに来た当初はいろいろと店主のガンダーにお世話になってたこともあって、街ではそれなりに気を許せる仲だったりする。
まぁ20代後半の歳でありながら呼び捨てで呼んでもいいなんて言ってくれる辺り、下町の気のいい兄ちゃんという感じ。
時たま儲け話で腹黒くなったりするのが玉に傷だけど、商人なら当たり前か。
では突撃。
「いらっしゃい……ってお前かよ」
「お客様に向かってその態度はいけないんじゃない?」
暖炉の前の商品が満遍なく並べられたカウンターの前。
私に向けたガンダーのとびっきりの営業スマイルは即座に崩れてしまったわけで。
全く、こっちは客だっていうんだから公私の分別くらいしっかりして欲しいものなんだけど。
でもいつも通りの彼でそれなりに気が緩めることができた。
「食い物か? だったら今日はコメかジャガイモが買い時だぜ。珍しいもんだったら錬金術店だけどな」
「ジャガイモかぁ。コメはー……うーん最近パン食だったしね」
客と店の会話とは思えないとても緩くて軽い言葉。だけどやっぱり居心地はよくて。
いつもだったらそんなこと気にしないんだけど、こんなこと考えてしまう辺りやっぱりストレス溜まってるのかしら。
まぁ、そんなことおくびにも出さないけどね。
「ま、カレーでも作ろっか。リンゴ、ある?」
「おお、あるぜ……ってリンゴォ? まぁいいけどよ」
「隠し味ってやつよ」
商品棚にリンゴはなかったらしく、カウンター奥の樽の中をがさごそ漁っているガンダーの後姿を見ながらぼんやりと暖炉の火を見ていた。
まぁ、別段世間話するような話題もないし。
と、その時に店の扉が開いた鐘の音。
誰かが入ってきたらしく、ガンダーはリンゴ片手にやっぱり営業スマイルで。
どうにもまともな態度を取られていない私からすればこの上なく胡散臭く感じてしまった。
「いらっしゃいませ! っと、ヤラクの旦那じゃないですか。どうしたんです? こんな店に」
「精が出ますな、ガンダー殿」
入ってきたのは緑の体色が目立つ初老のオーク。
この街の統治の総括を担っていると言われる伯爵執事のシャム・グロ=ヤラクさんだった。
結構な頻度で街に降りてきては人々の生活を見て回っているっていう街の人にも人気がある人って話なのよね。
荒くれ者が多いオークと言われる種族の中でもヤラクさんは執事の中の執事っていう評判で、彼のおかげでオークに対する偏見もこの街ではかなり少ない。
まぁ、影では『橋下のヤラク』って言われることもあるんだけどね……。
「まぁこれでも商人の端くれですからね。城の取引にも一つ噛ませてくれないかと企んでるところですよ」
「はははっ、それはこちらも油断なりませぬな。よい商品が流れてくるように期待していますよ?」
「こりゃこっちも本気ださないといけませんね」
一人その会話を聞いていた私はなんだか除け者にされたような近視感にちょっとだけ眉を顰めた。
あぁん? こっちが客だろうがさっさとその右手のリンゴを渡せぇ。
と思わないでもなかったが、二人の会話はどことなく商人と執事のそれというよりは大人と大人の会話。
ちょっとだけ羨ましいなぁと思ったりもする。
「こちらの方は?」
「ローズソーン亭のメイドに就かせてもらっている者です。ご高名は聞き及んでおります、ヤラク様」
余計な説明をされる前にスカートの裾をちんまり摘みながら華麗に一礼。
一度はやってみたかったけど、夜な夜な練習していた私に不備はなかったはずだっ!
ガンダーが吹き出しているような気がしたが無視。後で覚えとけ。
「ヤラクで構いませんよ。たかだか執事の私にそこまで礼儀を取ることはありません。にしてもローズソーン亭と言えば……」
「ほら! あれですよ。旦那からそこを一括で買い取った客ですよ!」
顎に手を当てて思い出すように虚空を見上げたヤラクさんに、ガンダーがここぞとばかりに口を挟んだ。
商売の匂いでもしたのか。
でもやっぱり25000ゴールド一括払いは有名だったらしく、はっとなったヤラクさんはマジマジと私の姿を見つめ始めた。
な、なんか粗相でもしたのかしら……。
「となれば、両ギルドマスターの?」
「は、はい。確かに主はその立場に就いておりますが」
ありゃ、やっぱ街の統括に携わっている人には知られてるか。
にしてもご主人様の知名度ってびっくりするくらい低いのよね。
ギルドの人だったらたまに挨拶されているのを見かけるけど、普通の一般人には豪邸に住む人くらいにしか知られてない。
やっぱり敵が多いから、軽々しくその立場を知られるわけにはいかないってのが私の持論なんだけど。
「いや、これは僥倖。さきほどそちらのお宅へお邪魔させてもらったのですが家主がいないようでしてな」
「それは、申し訳ありません。今朝から明日の朝から昼にかけてまで主は家におりませんので……」
どうやらご主人様に用があったらしい。
となればこの店に来たのもご主人様を探してたのかしら?
でなければこんな店にヤラクさんが来るわけないもんね! ガンダー、少し空気になってろ。
納得した顔で一つ頷いたヤラクさんの表情は、どこか私を観察するようなちょっと物騒な視線があって。
やっぱりあのご主人様のメイドってだけでいろいろとやばいのかもしれない。
いや、あの生活を見てればそれ以外に理由なんてないし。
「明日の朝、ですか……そうですか、わかりました」
「は、はぁ」
なんかちょっと危ない雰囲気になってきてるんですけど。
でもこちらから不躾に聞きだすのはさすがにあれだし。
「ガンダー殿、来た手前申し訳ありませんが用事ができてしまいましたので……金銭すら落とさずに去ること、どうかご勘弁を」
「いやいや、力に慣れたのならそれで構いませんよ」
「代わりといってはなんですが、街の取引にコロヴィル商店の名前を出しておきましょう」
「本当ですか!?」
あとはなんだかわからない商売の話をしてヤラクさんは颯爽と去っていってしまった。
ていうか私にあって用事ができたってどういうことよ……。
やばいくらいに不安なんですけど。
「いやー、嬢ちゃんのお陰だぜ! 今回はリンゴ、タダにしてやる。持ってけ!」
こっちの不安も知らずに新しい取引だかなんだかでテンションが上がってるガンダーが酷く癇に障った。
まぁ、タダにしてやるってんだから他のものにも交渉吹っかけて全部低値で買っていってやったけどね。
でもって夜。
ヤラクさんに言った通りに相変らずご主人様は出かけていて今夜も一人。
今日はちょっとだけ寒くて、暖炉前の応接用のテーブルと椅子に腰掛けて眠気が襲ってくるのを待つ。
やることがないってもんだから、ご主人様の蔵書の中から読んでいいと言われたものを惰性のままに捲っていた。
本の題名は『ジール城の恐怖』っていう芝居の本なんだけど……なんか魔術の解釈とか書かれてるのはどういうことか。
惰性で読めばなんでも読めることができるようで気づけば夜の11時を過ぎようかという頃。
そろそろ寝ようかと本を閉じれば、ふと家の扉をノックする音が聞こえた。
小気味よく叩かれたノックの音に、ぼんやりとしていた目も冷めた。
今頃、誰だろ。ていうかなんでここを訪れるっていうと夜なの?
まぁ開けないわけもいかないので扉を全開することなくゆっくりと顔を覗かせるように開いた。
「……ヤラク様?」
「夜分、すみませんね」
そこにいたのは暗がりの中でも相変らず目立つ緑色の顔。
ちょっとだけ怖いと思って扉を閉めようとしたけど私は悪くないはずだ。うん。
またどっかのアレな人かと思った手前、ちょっとだけ安心した私は控えめに開けていた扉をきちんと開けた。
そしてそこには黒のフードを被ったもう一人の誰かがいた。
顔を隠すようにしたそれはアレな人と同じだったけど、着ている服がこれまた見たことがないようなもので。
なんか内側はもっこもこしてそうな黒地に赤の紋様が入ったコートだとか。高級な皮で作られたようなズボンだとか。
とにかく偉い方なんだな、というのはなんとなくわかった。
ん? 偉い?
ヤラクさんと来て、偉い?
偉い。
ヤラクさん。
上司?
ヤラクさんは執事。
執事の、上司。
上司じゃなくて、主?
主。
伯爵?
確か、スキングラードの伯爵は、人前に姿を現さないことで有名な。
「あ、あの、それで……」
「ああ、押し入るようで申し訳ありませんが、少し中に入らせて貰えますでしょうか?」
「は、え、はい。その、あまり満足に持て成すことはできませんが」
これ以上ないってくらい焦りやらなんやらで慌てふためく私の言葉に一つ頷いたヤラクさんは、後ろのその御方に声を掛けた。
「構いませんよ。よろしいですね? ジェイナス様」
「構わん」
単純で、短い受け答え。
現スキングラード伯爵。
ジェイナス=ハシルドア様だったわけで。
一介のメイドに何やらせる気ですか。
ていうか何かやらかしたのはご主人様ですか。
もう夜そのものがトラウマになりそうです……。
<あとがき>
もうオブリビオンっていうか、スキングラード集中型SSじゃね?
そう思った方はたぶん間違いじゃない。
『ジール城の恐怖』 破壊 上昇 1pts