人は極度の緊張に陥ると、頭がそのあまりの圧迫に耐え切れずにおかしくなるのだとか笑い出したりするのだとか、とにかくなんらかの異常を示す場合が多い。
私はと言えば急に笑い出したり狂ったりすることはなかったけど、動きはカクカクするし頭の中はごちゃごちゃしっぱなしだし言葉うまく出てこないし酷い有様だ。
それはというのも私の目の前で一言も話すことなく佇んでいるジェイナス・ハシルドア様のせいに他ならない。
ヤラクさんと伯爵様を家の中へ招いた手前、もうこれでもかって神速で暖炉前の応接用テーブルの上を片付けた。
うあああ、寒いからってここで本なんて読んでるんじゃなかった。
しかも先に伯爵様を座らせてから気づいた。
椅子が2つしかねぇ!!
やばっ、隣から椅子を、いや、自分が立ってりゃいいじゃん!!
「あ、私は結構ですよ。もう一方にはメイド殿に座ってもらえれば」
ヤラクさんの気遣いに心の中で涙した。
しかしっ! まだ問題は片付いてないっ!!
しかしっ! お出しする御持て成しなんて全然用意してないし、今すぐ出せると言えば紅茶くらい。
しかしっ! 寒い外を歩いてきたお二人にはホットティーが合うのは必定。
しかしっ! 伯爵様の舌を唸らせるようなものなんて私には無理。
「あ、紅茶も私には結構ですよ。もしよろしければジェイナス様にはワインをお出しして頂ければよいのですが」
「ワ、ワインでしょうか?」
「ええ。少しだけジェイナス様の趣向は変わっておりますので。構いませんね? ジェイナス様」
「構わん」
ヤラクさんのフォローに心の中で涙した。
ワインっ! 伯爵様の舌に合うような高級ワイン。
ワインっ! だがしかしご主人様のワインに対する募集はあまりに絶望的。地下のワインセラーは薬瓶入れに変わってしまっている。
ワインっ! しかし、確か台所のチェストには一本だけタミカさんから貰った399年もののワインがあったはずだっ!!
見苦しくなりそうな慌て方と共にバタバタしながら台所へと駆け込む。
相手が伯爵様な限りこれ以上無様な真似なんて見せたらどうなるかわかったもんじゃない。
とにかくワインだ。今私はワインを早急に欲しているのよおおぉぉぉ!!
勢いよく開かれた食料品専用チェスト。
開けると同時に中から転がり出てきた大量の盾とか剣とか。
錆びた螺子のように首だけ回してお二人の方を見れば、ヤラクさんは苦笑してて、伯爵様は呆れてて。
……あぁ……ヤラクさんと一緒に城前の橋上から飛び降りる仕事が始まるお……。
なんて絶望感のまま足元に転がったエンチャント武具を片付けた。
ご主人様は死ね。
呟いた私に罪はない。
途切れ途切れに弾ける暖炉の薪の音がひどく鬱陶しい。
というかここには3人の人間がいるというのに、ローズソーン亭の中に広がっては消えていく音の類はこれだけ。
暖炉の火に照らされた伯爵様の顔は片面が照らされ片面が暗がりと、異様なコントラストを表わしているようで酷く直視しずらい。
後ろに控えているヤラクさんも目を閉じたまま、私か伯爵のどちらかが声を出すのを待っているようで助け舟を出してくれるような気配さえない。
1分? 10分? 30分?
とにかく無言の相対はどこまでも長く感じていた。
ていうか誰か助けてえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!
もうなんなんですかこの重すぎる雰囲気。
そこの自殺オークっ、説明しやがれ!!
そこの引きこもり伯爵っ、何か喋れよ!!
なんて口に出す度胸も権利もない私は、伯爵様の熱視線を通り越した殺視線を浴びるばかり。
そんな伯爵様をまじまじと見ることもできず、私は傍から見たらおずおずしてるに違いない。
もうおずおずとかまじまじとか鬱陶しいわっ!
なんて内心はおくびに出さず私の視線はヤラクさんにいってみたり伯爵様にいってみたりで挙動不審この上ない。
握り締めたスカートの裾なんて皺くちゃだし、掌から伝わる汗でなんだか気持ち悪い。
何ですかこの拷問。私から何か言った方がいいんですか!?
もう、なんでもいいからいっそ一思いにやってください……。
「ふむ……」
もうぶっ壊れかけてきた私に伯爵様が頷いた。
というか唯一内心の焦りを顔に出さない私には拍手と賞賛を送ってやりたい。
人生最後の賞賛にならなきゃいいけど。
「奴の従者というからにはどんな変人かと思ったが……珍しいこともあるようだ」
ナニソレ。
とりあえず長い静寂が酷く重く感じていた私には天より一声だったけど、いまいち言ってることの本意が分かりにくい。
変人っていうのはたぶんご主人様でいいはずだ。うん、これは間違いない。
でも珍しいって何かしら?
「え、っと、その」
「そう怯えるな。別にお前の主の不貞を正しに来たつもりでも、お前が何か仕出かしたからというわけでもない」
「はぁ……」
マジですか!? なんて返すことはしない。
いや、それくらい明日の私が保証されたのは嬉しかったけど。
というかご主人様の不貞って……何やらかしたんですか。
「いやな、奴が従者を従えるなどあり得ないと心得ていた手前、なんともお前という存在は珍しいものなのだよ」
「私が、でしょうか?」
「奴と同じ家に住むということがどういうことであるか分からぬほどの能無しか? ならばそれはそれでまた珍しいと言わざるを得ないな」
ぐ……よく分かんないけど腹が立つ。
ていうか、何、ご主人様って伯爵様と知り合いだったの?
そりゃ立場から言えば会うことはあるんでしょうけど、それでメイドの私がこんな目に会う意味がわからないわよ。
「ジェイナス様。この者はまだシロディールの情勢を知らない他国の者。現状を知りえぬのも仕方のないことかと」
「ほう……だからこそ巻き込んだ、か? 何とも奴もまた相変らずだな」
「え? え?」
ヤラクさんの言葉に納得する伯爵様だけど、こっちとしては何を言っているのかさっぱり。
ていうかなんで私が他国から来たって知ってるん……って確かガンダー辺りには自分がアンヴィルへは船で来たって言ったこともあったわね。
まぁ別にやんごとなき身分でも追われる様な身分でもないから別にいいけど。
「ならばこれも奴の気まぐれか? ヤラク、面白くなってきたな」
「お戯れを。しかし現状を知るならば……雲王の神殿に伝えを送れば、自然と」
「ふっ……許可する。そうだな……ボーラス辺りならばすぐにでも飛んでくるだろう」
…………意味不明。
目の前でこれでもかってほど説明しろオーラを出す私を無視して、二人は悪巧みなんだかよくわからないことを話始めて。
ていうかわからない単語とか出されると本当に話についていけないんですけど。
すでに敬いの態度なんて薄れてきてつい半目で伯爵様を見てたんだけど、楽しそうにヤラクさんに向けていた瞳が私を射抜いた。
どこまでも吸い込まれるような真っ赤な瞳。
「従者」
「……なんでしょうか」
「楽しめ。私から言えるのはこれだけだ」
「……よく、理解できませんが……その言葉、しっかりと」
本当に理解できない。
でも伯爵様に言われるでもなくそれは人生において心がけているつもりだ。
にしても自分が知らないところで何かが勝手に動いているというのは、これ以上ないくらいに不快。
味方と思ってたヤラクさんも申し訳なさそうにこちらに笑いかけながらも、どこか楽しそうだし。
なんなの?
「いや、しかし、この従者の服も中々に可憐だな。城の奴らにも勧めてみるか? ハル・リューズなどどうだ?」
「それこそお戯れを」
あとはもう話についていけなくて、思考を手放したってことくらいしかあまり覚えていない。
後は嵐のように二人とも去っていっちゃったし。
それでもいろんな意味でその日の夜はあまり眠れなかった。
なんだかよくわからないことが多すぎるし、そもそも伯爵様て人前に出ないんじゃないの?
あとはそーでもないこーでもないと悩んだ挙句、結局何かの答えを得ることも出来なかった。
まぁ何が疑問なのかもよくわからないし。
一つちゃんとした疑問だったのが、伯爵様が出て行く時にかすかな鉄の匂いがしたってことくらい。
あれ、なんだったのかしら。
結局次の日の朝にはいつも通りご主人様は帰ってきたんだけど、何を報告していいのかわからなくて何も言ってない。
ご主人様じゃなくて私に用があったって感じだったし。
そしてその次の日。
確かに私は伯爵様が何を言いたかったのかを理解した。
……楽しめるか、ボケ。
<あとがき>
次回、スキングラード編、完結。
といってもなんだか不穏な雰囲気がするのも次回まで。
息抜きやらチラ裏っても適当に書きすぎてるかなー。
『タミカ399年もの』
体力 上昇 16pts 240sec
敏捷性 低下 5pts 120sec
知力 低下 5pts 120sec