結局逃げ場を失ってしまった私だが、だからといって不貞腐れていても仕方がない。
いや、三日間くらいベッドの中で涙を流し続けたり、ご飯を要求されるたびにあの忌まわしい優顔にスイカを投げつけてはいたけど。
でもそんな泣き寝入るような真似は私の柄でもないし、このまま腹黒ご主人様の言いなりってのも気に食わない。
もはやご主人様への敬意なんて一欠けらも無くなってしまった私だけど、これからも強かに生きていかねばならなきゃ。
……誰かこんなに早く立ち直った私を褒めてくれないでしょうか。
まぁ巻き込まれた、とは言うものの逆にこのシロディールにおける騒乱の実状を知ることも出来たし、先が見えているっていうのも心強い。
そしてある意味私の生活やら行動においては、この最強ご主人様がバックに付いてるってんだからこれ以上の安心はないはずだ。
ぐふふ、こっちこそ利用してくれるわ! 人としての一線は越えないつもりだけどね。
んでもってご主人様の手足にさせられると言われてまずしなきゃならないってったら……実はこれといって言われるようなことはなかった。
一応ご主人様の敵と言われるデイゴン(元、大根)とかにおけるデイドラ関連の知識は頭に叩き込まれたけど。
オブリビオンってのはタムリエルとは別次元の世界のこと。デイドラってのはそこに住む生き物のこと。
ちなみにデイゴンはオブリビオンの一部を治めるデイドラの王子であり……ってここらへんからはどうでもいい話なので割愛。
シロディールの各土地が力を持った伯爵の手によって治められているように、オブリビオンも幾人かのデイドラ・プリンス達によって治められているって感じ。
今回のシロディールにおける騒動は、そのデイゴンが自分の配下を引き連れてシロディールに侵攻しようとしているのが大本だって話だ。
で、一応深遠の暁を率いているのがマンカー・キャモランって奴らしい。
何を思ってただの人間がデイゴンと結託してシロディールを滅ぼさんとしているかは、そりゃ本人に聞かなきゃ分からないけども、その心情を理解することは無理だと思っていいだろう。
そもそも神とかデイドラとか……そんな別次元にいるもののことなんて理解できるはずもないっての。
でも聞いた話じゃデイゴンは破壊とか革新だとか直接的なものを司るデイドラらしく、そんな奴と結託するなんてさすがに世界のためにーってわけじゃなさそうだ。
ちなみにシロディールではデイドラに関する信仰は基本的に自由みたい。
信者の彼らは森の奥深くか山の頂上に自分の崇めるデイドラの石像を作っては、デイドラ談義を醸し出したり一心不乱に祈ってみたりしているそうな。
まぁそんな狂信者が目下我々の敵なんだけど、どう見てもご主人様の敵じゃないみたいね。
まるで意に介していないっていうスタンスを取っているのもまた……むしろ食い物にしてるし。
長くご高説頂いたものの「デイドラも大変なんだよ」ってどこか自分がデイドラかのように呟くご主人様が印象的だった。
で、朝から日が暮れるくらいにいろいろな話をしてくれたご主人様は、一息つくとなんの脈絡もなく言い放ったのだ。
「じゃあオブリビオン行こうか」
ばーか。
視界に入る全てのものは血の様に染まった赤の空によって食い潰され、瞬きを忘れてしまえばすぐにでも目が解け落ちてしまいそう。
タムリエルではエメラルドグリーン一色に染まったかもしれない海も、オブリビオンでは地獄の釜のような溶岩が煮えたぎるばかり。
雑草のように生え散らかっている草花のそれも、シロディールで見れるそれらと比べ随分と禍々しい。
申し訳程度に続く道の途中には、生贄だったのか、裸体を晒した人の無残な姿が道端の石ころのように転がっている。
こんな世界が今もシロディールを埋め尽くさんと迫る。
まともな人の思考には恐怖しか植えつけない、それこそ異常な光景。
メエルーンズ・デイゴンが領地、破壊のオブリビオン。
確かにここは、人がその生を持って否定すべき地獄の地だ。
そう、地獄の地なのだ。
地獄の……地獄の…………。
「それではこれからオブリビオン体験学習を始めます」
「うおらあああぁぁぁぁ!!!」
未だメイド服のスカート姿にも関わらず、構え、脱力、踏み込み、インパクトの順を持って放たれる私の回し蹴り。
しかし鉄をも凹ませる勢いを持って放たれたその攻撃は、ご主人様の纏う特別製ミスリル装備には何の意味も齎さなかった!
「まぁ、そう異次元の世界を見れたからってはしゃがないでよ」
「はしゃいでなんかないですっ! 馬鹿か!? 馬鹿なんですか!?」
「まぁその気持ち分かるけどね」
「耳付いてるんですか?」
もうこの人でなしをすぐそこの溶岩の海へ叩き込みたくて仕方がない。
ちょっと私の慈愛に満ち溢れていた日々を見てくれていた九大神の神様、聞いてくれますか?
この男、いきなり何をトチ狂ってんだと唖然顔になった私に向けて麻痺魔法をぶっ放しやがったんですよ!?
しかもそのまま人攫いのように私を担ぎ上げ、スキングラードの外へGO!
もうガックンガックン揺らされながら朦朧とする意識の中で見えたのは燃えるような真っ赤な門。
「あー、これがオブリビオンの門かー」なんて思ってたら、この馬鹿ご主人様、飄々としながら突入しやがった。
あぁ、多分この人がデイゴンなんじゃねーですか……誰か、誰かこの男を……。
「感動で咽び泣く気持ちも分かるよ、うん」
「ちょっと黙っててくださいご主人様。今現実逃避の真っ最中なんで」
腰に両手を当てたまま、どうだってばかりに胸を張るご主人様。
もうこっちなんか地面に両手をつけたままうな垂れる有様ですよ……。
あ、地面が暖かいです。
「にしても今の回し蹴りすごいねー。格闘でもやってたの?」
「戦力の把握もせずに引きずり込んだんですか」
勇猛と猪突の境目をふらつきながら結局猪突でいくご主人様の疑問には、ごく当然の指摘を。
いくらあなたじゃここは楽園でも、私にとっては地獄の一丁目です。一丁目って何だ。
……まぁご主人様の疑問どおり、ちょっとくらいなら格闘に自身はある。
ていうかシロディールに身一つで来たっていうんだから、少しくらいは護身の心得がなくちゃすぐに屍さらすことになるっておじいちゃんが言ってたしね。
剣とか斧とかは重量の関係で持てないし、弓矢とかも才能がなくてアレだったけど、こと格闘とナイフの扱いについてはそれなりに自負があるってもんよ。
……なんか傾向が暗殺者みたいね。ナイフよりも包丁持ってた方が楽しいけど! アハハハハハ!
「でも軽めの手甲もないですし、人一人切れるようなナイフなんて持ってないですよ?」
「はい」
そういってご主人様がどこかから取り出したのは、ご主人様のそれとよく似た手甲と足甲。
どっから取り出した。
まぁ疑問はともかく、有難く頂戴したそれはご主人様のミスリル製よりも軽め薄めに作られたような超軽装防具。
……まさか事前に用意したんじゃないでしょうね?
「し、しかし相手がデイドラの類だと言うならば、私の力など」
「困ったときのエンチャント」
せっかく渾身の反論をしてやったというのに、このご主人様の笑みは崩せない。
ていうかやっぱり血生臭いこととか私にもやらせるんだ……もうこれメイドっていうかただの奴隷じゃね?
もう胸が陥没するくらい肺の中の空気を吐き出してため息に変えた私は、しょうがなくその防具を取り付けることにした。
あん? 誰の胸が陥没してるって? ……大丈夫、私は落ち着いてる。
場面転換。
「その植物危ないから気をつけてね」
「……絡め取られてから言われても困ります」
また場面転換。
「その植物毒ガス吐くから」
「お前採取させようとしただろ」
さらに場面転換。
「ご主人様! 炎の玉がっ!!」
「打ち返すんだ」
しつこく場面転換。
「あれ、何ですか? あのトカゲみたいなの」
「あぁ爪のことね。名前は覚えてないけど」
飽きずに場面転換。
「ワニはいらないね……そぉい!!」
「溶岩の中にデイドラを投げ込んでる件について」
いい加減に場面転換。
「地雷見っけ」
「回収すんな」
もはや生死を懸けた戦いというより、本当に体験学習をしているってどういうこと?
そりゃ私の視界に入る光景はどっからどう見ても地獄そのものなんだけど、このどこまでもボケたご主人様のせいでどこかがおかしい。
ご主人様の背負ったズタ袋なんて戦利品やら採取品やらでパンパンになってるし、私はこれといった戦闘にも参加してないし。
でも襲ってくる化け物はやっぱり怖い。
人の姿を取っていても憤怒の表情を貼り付け、見たこともないような赤黒い鎧を装備し人語を解する化け物、ドレモラ。
炎を放ってくるインプと人間を組み合わせたような異形、スキャンプ。
私の拳なんか絶対に通らなそうな鋼の鱗を纏ったトカゲやワニのような巨大な化け物、爪とワニ。
どれもこれもがご主人様から貰った防具がなきゃ、私なんて一瞬にしてただの肉塊に変えられてしまうのは間違いないのだろう。
まぁその化け物の多くがご主人様の姿を見るなり、逃げ腰になるのがなんかシュールだけど。
どっちにせよただの人間の私にとっては、ご主人様に軽口で反論するくらいでしか気を紛らわせる方法がない。
今回私たちが出会ったデイドラたちはどうも弱い部類に入るらしいけど、私の足を震わせるには十分だと思う。
……泣き出さないだけ、立派だよね?
「よーし、塔まで付いたね。これ凄いと思わない? どうやって作るんだろうね。見たこともない歯車式の大きい門もあるしさー」
「私としては一刻も早く帰りたいのですが」
相変わらずワクワクという言葉が似合う表情だけが、この地獄において『普通』を表わしているようで。
むしろ私が一番此処では普通をやっているのになって思ったけど、その表情にちょっと……ほんのちょっとだけ安心してしまうのは何故なんだろうか。
なんかご主人様のその行動全てがとても卑怯に思えた。
「ん? どうしたの?」
「……いえ、別に」
あー……もう、ホント腹立つ!!
この人がこんなふざけた場所に連れてきた張本人だってのに、頼るのがこの人しかいないってホンット腹立つ!
もうさっさと帰りたい! クロイチゴ食べたい!
「ならいいけどね。んじゃちょっと制圧しに行こうか」
「制圧と探検を一緒にするのはどうかと」
「一緒みたいなものだよ」
やっぱりその笑顔が崩れないご主人様は卑怯だ。
まぁ、とりあえずは此処にいる限り守ってもらおう。
塔の入り口に入るなり、門番をしていたドレモラさんの目下に光る何かが浮かんでいたのは忘れるとして。
<あとがき>
最初にオブリビオン見たときは気持ち悪かったなぁ……。
クヴァッチ開放がメイン無視の影響で鬼門になるのはデフォ。
『クロイチゴ』
・スタミナ 回復
・電撃耐性 アップ
・上昇 持久力
・マジカ 回復
いろいろと修正。
んー……深いね、オブリビオンって。