【まえがき】
この話は続編ではなく、読者の指摘から着想した「八雲が手紙見なかった」場合を描いた番外編です。
翌朝、数十メートル離れた路地に身を潜めながら、塚本家をうかがう男の姿。
その門から出てきたのは、燕尾服を後ろ前にしたような裾の形―― 背中が開いているわけではない―― のベージュのブレザーと、えんじ色のミニスカートの制服を着た八雲だった。
八雲のつり目がちな目は、下がり気味の眉と、ときに過ぎるほど控えめな性格を反映した仕草に緩和され、鋭角さを感じさせることはない。普段なら。
常の彼女を良く知る者なら、そのとき彼女が周囲に配った視線に込められた攻撃性を、いぶかしんだろう。
八雲は、心配そうに一度我が家を振り仰いでから学校へ向かった。
それを見届け、男は再び塚本家に向かう。
『あー、どうする、どうしよう、今行ったらやぶへびに、いや先送りにすればするほど露見しちまう可能性が、だいたいもう通報とかされてたら、そもそも俺は何であんな、盗撮だけで満足しとけば、いや天満ちゃんがあんな男に夢中なのが……』
小心者の見本市を垂れ流しながら、門前にたどり着いた男。
「何かご用ですか」
「えっ? あ、な、なに!? 『びびび、ビックリしたあ』」
自家撞着に陥っていた男は、背後から声をかけられるまで八雲の接近に気づいていなかった。
「あ、うっ『この子学校行ったんじゃ』」
男を見据える八雲の面には、誰が見ても攻撃的な表情が貼りつけられている。
対する男は、最初の驚きが去ると、選択肢を奪われて決断する必要のなくなった、小心者の安堵を浮かべる。
塚本家近くの林道、そこは住宅街にあるにしては深い木立によって、周りから隔絶されており、他聞をはばかるにはふさわしい。
「お、お姉さんに渡してもらった手紙の中身、知ってるのかな」
「手紙を読んだ後、姉の様子がおかしかったので、盗み視ました」
もちろん、「心を」とは続けない。
どうしたのかと問う八雲に対して、激しい動揺の中にあってなお、妹に心配かけまい、彼女だけは巻き込むまい、と必死だった天満の痛々しさを思い返すと、声を荒げそうになる。
が、その怒りから逃れるように、男は唐突に地面にひざをつき、両手のひらをつき、頭を下げて土下座する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
あれは、気の迷いというか、魔が差したというか、二度としませんから許してください」
言いながら鞄を探った男は、シール式の封を閉じていない封筒を取り出すと、うやうやしく両手をそえ、頭を下げたまま八雲に差し出す。
「これで、隠し撮りしたデータと、写真のプリントアウト全部です『惜しいけど、本当に全部渡すんだから信じて』。
二度とお姉さんには近づかないから、昨日の手紙はなかったことにしてください」
「本当に?」
恥も外聞もなく頭を上下に振りまくると、へつらった笑いを浮かべ、憐れみを乞う上目づかいで八雲を見上げる。
「本当に全部だし、近づきません。
自分でお姉さんに謝るのが筋かもしれないけど、とても合わせる顔がないし、俺の顔なんか見たくもないだろうし『何より目撃者を増やしたくない。幸か不幸か天満ちゃん、俺のことなんて知らないし。あれや昨日のが残るけど、他人に見せるわけにいかないから処分するだろうし。この程度のことで警察に捕まって人生狂わされたらたまんないから、ホント、二度と関わらない』勘弁してください」
あまりの誠意のなさは、これまで天満にしてきたこと、するつもりだったこととあわせて、腹に据えかねる。だが、その身勝手さが、男を天満から遠ざけるのなら、と憤りを飲み下して答える。
「わかりました。私から渡しておきます」
「えーと、天満ちゃ『うっ』」
八雲の瞳に不快を読み取った弱者の察知能力が、呼称を変更させる。
「……お姉さんは、君が気づいてることを知って」
「知りません」
「じゃ、じゃあ、封筒に謝罪の手紙も入っているから、俺が昨日の手紙はなかったことにして欲しいと、謝ってたとだけ伝えて、くだ……さい」
言いたいことだけ言って、早々に逃げ出したストーカーの、見たくもない顔を再び見るはめになったのは、五ヶ月が過ぎた頃の、駅の人ごみの中でだった。
八雲に気づいた男は、目をそらすとこそこそと人ごみにまぎれていく。
その場を立ち去ろうとした彼女に、男の顔以上に見たくなかったものが、視えてしまう。
『妹、天満ちゃんの。どうせならあの子がどっか行っちゃえば良かった、俺を置いてアメリカへ行くなんて、ひどいよ天満ちゃん。さすがに追っていけないし。あれから撮りためた画像、向こうのサイトに上げたら、居づらくなって帰ってきてくれないかな』
頭に血が上り、男に詰め寄ろうとした八雲を、さいわいにも人の波がさえぎる。いくらか落ち着いた八雲の視線は、男の行く先を追い。
古びた二階建ての木造アパートに行き着く。
その一室の玄関前で、男はポケットを探っている。
八雲は、男に気づかれないように置いていた距離を、突入に備えて縮める。
『ここ俺の部屋じゃないんだ、残念ながら』
「え……」
驚愕に、立ちすくむ八雲を振り返り、満面の笑みを向けるストーカー。
「でも、お姉さん『アメリカ行っちゃって好都合』の画像、ネットに上げる準備がしてあるのは本当だから、そのことについて、『邪魔の入らない』君んちで話そうか、じっくりと」
数週間後、八雲が通う学校の一角にて。
「ねえねえ、最近なんか八雲の様子、変じゃない」
「うーん、やっぱり?
力のこと打ち明けてくれてから、何でも抱え込んじゃう傾向、減ってきたと思ってたんだけど」
「いやいや、いきなり何もかもは変えられないよ。
それに、変えなくても良いことだってあると思うし」
「おおっ、それなんのドラマのセリフ?」
「ひっどーい、何でわたしが真面目なこと言うとちゃかすかな」
「ごめんごめん。でも普段の行いが、ねえ」
「考えてみたら春休みに、私が同居する話断ったときから、どこかおかしかったかもしれない」
「あー、確かに、断り方がらしくなかった、というか。
まあ、播磨先輩居候させるってのは、さすがに無茶だったけど。でもあの家に一人は、寂しいよ」
「ただ一人になっちゃっただけじゃなく、居なくなった人の存在がね、あまりにも大きかったもの」
「うん……」
「やっぱり塚本先輩すごいよね。
好きな人追いかけてアメリカにまで行って。しかも、その人の病気を治すためにお医者さん目指すっていうんだもの。
尊敬しちゃう」
「そういえば八雲言ってたよ。あなたお姉さんに似てるって」
「うーっ、それはちょっと。私の目標、沢近先輩だし」
「それ、無理過ぎ!」
「ひどっ、何もハモらなくても……」
「私、八雲の家に行ってみるよ」
「あっ、ごめん。今日つきあえないや」
「うん、一対一のほうが話しやすいかもしれないし。今日は一人で行くわ。
とりあえず、メール入れて、と」
塚本家の茶の間。
(……何の猪口才な! ふ、不埒な痴れ者めが……)
「あっ、はああ、くふぅ、はあはあ、はあ……」
睦まじい姉妹団らんの場だったそこに、ふさわしい音声―― 二人とも時代劇好き―― と、ふさわしからざる淫靡な声、発するはつけっ放しのテレビと、仰向けの男の上にまたがる生白き女体。
後ろ手にされた手錠によってさらすことを余儀なくされた、豊かな乳房を弾ませながら、騎乗位でストーカーと正対する八雲の顔には、黒地のタオルで目隠しが為されている。
彼女が身にまとっているのは、その二点のみ。
密着した下腹部同士の間から男根が中程まで姿を現しては、再び膣内に隠されていく。それを繰り返す八雲の腰の上下動は、徐々にスピードを増してゆき、それだけでは飽き足らぬように前後左右のひねりを加え始めた。
尻を持ち上げ、結合部を強調するように腰を左前に突き出し、さらに弧を描きながら整った柔肉の形を歪めるように、男の下腹へと押し下げる。
それは怒張した男の物の付け根にまで快感を与え、八雲の内壁をこする角度に変化つける。
「はっはっはっはあ、あっああっ……」
「こっれは脅迫とか関係ないから、正直に答えて欲しいんだけど」
「はひっ」
「気持ち、良い?」
目隠しからはみ出していた、目元からほおにかけての赤みが増す。
「そ、それは……」
返答をためらう八雲に、今まで彼女任せだった動きに、自らも腰を浮かせて激しさを付与しつつ再び問う。
「あきゃっ」
「答えは強要しないけど、答えるのは強要するよ?」
どう言ったところで、結局は下衆な脅迫に過ぎないが。
「はっ、はい、い、い……です」
八雲の回答を合図に二人の動きが、それまでの上下幅の大きいピストン運動から、ハイテンポで細かな前後動に移行していく。むき出しになったクリトリスと小陰唇が男の根元になすりつけられ、愛液にまみれた互いの陰毛がもつれあう。
動きの変化につれて、潤んだ唇から漏れる声も切迫したものへと変わってゆく。
「はっ、あああああぁ、はわあ…あっあ」
「も、もう出る…けどどうして、欲しい?」
「あっ、き、今日は、ぁん……」
「はっきり、答えを」
「……今日は、大丈夫な日なのお、でな、中に、あうっ…ください」
男が腰のグラインドを弱める。
「ふーん。素直になったのはありがたいけど、面白みには欠ける、というか、君に飽きてきた?」
語尾は平板。
「ふへっ……!?」
「だから、お友達、紹介してくんない」
快楽あるいはあきらめに耽って、だらしなくよだれを垂らしていた口元に、拒否反応が現れる。
「そ、そんな…ことは、ダ、メでぇ……ああっ」
拒絶の言葉を、ストーカーの両人差し指がさえぎる。左右の乳首を乳房に押し付けると、そこだけを接点に胸を揺する。
硬く尖ったピンクの突起は、白く柔らかなふくらみに面白いように沈み込み、そのふくらみはいびつな二つの円を描く。
「心配しなくても、君も可愛がってあげるから」
「あっ、そんな心配、して…わうっ……」
「じゃ、膣内射精は、なしで」
「あ、えっ……」
「それじゃあ、助け舟を。
君にはお姉さんを、俺の脅迫から守らなきゃ、っていう、立派な大義名分が、あるじゃない」
八雲が屈したのは、どちらにだったのか?
「サラちゃんも素敵だけど、俺は日本人が良いな。
ストレートの黒髪でロングヘアの彼女、なんて名前だっけ」
とうに知っているであろう友人の名を、八雲の口から吐き出させたがっている。
「うぅっ……」
「な・ま・え、は?」
絶頂を堪えながら凄んでみせても迫力には欠けるが、八雲にはそれ以上に余裕がない。
「榛名……東郷、榛名、です」
「ふむ、榛名ちゃんか。
黒い瞳に淑やかな立ち居振る舞い。いいねえ、いかにも大和撫子な感じで。
その榛名ちゃんを、はめるのに、協力してくれる」
罪悪感に、消え入りそうな声で応じる。
「……はい」
「ご褒美に、中出し、してあげよう」
「あ、りがとう……ございます」
羞恥に、消え入りそうな声。
交渉を楽しんだストーカーは、性的なそれも堪能すべく動きを激しくする。
「うっあああ、はあ、ああぁっ」
「……背中、向けて」
言われるまま、ペニスを抜かない身ごなしで半転する八雲の、充血した小陰唇には新たな刺激が生じた。
「ふはっ」
「ヨイ、ショっと」
男は上半身を起こし、手のひらを埋めて余りある上気した乳房をきつく揉みしだき、グラインドのリズムを上げる。
「あっあっあああ、あ、あうぁ」
「だっ、出すぞ…くっ」
「あああーーっ!」
射精と同時に男は、手荒に輪っかのまま目隠しを引き抜く。
八雲のしなやかな黒髪は、あるいは目隠しに引っ張りあげられ、あるいは汗で額やほおに貼りつけられ乱れに乱れ、ほお骨の上縁と耳の付け根の上端を結ぶライン上などにもタオルの名残りがある。
最大の後遺症は、ぼやけた視界。解放からいくらかのタイムラグを置いて、まともに焦点を結び始めた八雲の眼に映ったものは。
茶の間から続きの板の間の、ミニテーブルに据えられたビデオカメラは想定内、けれど居間のテレビとミニテーブルの中程の床に、先にストーカーが描写したとおりの少女が、猿ぐつわに手枷足枷で転がされていたのは、そうじゃない。
その少女の視線は紛れもなく、全裸で男とまぐわう親友の痴態をとらえている。
「いやっ!! やめて、見ないで!!!」
おそらくは物心がついてから初めて発したであろう、大音声で懇願する。
けれども、ストーカーはひざ裏から抱え上げて、八雲の両足を無理やり開かせた。
腿の付け根に抵抗する筋肉の筋が浮かび、その中央には男の逸物をしっかりとくわえ込んだ女性器が無慈悲にさらけ出される。
「いや、いやいやい、やっ!」
破瓜の痛みにも、数週間にわたるさまざまな恥辱にも今まで一度も見せなかった涙を、とめどなくあふれさせながら八雲は、両足でもがいて男の手をほどき、額を畳に擦りつけながらはいつくばって逃れようとする。
彼女の苦悶を贄に、興奮を増したストーカーのペニスは、まだ精液を撒き散らし、離れゆく八雲のアナルに届いた白く濁った雫は秘所の下端へと滴る。
さらに手錠の鎖をつかんで八雲を取り押さえた男は、中空に発射するむなしさを嫌って、柔らかさと弾力を兼ね備えた尻肉に肉棒を押し当ててザーメンを出し尽くす。
「ふうっ」
「いやぁ……ぅう」
存分に余韻をむさぼった男は、お白洲に引っ立てられた罪人のごとく額づいてすすり泣く八雲を放置して、ズボンをはき榛名を見下す板の間との境に立つ。
普段八雲が着ているのと同じ制服のブレザーとミニスカート姿の榛名、自由を奪われ直すことのかなわないえんじのスカートの捲れからは、穢れなさを連想させる汚れない肌の色がのぞく。
大事な部分を隠すため、閉じたひざを抱え込む姿勢は、他方で張りのあるお尻から太ももにかけての曲面を、蠱惑的なものにしてもいる。
丸みを帯びた柔肌がむき出しにされている様から推し量ると、まるで穿いていないか、かなりきわどい下着を身に着けているらしく見える。
榛名は、蔑みを込めて男を見上げるがそれも一瞬のみ、ストーカーの存在などないも同然に、哀憎半ばする漆黒の瞳を八雲に注ぐ。
その視線の行方を満足げに追ったストーカーは、厭らしい笑みを浮かべながらかがみ込む。
「むが、むぐっふ……」
「うんうん、榛名ちゃんも、お友達に言いたいことがあるよね」
ストーカーが少女の口元を覆っていた布切れをほどき、口に詰めていた物を取り出すと、前述の疑問が氷解する。
丸められた彼女自身のパンティが、榛名のよだれを糸引きながら現れたので。
『八雲! 泣いてる場合じゃないよ。しっかりしなさい』
「えっ……!?」
泣き濡れて汚れた顔を上げた八雲は、ストーカー越しに榛名と目が合う。
猿ぐつわのせいでむせ返っていた少女は、落ち着くと言葉をつむぎ出した。
「ひどいよ、八雲。お姉さんのことで八雲が脅かされてるって、そう聞かされたから、おとなしく言いなりになるしかなかったのに……」
「今日、うちに来るって、メールもらったから、代わりに返信しておいたよ。で、途中までお出迎えに行ったんだ。
初対面の名刺代わりに、君のポートレイトを持って」
「始めからグルになって、私を陥れるつもりだったんじゃないの。
塚本先輩を脅迫する材料なんて端からなかったんでしょ!」
「さあ、どうかな?」
恨み言を友人にぶつけた榛名は、ストーカーの嫌味に、矛先を変える。
「だったら、そんなものどこにあるっていうの」
「それはね、って……まさかそんな誘導尋問で口を滑らすとでも、お……!?」
言いかけたストーカーは、慌てて八雲を振り返る。
その隙を突いて榛名は、這わされた姿勢から半回転、つないである両足をそろえて男の足を払った。
ガッシャーーーンッ!!!
完全に意表を突かれた男は、受身も取れず無様に後頭部を思いっきりテレビに叩きつけ、もんどりうって仰向けに倒れた。
派手に動いて、愛らしいお尻が丸出しになるのにもかまわず、男の下半身にうさぎ跳びの要領で覆いかぶさった榛名は、八雲に選択を迫った。
「八雲、私はこんなことに巻き込まれるのは、お断りよ」
『あー、そう来るか』
窮地に陥っているにもかかわらずストーカーは、他人事のように榛名の戦術を分析する。
『俺とおんなじやり口じゃないか』
肝心の部分が正反対だが。
(……御用だ、悪党。観念しやがれ……)
「ぐげっえ!!」
鳩尾に八雲のひざを落とされた男は、泡を吹きながら悶絶する。
後ろ手に拘束され、ひざをたたんだうつ伏せの同じ姿勢で、ストーカーの上半身と下半身に、頭は互い違いに左右から乗っかっている八雲と榛名。
「ごめん、榛名。ごめんなさい」
顔を伏せたまま、そう口にするのが精一杯の八雲、へ顔を向けるため首を丸める榛名。
絹のような黒髪が、男の脚を経て畳の上に垂れる。
「コレ、あなたの力のこと知ってるんでしょ」
「……どうしてっ?!」
驚いた八雲は、榛名と同じように友人の顔を見返す。
「コレ」が八雲を顧みたのはダメ押しだったろう、けれど確信はその前からあったに違いない。
「でなきゃ、八雲があんなこと、言うわけないじゃない」
「は、榛名」
「逆用されて、思い通りしゃべらされてた、ってとこでしょう」
不自然な逆さ絵状態にもかかわらず、穏やかなとびっきりの、そしていつも見せてくれる笑顔を浮かべる親友。
「視えなくてもそれぐらい簡単に、分かるよ」
八雲の目頭が熱くなる。
いきなり榛名が、上半身を跳ね起こす。
「あーっ、この体勢でしゃべるの疲れる。
早いとこ手錠の鍵、探そう」
言いながら、こりをほぐそうと首をめぐらす。
「そうだ。お尻がスースーするから八雲、下着貸してね」
「あっ……」
「八雲のパンツ、パンツぅっ」
おどけてみせる友人の心づかいに、ポロポロ涙を零しながらも、本当に久しぶりの笑顔が、八雲に戻る。
(確かに指示の場所にあった。ブツは、ちゃんと確保したよ)
硬質な色気を感じさせる声音。
榛名の携帯から聞こえてくるのは、その声にふさわしい容貌と性格を併せもち、八雲たち五人の担任教師だった刑部絃子のものだ。
大人で、冷静で、同性で、さらにあまり表ざたにはできない技能まで持っている―― らしい―― 彼女は、相談を持ちかけるのに最適の相手だった。
「ところで先生、鍵もないのにどうやって部屋へ入ったんですか」
(本当に、知りたいのかい)
「えーと、やっぱり知らないほうが……」
(そう、お互いのためだ。……そんなことより、塚本くんに替わってくれないか)
榛名は、自分の携帯を八雲に差し出す。
「はい、替わりました」
(刑部だ。
君の要望どおりにするのは可能だが、本当にいいのかい)
「はい、データや写真の処分は、私以外の人のものだけお願いします」
(なんならそっちにあるクズごとすべて、闇に葬ってもいいんだが)
八雲は、しばらく前の榛名と立場を入れ替えて、床に転がっているストーカーを一瞥する。
「いえ」
(法に則って報いを受けさせようとするなら、被害者もつらい思いをすることになるよ。理不尽な話だが)
授業であれ、プライベートであれ、事情を知ったときにストーカーを口汚く罵ったときでさえ、常に飄々としていた口調が、厳しすぎるほど真摯なものに変わる。
(本当に、良いんだね?)
八雲の、携帯電話を持つ指先が、話し出そうとする唇が、小刻みに震える。
けれど、榛名を―― そしてその向こうに榛名と同じように応えてくれるであろう人々を―― 見やって一呼吸ついた後に返したのは、同じ答えだった。
「はい……。
私には、支えてくれる人たちがいますから、大丈夫です」
(分かったよ。私も出来るだけのことはしよう)
「……ありがとうございます」
八雲は心からの感謝を告げる。
(……これにてえぇ、一件、あ、落ちゃッ、)
電話を終えた八雲は、ずっとつけっ放しだったテレビの電源を切った。