<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14323] 第12話
Name: SK◆eceee5e8 ID:89338c57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/07 01:06


 長谷川千雨は、その日友人と喫茶店でお茶を飲んでいた。
 パッとしない私服姿の千雨と、その前にはギリギリ可笑しくない程度に少女趣味な服を着た同年代の少女が座っている。
 千雨は呆れ顔で傍らの少女を眺め続けていた。
 その少女の前のテーブルには十枚に届こうかという皿がつみあがっている。
 さらに数分あきれたようにその光景を眺めてから、千雨が口を開いた。

「しっかしよく食うな」
「おいしいですから」
「まあ、そりゃその表情を見ればわかるけどな」
「おいしいですから」
「だからって食いすぎだろ」
「おいしいですから」
「…………存分に食べてくれ。食事は逃げないからな」

「はいっ!」

 あまりにいい笑顔で即答する彼女に千雨は軽く笑うと、手元のストレートティーで口元を湿らせた。
 千雨はまだこの一杯しか頼んでいない。
 彼女の食べっぷりを見るだけでおなかが一杯だったためだ。

 彼女の記念だから今日は奢るといってあるものの、なかなかの値段になりそうだと千雨は思う。
 エヴァンジェリンから金はもらっているから、べつだん構わないが、周りの視線が少々痛い。
 まあ“食事”は幾十年ぶりだということだ。甘味が味わえるのはうれしいのだろう。
 それがケーキを10皿ということにつながるのは、まだまだ体を得て一日とたっていない身の宿命か。

 いうまでもないが、千雨の前で喜色満面に食事を楽しむ女の子。

 名を相坂さよといい、つい先日まで幽霊として活動していた長谷川千雨の同級生である。


   第12話


 人形が食事を取るというのは、実際には現代科学をはるかに超越した技術である。
 現代技術どころか、その実、未来技術まで取り入れられている絡繰茶々丸でさえ食事の振りすら不可能だ。その体に食事の真似事をする機能を組み込むことは出来ても、それを食事として利用するのは夢の夢。
 そもそも絡繰茶々丸は人ではない。人の形をしているだけで、中身は人ではないのだ。魂の有無は別にしてもその動作は人とは遠い。
 それは人型のロボットであり、人ではない。
 彼女は魂を持ったロボットで、基本は科学。

 また魔法ならば人が出来るのかといえば、それも否。
 食事も何も、その本質は藁人形と大差ない。人形では胃と腸どころか口から続く穴がない。
 もう少し高度に製作すれば、魔法で人の真似はさせられる。
 つまり茶々丸の姉のチャチャゼロだ。
 彼女は魂を持った人形で、基本は魔法。茶々丸と異なり、食事は取れる。
 だがやはり、胃も腸も介さないその機構は根底から人とは異なる。

 ルビーの提案により相坂さよに体を与えると聞き、エヴァンジェリンが最初に想定した相坂さよの依代も純粋な人形だった。魂をこめる核とそれを覆うヒトのカタチ。
 だがルビーの考えは違った。彼女の世界の人形とはまさにヒトの代わりである。
 食事などいうに及ばず、見た目には人と変わりない。食事も取れるし、トイレも行く。
 本来ならば外部からの霊体に頼らずとも自我を持ち、究極的に自分で自分を人間と思い込ませることすら可能な、そういう存在。
 人形にしか出来ない動作すら否定して、人を模したヒトガタだ。

 人には備わっていない超音波式のソナーや赤外線センサをはじめとする魔法認識による六感を超える索敵系に、ジャイロ効果による絶対的な安定性、電気仕掛けでぶれることのない精密性と間接部に球体間接を取り入れることによる柔軟性。そういうものを有利として取り込む茶々丸やチャチャゼロは人とは異なることを明確に示しているのに対し、ルビーの指示のもと作られたこの肉体は、不都合ささえ人の代わりとして愚直に取りいれている。
 ただ人の代わりを求め猛進した魔術の奥義。

 体を割れば歯車が見えるらしいが、どこまで本当なのかと千雨は疑ってすらいる。
 相坂さよの体は傍目には完全に人と区別がつかない。

 ルビーの言葉を借りると、人形師として活躍する世界のルビーを千雨が憑依し、ルビーの指揮下の元、人形を形作ってそれに相坂の魂を固定した……ということだが、自分で手伝ったくせに千雨はその辺のことは完全にはわかっていない。
 ただとんでもないことをしたらしいということだけだ。
 本来ならば人形師の可能性を持つ千雨自身を呼び寄せるべきらしいのだが、千雨のスキル不足と、なるべく早く完成させたいという千雨の要望の結果だった。
 しかしこうして相坂さよが食事を楽しんでいるという現状がある以上、ルビーが実体化する夜ごとに、エヴァンジェリンの家に入り浸った甲斐はあった。千雨に不満はかけらもない。

 もっとも相坂さよにとってはその辺はわからないままでよい。
 魔術の受け手として問題なのは結果だけだ。
 いまこうして体があるなら不満なんて何もない。
 特に彼女は食事が取れるということに非常に喜んだ。
 食いしん坊だったというわけではあるまいが、食事とは三大欲求のひとつである。久々に食べたケーキに夢中になるのもわかろうというものだ。
 結局相坂さよは十一皿のケーキを平らげたのち、ケーキだけでお腹いっぱいになってはもったいないです、との言葉を残して食事を中断した。
 味覚に問題はないようだが、こいつの体となった人形の満腹中枢が破損していないことを祈る。

「よく食うなあ。次はどうするよ? ははっ、ラーメンでも食べに行くか?」
「いいですね、それっ!」
「…………いや、うん。相坂がいいならいいんだけどさ」
「どうしたんですか、千雨さん」
「太るんじゃないか? いいのか、花も恥らう乙女が」
「ふふふ、わたしは少しくらい太っても平気ですよ」
「そりゃ早乙女あたりに聞かせてやりたい言葉だが……」
「太れる、というのはおいしさを感じるのと同じで生きている証ですからね!」
「そいつは重畳」

 怪我や病気をしても同じようなことをいいそうだった。
 間違いじゃあないだろう。
 健康のありがたみは病気の後にかみ締めるもの。
 食べ物のおいしさは久々のご馳走で味わうもの。
 それなら生の喜びはきっと死のあとに味わえるということか?

 そこまで思考を進めて、ふふふ、と千雨はこっそり笑い、首を振る。
 彼女は相坂さよの復活を死者蘇生とはとらえていない。
 ルビーがなんといおうが、エヴァンジェリンがどう考えようが、千雨は自分で考える頭があった。
 千雨のイメージでは相坂さよは今も昔も“死んでいない”。

 過去、死とは肉体の死を指した。肉体が死ねば脳も死に、そして魂が天に昇る。
 今は脳死と死の境が論争される。脳死とは戻らない脳の傷。
 しかし、脳死の後に意識が戻る実例が報告されれば、脳死は死ではなくなるだろう。

 それならば肉体を失ったのちの幽霊という概念と、その後の復活が立証されるならば、肉体の消滅すら死ではないということになる。

 記憶が脳ではなく魂に刻まれて、それが肉体を失っても形を保てるというのなら、それは可逆の怪我であって死ではない。肉体を失っただけで死んでない。
 だから結論も簡単だ。

 こうして肉体を持った以上、相坂さよは“死んでいなかった”。

 そうなるのが道理だろう。
 だがそこまで考えて長谷川千雨は思考をとめる。
 ここから思考をつなげていけば、きっとそれはこの社会で叫ばれる常識と根源的に対立することになるだろう。
 千雨は考えるべきでないことを考えずにいられる能力があった。
 ルビーやエヴァンジェリンが持ち得ない特性である。
 いま相坂がいて、ここでケーキを食べている。それで十分。

 千雨は頭を切り替えて、生の楽しみを謳歌する相坂さよと一緒に今日を楽しむことにする。

    ◆

 数時間がたち、大体満足したのか、相坂さよは長谷川千雨と麻帆良学園に向かっていた。
 お昼をかなりすぎたところだ。
 結局今日街へ出かけたのは食べ歩きツアーで終わってしまった。

「服とか雑貨を買いにいったんだがなあ」
「細かいのは購買で買えますから。わたしは今の流行はよくわかりませんし」
「相坂はそういうのチェックしてないのか?」
「幽霊のときは時間はありましたけど、お昼は学校にいましたし、街までは出られませんでしたから。コンビニにいっても本や雑誌は人の肩越しでもないと読めませんでしたし、皆さん着ているものは基本的に制服です」
「ああ、なるほど」

 雑談をしながら歩いていると、寮のほうから喧騒が聞こえてきた。多数の人物がいる麻帆良中等部の女子寮だが、騒ぎはたいていが3-Aが原因である。
 千雨は半ばうんざりしながら、どうしたものかと思案した。
 彼女としても“まだ”相坂さよと一緒の姿を見られたくはない。


 適当に人を避けながら部屋に戻る。
 その後、まってろと一言言い捨てて、千雨が部屋の外に出た。何があったのかを調べにいくのだろう。
 いつもの千雨ならこのような喧騒は部屋にこもって無視するだろうが、今日は少し事情がある。千雨は喧騒に巻き込まれると困るのだ。

 部屋から出て行った千雨を見送り、さよはベッドに寝転んだ。ご飯を食べて外を歩いて疲れたままベッドを前にすると眠くなるのだ。久しぶりの現象である。

 部屋の外はまだ騒がしい。ネギ先生とかパートナーとか言う声が漏れ聞こえてくる。
 またネギ先生が騒動を起こしているのだろうか?
 千雨についていきたかったが、さよは自重した。なるべく顔を見せないようにといわれている。

 こういうときは幽霊のほうが便利だったとも思うが、幽霊に戻りたいとは思わない。
 ぜったいに戻れないと思っていた体にもどった。
 幽霊のままでよかった。誰かがわたしを見てくれればそれで十分だった。
 話してくれるならそれ以上はないと思っていた。友達になってくれるなんて幸福はありえないと思っていた。
 だけど千雨さんが現れた。
 彼女が話してくれて、友達になってくれて、そして今こうしてわたしを人に戻してくれた。

 ごろりと寝返りをうった。千雨さんが部屋の外に状況を調べに行く際に、わたしに部屋のものをあまりいじらないようにといわれた。
 きっと“ちう”関連のことだろう。長谷川千雨の秘密のひとつ。ネットアイドルの長谷川千雨。
 ふふふと、ベッドの上を転がった。自分の幸せが信じられない。
 枕を胸に抱いて匂いをかいだ。いい匂いだった。
 ネットアイドルの長谷川千雨。
 その言葉は納得だ。彼女は相坂さよにとってアイドルでヒーローだから。
 まどろみの中、彼女はそう考える。
 そうして、相坂さよはいつの間にか眠っていた。


   ◆◆◆


「ふむ、戸籍は以前の相坂くんのものを変えることにすべきか……名前は変えたくないじゃろうし」
「ベースがあるからある程度は楽だっただろうが。文句を言うな」
「なにをいっとるんじゃ。戸籍はゼロから作るほうが楽なんじゃよ。当たり前じゃろうが」
「それは完全に白紙からの場合だろう。あいつの名は貴様が学園名簿に残したままだろうが。自業自得だ」

 ちょうどそのころ、学園長室でエヴァンジェリンと学園長が話していた。
 それを離れて高畑が見守っている。
 部屋にはその三人しかいない。実質的にこの学園で最も影響力を持つ三人である。

「それにしてもエヴァがこんなことをするとはね」
「これは純然たる契約に基づいた行動だ。わたしは戸籍と根回しが終わればもうあいつに用はない」
「そうなのかい? でも、相坂くんがなれるまではエヴァがサポートをしてやってくれないかな」
「……まあ、やってもかまわんが、世話ということなら長谷川千雨に任せるべきだな」

「えっ……長谷川くんかい?」
「あいつは相坂が見えていたからな。今回相坂さよにヒトガタを与えたのも千雨の頼みによるものだ」
「ああ、やはりそうじゃったか。それに相坂くんのヒトガタのう……。もう報告にあがっとるが、ありゃ洒落になっとらんじゃろ、まるっきり人と変わらんが、何なんじゃあれ?」
「新技術だ」
「新技術というか、革命的過ぎる気がするんじゃが……」
「そうだね。ちょっと詳しく聞いておきたいんだけど」
「あとでさわりくらいは話してやる。そういうわけでタカミチ、今後相坂さよの世話は千雨に任せておけ。相坂さよもなついている」
「い、いや、いきなりそんなことを言われても、難しいとおもうけど」
「当日入りであのガキを近衛の部屋に入れたくせに何を言っている」
「いや待つんじゃ、タカミチくんにエヴァンジェリンよ。その話はあとで長谷川くんも交えて行うべきじゃろう。それに長谷川くんのことじゃが……」
「ふむ、そうだな。……どうするべきか」

 面白いことを思いついたとエヴァンジェリンが意地悪く笑う。
 彼女は悪人ではないが性悪だ。
 長谷川千雨がネットアイドルであることをひたかくしにしていることも、魔法について秘匿していることも知っている。


「エヴァンジェリン。相坂の体の件だけど」
「ああ、新学期までには出来上がるな。ルビーの技術とやらは面白い。だがチャチャゼロや茶々丸に施しているのとは毛色が違いすぎて参考にすることも出来ないのが難点か。“妹”を作ることになったら試してみたいものだが……」
「いや、それは勝手にやってほしいんだけどさ。相坂の体を作ったあとのことについてだけど――――」


 数日前に千雨はエヴァンジェリンのところに出向き、一対一で場を設け、そんな会話を交わしていた。
 そこで千雨はいくつかのことをエヴァンジェリンに伝えている。
 そのとき、止むを得なければ、長谷川千雨が魔法にかかわっていることを学園長たち相手に正式に認めてもよい、ということになっていたのだが、

「なあに、あいつは認識障害への耐性をもつ、ちょっとした事故で相坂を視認できるようになったただの小物だ。詳しくは長谷川千雨に聞くといい。ちょうどいいから呼んだらどうだ?」

 エヴァンジェリンは、まったく表情を揺るがせずに言い切って、学園長とタカミチが少し驚く。


   ◆◆◆


「おい、おきろ相坂」
「う、ん……あっ、千雨さん。おはようございます」
「おはやくねえし、朝でもねえよ。夕方5時だ」
「うー、すいません。こうして眠るのも久しぶりなので……」
「食欲の次は睡眠欲かよ、まあいいけどさ。三大欲求だっけか」

 反射的に言葉を続けようとして千雨が口を閉じた。さすがに品がなさ過ぎる。
 だが、続く言葉は聞くまでもなくあまりに明白である。
 カア、と相坂の顔が赤く染まった。嫌そうではないのが、また深刻である。一人でやるならまだしも、対象が自分に向かったり、むやみと適当な男に走らないことを祈るだけだ。

「赤くなんなよ。わたしまで照れるだろ」
「す、すいません」

 こんなのばっかりだ、と千雨がつぶやく。最近の彼女はイベントが盛りだくさんである。
「あ、それで外の騒ぎはなんだったんですか?」
 さよが千雨に聞いた。外の騒ぎは収まっているようだった。
 千雨は呆れ顔を隠そうともせずに答える。
「なんか先生は結婚相手を探しにこの学校に来た某国の王子だ……みたいな話がひろまったらしい」
「はあ、なんというか……すごいですね」
「相変わらずすぎて言う言葉が出ないよ」
「ああ、この間はすごかったらしいですね。皆さんしゃべってましたよ」

 千雨が顔を引きつらせる。この間先生に押し倒された件は表面上は沈静化したが、やはり尾を引いている。クラスメイトも自分もネギも。
 ネギはやはりガキなのだ。いくら天才でもいくら魔法使いでも、自分よりもさらに子供の未熟者。そして引くことを知らない直情型の善人だ。
 純真で悪意なく騒ぎを起こすネギは、ひねくれ者である千雨の天敵だ。
 千雨は最近の記憶を忘れようと頭を振った。あの騒動の記憶を覚え続けるなんてのは不毛すぎる。

「ん、まあそれはいいんだ」
 話を切り替えるように、それでだな、と千雨が言葉を続ける。
 さよが首をかしげた。なんの用かと疑問に思ったからだ。
 だが、それは間違いである。もともと千雨は今日このために相坂さよを連れ出したのだ。

 今日この日に間に合うようにルビーをせかし、
 今日この日で間に合わせるようにエヴァンジェリンに懇願し、
 今日この日に間に合わせるように、相坂さよのヒトガタを作りあげ、
 そうして、新学期の始まりまでに、相坂さよを“相坂さよ”に戻すと決めていた。

 千雨は相坂さよのことを知り、ルビーに人形のことを聞かされた。
 だからその先の思考は当然一つ。
 相坂さよににヒトガタを、とただそれだけ。

 もちろん相坂さよも了解済みだ。
 ルビーと千雨がヒトガタを作りはじめたときに、さよはきちんと説明を受けていた。
 これに入ればもう霊体には戻れない。
 それは当然だ。千雨が霊体になれないように、さよが霊から人になるのなら、もうその後は霊には戻れない。
 以前それを聞いたとき、その問いに相坂さよは頷いた。

 だけど、相坂さよが聞いておらず、長谷川千雨が懸念することが一つあった。
 無駄に心労をかけるつもりもないからと、千雨はそれをいわなかったが、考えれば誰にでもわかること。
 相坂さよは人になった。“魔法使い”になったわけでない。
 相坂さよは人になった。“吸血鬼”になったわけじゃない。
 人に気づかれない相坂さよは、人に気づかれる相坂さよになったのだ。

 つまり、彼女には戸籍がいる。家がいる。金がいる。
 学校に行かなくてはいけないし、衣食住が必要だ。
 それに魔法使いたちに根回しもいるだろう。
 彼女は霊から人になり、そして百を超える厄介ごとを生み出した。
 相坂さよはその厄介をさをあまり理解できていない。
 だからこっそりとすべての準備を終わらせた。
 エヴァンジェリンに根回しを頼み、できる限りのことをした。
 借りが出来るが、そんなものは相坂さよとは比べられない。
 それらすべてを終わらせたときこそが、初めて相坂さよを霊から人に戻す作業の終結である。
 そう。だから――――

「どうしたんですか、千雨さん」
「なに、どっから説明したもんかとな。大団円で終わったことを喜んでたところだよ」

 その苦労も今日でおしまい。
 学園長室で千雨が受け取った、そのアイテム。
 千雨は相坂さよの顔写真が張られた学生証を手渡しながら微笑んだ。


   ◆


 ルビーやエヴァンジェリンにいくら甘い甘いといわれても、麻帆良学園の魔法使いは優秀ぞろい。
 エヴァンジェリンが話を通して数時間後には、大体の話が整っていた。
 学園長室でエヴァンジェリンが大嘘をつき、千雨が呼ばれ、冷や汗を隠しながら千雨が会談を行った。

 絶対にばれているような気もするが、見逃してくれたのか、千雨に対して魔法の追求はほとんどなかった。
 この学園はいくら怪しいものがいても、決定的に動きを見せるまでは監視で済ませる。ルビーがかなりの騒ぎを起こしているにもかかわらず、このような対応をされるのは、やはり懐の深さからだろう。
 この学園にこういうところがあるのは、ネギの話を聞いたときから千雨も感じていたことだが、実際に体験すればやはり驚く。ルビーがいまだに信じきれずにいるのも分かるというものだ。

 もっとも、詰問や牽制すらせずに放置されたのは、さすがにエヴァンジェリンの下についたことが大きいのだろう。千雨はこんなところでも着々とエヴァンジェリンに借りを作っている。


 そうして学園長室での話し合いが終わり、千雨が寮の自室に戻った後、相坂さよとまったりとした時間を過ごしていると、携帯電話にエヴァンジェリンから連絡があった。

「千雨か。相坂さよの部屋だがな、今日はお前の部屋に泊めてやれ。いきなり貸し部屋に放り込まれるのもなんだろう。ああ、寮室もそのままお前の相部屋でもいいらしいぞ」
「はあっ!? 相部屋ってなんだ? 相坂の部屋を新しく用意してくれるんじゃないのか?」
「相坂さよの体はぎりぎりまで秘匿していたからな。許可とか戸籍は当日でどうにかなるが、部屋まで手を回すのはめんどくさいんだよ。お前の部屋でべつにかまわんだろ」
「かまうにきまってんだろっ!? そういうのはさっき言えよっ!」
「お前が反対しそうだったからな。別にいいだろ」
「いいわけねえだろっ! てか今日だって宿直室とかあるじゃんっ!?」
「わたしはここでぜんぜんかまいませんっ」
 携帯電話に怒鳴る千雨の横から相坂が顔を出す。

「こっそり顔よせてきいてんじゃねえっ! いきなり一人増えてなんとかなるような部屋の使い方してねえんだよ、わたしは!」
「うっ……そうですよね」
「うぐっ」
 儚げに相坂が微笑んだ。千雨がそのあざとい表情に詰まる。

「……わたしは今まで夜はずっとひとりでしたから、きっと千雨さんと一緒なら楽しいだろうなって思ったんですけど……でも、大丈夫です。駄目なら、わたしは宿直室でひとりで夜を越すのも平気ですから……」
「ず、ずるくないか、それ?」
「ずっとお部屋をお借りするのは無理でも、一晩くらいは一緒に夜を過ごして見たかったんですけど……」
「い、いや。泣くなよ相坂。てかその表現もおかしいだろ、絶対。おい。わ、わかったよ、一晩くらいならいいし、わたしもいやじゃないからさ、ほら、泣くなって。って! ……うひゃっまてっ、抱きつくなっ! やっぱウソ泣きか、テメエっ!」
「ふむ、問題なさそうだな」
「あるに決まって――――」

 プツン。と電話が切れた。
 呆然と携帯を眺める千雨。
 ここで切るか、普通? 躊躇なく切りやがって。
 それくらい学園長たちだってわかってんだろ。代案くらい出なかったのか?

 すぐにでもかけなおしたいが、腰には相坂が抱きついたままだ。こいつの説得をしてからか?
 自分の境遇に千雨がなきそうになっていると、さらに玄関からインターホンの音が聞こえてくる。
 千客万来だ。ヒキコ気味のパソコンオタクにゃ少し辛い。

「あーもう、なんなんだよ。相坂っ! くそっ、一晩くらいでも、この部屋をよく見ろよ。一緒に抱き合って寝る気かっ! って頷くなドアホ! くそっ、エヴァンジェリンめ、後で話をとおしに行くからなっ! ほら離れろ、相坂っ。誰か来たからっ」
 腰元にすがりつく相坂を引っぺがすと、玄関に向かう。
 一応インターホンは押すものの、返事がなければ、そのまま入ってくるバイタリティのあふれる教師や、その生徒に覚えがある身としては、無視も出来ない。この場面を見られれば、以前の二の舞だ。
 ムキュウと声を上げる相坂さよはベッドの上に転がった。

「はいはい、誰ですか」
「あっ、千雨さん。あの、相坂さんの制服を持ってきたんですけど。なんか新学期からクラスに加わるそうで、詳しい話は千雨さんに聞くようにってタカミチが……」
 ドアを開ければ、そこにはネギが立っていた。
 タイミングが狡猾過ぎる。完全に仕組まれている気がする。
 エヴァンジェリンへの文句は後回しにするしかあるまい。
 千雨はいったんエヴァンジェリンへの怒りを抑えると冷静に対処することにした。

「ったく、いま忙しいんですけど、まあ入ってください」
 先生を部屋に招きいれる。
 先生を適当に奥に案内して、対応を相坂に任せる。
 厄介な客だが、用件が真っ当である以上、お茶の一つは出すべきだろう。

 お茶を用意してからテーブルに戻る。
 相坂とネギはお互いをちらちらを見ながら無言だった。千雨の登場にほっと一息をつく。

「あー、っと。先生は相坂のことどのくらい聞いてますか?」
 ここでまた先生と騒動を起こすと、厄介そうなのでさっさと本題を切り出すことにした。
「いえ、ほとんど聞いてません。少し事情があるから、ウチの生徒のエヴァンジェリンさんですか? あの人と千雨さんがチューターになるって」
 む、と千雨がうなる。

 少し驚いた。先生はエヴァンジェリンのことすら知らないらしい。
 ルビーがいうにはかなりの化け物らしいし、その変人ぷりは身を持って体験している。
 相坂の体を作りにエヴァンジェリンの部屋に入り浸ることで、だんだんと慣れてきたが、千雨は未だにルビーの過去と同じレベルでエヴァンジェリンの悪夢に悩んでいるし、あいつは魔法世界ではとんでもなく有名人だとルビーも言っていた。魔法使いである先生が気づいてすらいないのは、予想外だ。
 少し悩むが、先生の顔に嘘はない。あいつは自分の本性も、その影響力も先生に隠しているようだと、千雨は納得した。
 エヴァンジェリンは悪党である。そういう胡散臭い点もあるだろう。

 ちなみに、相坂の件を学園側に認めさせるのに関して、千雨はエヴァンジェリンに全てを任せている。
 苦手意識やトラウマに行動が影響されない点は、ルビーやエヴァンジェリンが高く評価する点だが、千雨自身に自覚はない。
 そもそも千雨は自分が学園を相手に立ち回れるとは思っていないし、秘密裏に動くルビーは交渉以前の問題だ。千雨がすべてをエヴァンジェリンに任せたのは必然ともいえる。

「相坂はわたしの友人なんです。わたしが魔法使いだということも知っていますし」
「そうなんですか!?」
「ええ。ついでにさっき学園長ともその話をしてきました。一応魔法に関わったこともばれたので、先生の相談にも乗ってやるようにと。まあ、わたしが魔法使いだってことは黙ったままなので、先生も言わないで下さいね」
「え、あっ、はい。学園長とですか」
「ええ。エヴァンジェリンも交えて、相坂を復学させる話とわたしが魔法生徒とか言うのになるかどうか、見たいな話をしてきたんです」

「ああ、じゃあこの部屋にお住まいに?」
 相坂が千雨の部屋にいるこの現状を見て、ネギが言う。
 だが、千雨は薄く笑って否定した。こいつの素直さもエヴァンジェリンとは別のベクトルで厄介である。
「そりゃ無理でしょう。今日はまあ泊めることになるでしょうけど、あとは……まあ学園長たちに考えてもらいます。というか神楽坂のところだって一人分ベッドを増やしたりはしてないでしょう? 住む人間が増えるのは友達が増えるのとはわけが違うんです。先生ならまだしも、同じベッドでずっと寝るわけにもいかないでしょうし」

 パソコンに衣装ケースに雑多な小物。住むだけでも難しそうだし、一人分のベッドはもちろん一人が暮らしていくための荷物はどうやっても加えられまい。
 ちなみに千雨はすでにネギが神楽坂のベッドに同伴していることを知っている。初めて聞いた時は、驚きとともに、いつもの先生の常識のなさとあいまって、ある種の納得を得てしまった。
 こいつの将来が心配だ。

「ずっと同じベッドでもいいんですけど」
「相坂。ちょっと黙ってるようにな」
 イランことを言う相坂の頭をスパンとはたく。

「ボクならまだしもなんて……」
「意味が違うよ先生。ちょっと黙ってろ。な?」
 スパンと先生の頭をはたく。

「ネギ先生。千雨さんと一緒のベッドになんて不潔ですっ!」
「ええーっ。ぼくですか!?」
「お前らちょっと黙るようにな」
 スパンとスパンと二人の頭をたたく。

「先生は神楽坂さんと同じベッドで寝ているそうじゃないですか。千雨さんと同じベッドで寝るのはわたしです! 先生は千雨さんのこと好きなんですかっ」
「えっ、あっ、はい。その、もちろんですけど」
 少しだけ赤くなりながらも平然と答えるネギと、なぜか悔しそうな相坂の頭をはたく。
 ああ、なんか胃薬がほしくなってきた。


   ◆


「じゃあ、幽霊だったんですか」
「はい。それでですね。千雨さんだけはわたしを見ることが出来て……」
「へえ、すごいんですね、千雨さん」
「いまの説明で納得する先生ほどじゃねえよ。……エヴァンジェリンも見れたわけだし」
「えっ。エヴァンジェリンさんですか?」
「ええ、あいつはですね。えーっと……」
 一瞬黙る。いうべきかどうか迷ったのだ。
 どうも先生はうちのクラスが人外魔境だということは知らないようだし。

「エヴァンジェリンさんは吸血鬼だそうですよ」
 横から相坂が口を出す。
 千雨はすこしばかり眉根を寄せたが、まあいいかと言葉を続ける。
 本当にしゃべってはだめなことなら、あの吸血鬼から釘の一つでも刺されたはずだろう。
「まあそうですね。わたしは先生が知らないことのほうが驚きですけど」
「でも、吸血鬼さんですけど、エヴァンジェリンさんはいい人ですよ」
「そ、そうなんですか……? はあ、吸血鬼……」

 あまり驚いていないことに千雨が不振がる。
 それを問うと、ネギは常に持ち歩いているクラス名簿を持ち出した。
 千雨はもちろん相坂さよもエヴァンジェリン・マクダウェルも載っている。
「タカミチからもらったんですけど、エヴァンジェリンさんのところに」
 そういってネギが指差すエヴァンジェリンの写真の下には、高畑の文字で「困ったことがあったら、相談しなさい」の文字がある。
 ふむ、と千雨がうなる。
 先生もエヴァンジェリンのことを魔法関係者であると予想していたということだろうか。

 実際にエヴァンジェリンが相坂さよの学籍を回復させるのに交渉した相手は学園長と高畑先生の二人だ。
 どうも学園とあの吸血鬼、そしてこのお気楽教師の関係が分からない、と千雨が首をひねる。
 だが、それを口にすると、また面倒なことに巻き込まれそうなので、千雨としては適当にあしらうだけだ。

「エヴァンジェリンとはまあ少しだけ付き合いがありますね。魔法使いで吸血鬼です。まあお世辞でいっても良いやつじゃあありませんけど」
 相坂さよと真逆の評価をする千雨である。ネギ先生が困った顔をした。
「そ、そうなんですか」
「まあ、お気になさらずに」
 そんなネギの反応にまったく頓着せずに千雨はニコリと微笑むと、

「――――先生に用があるならば。向こうからアプローチがあるでしょう」

 そんな言葉を確信とともに口にした。



前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025713920593262