「千雨ちゃんはほんまに魔法使いやったんやねえ」
桜咲と隣り合って夜道を歩く近衛が笑っていった。
わたしは魔法使いではなく魔術師であるなどと無粋なことは言わず、その言葉を笑って受け止めた。
近衛の手には、いまだにわたしが渡したペンダントが握られている。
「お風呂のあと、ちょっと寂しうなってな。せっちゃんと仲直りできるようにって祈ってたんや」
予想通りだ。やはりそういうことだったか。
桜咲はなんともいえない表情のまま、赤い顔をうつむかせている。
近衛に手を引っ張られながらついていく姿は、ほんとに護衛なのだろうかと疑ってしまうほどに情けなかった。
とてもヘタレくさい。
「魔法かあ、ネギくんとアスナまで秘密にしとるんやもんなあ、ひどいわあ、ほんま」
ふふふと笑う。
笑うその眦に光が見える。近衛木乃香は泣いていた。
だがそれは悲しみではない。
彼女の表情は嬉しさが隠せていなかった。
「せっちゃんも魔法使いやったんやね。それにお爺ちゃんや父様もかあ。もしかしてせっちゃんはずっと前から知っとったん?」
「うっ……そ、その、申し訳ありませんでした、お嬢さま」
さすがにこの場で逃げることも出来まい。桜咲が素直に頭を下げた。
ちなみにもう黙っていることも出来ないと、魔法については話してしまっている。
本来なら意識を失わせて記憶を奪うべきなのだろうが、近衛は生まれを考えても、今しがた巻き込まれた事件を鑑みても、今は知っておくべきだ。
そもそも神楽坂や桜咲の前で近衛の記憶を奪う選択肢など採用されるはずもない。
「なんで秘密やったん?」
「その……わたしと親しくして、魔法のことをばらしてしまうわけにはいかなかったですし……」
「じゃあ、もうばれたんやし、気にせんでもええいうことやねっ」
桜咲と手をとって、胸元に手を寄せて近衛が跳ねた。
桜咲はおろおろとしたまま、近衛とわたしに目をやっている。
「わ、わたしはお嬢さまをお守りできればそれだけで幸せ……いや、それもひっそりと陰から、その、あの……」
「よかったわあ。ウチ、せっちゃんがウチのこと嫌ってる思ってたから、ほんまに寂しくて……」
「ありえませんっ! わ、わたしは、そ、その……」
桜咲の弁解をまったく無視して近衛が喋っている。
桜咲は翻弄されっぱなしだった。
ものすごいデジャブだ。
関わらないほうがよさそうなので一歩引いて後ろをあるく。
同じように後ろからその様を見守っていた神楽坂と並んだ。
「アイツって本性はあんななのか。ファンキーだな、意外と」
「もー、それはちょっと言いすぎでしょ。でもまあ、あんなこのかは久しぶりに見たかも」
苦笑いを返された。
そこの淀んだものがないのは、近衛が微笑んでいることが原因だろう。
ニコニコと笑いながら桜咲にまとわりつく近衛はこの上なく幸せそうだ。
「あの、千雨さん、怪我のほうは?」
ネギが心配そうな顔を向けてきた。
「あっ、そういえば千雨ちゃんだいじょうぶなん? なんか切られてへんかった?」
「くじいただけだからな。ネギに治してもらったよ」
前の一件以来修練を積んでいるらしく、ネギの治癒はそれなりのものだ。すでに痛みは消えている。
月詠とかいうイカレタ女に襲われた件は結構危なかったが、そんなことを愚痴ると近衛も気にしてしまいそうなので、軽く手を上げて、心配ないといっておく。
実際にいきなり浚われた近衛に比べればあの程度あってないようなものだ。
「そうなん、よかったわあ。千雨ちゃんが切りかかられたとき、すごいおどろいたんよ。声を上げそうやったわ」
「そりゃ危なかった。まあわたしはこれでも魔法使いだからな」
あそこで近衛が起きていることに気づかれれば、即座に対策がとられていただろう。
しかし笑う近衛とは対照的にネギは悲しげに押し黙っていた。
こいつはこいつでたかが擦り傷に落ち込みすぎだ。
心配されるのはまあ嬉しいのだが、それを口に出すのも恥ずかしい。
ちらりとネギに目配せだけ送っておく。
「それにしても、なんで教えてくれへんかったんかなあ」
「魔法はキレイなものではありません。できれば知らないままでとお考えだったのだと思います。」
「でもその所為でせっちゃんは話しかけてもくれへんかったんやろ。父様もお爺ちゃんもちょっと許せへんわ」
「い、いえ。その、わたしの場合はそれだけが理由ではありません。お嬢さまとわたしでは身分の差が……」
「もー、そんなん気にせず前みたいにこのちゃんって呼んでほしいんやけど」
「そうそう、いいじゃん。身分の差とかさー。同じクラスメイトでしょーに」
「し、しかし……」
煮え切らない桜咲が口ごもる。
「もー、お堅いなあ。やっぱ魔法使いってそういうの厳しいの? ロミオとジュリエットみたいな?」
「しらないけど、そのたとえは違うと思うぞ」
絶対に身分差という字面だけで喋っているのであろう神楽坂の言葉に突っ込む。
そして桜咲は顔を赤くするな。こいつも意外におかしいやつだ。
さよに悪影響を受けさせないようにしよう。
「ネギくんが学校の先生やっとるのも、魔法に関係しとるん?」
「は、はい。ボクは卒業試験で麻帆良に来ていて――――」
ネギが説明する。
一度話した以上、ここで誤魔化す意味がない。
たとえ、記憶消去を行うとしても、学園長の判断の後だろう。
「――――それでアスナさんたちに手伝ってもらっていたんです」
「はー、だからかあ。ウチもネギくんみたいな可愛い子が先生になっとるのは不思議だったんよ」
ネギが話し終えると、近衛がふむふむと頷いた。
「で、今回はうちの父様の件かあ。ネギくんに迷惑かけとるなあ」
「い、いえ。仕事ですから。それにこのかさんとは友達です。助けるのは当たり前ですよ」
「もー、ええ子やなあ」
近衛がネギににこりと笑いかけてから、神楽坂に向かって口を開いた。
「でも、アスナまで秘密にしとるなんてひどいわあ。ネギくんと千雨ちゃんはわからんでもないんやけど、アスナはいつから魔法使いやったん?」
「ちがうちがう。わたしは別に魔法使いじゃないわよ。わたしは巻き込まれただけ。ばれたらいけないんだってさ」
神楽坂が手を振って否定した。
それは正しい。ルビーから、訳ありだということは聞いているが、それを記憶していない以上、こいつは巻き込まれる必要はなかったのだ。
「そうなん? なんかハリセンをピカーっと出してへんかった? 体も光っとったし」
「そりゃパクティオーカードの力ッスね。姉さんのアーティファクトっすよ」
「それに魔力で身体能力の強化もしましたから」
カモミールとネギが疑問に答えた。
「アーティファクトって、アスナが使ってたハリセンのことやっけ?」
近衛が説明を受けるまでは一応オコジョの振りをしていたカモミールの言葉に近衛が首をかしげた。
近衛はカモの事情は聞いているものの、やはりものめずらしそうな顔を隠せていない。
そんな近衛の視線に気取った格好でタバコをくわえ、カモは言葉を続ける。
「そうっす。ネギの兄貴と姉御は仮契約を行ってるっすから、兄貴側から潜在能力の発現や、魔力のサポート、あとはアーティファクトを渡すことが出来るんすよ。もちろん姉御が取り出すことも出来るッス。カードを持ってアデアットって唱えるだけっすよ」
そういってカモミールが一枚のカードを取り出した。
ネギの持つマスター用のカードと対を成す、神楽坂アスナとの従者用仮契約カードだろう。
剣を持つ神楽坂の絵と、属性その他の情報が記されている。
「いやーん、なにこれ! ええなあ、なんなんこれっ!」
魔法の現象よりもアイテムのほうがテンションがあがるさまは、やはり占い研の部長である。
カードをカモから受け取ると、近衛が相好を緩ませた。
「パクティオーカードといってっすね、マスター側の兄貴から従者側の姉御に力を送れるんすよ。潜在能力……まあ身体能力のアップと、アーティファクトを具現化させられるわけっす」
「へー。ああ、それがアスナのハリセンなん?」
「あはは、まあわたしもはじめに見たときはなめてんのかと思ったけどねー。千雨ちゃんが言うにはなんか結構すごいんだってさ。えーっとなんだっけ」
「魔法に干渉する能力だ。結構揺れ幅もあるけど、さっきの人形みたいなのは一撃で消せる。正確には消したんじゃなくて繋がりを絶ってるんだけどな」
へえ、という顔をする近衛。
神楽坂が近衛の視線に負けて、カードを手に取りアデアットと言葉を発した。
その声と共に神楽坂の手にハリセンが現れる。
神楽坂が術式を理解しているということはないだろうから、音声認識のはずだ。
キスだけで結ばれる契約然り、術者や契約者側の魔法技術に関わらず発動できるそれはさすがに魔法である。
「はーっ! ええなあ、千雨ちゃんは? 千雨ちゃんももってるんやろ?」
「あっわたしはだな……」
当たり前のように近衛がわたしに話を振ってきた。
だがわたしはパクティオーカードは持っていないのだ。
答え方を間違えると厄介ごとに発展しそうなので、一瞬口ごもる。
だが、その隙を突いて、カモミールが口を挟んだ。
「いやー、姉御は兄貴とは仮契約をしてないんすよー」
「へっ? そうなん?」
「うっ……それはだな」
「いや、ほんとこのか姉さんからも言ってやってくださいよー。普通仮契約はパートナー候補がやるもんなのに、兄貴とパートナーになっておいて仮契約の一つもしてないなんて、ホントもったいないったらないっすよ。ぶちゅっと一発するだけなのに――――っと!」
いらないことを言うカモミールを握り締めようと手を伸ばすが、かわされた。
オコジョが器用にわたしの肩に上ってくる。
口止めしようとするが、もう遅い。
「んー、いまのどういうことなん、カモくん」
「えっ? いや、そのまんまの意味ッスけど、どうしたんすか、このか姉さん?」
少しだけ近衛が黙った。
「……ちなみに仮契約ってどうやってするん?」
「ああ、おれっちが描いた魔方陣の中でキスするだけッスよ。あっ、もしかして、千雨の姉御ー、まだ兄貴と接吻の一つもしてないんすか? もー照れちゃって姉御らしくないっすねー」
コノコノ、とわたしの肩に降りてきたカモミールがわたしを肘でつついた。
カモミールを握りつぶしてでもやりたいところなのだが、わたしも神楽坂も動けない。
横でものすごい目を向けてくる近衛の所為だ。
このオコジョは思慮が足りなすぎる。
「……ふーん、アスナ?」
「い、いや、このか。ちょっと待ってっ!」
ちらりと向けられる視線に神楽坂があせったような声を出す。
あせる神楽坂を尻目に、今度は近衛がわたしのほうに目を向けた。
わたしは頭の中で近衛と神楽坂の力関係を修正する。おっとり系の天然娘かと思っていたが、こいつはやばい。
「どういうことなん? ネギくんのパートナーって千雨ちゃんやないん?」
「あ、ああ。まあそうだけど……」
かろうじてそう答える。
「千雨ちゃんとネギくんはそのパクティオーいうのはしてへんの? キスってどういうことなん? アスナとはパクティオーいうのをしてるんよね?」
「そ、そうッスね。いまんとこ兄貴と仮契約しているのはアスナ姉さんだけッス!」
「ちょっ!? このバカガモ!」
オコジョが最高にいらないことを口にする。
グニャリとカモミールが神楽坂に浚われた。
「……どういうことなん、アスナ? 説明してほしいわ。千雨ちゃんがパートナーやないん?」
神楽坂とわたしを見る近衛に引きつった笑いを返す。
絶対に誤解されているのだろう。
「ま、まあそうだな。わたしはネギと仮契約ってのはしてない」
「なんでなん? 恋人同士なんやろ?」
適当に答えてみると、予想外に食いつかれた。
とても怖い。
神楽坂に目を向けると、当事者の一人の癖に目をそらされた。
近衛と手をつないでいる桜咲も視線をはずしている。薄情なやつらだ。
しょうがないので、オホンと一つ咳払いして、近衛に向き合う。
「……わたしは魔術師なんだよ。でネギは魔法使いだ。住み分けがある」
「魔術師? 魔法使いとはちがうん?」
「そうなのですか? 魔術師?」
そっぽ向いていた桜咲も不思議そうな顔でこちらをむいた。
まあ珍しいのだろう。世界で二人、いや三人きりのレアジョブだ。
「魔法を使うの魔法使いで、魔術を使うのが魔術師だ」
「いや、なによそのてきとーな説明」
神楽坂があきれた顔をした。
「いいだろべつに。でだな、近衛。わたしは魔術師だからその仮契約ってのはやれないんだ。……あと、神楽坂がパートナーになったのはわたしとネギが付き合う前からだし、仕方なく……というよりネギのために神楽坂が善意でしたことだ。べつに今も近衛が思っているようなことはないぞ」
「そ、そうなのよ。前にエヴァちゃんとネギが喧嘩してね……」
近衛がとても不満そうだったので言い訳を述べる。神楽坂もそれに乗っかってきた。
このままエヴァンジェリンに全ての罪を引っかぶってもらおう。
というか神楽坂にはエヴァンジェリンとの騒動は喧嘩だと認識されていたらしい。
眉根を寄せる近衛の横で、エヴァンジェリンと戦ったネギの話を桜咲も興味深そうに聞いていた。
というかなんで、ネギの仮契約の件でわたしが言い訳しなくちゃいけないんだ。
「はあ、エヴァちゃんも魔法使いなんか……」
「まあそういうことだ。で、ありゃネギがエヴァンジェリンに立ち向かったときの話で、もともとわたしは関わる気はなかったからな。純粋に神楽坂がネギを助けようとした末の行動だ。感謝こそあれ、わたしが怒ることじゃないよ」
「でも、カモくんはパートナーっていうてへんかった?」
「そ、それはっすね。魔法使いの従者ってのは基本的にパートナーって呼ばれることがおおいんすよ。いやー、おれっちもちょっと口が滑っちまったッス! 木乃香姉さんにやってほしいのは、ただの仮契約ッスよ」
「んー……じゃあ前にネギくんが言うとったパートナーってのはなんやったん?」
「あ、本来魔法使いのパートナーというのは、古い御伽噺から来ていて、世界を救う一人の魔法使いとそれを守り続けた戦士のお話に習っているんです。そのため、今でも社会にでて活躍する魔法使いと、それをサポートする相棒である『魔法使いの従者』をパートナーと呼んでいるんです。ボクはエヴァンジェリンさんと闘ったときに、アスナさんと従者の契約を行っているので……」
「じゃあ、べつに浮気って言うわけやないん?」
「当たり前だろ……」
千雨があきれたような顔を見せた。
だって今の問答はたかがキスだ。
日本では貞操観念に縛られるかもしれないが、挨拶代わりにキスをしたっていいだろう。母親が乳飲み子にキスをして、それがいったいなんの不徳になるというのか。
世界基準の魔術に日本の規律で文句を言う必要はない。
「ずいぶんあっさりしてるわねえ、千雨ちゃん」
「そりゃあな……。そもそも、キスで浮気になるのがおかしいんだよ。行為と意思は別物だろ。エヴァンジェリンの件に色恋は関与してないじゃねえか。無理やりレイプされればネギはわたしを嫌いになるのか? ネギが他の女を抱いたらわたしはネギを嫌いにならなきゃいけないのか? そういうもんじゃないだろう。…………わたしはネギがわたしを好きだといってくれればそれで十分だけどなあ」
わたしは無意識のうちに以前に行ったさよとの会話を、そして“彼女”のことを思い出しながら、自然とため息混じりのつぶやきがもれるのを自覚した。
キスは行為だ。繋がりではない。
以前さよにキスをしたいと迫られて、戸惑ったことがあった。だが、さよの言葉を聞けば、わたしは当たり前のようにキスが出来た。なぜならそれはネギへの愛が消えるわけでも、さよへの好意がなくなるわけでもないと知っていたからだ。
心の繋がりこそが重要でなくてはいけないのだ。
だって行為に固執すれば、それは“彼女”の否定となる。
突き詰めれば恋人がレイプされれば、恋人を嫌わなくてはいけないということになってしまう。
極論まで進めば、それは体の清廉と、心の廉潔を同一のものとしてみるということだ。
そんなことを“あの人”を知るわたしが許容できるはずがない。
そんな報われない概念をわたしが許容できるはずがない。
遠い世界の魔術師であったその少女。彼女の愛が非難されるべきものであるなんて、そんなことあるはずない。
長谷川千雨はファーストキスとか処女信仰という概念を夢見る同級生をもちろん知っているが、それに固執することは出来ないのだ。
だって、それは“間桐桜”が衛宮士郎へいだいた愛の否定となる。
そんなことを考えながら歩いていたが、ふと顔を上げると、近衛たちの姿が視界から消えていた。
そういえば、近衛たちから返事もなかった、と後ろを向く。
「…………?」
さきほどまで横にいたはずの近衛たちの姿を探す。
なぜか顔を真っ赤にしたネギと一緒に、目を丸くしてわたしの数歩後ろに立ち止まっていた。
なにをやっているのだろうか。
「……どうかしたのか?」
「ふえっ!? ハ、ハイ、いえ、その、なんでもありません…………ハイ」
なぜか真っ赤になったままのネギ頷いた。
桜咲と神楽坂もこちらに目を向けたまま無言だ。なんだ、いったい?
「ほー……ふふふ。いや、なんでもないんよ。そういうことなら納得や。アスナが手助けして、千雨ちゃんが……うふふ。いやーん、もー千雨ちゃんったら、ウチまで照れてまうわあ」
もじもじと近衛がもだえたまま、ちょろちょろと寄ってきた。
こいつもこいつで深読みしすぎである。
だが神楽坂とわたしたちの事情は一応納得してくれたようだ。
よくわからんが解決したと思っておこう。
「このかってば最近いつもあんな感じなのよね」
「そうなのですか。お嬢さまが……」
「そーそー。もー寮の部屋にいるときは特にねー。ネギも律儀に付き合ってるし。もー呆れる気も起きないわよ。でもまー似たもの同士って言うか千雨ちゃんも結構言うみたいだけどさ。うふふ。……あっ、そういえば刹那さん、明日はどうするの? 班別行動だけど、このか……というか、ウチの班と一緒のほうがいいの、やっぱり?」
「あっ……その件ですが……」
ちゃっかりと逃げ出した神楽坂と桜咲が背後でほのぼのとした会話を交わしていた。
ものすごく不満だ。わたしも混ざりたいが、近衛から視線がびしびしと飛んできている。
ため息を一つ吐く。観念することにして近衛に向き直った。
視線が合って、彼女からにっこりとした笑顔を向けられる。
しょうがないとため息一つ。
わたしはまだまだ魔法使いとやらへの興味が尽きないらしい近衛木乃香につきあうことにした。
◆
さてそれからさらに十分ほどたった帰り道。
皆で徒歩のままホテルへ向かう。
行きに電車が使われただけあって、まだ帰りの道程は半分といったところだ。
誰一人気にしていないようだが、すでに就寝時間を一時間ほどすぎている。
雑談は弾むが、このまま行けば旅館に着くのはそれなりに遅くなりそうである。
「千雨ちゃんに悪いし、ウチは契約できへんけど、やっぱりそのカードはええなあ。うらやましいわー」
一段落した話を蒸し返すように、近衛が言った。
その手は神楽坂から奪い取ったパクティオーカードをいまだにいじっている。
「えー、いいじゃないっすか。このか姉さんもパクティオーしましょうよ。姉御もそんなに狭量じゃないっすよ」
適当に煽っているカモミールに殺気を込めた視線を飛ばす。
ちょろちょろと隠れるように近衛の肩で身を縮めた。
「そ、そうだよ、カモくん。さすがにそれは駄目だよ……」
「えー、いいじゃないっすかあ」
「まあべつに近衛がパクティオーするのはいいと思うけど……」
殺気を込めた視線をオコジョからはずし、ため息を吐きながら答える。
「いいわけあらへんっ!」
「千雨さんっ!」
なぜか近衛とネギが怒った。
なんでわたしが怒鳴られなきゃいけないんだ。
「いやいや、お前らもちょっと冷静になれって。誘拐されかかってんだぞ。そもそもキスがどうこういう問題じゃねえし、さっきもいったがわたしは近衛たちがいいならキスぐらいで浮気だとは思わないよ」
そもそもこの問答で躊躇するのは本来近衛の役目のはずだ
「もーラブラブなのはわかるけど、千雨ちゃんは主張が足りんわ。もっと言葉にせなあかんよ。」
「早乙女みたいなこと言い出すんじゃねえよ。わざわざ言う必要ないだろ。それにそもそも、近衛がパクティオーをするなら、桜咲じゃないのか?」
「はいっ!? は、長谷川さん、い、いったいなにを……」
「んっ? どういうことなん?」
「ボディーガードなんだから、契約するなら近衛はマスター側だろ。才能あるらしいし。それに桜咲を従者にすれば、ピンチになったら呼べるじゃん。まあ、ネギだか瀬流彦先生だかと組んで、近衛が従者側になれば、誘拐されても連れ戻せるだろうから、誘拐に対応するならどっちでもよさそうだけど」
「し、しかし千雨さん、仮契約といっても、学園長の許可なしにそのようなことは……」
「拘るな。仮契約ってそんな厳しいのか? もっとゆるいもんかと思ってたけど」
何しろオコジョが単独でちょろちょろと暗躍するような契約なのだ。
間違っても一生物ではあるまい。
「そうっすね、木乃香姉さんは誘拐されそうになっちまったわけッスよ。こうして後手に回っている以上、仮契約はしておいたほうがいいんじゃないッスか?」
このオコジョの言葉は素直に信じられるものではないし、わたしも前にオコジョのほざいていた一契約につき、五万オコジョドルの報酬だとかいう話を忘れているわけではない。
思わずジト目を向けてしまったが、発言自体にはわたしも同感だ。
「それに千雨の姉御も、出来ないわけじゃないんスよね? 兄貴とパクティオーしましょうよー。肉弾戦もできますし、しといたほうが絶対いいっすよ」
「うーん」
拘るなあ、こいつは。
ほんとに契約したほうがいいのだろうか、と考えてしまった。
さすがに近衛が浚われかけておいて矜持にこだわるわけにも行かないかもしれない。
だが、わたしと近衛が仮契約するならまだしも、わたしとネギが仮契約しても近衛の誘拐の対策にはならないと思うのだ。
「それに念話や召喚はやっぱ必須ッスよ」
「念話はわたしとネギでパスが繋がってるからできる。それに召喚って片道なんだろ。ああ、仮契約は召喚だけじゃなく念話も片道だったりするのか?」
「ま、まあそうっすね。姉さんから言葉を送るときは、姉さんの持ってる従者用のカードを使わないとだめッスけど」
「片道の通信機が二台って感じか。カードを頭に当てなきゃいけないってことだし、意外に面倒だな」
戦闘中にはとてもじゃないが使えないだろう。不良品すぎる。
「まあ召喚前に一声かけるくらいの意味で……」
「でも送り返せはしないんだろ。ほんとに戦闘専用って感じだ。いまいち使いどころがわからん」
「そ、そうかもしれやせんが、今日だって、兄貴と姐さんがパクティオーしてれば、兄貴たちが先行して、そのあと千雨の姐さんを呼び出すことだって出来たんすから」
「足が遅くて悪かったな」
こっちはあれでも全速だったのだ。
「いやいや、責めてるわけじゃないっすよー。ただ木乃香姉さんを守らなきゃいけねえってのに、いまだに接吻の一つ程度のことを渋るのは千雨姉さんにしちゃあちょっとどうかと思っただけッスよー」
「……」
思わず黙ってしまった。
ものすごく騙されている気がする。ルビーの意見が聞きたかった。
「……まーやるとしても、やっぱり近衛だろ。わたしのことは今はいいじゃん。近衛が契約しておけば誘拐に関しては心配なくなるだろうし」
「し、しかしそれは……」
やはりそう簡単に納得できないのか桜咲が渋った。まあ仮契約をしてしまえば、近衛は今後完全に魔法の世界に関わることになるだろう。
「どうせ戻ったら学園長に連絡入れることになるだろうし、どうしてもっていうなら、学園長の説得は近衛がしてくれるさ」
「うん、そうやね。ウチも魔法を使ってみたいわ」
ニコニコと笑いながら近衛が答えた。
わたしが仮契約をしていないことは棚上げしてくれたようだ。
よくわからんが、先ほどから機嫌がいい。そのまま忘れていてほしいところだ。
「近衛は立場的にも能力的にももう関わらないのは難しいだろうしな。まっ、この辺は帰ってから瀬流彦先生を交えて話してくれよ。わたしたちだけで話すことじゃない」
「そうですね……長谷川さんのおっしゃるとおりかもしれません」
桜咲が頷く。学園長にも連絡は行っているだろうし、ここでわたしたちが決めるともめそうだ。
責任は押し付けるためにある。
いまさら数十分の時間を惜しむ必要はない。
暗い夜の京の街。
神楽坂とわたしとネギ、そしてニコニコと笑う近衛に、近衛と手をつなぎながら所在なさげな顔をしている桜咲。
なにを思いついたのか、ニヤニヤと笑っているカモミール。
そんな五人と一匹の帰り道。
皆が笑い、雑談を交えながらのそんなありきたりな光景だった。
今はこの光景を守れたことに喜ぼう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
木乃香に魔法バレ。次回はホテル編です。たぶん幕話。はぶられたさよの話。
今回は刹那とこのかの話でした。
久々の二話更新。というか一話を分割しただけ。
戦闘と説明だけだったのでたいした話でもないです。ちなみにペンダントは幕話の10より。