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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 第4話 襲われる話
Name: SK◆eceee5e8 ID:89338c57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/19 00:21


 第4話 襲われる話


 わたしの誕生日から一週間後。
 一週間前と同様に、わたしは宮崎のどかと一緒に夜の道を女子中等部寮に向かって歩いていた。
 だが道は、駅前からの道ではなく、図書館島からの帰り道だ。
 基本的に、女子中等部の図書館を使用していたが、地元だけあって知らないということはない。それに加えて、宮崎と付き合うようになりちょくちょくと図書館島に行くようになった。
 宮崎たちと図書館島にはじめていったときは、内容をよく知らなかった探検部とやらの活動の一端を見せてもらった。そりゃ探検のし甲斐もあるだろう。
 あの日にたまたまルビーも進入していたというのにも驚きだったが、あの図書館ならば魔法の本があるという言葉にも頷ける。
 図書館島の深層は探検部を同行しないと迷ってしまうといううわさは本当だった。
 図書館というよりアスレチックジムめいた場所で、半日奮闘した結果をバックに入れて、わたしはそう考えた。

 宮崎と親しくなってから、わたしの周りは本当に騒がしくなっていた。
 図書館探索部に入りませんかとも聞かれたがそれについては丁重に遠慮した。そもそもわたしは成果だけがほしいのだ。探索そのものに興味はない。
 わたしが回り道をするのは、そこに山があるからだ。
 家は借りてすみ、本は買って読むという格言も、いまのところ実行する気はない。
 魔法の本に少しずつ興味を持たざるをえなくなっているが、それでも本格的に見たいものではない。あくまで宮崎たちのおまけである。

 暗くなった道を、女子寮に向かって歩いていく。寮の手前、桜どおりの桜並木。
 怖くない怖くない、とリズミカルにつぶやいている宮崎に苦笑しつつ、足を進める。
 心の中で唱えているつもりだろうが口に出ている。小声だろうと静かな夜道である。丸聞こえだった。

「大丈夫か、宮崎?」
「ひぅっ! う、す、すこし怖いです。やっぱり」
「だろうな。お前からもらった悪魔祓いでも試してやろうか」
 笑いながら答える。宮崎にもらった本はありがたく読ませてもらっていた。

「あっ、千雨さん。あの本はどうでしたか?」
「聖水の作り方と、サバトについてはわたしはもう学校一に詳しくなったよ」
 誕生日のもらった中世の魔女とその魔術に関わる本。
 内容は結構マトモだった。マトモというのは本当に魔術が使えるようになるという意味ではない。オブラートに包まれていないということだ。
 人が死ぬことも、人を呪い殺すことも、実際にあった話。それについての科学的な考察に、心理学から見た呪詛の効果。
 さらには、魔女が箒に乗る際に、箒に麻薬を塗りつけて全裸でやるのは、別の意味で飛ぶためだ、とか、そういう大人の内容まで。

 普段の宮崎からするとすこし意外だが、本をよく読む人間は、意外とそういう知識を平然と受け止める。
 ネットに毒された自分では邪推してしまいそうだが、こいつはわたしが本気で悩んでいたのを知っていたからこそ、ああいう冗談抜きの本を選んだのだろう。
 魔法少女のおまじないでは、心の安定ははかれない。

 さらにその本の内容はルビーの話と通じるところがあってかなり感心もした。
 結構真面目に魔術の理解に役立つ気もする。ルビーも割りと感心していたから無駄でないことは間違いないだろう。

 だが同時に、この世界の魔法とは相容れない。
 こちらの世界の魔法は清濁合わせて魔法世界で育ったものだ。つまり、何も知らない人間から見た場合、どちらかというとファンタジーに近い。それに対して、ルビーの魔術は過去の錬金術などの隠れた学問から発生している。
 ルビーの言葉だが、未来の探求と過去の探求の差らしい。ルビーの言葉は聞き流したので、よく分かっていないが、結論として宮崎の選択はわたしに渡すプレゼントとしては、ばっちりだったわけだ。
 さすがに、生気の取り込み、性行為について詳しく描写されたページはどうかと思ったが、宮崎も全部読んだわけではないのかもしれない。
 性行為が魔術の根底を担う一角だというのは、ルビーも認めるほどに当たり前の常識だが、あの本はやりすぎだ。エロ本かと思った。

 とまあ、そんなことを話してみると、宮崎はあわあわとあわてながらも、自分も読んでいたことを白状した。本格的な魔術の指南書は大体があれくらいのエログロらしい。
 結構こいつは大胆なところがあるなあ、とこっそり笑う。
 そんなことを考えながら、気を紛らわせるような会話を続ける。


 ――――と、何の前触れもなく、ぞわりと背筋に怖気が走った。


 足が止まる。
 宮崎は何も感じていないのだろう。突然足を止めたわたしに訝しげな視線をよこす。
 わたしは宮崎を無視して後ろを向いた。暗闇に視線を走らせる。

「あの、長谷川さん。なにが……」
 同行者がいきなり背後を気にし出せばそりゃびびるだろう。
「いや……ちょっと」
 だが答えにくい。わたし自身も明確な答えがあるわけではないのだ。

 ふと思い出すルビーの言葉。
 この世界には嘘がある。魔法があって悪魔がいて吸血鬼が血をすって……
 ゾワリと、再度寒気が走る。

 横を見れば、ぽかんとした顔の宮崎がいる。
 こわばった顔を見られたか。作り笑いは得意なはずだがうまくいかない。
 バックの中には短剣が入っている。なるほど、わたしが振るうっての言う想像には正直なえるが、心の安定剤としてはそれなりの意味がある。

「宮崎、わたしちょっと用を思い出した」
「へっ?」
 我ながらべた過ぎるだろうと思ったが、オーソドックスなのは一番使い勝手がいいからだ。
「……あの、長谷川さん」
「ってわけだから、先帰ってくれ、わるいな」
 どんな訳だよ、と宮崎以外なら突っ込んだだろう。
 待っていようかという宮崎を断り、ちらちらと振り返りながら足を進める宮崎の後姿を見送った。

 宮崎の姿が見えなくなったことを確認して、再度周りを見渡した。
 ふむ、とあごに手を当てて再考する。
 いまの予感は勘違いだろうか? だが初めの日にルビーとあったのもこのような予感からだった。
 非科学的でも体験談なら現実だ。維持を張って拘りを捨て切れなかった末に悪魔に殺されたんじゃあバカバカしすぎる。直感は信頼すべきだとして、後ろの道に視線を飛ばし、耳を済ませる。
 今日は満月。道のかなたまで視線が飛ぶが、人っ子一人いなかった。
 360度ぐるりを見渡したが、またぞろペンダントが落ちているということもない。
 とくになんということもなかったか。
「やっぱ勘違いかね……」
 きょろきょろと周りを見渡しても、とくに何が見えるということもないが――――

「出席番号25番 長谷川千雨 勘はいいがいささかぬるいな」

 ――――なるほど、わたしの勘も捨てたものではないらしい。
 はじかれるように視線を上げる。
 来た道でも行く道でも道の横でもなくわたしの真上。
 夜空に黒いマントを翻らせて、一人の変態が街路樹そばの電灯の上にたっていた。

   ◆

 どう考えても厄介ごとだ。舌打ちを一つして逃げるために後ろを向こうとしてその変態と視線が合った。
 赤い瞳。ただ目があったそれだけで、

「――――あっ?」

 ガクンと、体の動きが止まった。
 その人影と瞳をあわせた瞬間に意識がぶれる。
 覚えがあった。それは宝石を拾った日。そしてルビーに令呪を刻まれた日のこと。
 これは魔法か?
 意識を保て、と叱咤する。

 一瞬の立ちくらみから目を覚ますと、すでに黒影がわたしの目の前でわたしの首筋に手を添えていた。
 瞬間移動? んなわけない。わたしが意識を飛ばしただけだ。

「さて、血を――――」
「っ!? はなせっ、変態!」

 反射的に突き飛ばして距離をとる。

「むっ!? ……ほう、意識が……」
「てめえ、何しようとしやがったっ!」

 口調を荒げながら問いかける。
 だが実際これは自分を鼓舞しようとしただけだ。
 頭を振って思考をはっきりさせる。
 やばい、いまのはかなりやばかった。
 洒落になっていない、ルビーと同類かこいつは。

「なに、悪いが、少しだけその血を分けてもらうつもりでな」
「っ」

 直球過ぎるその声に後ずさる。
 冗談じみた言葉が余計に恐怖をあおってくる。
 こいつは吸血鬼か、と目を凝らす。
 顔に見覚えがあった。フードをかぶっているが隠す気もないようだ。
 ルビーに貰ったクラスメイトの一覧を思い出す。
 名簿にはルビーの手書きの文字。

 エヴァンジェリン・マクダウェル。あんまりかかわらないように。令呪のあとはぜったいに見られないように気をつけること。

 ルビー、疑って悪かった。あんたは正しかったみたいだぜ。
 だけど、こいつが吸血鬼だってことを忠告しておいてくれてもバチは当たらなかったんじゃあないか?

「お前、エヴァンジェリンか?」
「ほうっ、冷静だな」

 冷静なはずがない。だが、長谷川千雨の思考が恐怖に塗りつぶされることはない。
 わたしはルビーの夢で知っている。

 吸血鬼という存在を。
 吸血鬼という化け物を。
 血を吸う鬼という生き物を。

「何で、あんたがこんなとこにいるんだ? いまの……血をすうとか言うのもジョークかなんかか?」
 そんなはずがあるはずない。
 だが、わたしはそう問わずにはいられなかった。
 その言葉にエヴァンジェリンはおかしそうに笑った。
「残念だが、大マジさ」
 一歩後ずさった。言葉は軽いがその口調は本気のそれだ。
 最悪の予想通りかよ、くそったれ。

「時間がない。“あいつ”が来るまでにある程度力を蓄えねばならないからな……。赴任も近い。すでに半月をきった以上、次の満月か、せいぜいその次までが限界だろう。そいつが晴れるとも限らんし、なかなか面白そうではあるが貴様ごときに手間取っている暇もない――――」
 視線を虚空に飛ばしてエヴァンジェリンがしゃべる。
 わたしに向かってしゃべっているわけではない。声は小声で後半はほとんど聞こえなかった。
 だが、それをわたしが聞いていいはずがない。

 改めて、エヴァンジェリンがこちらを向いた。
 顔をさらして、目的についてつぶやいて、それを聞いたわたしを前に何一つ焦ることはない。
 それはつまり、絶対にわたしから情報がもれるはずがないと確信しているということだ。

 なぜ? そんなの決まってる。

 ルビーのバカめ。超弩級の危険人物がまさにわたしのクラスメイトにいるじゃあないか。
 ザリ、ともう一歩後ずさったわたしに向かってエヴァンジェリンが大きく笑う。

「おいおい、貴様が宮崎を逃がしたのはどうしてだ? いやな予感がしたからだろう? それに免じてあいつは逃がしてやったんだ。わたしの暗示を一度はじいたくらいで調子に乗るな、お前は残念だが逃がさんよ」

 知るかバカ。一人で勝手にほざいてろ。
 本気で自分を害する存在の恐ろしさ。
 戦えるはずがない。わたしは短剣のことなど完全に忘れて一目散に逃げ出した。

   ◆

 ハアハアと息がうるさい。
 足がもつれそうになりながら必死で走る。くそ、無様すぎる。
 後ろから聞こえてくるのは足音ではなく飛翔音。
 空まで飛べるのか吸血鬼。
 無駄口をたたいている暇はない。
 足を止めれば本当に殺される。


【――――動くな】


 ガクン、と一瞬体が止まりそうになる。
 強制的な他者の肉体への介入術。
 だが。ルビー曰く、長谷川千雨は防呪にたける。
 長谷川千雨は防魔にたける。長谷川千雨は己自身を保つことにたけている。
 だから、この程度の暗示くらい――――

「くっっあぁああっ!」

 無理やり体を動かした。
 今の魔法は獲物をしとめる一拍前の呼吸に他ならない。
 死ぬ気で足を動かして横っ飛び。
 ぎりぎりでわたしの体を光弾がかすり、その代償に道の横に転がった。
 光弾に触れた右腕が動かなくなった。
 麻痺かどうかはわからなくとも、体に当たったらどうなるかは明白だ。
 まだ意識は失っていない。
 律儀に抱えていたカバンが吹き飛び、中身が飛び出る。
 わたしも同様に転がって、全身が傷だらけだった。

 すぐに立ち上がろうとして、体が動かせないことに気づいた。
 先ほどの光弾から麻痺が広がったわけではない。
 動かそうと思えば体は動く。純粋な疲労だった。たかだが数秒の全力疾走で情けない。
 ゼヒゼヒというかすれた呼吸音がすでに耳障りなほどだ、息が詰まるどころかそれを通り越して吐き気がする。

「ほう、催眠をレジストしたか。先ほどのはまぐれではない。貴様本当に面白い特性をもっているな」
「…………」

 一撃避けたところで意味はない。
 わたしには攻め手がない。

「……ふむ。ずいぶんと趣味がいいナイフじゃないか」
 と、当の吸血鬼からそんな言葉が漏れた。
 その視線をたどれば、地面にぶちまけられた荷物の中に、異彩を放つものがある。
 ルビーに渡されたナイフだった。
 装飾も凝っているし、飾り細工だと思われたのだろ。ペーパーナイフを想像できても、さすがに中身がまじものだというところまではわからないはずだ。
 エヴァンジェリンの口調は本気でそのナイフを趣味のいいアイテムとして考えているようだった。
 嫌味ではなく、エヴァンジェリンはマジでこのナイフを上物と評価している。
 だがそれは装飾品としてだ。まちがっても武器としての評価ではあるまい。

 それを利用など出来るのか?
 見られて警戒された時点で長谷川千雨にとってのナイフはもう武器にはなりえない。わたしは不意打ちが精一杯なのだから。
 まだこのナイフを謙譲して命乞いをしたほうがましだろう。
 だが、

「ほう、まだやる気か。力の差が分からんわけでもあるまい」

 這いずりながらぶちまけられたバックに近づく。それをとめるわけでもなくエヴァンジェリンはおもしろそうな口調で言った。
 最初に会ったときは問答無用で口を封じさせる気があった。
 だがいまエヴァンジェリンにそのような気配はない。
 やつは明らかに楽しんでいた。

「余裕じゃねえか、エヴァンジェリン」
「んっ? ああ、お前がどこまであがくか見たくなってな。余興だよ。暗示がきかないとなってはどの道お前に対しては穏便に済ますわけにも行くまい。ああ、一応いっておくが声を上げても意味がないぞ」

 人払いの結界ってか? そんな簡単に人を操れるってんなら魔法使いが幅を効かせるのも無理はない。普通の人間が格下に見えるのも当然だろう。
 バックから零れ落ちた本を横にどける。表紙がアスファルトで削れていた。これはもう直るまい。図書館島の本だぞこれは。
 生きて帰れたら謝ろう。
 そうしてわたしはやっとのことでナイフを拾う。
 わたしは体を横たえたまま、ナイフを片手に体を起こした。

「そんなちっぽけなナイフであがく気か。嫌いじゃないぞ、そういう馬鹿は」
「はっ、ぜんぜん嬉しくねえよ。くそっ、借りたばっかなのに本がボロボロじゃねえか」

 右腕はまだ動かない。左腕だけでナイフを構える。
 そもそも、わたしにはこれくらいしかすがるものがない。
 ちっぽけだろうとこれはナイフだ。カッターナイフでも彫刻刀でも人は殺せる。重要なのは振るい手の意思である。
 それをわかっているからこそ、エヴァンジェリンはバカにしような声を上げながらもわたしの行為により、その声色にほんの一つまみの真剣さを混ぜていた。

 立ち上がるので精一杯。足ががくがくと震えて動かない。
 傷でも魔法でもなんでもない。
 先ほどまでの徒競走で疲れただけだ。
 苦笑してしまった。
 もう少し運動をしておけばよかったか。そうすればあと二、三十秒は長く生き残れたかもしれないし、うちのクラスの春日くらいの足があれば、万が一で人気のあるところまでたどり着けたかもしれない。

 いや違うか、と首を振る。
 そういえば春日は超常現象組だった。ルビーのリストに名前があった。あいつも吸血鬼だ、なんてオチは勘弁してほしいものだが。

「ほう、余裕があるな」
 わたしの笑みを誤解してエヴァンジェリンが言った。
「ねえよ。自分の運動不足が身にしみてな。春日の足がうらやましいと思ってただけだ」
「それだけいえれば、上出来さ」
 ナイフをかき抱きながら、言葉を返す。
 カタカタを体が震える。
 怖い、恐ろしい、泣きそうだ。

「さて、お前はなかなか面白そうだが、少ない満月の晩の時間をまるまる浪費するに値するほどじゃない。そろそろ血を吸わせてもらうぞ」
「……やなこった、んなもんくそくらえだ吸血鬼」

 敵意を見せる。
 手にはナイフ。頭にはルビーから貰った吸血鬼という生き物のあり方を携えて、わたしはエヴァンジェリンをにらみつけた。

「ほう、本性を出したな」
「……てめえほどじゃないよ」
「ふふん、たしかに。でどうする? 長谷川千雨。この吸血鬼の頂点。真祖の身にそのちっぽけな玩具で歯向かってみるか?」

 エヴァンジェリンの笑み。トラが己には向かうネズミを見ればこのような表情を浮かべるだろう。
 評価をしてやる、認めてやる。そんな絶対的な上からの評価。
 それは完全な見下しだ。
 わたしはナイフを構えたまま、体の具合を確認する。疲労を誤魔化し何とか足も動くようになっている。
 だが、右手は動かずナイフを持った手の震えは止まらない。吸血鬼への恐怖に加え、刃物に対する根源的な恐怖で使用者である私自身がビビッている。
 己を鼓舞して無理やり笑う。

「ああ、抵抗させてもらうよ。殺せりゃ殺すさ。あんたの同類になるのはごめんだからな」
「いい返事だ。だが同類というのは間違いだな。わたしは誇り高き真祖だぞ」
「あっ?」
「同類になどなるものか、吸血鬼の被害者が“同じ吸血鬼”になるのは御伽噺の中だけさ」
「はっ、んなこと知ってるよ。てめえの下僕ってなら、なおさらだ。んなもん死んでもごめんだね、吸血鬼。いくら吸血鬼でも人間と同じように、首にナイフでも突き立てられりゃあ死ぬだろう」

 死者になりゾンビになってグールになる。リビングデットを経由してやっと最下級の死徒になる。たしかそんな話だったかな?
 ポテンシャルがぶちぬけてりゃあいきなり吸血鬼にも成れるらしいが、どのみち日の光で灰になるような存在になっちまうことに変わりない。

 その言葉にエヴァンジェリンは何が嬉しいのか大きく笑った。
「ふふふふふ。本当にすばらしいぞ長谷川。見誤っていた。面白い、ならば、存分に――――」
 その殺気に空気が凍る。


「――――その細腕で、抵抗してみるといい」


 ただやつの目を見るだけで背筋が凍る。
 やつにとっては遊びだろうが、わたしにとっては洒落ではすまない。
 そうしてその言葉とともに、吸血鬼はわたしに向かって飛び掛った。

 反射的にナイフをかざす。
 まだ鞘からはぬかない。ここで油断されていることだけが生命線なのだ。それにルビーの言葉が正しいならば鞘の宝玉には悪魔祓いの力があるはずだった。
 目測もなにもあったものではない。タイミングだけをはかり歯を食いしばってナイフをかざす。
 力のかぎりエヴァンジェリンに突き出した。

「っ!」

 だが一応渾身の力をこめた一撃は、やつにとっては止まって見えるとでも言いたげだった。エヴァンジェリンにかけらも焦ることなく対応される。
 当たり前のようにかわされて腕を取られる。
 決死の覚悟もエヴァンジェリンには届かない。

「中身はどうあれ“人の形”をしているわたしに向かって、ナイフを躊躇なく突き出せるとは、素人にしてはやるじゃあないか。自暴自棄というわけでもなさそうだ」

 やつはそんな戯言を口にしながら、わたしのことをぶん投げる。ナイフが吹き飛び、続いてわたしの体が宙を舞った。
 まるで魔法だが、それでいて魔法のような不自然さは感じない。あまりに合理的な軌道を描いてわたしの体が宙を舞う。体術なのだろうか? だとしても度がすぎている。
 通路のアスファルトではなく街路樹側の土の上に転がされた。足から斜めに倒れこむ。
 完全な手加減だった。アスファルトに転がされていたら動けなくなっていた。頭から落とされれば死んでいた。

 痛みをこらえ、すぐ近くに落ちていた鞘に包まれるナイフを見つけると、あわてて拾い上げる。
 拾い上げてから、周りを見渡せばその醜態をおもしろそうに眺めているエヴァンジェリンの姿があった。
 完全に遊ばれている。

 立ち上がろうとして体が動かないことに気づいた。先ほどの衝撃に加え足をひねったらしい。
 なんだそりゃ。人間ってのはこんなにもろいもんなのか。
 断続的に響く痛みで、まなじりに涙がたまる。
 さらに胸元に広がる痛みを認識した瞬間に、なぜかゲホゲホとせきがではじめて、自分の意思で止まらない。

 あまりのあっけなさに笑ってしまう。
 戦いどころか、抵抗にすらなっていない。
 始まってすぐどころか始まるまでもなくわたしの負けで状況は完結していた。

「まあそうだろうな。気概と腕は別物だ。意志の強さと実力が比例するならこの世の誰も苦労はせんさ」
 呆然としたわたしにエヴァンジェリンが言う。だがその言葉は蔑みが混じったものではなく、彼女の心情をつぶやくように淡々としたものだった。
「ゲホ…………ゴホッ、くそ。魔法だけじゃなかったのか……反則すぎだろ」
「当然だ。わたしは意外に何でも出来る」
 嘘ではないのだろう。忌々しいが、こいつはマジで化け物だ。

「ちなみにナイフごときじゃ百度刺されてもわたしは死なんぞ。首を切られても首を飛ばされても同じだな。知らないのか? 吸血鬼は灰になっても死なないんだ。そのナイフはなにやら特殊な加工がしてあるようだが、それでもわたしを相手取るにはまだまだ甘い。骨董品か? お前の趣味にはあわなそうだが」
「人は首を切られりゃ死ぬけどな」
「吸血鬼は人ではない」
「……そうだな。でも、人なら死ぬ…………」
「なにをいってる? 錯乱したわけでもなさそうだが……まあいい。で、どうする、まだやるか?」
 やつの口ぶりはわたしの足掻きを本気で楽しんでいるように感じた。
「饒舌じゃねえか……吸血鬼。舌でも噛んで死んでろよ」

 そんなわたしをあざ笑うように、エヴァンジェリンがこちらに向かって歩み寄る。
 ゆっくりと、堂々と、敗者に向かって歩み寄る強者の歩み。

「躊躇なく獲物を突き出し、それでいて冷静さを失ってはいないな」
「うっせえよ…………げほ」
 惨めったらしく街路樹まで這いずって体を預けて背を預ける。
 再度ナイフを構えた。まだ何とか左腕は動く。

「この状況でも諦めないのだな、長谷川千雨」
「当たり前だ」
 一歩一歩歩み寄りながらエヴァンジェリンが問いかける。

「力の差はさすがに認識しているだろうが、絶望しているようには見えないな」
「そう見えるかい」
 一歩一歩歩み寄りながらエヴァンジェリンが問いかける。

「これからどうなるかが分かっていないわけでもないようだが、恐怖しているようにも見えないな」
「そりゃさすがにいいすぎだ」
 一歩一歩歩み寄りながらエヴァンジェリンが問いかける。

 わたしが自分の人生に悲観した笑みを浮かべ、エヴァンジェリンがそれを笑う。
「……お前は自分の異常っぷりが理解できていないようだ」
「吸血鬼にだけはいわれたくないな」
「暗示耐性か、この街でその特性はなかなかにきつかっただろう」
「…………うるせえよ」

 にやりと笑いかけられる。
 ルビーの言っていたことだ。長谷川千雨がこの街で孤立した原因の一つ。それは街の持つ不自然さを隠す結界とそれをはじく長谷川千雨の能力との齟齬であると。
 だが、知ってはいてもその言葉に顔をしかめるのはとめられなかった。

「ほう、貴様自分自身でも気づいているのか」
「……まあな、べつにいいだろ」
「本当に貴様はおもしろいな、評価しよう」
「はん、どうせ血を吸うくせによく言うぜ」
「当然だ。それとこれとは別だからな。だが、誇りに思うといい。お前からは贄としてではなく長谷川千雨として血を吸ってやろう」

 それで喜ぶやつはイカレているぜ、吸血鬼。
 わたしの構えるナイフなど気にも留めず、エヴァンジェリンは足を進める。
 当たり前か。やつとわたしの腕は比較にならない。
 おもちゃのナイフじゃ脅しにならない。
 長谷川千雨じゃ話にならない。

 その光景を見ながらも、わたしが諦めなかった理由はただひとつ。
 恐怖に涙を浮かべながらも、わたしが絶望しなかった理由はただひとつ。


 ――――きっとそれは、腹をくくっちまっていたからに違いない。


 怖くとも、恐ろしくとも、そんなものは自己を失う恐怖に比べればなんと言うことはない。
 ルビーの夢を除き見ただけの、地獄を知った気でいた知ったかぶりの甘ちゃんだって、あいつに最後まで刃向かうことくらいは可能だろう。
 抵抗したわたしを敵と評価したなエヴァンジェリン。
 引きこもりでパソコンオタクのトーシロが吸血鬼に刃向かう姿をおもしろいと評したな。
 いいだろう、いいじゃないか、おもしろい。

 だったら、意地でも最後まで抵抗してやろうじゃないか吸血鬼。


   ◆


 わたしはかつて夢を見た。
 ルビーの夢はただの夢。
 追体験、ルビーの記憶。
 わたしはその夢を見て恐怖に泣いた。
 その夢に呑まれて、そのおぞましさに恐怖した。

 だが、ルビーはそれを一時のことだと大きく気にはしなかった。
 映画で人が死ぬものを見たことがある。不幸な人物をテーマにした小説を読んだことがある。
 最高レベルの病原菌で閉鎖空間に死が満ちる、そんな恐ろしい映画を見たことがある。
 隕石が落ちてきて人類が滅亡するような、そんな終焉の映画を見たことがある。
 人が殺しあう映画、人が殺される映画、殺人、拷問、自殺、病死、強姦、滅亡。

 そんなものは、お話の世界では“ありきたり”

 映画に恐怖を感じることがある。
 漫画に怖がることがある。
 小説におびえることがある。

 だけど、それで人生が変わるという人物は少ないだろう。
 作り物だから? 映画は所詮演技だから?
 馬鹿馬鹿しい。
 ニュースで紛争地帯の光景を見たとして、新聞で地雷の犠牲者の話を読んだところで、わたしたちはそれを魂には刻むまい。

 それと同じだ。それは結局他人事だからにほかならない

 影響を与えることはあっても、人格を改変することはない。
 わたしだって、数日で平静を取り戻せた。平静を繕えた。
 追体験だけで、実際に経験したわけではないからだ。
 ルビーの夢だ。ルビーの記憶だ。
 だから、ルビーもわたしが当日に死ぬほどの消沈をしたとして、それを気には留めなかった。
 ルビーは言った。それが心に傷を負わせても、日常をあと数ヶ月過ごせばきっとその恐怖はただの記憶へと腐敗する。
 恐ろしくはあるけれど、そんなものお化け屋敷の域を出ないだなんて――――


 ――――そんなことを考えているから、お前はうっかりものだなんていわれるのだカレイドルビー。


 優秀だ優秀だというわりに、お前はどこか抜けている。
 あれは違う。あれは別だ。
 だが、体験していようがいまいが、あの夢と映画や小説とは決定的な違いがある。
 リアリティ? なるほど、実際に自分の身に起こったように感じる夢は、映画とは別物だろう。
 体験の仕方? なるほど、魔法使いの夢の中。それが与える影響は別格だろう。
 だが違う。
 それは、あまりに単純で、きっと魔法使いとして生きてきたであろうルビーには思いもよらない内容だ。
 魔法なんて信じずに生きてきた長谷川千雨だからこそあの体験は永久に心に刻まれる。
 怪談話の主人公に自分を当てはめることはないだろう、戦争悲話の被害者に自分を想像することはないだろう。だがあの夢の中、わたしは桜さんの中にいた。

 そう、つまり決定的な違いとは、ただ単純に


“それが実際にこの身にありえる出来事である”という確信だ。


 人が死ぬ場面を見ても自分が死ぬ場面を想像できないように、人の認識はあいまいだ。
 だけど、わたしは、吸血鬼を知っている。
 わたしは人の命を拘束する悪魔の存在を知っている。
 わたしは人の心を束縛する悪魔の在り方を知っている。
 ブラム・ストーカーを熟読する読者より知っている。
 ワラキア公爵の逸話を研究する歴史家よりも知っている。
 きっとこの世界に多くいるはずの、哀れな犠牲者と同じくらい知っている。

 血を吸われれば、どうなるか。
 それを良く知っている。
 重要なのはただ一点。

 このままでは長谷川千雨がどうなるか、それをわたしは知っているというそれだけだ。

 人は餓死で飢える子供がいると知ってなお、私財を投げ打って施しをあたえはしない。
 だが一度でも飢えで苦しんだことがある身なら、きっと募金箱を見かければ施しを与える機会を逃しはしない。そんな単純でありきたりな問答だ。
 知っているとは別物の、本当の意味での認識の仕方。理解しているとはそういうことだ。

 はるか遠く、別の世界に蟲に犯された娘がいた。
 蟲に体を操られ、屈服し、従属し、その体をもてあそばれた娘がいた。

 長谷川千雨はその姿を見た。
 長谷川千雨はその光景を体験し、その光景を体験し、その光景を追体験して死に掛けた。
 あの日の夢で、地獄を見たといった言葉に嘘はなく、半日の時を自分の死について考えることでベッドの中で震えていたのは現実だ。

 いまだにわたしはあの情景にうなされる。
 いまだに夜に悪夢にうなされて目が覚める。
 いまだに唐突に起こるフラッシュバックで吐き気を起こす。

 わたしは確信しているのだ。
 先ほどエヴァンジェリン自身がいっていた。やつに血を吸われてもやつと同じにはならないだろうと。
 そりゃそうだ。
 奴隷を作るシステムで主人と同格になれるはずがない。
 今この瞬間に、エヴァンジェリン・マクダウェルに血を吸われれば、わたしはきっと死人となって街を徘徊するのだろう。
 宮崎や早乙女や綾瀬や近衛や、クラスメイトを餌だとしか認識しなくなり、エヴァンジェリンのために、他人に襲い掛かりもするだろう。
 わたしはそれを知っている。
 だからこそわたしに手は“たったの一つ”しか存在しない。

 わたしの先ほどのその決意。
 それを聞いていなかったのか吸血鬼。
 馬鹿でぬるい女子中学生が軽口で言ったとでも思ったか。
 もう一度言ってやろう吸血鬼。
 わたしはな、


 お前の傀儡になるなんて、そんなことになるくらいなら――――


   ◆


 わたしは笑う。恐怖から笑みを浮かべ、絶望からの逃避として笑みを浮かべ、自分の運命を呪いながら笑みを浮かべてエヴァンジェリンを迎え撃つ。

「なあ、エヴァンジェリン。お前聞いていなかったのか?」
「命乞いか? わたしは悪い魔法使いだぞ。おとなしく――――」

 ちげえよ、間抜け。
 いまこの瞬間に“命乞い”だけはありえない。
 わたしはさっき言っただろう。

 ナイフを取り鞘を外す。
 厳重に包装してあった鞘はわたしの腕の一振りで吹き飛んだ。
 ルビーの施した鞘の魔術。片腕しか動かない身の上では助かった。

 出てくる白刃に満月が反射する。
 こちらに襲い掛かるエヴァンジェリンがその刃先に目を丸くした。
 厚い刃に鋭い切っ先、それはペーパーナイフやおもちゃではありえない。鈍く月光を反射するその短剣。
 装飾品とでも思っていたのだろう。骨董品と思っただろう。
 だが鞘から表れるのは完全に凶器として研ぎ澄まされた白刃だ。
 刃が月を反射するほどに手入れがなされ、そこに遊びは一切ない。
 これはわたしじゃなきゃ鞘が抜けないルビー特性の特製品。わたし以外には本物に見えない偽装付きの短剣だ。

「っ! キサマッ!」

 その白刃を見てあいつの動きが早くなる。
 手が振るわれ銀線が空を舞う。
 だが、それが視認できた。
 ナイフに導かれるように手が動き、銀線を小さな金属音とともにはじき返した。

 世界がゆっくりと流れている。いやに世界がはっきり見える。
 先ほどまで認識できなかったエヴァンジェリンの動きが視認できる。
 走馬灯か、死に際のブーストか。ナイフを抜いた瞬間から頭が冴える、体が動く。
 エヴァンジェリンと目が合った。やつが焦った顔をする。
 今頃気づいたのかこの間抜け。
 それともわたしがそんなこと出来ないヘタレとでも思っていたか。
「やめんかっ、馬鹿者!」
 大きな叫び。だが遅い。お前は一般人を舐めすぎだ。
「思い出したか吸血鬼。わたしはあんたに血を吸われるなんて」
 わたしはそんなこと、


 ――――そんなこと“死んでも”お断りだと言ったのだ。


 ナイフをエヴァンジェリンに突き立てるなんて道は不可能だ。
 それは運動能力の差だ。それは決意でどうにかなるものじゃない。エヴァンジェリンこそが言っていた。
 決意で力は埋まらない。
 だがそれでも、あいつがこちらに飛ぶその隙に、自分のノドを掻っ切っちまうくらいの時間はあるさ。
 吸血鬼は百度刺されても死にはしまいが、この身はまだ人間だ。なら死ねるうちに死んでやる。
 この世で最も簡単で、もっとも卑怯で救いのないその逃避。
 わたしはなにがあっても自殺はしない人種だと思っていたが、こうなるとはね。運命とはわからない。

 エヴァンジェリンが驚愕した顔を向けてくる。
 はっ、ざまあみろ。
 わたしの命はわたしのものだ。お前になんか使わせてたまるかよ。

 わたしは最後にもう一つ笑いを送り、自分のノドを掻っ切った。


   ◆


 血が吹き出る。装飾だけは古びたナイフだが切れ味はルビーの保障つき。
 ほとんど抵抗なくノドを通り抜ける感触に鳥肌が立った。

「――――ギッ、あぁあ……あ?」

 喉から血が噴出すよりも口から血が逆流することに驚いた。
 ノドから漏れる血が口の端からあふれ出す。嘔吐とは違い、まるでポンプで押し出されているかのように鮮血があふれ出す。
 だがまだ意識がある。喉を切っても、即死はしないものなのか。
 片腕だからセオリーどおりにナイフを突き立てられないのがあだになった。
 やっぱり漫画の知識は当てにならない。

 そして生き残っちまったら、わたしはきっと人形か?
 血を吸われて傀儡となって、ゾンビとなって恥をさらすことになるのだろうか。
 そんなのごめんだ。
 そう考えて、二撃目を無理やりノドに突きたてようとして、そのナイフを握る手ごとエヴァンジェリンにつかまれる。
 力が強い。ナイフが落ちる。
 血が落ちて、力が抜ける。
 ばたりと音がした。わたしは倒れたのか? 仰向けなったらしいことに、わたしの前にエヴァンジェリンの顔とその後ろに満月が見えることで気がついた。

 わたしの耳はもう聞こえなくなっていた。

 エヴァンジェリンが何か言ってる。聞こえない。……くそ、痛い。
 首はむずがゆさ程度しか感じないのに、倒れこんだときにぶつけたらしい肘に疼痛が走るのが笑えてくる。
 体は仰向けに倒れ、空が見える。痛い。音はもう聞こえない。寒い。まだ意識がはっきりしてる。人間は思ったより長持ちする。

 わたしの目はもう見えなくなった。

 ……しっかしさ。ルビーはもう少し 頑張ってほしかったぜ。
 ホントにやってられないな。
 助けるなんていっといて 結局さ わたしは死んじまう みたいだぜ
 お前が来たのは結局運がよかったのかな どうなんだろう。

 わたしの体は動かない。

 ……暗い。……寒い。……そしてさびしい。死の気配。
 ああ。前が真っ暗だ。
 ……ああルビー 首を こうして……掻っ切るまではさ お前がさ 助けに 飛び込んできてくれる ご都合主義を……考えてなくも なかったんだが……
 ふふ そりゃ都合がよすぎたか

 わたしはもう凍えるような寒さしか感じない。

 寒い 暗い 暗い 暗い
 暗いなあ
 ああ さすがにそう都合よくは いか……ないか ……ルビー おまえが 令呪を 重要だ って言ってた……意味が 分かったよ。

 ……………………ああ だるい だんだん 頭が 重たく……なった それになんだか手が熱い……


 わたしはもう寒さすら感じない。


 ――――約束破りの魔法使いめ 願いをかなえるって言ってただろう ……さっさと 助けに あらわれやがれ……




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