「今日はバスケットボール部と茶道部にお邪魔させていただいたんですよ」
「バスケ部はいいが、茶道部ってエヴァンジェリンのところだよな、たしか。とことん似合わねえと思ってたんだが、あいつ、ほんとに活動してたのか」
「そんなことありませんよ。よくわかりませんけど、すごいお上手でした」
日常に埋もれる電話越しの一会話。
相坂さよが長谷川千雨になついたのは、インプリンティングによるところが大きいというのが、当の千雨の分析である。
千雨は相坂さよからの電話を受け取りながら、そんなことを考えた。
第14話
相坂はエヴァンジェリン邸にいるわけだが、電話は毎日来るし、数日と間を空けず千雨のところに遊びにくる。
社交性もあるし、3-Aのお気楽なクラスメイトとも仲良くやっているようだ。
正直なところ、千雨やエヴァンジェリンよりもはるかになじんでいる。
相坂さよの住居がエヴァンジェリン邸になったのはまあ必然といってよいだろう。
千雨の部屋に入りたがった相坂を断ることになったのは、これは同居人としての好悪や魔法生徒としての特殊性などによるものではなく、純然とした寮の広さの問題だった。
当たり前といえば当たり前の理由で、相坂さよと長谷川千雨の同居は却下されてしまったのである。
まあそこまでは寮の都合であるが、相坂さよがエヴァンジェリン邸に厄介になった理由に関しては、魔法生徒としての特殊性からだった。
千雨は学園長室に呼ばれたとき、表向きは偶然エヴァンジェリンの事情に巻き込まれ、その後もたいした説明も受けずに誤魔化されている一般生徒として扱われたために、相坂さよについて改めて説明を受けられたわけではない。
幽霊であったことと、エヴァンジェリンがどうにかした結果、人になったということだけだ。内容だけ見ればかなりの大事なのだが、これは麻帆良学園特有の認識操作とやらに加え、エヴァンジェリンの記憶干渉により千雨はその内容を誰にも話す気にならず、またたいした内容だとも思っていない……ということになっている。
つまるところ、相坂さよの一件は見かけ上このような形に終着していた。
◆
帰りのホームルームが終わり、クラスメイトが思い思いに教室を出て行く。千雨も同様にかばんを持つと寮に帰るかと足を進めた。
基本的に寮までの道など一通りだ。
だが3-Aをはじめ、この学校の生徒は自主性が高いのか、クラブやサークル活動が活発である。
3-Aの人間も、千雨以外の全ての生徒が何かしらのクラブに所属しているし、新たに転入したということで帰宅部として扱われている相坂も彼女自身の活発な性格とあいまって、皆から少なからず勧誘の言葉をかけられている。
また、クラブがない場合でも、学園都市という性質上、帰り道により道どころがいくらでもあるこの学園で、何もせずに寮に直帰するような生徒はまれだ。
まあつまり長谷川千雨のことである。
さよは女子バスケットボール部へ出向くようで、明石たちと一緒に教室を出て行く。千雨は誘われたが、社交辞令だということを理解しているのでそれを丁重に断った。
キャイキャイと騒ぎながら、教室を出て行く後姿を見る。特別うらやましいと思うことはない。千雨は自分がああは成れないことを理解している。
彼女たちと自分は楽しいと思う基準がずれているのだろう。過去に狼少女としてのトラウマも影響しているかもしれないが、どうでもいい。
問題は相坂さよはどちらかといえば長谷川千雨よりは、他の3-Aの生徒に近いということだ。
さよから言わせれば、愚かというほかないが、その辺の事情も含めて千雨は、結構本気で相坂さよが長谷川千雨に懐くのは刷り込みというか釣り橋効果というか、その辺の要素が大きいと考えているわけだ。
しかし、相坂さよは、そんなことは欠片も思っていないため、いまだに大抵の夜には千雨に電話をかけてくる。
千雨も千雨でそれを疎ましいと思うほど、人として腐っていない。毎晩それなりに話は弾んでいた。
バスケットボール部でそれなりに動いたが、空を飛んでいたときの癖で、無謀にゴールへジャンプして転んだ話や、帰り道に新作を出したクレープ屋にいって全メニュー制覇してしまったことなどを笑いながら聞く。
さすがにまだ、相坂さよは入る部活は決めていないようだ。
しかし運動部も視野に入れているというのは千雨にとって正直意外だった。入るとしても文化部だと思ったのだが、意外と活動的らしい。
それに相坂さよとしては試しもせずに入らないと決めるのはもったいないと考えているのだろう。
「そういや、そっちはどうなんだ。エヴァンジェリンと絡繰じゃ、気まずくないか?」
「いえ、とてもよくしてもらってます。それに千雨さん、チャチャゼロさんもですよ」
「いや、まあそうなんだけどさ。……あいつはどうも苦手なんだよな」
「会いたがってましたよ、千雨さんに」
「だからだよ。ただでさえ、わたしはエヴァンジェリンの家にはあんまり寄り付きたくないってのに」
チャチャゼロの名前に顔を引きつらせつつ、千雨がぼやいた。
彼女のエヴァンジェリンたちへの苦手意識は消えていない。吸血鬼というだけでも困り者なのに、彼女はそれに加えて性悪だ。
抱えて加えてコスプレ趣味を知られている今となっては同席など真っ平である。
相坂の件が終着した以上、二度と近寄りたくない。
「んっ……あ、エヴァンジェリンさんが帰ってきたみたいです」
雑談の中、かすかに玄関のベルが響いたのを相坂さよの耳が捉えた。
今日は用事があるとかで、日が完全に沈んでからエヴァンジェリンと茶々丸は外出していたのだ。
いってらっしゃいと二人を送ったときにきれいな満月を見たのを相坂さよは覚えていた。
「エヴァンジェリンのやつ、外に出てたのか」
「…………」
「どうしたんだ?」
返事がないことに千雨が訝しがる。
「あっ、はい。……あの、エヴァンジェリンさんが帰ってきたんですけど」
「ああ聞いてたけど」
「いえ、いま玄関に……その、下着姿で……」
◆
「と言う電話をついさっきまで相坂としてたんだけどさ」
「は、はあ……」
「心当たりありそうだな、その顔見ると」
平日真夜中。こっそりと部屋を抜けてきたというネギ・スプリングフィールドが千雨の部屋を訪ねていた。
「それボクがやったんです。ボクの風花・武装解除でエヴァンジェリンさんの服が吹き飛んでしまって……」
「はあ……それはまた……なんというか……すごいプレイだな」
千雨がジト目でネギをにらむ。こいつはいちいち騒動に女のサービスショットを盛り込まないと気がすまないのだろうか。
「ち、ちがいますよっ! エヴァンジェリンさんは吸血鬼で、呪われてて。それでその呪いを解くためにボクの血が必要だと言って……」
「冗談だよ冗談。それに忠告しただろ、あいつは吸血鬼で先生を狙ってるってさ」
やっぱりそんなことかと、千雨があきれたように息を吐く。
「それは聞きましたけど……でも、でも……」
恐怖がぶり返したのか、ネギが言葉を詰まらせた。
千雨もさすがに気の毒になったのでからかうのをやめる。
自分は自殺を決行したくらいなのだ。逆の立場だったらとてもじゃないが笑えない。
「それでどうなったんだ。先生がここにいるんだからやっぱり大事にゃならなかったんだろ」
「全然そんなことありませんっ!」
お気楽な口調の千雨に涙目のままネギが叫んだ。
真夜中の女子寮に響く少年の大声にあわてて千雨がネギの口をふさぐ。ムゴムゴとうなるネギを胸元に抱いて、千雨はこの感情的な少年をどうしてやるかとため息を吐いた。
泣きながらすがりつくネギを抱きしめながら、まったく懲りていないらしいエヴァンジェリンのことを思い返す。
どういう経緯でトラブったのかは分からないが、ネギがこうして恐怖に泣いている以上、千雨としては同情するしかない。
「エヴァンジェリンは性悪だから脅されたんだろうけどさ、たぶん大丈夫だって」
「で、でもボクは血を吸われそうになって、アスナさんが助けてくれなかったらきっとあのまま血を吸われていたと思います」
「エヴァンジェリンは血を吸ったところで相手を殺しちまうってわけでもないみたいだけどなあ……」
あのバカ、わたしの件で懲りてないのか。同じ轍を踏んでいる、と千雨があきれた。
ポリポリと頬をかく。
もっともネギはそれではすまない。
ルビーの世界の吸血鬼とは死徒を生む。吸われたものは死に、ゾンビとなって生まれ変わる。それが常識。しかし真祖の定義すら違うこの世界においては吸血鬼に血を吸われる行為は、吸血鬼側で制御が利く。
だがそれだってやはり秘匿されるべき内容で、ネギが知っているとは限らない。おびえるのは当たり前だ。
死に際で対峙したからこそ、エヴァンジェリンがその辺の分別に対する完全な制御を操れる生き物だということを理解しているが、それは千雨だけなのだ。
「……あの、千雨さん」
抱きしめられたまま胸元から顔を出したネギが戸惑いながら口を開く。
「なんだよ」
「その……たとえばですけど、千雨さんはパートナーを選ぶとして、十歳の年下の男の子なんてイヤですか?」
一瞬躊躇した後、勇気を振り絞るかのようにネギが言った。
あまりにわかりやすい台詞に千雨はため息を吐く。
先生が神楽坂の目を盗んで夜中に自分の部屋を尋ねた理由はこれだったか。
「それ前も騒いでたな。先生、言っただろ、わたしは今回のことに関しちゃあ先生の味方もエヴァンジェリンの味方もしないぞ」
「う。そ……そうですか」
ネギ自身もその言葉を覚えていたのだろう。千雨のあきれたような否定に頷いた。だが、その瞳はあきらめ切れていないと告げている。
千雨としても、こうしておびえているネギの力になってやりたくもあるが、さすがに無理だ。
「先生はエヴァンジェリンに襲われたんだよな? 呪いを解くために」
「はい。ボクの血を使って呪いを解くとか……」
ルビー経由で聞いている話だった。
うーん、とうなる。これで本当にネギの命がおびやかされているとか、吸血鬼としてエヴァンジェリンと面識がなかったなら彼女は手を貸しただろう。
だが、千雨は知っている。
エヴァンジェリンは殺すまい。
だからネギを自分が助ける必要もない。
何よりも、いまだわたしはエヴァンジェリン・マクダウェルに恐怖している。相手がどの程度本気か分からない現状では、とてもじゃないが、直接的な敵対行為はしたくなかった。
「パートナーといってもわたしは腕もないしなあ。エヴァンジェリン相手じゃ、何の役にも立たないと思うけど」
「そ、そうですか……。千雨さんがパートナーになってくれればすごく心強いんですけど」
「そういってくれるのはうれしいけどな」
ちらりと千雨がうなだれるネギを見た。
「神楽坂は誘ってないんだな、その口調だと。あいつは魔法について知ってるだろ」
「は、はい。でもアスナさんはもともと魔法に関わっていたわけではありません。それなのにボクの事情に巻き込んでしまうのは……」
「わたしはいいってことかよ、それ」
「い、いえ。そういうわけじゃあ……」
「冗談だよ。ただ漠然としているよりよっぽどいいとおもうぜ。たまたま魔法を知ったやつが吸血鬼に立ち向かうってのもきついだろうし」
千雨がいった。その姿勢は感心できる。
ルビーから神楽坂は魔法に無関係ではないということは聞いていたが、神楽坂自身はそれを知らないはずだし、わざわざ巻き込む必要もない。
「そ、そうですか」
テレテレとネギが頭をかいた。
先ほどまで泣いていたくせに現金なやつだ。
「でもまあ、あいつは姉御肌だし、善人だから事情を知れば助けてくれそうだけどな」
「あ、はい。今日も助けてもらいました」
「さっきも言ってたけど、エヴァンジェリンのことだよな」
「はい、エヴァンジェリンさんに血を吸われそうになったときにアスナさんが……」
「ああ、下着に剥かれたから逃げたわけじゃないのか、あのちびっ子は」
「下着のまま血を吸われそうになりました。そこにアスナさんが来てくれて、エヴァンジェリンさんにとび蹴りを……」
その絵柄はさぞかし神楽坂明日菜を驚かせたことだろう。
夜の街中で下着姿の同級生が、同居人の少年の首筋に顔を寄せていたわけだ。
そりゃびびる。
「神楽坂は?」
「アスナさんにはお話しました。でも、その……アスナさんが眠ってからここに……」
長谷川千雨にパートナーのことを話しに来たわけか。
改めて、状況の複雑さにため息を吐く千雨にネギが潤んだ瞳を向ける。
「…………」
「…………」
「はあー。まあエヴァンジェリンが本気で襲ってくるようなら考えとくよ。だからそんな目を向けるな」
「本当ですかっ!?」
「大声出すなっ! んな期待するなよ。考えるだけだからな」
意志は固いほうだと思ってたんだがなあ、とぼやきながら、千雨は懲りずに大声を出すネギの頭を抱え込む。
少し考えた末、最悪に備えることにして、そのままごそごそと机の引き出しをあさった。
「ほら、これも持っとけ。でもあんまり当てにはするなよ。手伝うって言っても、手は出さないぞ。交渉の間くらいには立ってやるけど、パートナーとやらはあきらめろ」
「うっ、やっぱりパートナーにはなってくれないんですよね」
「やっぱりちょっとな」
胸元からもごもごと顔を出し、声を上げるネギに千雨は言う
「というかなんで先生にパートナーなんだ? 学園長とか高畑先生のパートナーに先生がなればいいだろうに」
「え、えっと……でもこれはボクの問題で……」
ネギが言葉に詰まる。
「先生は自分の力で何とかしたいってことか? まあわからんでもないから、主役願望だと悪態をついたりはしないけど、それは責任感とは少し違うぜ。意地を張りすぎるなよ」
「は、はい」
「まあ大丈夫だよ。……ただし先生。うちのクラスメイトは善人ぞろいだ。適当な気持ちで巻き込むなよ。神楽坂の二の舞はごめんだぞ」
本当に分かっているのかねえ、と思いながら千雨はぐりぐりとネギの頭をなでた。風呂嫌いのくせに、髪質はいいらしく、さらさらとした髪が千雨の手でかきまわされる。
その感触にネギは微笑んだ。
エヴァンジェリンに襲われて、何とか逃げたものの心配で泣きそうだった。恐ろしくて眠れなかった。
だけど、こうして相談を聞いて貰って、頭をなでてもらっている。それだけで不安が晴れた。
自分自身の単純さと、この心強い魔法使いの女の子の心強さに勇気付けられている。
そんなネギの微笑みにまったく気づかず、千雨がネギの頭を撫でながら口を開く。
もう夜もずいぶんふけてきた。
「明日も学校だ。今日はもうねむっとけ」
はい。とネギ・スプリングフィールドはうなずいた。
◆
そうして翌日、寝不足のまま学校に向かうネギの姿があった。
ふらふらとよろけるネギに一緒に走る明日菜が「大丈夫?」と声をかけた。
「はい。大丈夫です。眠いだけですから」
「よろけてんじゃない。昨日のことで寝れなかったの?」
「いえ、そういうわけではありません」
「そうなの? じゃあ、エヴァちゃんのことはどうすんのよ?」
明日菜からすればエヴァンジェリンがおとなしく引き下がるとは思えない。
「えっ、あの。考えてません。でもまずは詳しい話を聞いてみないと……エヴァンジェリンさんもなにか事情があるみたいでしたし」
「本気? 血を吸われそうになってたのに」
「でもエヴァンジェリンさんはボクの生徒ですから」
明日菜が昨晩のおびえ具合を知っているだけに、ずいぶんと立ち直っているネギに感心した。
とはいうものの、ネギは教室につくなり、まず生徒の顔を見渡した。
エヴァンジェリンの顔がないことにこっそりと安堵するネギに、やはり子供かと明日菜は笑った。
さらに首を回して、とある一点を見てネギがほっと息をつく。
綾瀬夕映の横の席。そこでいつものように千雨が退屈そうな顔をして頬づえをついていた。
へえ、と明日菜がにやついた。ここ最近の長谷川千雨とネギスプリングフィールドのごたごたについて知らない3-Aの生徒はいない。
明日菜は自分自身がネギの騒動に巻き込まれているだけに、千雨とネギの件も彼女が巻き込まれていただけなのかもと思っていたが、そういうものだけでもないかもしれない。
ということはネギは千雨に元気付けてでもらったのだろうか。
なにせ昨日の様子から考えれば、今日は仮病を使ってもおかしくないほどにおびえていたのだ。
(ませたガキだしねえ)
ちらりと明日菜がネギを見た。
事前に千雨と連絡を取っていたということは考えにくい。エヴァンジェリンに関して、昨日の夜にネギから長谷川千雨にアプローチをかけたのだろう。
神楽坂明日菜は成績は悪いが頭の回転は悪くない。千雨から相談にのりに来たということはないだろうから、ネギから千雨の部屋に出向いたということか?
教師と生徒ということや年齢も問題といえば問題ではあるが、自分自身も高畑に恋慕している身だ。これは少し興味深い。
突然ニヤニヤ笑いはじめた明日菜をみて、ネギが首をかしげた。
だが明日菜も自分自身もどれほどネギに頼りにされているかの自覚がない。きっと逆の立場でもネギはアスナの姿を見て、安心の吐息を漏らしただろう。
そういう意味では明日菜のにやつきはそのまま自分自身に返ってくるのだが、当然そんなことに神楽坂明日菜は気付いていない。
突然生暖かい視線を向けるようになった明日菜に首をかしげながら、ネギはいつものようにHRをはじめるのだった。
◆
授業中、ネギはずいぶんと上の空だった。
明日菜は心当たりがあるが、他の生徒はさすがに騒ぐ。
授業前の感じからして昨日のことをそこまで引きずっているようには見えなかったが、やはり平常心を保ち続けるとはいかないようだ。
ぼうっとして授業に加え、教卓にあごを乗せ、はあ、とため息をつくにいたって、騒ぎ好きのクラスメイトが案の定ざわめきだす。
「な、何かネギ先生の様子が可笑しいよ?」
「う、うん。ボーっとした目でわたしたちを見て」
「あんなため息ばかり……」
「ちょっと、これってもしかしてこないだの」
「あー、あのパートナー探してるってゆー」
「ネギ先生王子説事件!?」
「じゃあ、まだ探してるの?」
「えーうそー」
ざわざわと騒ぎがだんだんと大きくなるが、ネギはまったく気づいていない
「セ、センセー。読み終わりました」
「えっ!? は、はい。ご苦労様です。和泉さん」
亜子の言葉に、あわててそう返事をした。
「せんせー、どうしたの?」
「えっ、はい。風香さん。あの……」
「なになにー?」
相談を始めそうな気配にむしろ乗り気になる鳴滝。3-Aらしいといえばらしいのだろう。
「えーと。あの、和泉さん。つかぬことをお伺いしますが……やっぱり、やっぱり皆さんくらいの年の方がパートナーを選ぶとして、10歳の年下の男の子なんてのはいやなんでしょうか?」
「なっ!?」
「ええええー!」
明日菜も正直なところこれほどまでに直球で言うとは思わなかった。
隠す気ゼロだ。こいつはなにを考えているのだろうか。
当然クラス中も大きく騒ぐ。
「そ、そんなセンセ。なんの急に……ウ、ウチ困ります。まだ中3になったばっかやし……で、でもいまは特にそのそういう特定の男子はいないって言うか」
あわあわと亜子が返事をする。
はあ、とネギはその言葉にうなずいた。
「はい、ネギ先生っ!」
そのままぼうっとしているネギに、雪広あやかが手を上げた。
「は、はい。いいんちょさん」
「わたしは超OKですわ!!」
「あはは。まあこのクラスは能天気なのが多いからねえ」
そんな委員長を押しのけて、朝倉和美が3-Aの恋人事情を説明する。
そんな話を聞きながら、ネギは「じゃあ」と口を開き、
「その――――断られちゃった場合は、ボクのなにが悪かったんでしょうか」
あまりにでかい爆弾を放り投げた。
◆
さて、ここまで続いて、なぜいまだに千雨からのリアクションがないのだろうか。
当然浮かぶべき疑問だがその答えは簡単だ。
彼女がクラスにいなかったのである。さすがにネギも千雨の前でこんな問答をするほど大胆な男ではない。
長谷川千雨はまさに自分のことでネギが教室内で大騒動を起こしていることなど露知らず、仮病を使って授業を抜け出して、屋上に上がっていた。
運がいいといえばいいのだろう。
いくら無口キャラを装っていても千雨は突っ込み体質で、その感情は表情にすぐにでる。ただでさえ最近は宮崎たち図書館組と仲がよくなり、相坂という相棒が付いた身の上である。
隠し切ることは出来なかっただろう。
千雨は非日常を嫌うものの、日常に自分を合わせて自分の行動を縛るようなことはない。
エヴァンジェリンがその精神の安定性に感心したように、ルビーが彼女の特異性をその自分自身の基盤を持つことに見たように、長谷川千雨は不満を感じても、それに流されることはない。
日常を愛すると自称するわりに、彼女は行きたくない催しは残りのクラスメイトが全員集まろうが断るし、やる事があるなら仮病くらいじゃ躊躇はしない。
「はあ、やっぱここにいたか」
と千雨は屋上でぼけっとした顔を見つけるとため息を吐いた。
絡繰茶々丸を従えて、エヴァンジェリンが惰眠をむさぼっている。
「エヴァンジェリン、ちょっといいか」
「ん、千雨か。なんだ」
そう答えながらエヴァンジェリンが視線をまわりに走らせた。ルビーの存在を探したのだろう。
だが彼女は休眠中である。
「ネギ先生のことなんだが、昨日あんたに襲われたって相談された」
「ああ、やはりお前の所に泣きついたのか」
「本気で泣いてたぞ。殺されると思ってたみたいだし」
「殺す気だったからな」
すっ、と千雨が目を細める。それは嘘だ。
エヴァンジェリンはそんな簡単に人を殺す生き物ではないというのもあるが、一番の理由としてはもしエヴァンジェリンがネギを殺す気ならいまネギは確実に生きていないはずだからだ。
だがその言葉とともに一瞬もれるくらい気配に、反射的に千雨の肌があわ立った。自分の小心に内心舌打ちしながら、千雨はできるだけ平静を装う。
「はっ、女々しいことだ。お前もずいぶんと気を揉むな。仲がいいじゃあないか」
「べつに仲がいいわけじゃない」
「自覚がないのか? あのガキ、昨日はお前の名前を叫んでいたぞ。頼りにされているな。まるで保護者か恋人だ」
口を閉じた千雨に向かって軽口をたたいて、エヴァンジェリンが腰を上げる。
真剣にすべてを話す気はもちろんないが、ただのガキを扱うように煙に巻くような真似もしない。
あの満月の夜。長谷川千雨を殺した時に言った言葉に嘘はない。
千雨を一個の人格と認め血を吸った。それはそいつを同格と認めるということだ。
もちろん対等という意味ではないのだが、それなりにエヴァンジェリンは千雨を認めているのだ。
「どうした。なにか聞きたい事があるんじゃないのか……」
返事がないことをいぶかしんでエヴァンジェリンがいう。
エヴァンジェリンが千雨の顔を見る。
そこにはなぜか薄く赤に染まった顔をもてあます長谷川千雨の顔があった。
仲がいいのかと言われただけだ。軽口にもほどがある。
だが、昨日の件に触発されて、早速こうしてエヴァンジェリンに会いに来ている現状を客観視できる千雨としては、それを指摘されるとどうにも弱い。
意識しすぎだとは分かっているが、自分は意外と純情なのだ。
自分でもなぜ赤くなってしまったのかが分からないかのように、頬に手をあて、その熱さに驚いているその顔はさすがに年相応の可愛らしさを備えていたが、それはエヴァンジェリンにとっては格好のネタである。
「ほう……」
「な、なんだよっ!」
「いやいや、お前もあのガキにほれてるのか?」
んなわけない。
だがエヴァンジェリンの言葉にさらに千雨の顔が赤くなる。
くっくっくっとエヴァンジェリンが笑う。もう彼女に千雨とまじめに会話する気はなくなっていた。いきなり同格から格下に評価が変わってしまった。
彼女は吸血鬼で魔法使いで、そして気まぐれで性悪だ。
「お前はそういうのには慣れているほうだと思っていたがな。それでもほんとに魔術師か? ネットアイドルなんてのまでやってるくせに随分とかわいらしいじゃないか。ああいや、そういえば清純派アイドルを気取っているのだったか。ずいぶんと評判はいいようだが、少し猫をかぶりすぎだろ、あれは」
そのネタを出されると無条件で千雨は弱い。
ざっ、と千雨があとずさり、
「おいおい、どうした逃げるなよ。お前が話にきたんだろう。なんだ、ホームページ? ああ、残念ながら、お前の言うとおりわたしは機械には疎い。だが茶々丸が毎日チェックしているんだよ。んっ、いやいや、わたしの指示じゃないぞ。茶々丸が個人的に気に入ったそうだ。はっはっは、茶々丸に飛び掛ってどうする気だ。茶々丸に勝てると思ってるのか。あのときの冷徹さはどうしたんだ」
茶々丸に取り押さえられた千雨がもがき、
「しかし、あのガキのどこが良いんだ? うちのクラスの連中も能天気なのばかりだが、あのガキに本気で惚れそうのもいるようだ……。まあいい。あいつはわたしの獲物だが、お前はわたしのものだからな。安心しろ、ライバルが多いと不安だろう。わたしが手伝ってやるよ。これでも人生経験は豊富だからな」
エヴァンジェリンの台詞に千雨が騒ぎ、
「あっ? お前がわたしのものってのがどういうことか、だと。んなもの、お前の血を吸った瞬間からに決まってるだろ。ルビーに邪魔されたが、それよりも前にわたしはお前を認め、お前の名前をわたしの魂に刻んだのだ。つまりお前をわたしのものとして決めたということだろうが」
羞恥で千雨の目に涙がたまり、
「はっはっは。遠慮しなくてもいいぞ。どの道お前がどういおうが、わたしが手伝うといった以上その決定は絶対だ。で、お前はどっちにつくんだ? わたしにつくならあの坊やの血を吸ったあとにお前にやろう。あっちにつくなら手加減せんがな」
そして――――
「確か前にいってあったな。敵に回るなら容赦はしないと。まあ、悩んでおくといい。ああ、だが体を重ねるのはやめておけ。あいつが童貞でなくなるとわたしが血を吸うときに色々と面倒だ。おいおい、暴れるな。――んっ、どういう意味かって? どういう意味も何も“そういう意味”に決まってるだろ、バカか貴様は。お前が処女なのも、あいつが童貞なのも血を吸おうとしたときに確認済みだ。あっ? べつに裸に剥いたわけじゃない。変態か貴様は。わたしは魂の色を見ればそれくらい判断できるんだよ、真祖の鬼をなめてるのか。吸血鬼の伝説くらい知っておけ。まっ、今のお前はルビーと混ざってるから、厳密には純粋な魂というわけではないが、それでもさすがにそれくらいはわかるさ。いやはや、それにしても、飽きないな、お前ってやつは――――」
――――その後、ただのガキを扱うように千雨はエヴァンジェリンに遊ばれた。
◆
エヴァンジェリンに弄られるのと、教室に残って騒動に巻き込まれるのは、千雨にとってはどっこいどっこいだっただろうが、教室で起こった騒動のほうはなんとか鎮静化し、ようやく放課後。
だが、パートナー騒動から始まった2-Aの生徒の悪乗りは収まらず、大半の生徒たちは教室から姿を消し、大浴場に集合していた。
そして、そんなことは露知らず、明日菜が学校の廊下を走っている。
「ネギーっ。ちょっとネギ、どこ行っちゃったのよ……」
帰り道にいきなり誘拐されたネギを探しているのだ。
走り回る明日菜は、途中の渡り廊下でエヴァンジェリンとあった。
屋上で散々千雨を弄り回している最中に、麻帆良への侵入者を感知して、その調査に向かう途中である。
「ほう、神楽坂明日菜か」
エヴァンジェリンがいう。後ろに立つ茶々丸がぺこりと頭を下げ、さらにその後ろでふらふらと歩く千雨が今のうちに逃げようかと辺りを見回す。
「あんた達! ネギをどこへやったのよ」
「安心しろ、神楽坂明日菜。少なくとも次の満月まではわたしたちが坊やを襲ったりすることはないからな」
「えっ……どういうこと?」
「今のわたしでは満月を過ぎると魔力ががた落ちになる」
ほら、と牙がなくなった歯を見せる。
歯並びのいいきれいな歯が並んでいるが、血を吸えるようには見えない。
ちなみにそのころネギは安心どころか、30人を超える水着姿の女子中学生によって大浴場ですっぱに剥かれ、股間のものが立つのかたたないのかと議論をされながら遊ばれるという、一生もののトラウマを負わされていたのだが、そんなことはさすがのエヴァンジェリンも知りようがない。
「次の満月が近づくまでわたしもただの人間。坊やをさらっても血は吸えないというわけさ。それまでに坊やがパートナーを見つけられれば勝負はわからんが……まあ魔法と戦闘の知識にたけた助言者・賢者でも現れない限り無理だろうな」
「な、なんですって……」
「それよりお前。やけにあの坊やのことを気にかけるじゃないか」
ニヤニヤと笑いながらエヴァンジェリンが言う。
無言でたたずむ茶々丸の手にはこっそり逃げようとした千雨の襟首が握られていた。
千雨が茶々丸をにらみ、その視線を申し訳なさそうな顔をしながら茶々丸が受け止めている。
彼女は主の命令には逆らえないのだ。
「いやいや、強力なライバルの出現だな、千雨」
「はっ?」
「いや、こっちの話さ、神楽坂明日菜。……わたしからひとつサービスしてやろう。わたしに対する対策はこいつに相談するといい。参考にはなるだろう」
「な、なによ。千雨ちゃん? なんで?」
「てめえ、あんだけ言っといて、いきなりわたしを売るか? 普通……」
「んっ? なんだ、本当に“手を貸して”ほしかったのか? そりゃ悪かったな」
「ち、ちげえよっ」
いきなり漫才を始める二人に明日菜が首をかしげる。
よくわからないが、千雨が仲間になってくれるらしいということは理解した。
「とにかく、ネギに手を出したら許さないからね。あんたたち」
「フフ、まあいいがな。仕事があるので失礼するよ」
「仕事……?」
それにこたえる気はないようで、エヴァンジェリンがだるそうに立ち去る。茶々丸が一礼をしてそれを追った。
エヴァンジェリンの姿が消えると、なんとなく、千雨と明日菜が見つめあう。
「あーもしかして千雨ちゃんってネギが魔法使いだって知ってるのね……だから昨日の夜ネギが相談しにいったんだ」
明日菜の頭の回転は悪くない。
いやな予感に冷や汗をかく千雨を見て、ものの数秒で正解にたどり着いていた。
しかも昨日の夜にネギを部屋に入れたことまで勘付かれているらしい。
エヴァンジェリンに散々からかわれたこともあって、千雨の顔が赤く染まった。
「知ってるちゃあ、知ってるけど……でも手伝わないぞ」
「なんでよっ! いいじゃない、別に!」
緊張感のない台詞だった。ネギが聞いたら泣き出すだろう。一応これは生死をかけた騒動のはずなのだ。
むっとした千雨が言い返そうとした瞬間、大浴場のほうから、悲鳴が響いた。
言い争いを止めて顔を合わせる。
騒動の耐えない麻帆良学園だが、今の声には聴き覚えがあった。
3-Aの連中か、とため息を吐く千雨と、大浴場に向かって駆け出す明日菜。
あっという間に遠ざかっていく明日菜を見ながら、やれやれと千雨も後を追いかけることにした。
もちろん、徒歩で。
「コラーっ! あんた達も真っ裸で何やってるのよ! ネギまで連れ込んで!」
「いや、明日菜さんこれは誤解ですっ」
「元気づける会なんだよーっ!」
ギャーギャーと騒ぎが聞こえる。
だが、とろとろと歩く千雨が大浴場に着いたときには、イベントはほぼ終わっていた。
千雨は入り口からその光景を覗く。
胸元をはだけさせた明日菜が風呂桶を片手に、裸でネギを囲む女生徒に怒鳴っている。
入り口から顔を覗かせる千雨と風呂場の中で裸の女性とに囲まれて、これまた裸で涙を浮かべるネギと目が合った。
助けを求めようとしたのかネギが口を開き、
「…………帰ろ」
千雨は入り口から顔を引き、何も見なかったことにした。
◆
「相坂は行かなかったのか?」
「はい、今日は高等部のオカルト研究部にお邪魔してました。入るとすれば木乃香さんのところなんですけど、高等部に……いえ、いま高等部の方が3-Aだったころにわたしの特集を組んだときの記事があって……」
「へえ……」
なんとも返答しにくいことだと、千雨は言葉を濁す。
自分が記事になればそれが幽霊時代のものでも気になるのだろうか。
部屋に戻った千雨がそんな雑談交じりの会話を相坂さよと交わしている。
今日は電話ではなく、実際に相坂さよが尋ねてきていた。
と、ピンポンとチャイムがなった。
いったん話を中断し、千雨が玄関に向かおうと立ち上がり、
「ちょっと千雨ちゃん。なに勝手に帰ってんのよっ!」
「いまさらかよ。何時間たってると思ってんだ」
バン、とドアが蹴破られるように開けられた。
懲りずにカギを閉め忘れていた千雨も千雨だが、勝手にあけるのはダメだろうと、千雨が玄関先でため息を吐く。
開いた扉の先にはネギと明日菜がそろっていた。
「あのあと、すごい大変だったんだからっ」
「なんだよ、いいだろ別に。なにが悲しくて先生の乱交パーティーに参加しなくちゃいけないんだ」
「そ、そんなことしてませんっ!」
千雨はネットに毒されているだけあって、こういうときの口はかなり汚い。
意外とウブな明日菜がその会話を聞いて赤面した。
だが先ほどの光景はそういう風に取られても仕方がない。
ネギはネギで、先ほどの恐怖と、千雨への誤解で涙目になった。
「おや、この人が件の姉さんですかい」
「……んっ?」
千雨が第三者の言葉に辺りを見回す。
玄関には明日菜にネギ、そしてネギの肩に乗った小動物がいるだけだ。
いやな予感を感じて、千雨が小動物に視線を走らせた。
その視線に気づいたのか、小動物はにやりと笑うと、ネギの肩の上で立ち上がり、どこから取り出したのか、タバコをくわえて火をつけた。
「どうも姉さん。兄貴と姉さんからお話を伺いましたぜ。なんでも兄貴に手を貸してくれるそうで。おれっちは兄貴の所でこれからご厄介になることになりましたアルベール・カモミールともうします。……っていきなり頭を抱えてどうしたんです?」
「……小動物がしゃべるのはメルヘンじゃあ定番だが、実際はぐろいだけだな。ぬいぐるみに生まれ変わってでなおしてこい」
歯に衣着せぬどころか、真っ黒の気配をまといながらの台詞に、カモどころか明日菜とネギまでびびった。
「なに言ってるんですか、千雨さん。すごいかわいいじゃないですか」
「当たり前のように会話に参加してくるなよ、相坂。ますますわけわかんなくなるだろうが」
「いいじゃないですか。あ、よろしくお願いします、カモミールさん。わたしは相坂さよっていいます」
「こりゃどうもご丁寧に。相坂の姉さんも兄貴に手を貸してくれるんですかい」
カモが聞くが、明日菜とネギは千雨以外がいることに気づいていなかったのか、そこにあったのは驚きの表情だった。
千雨の部屋にいたのが相坂さよだったからよかったものの、もし魔法に関係ないものだったら、一大事である。こういうところでネギはまだまだ未熟だった。
「相坂さんは、こいつがしゃべっても驚かないの?」
相坂の事情を知らない明日菜が聞く。
「あ、あの相坂さんはその……」
「あっはい。魔法についてですか? えーっと、はい。千雨さんから聞いてますよ」
千雨の方を向きながらさよが答える。エヴァンジェリンについて詳しく説明するのは禁じられているため、その口調はあいまいだ。
だがその言葉で十分納得できたのか、明日菜の顔に安堵の色が広がる。
その後、カモからここに来た経緯と、先ほどまで明日菜と話していたというパートナーの話を聞くと、千雨は露骨に顔をゆがめた。
エヴァンジェリンがネギを狙っていることはいい。それは聞いていたことだ。
問題はカモだ。露骨に不審そうな千雨の視線の先でこの小動物は明日菜とネギをあおっている。
相坂さよが興味を持ち出しているのが、千雨にしてみれば最悪の展開である。
「あのエヴァンジェリンってのはマジでやばいっすよ、兄貴。ここは皆さんにパートナーになっていただいてっすねえ」
「パートナーってなによ?」
「魔法が使えるようになるんですか?」
「いやに決まってんだろ」
カモの言葉に三者三様の答えを返す。
パートナーについては先日ネギから言われたばかりだ。ずいぶんタイミングがいいことだ。
いや、魔法使いが戦いをどうにかしようとしたらパートナーという考えにいたるのが一般的なのだろうか。
たしかに魔法使いがサンドバックをたたく姿というのは想像しがたい。筋肉だるまのキャラは魔法使いとはあわないものだ。
「千雨さんはいやなんですか? わたしちょっと興味があるんですけど……」
「エヴァンジェリンたちに何されるかわかったもんじゃないぞ」
肩をすくめる。むぅとさよが唸った。さすがにエヴァンジェリンたちに敵対してまでパートナーとやらになりたくはない。
悲しそうな顔をネギがしたが、千雨はそしらぬ顔である。相坂もごめんなさいと口にした。パートナーにはならないだろう。
その後、ある程度会話をしたが、結局は千雨に追い出されるようにネギと明日菜は自室へ帰ることになった。
◆
「エヴァンジェリンさんが千雨さんを?」
帰り道、ネギが明日菜に向かって言った。
明日菜がうなずく。
「うん。エヴァちゃんが千雨ちゃんにアドバイスしてもらえって。なんかエヴァちゃんと仲よさそうだったかも」
明日菜が肩をすくめる。彼女はエヴァンジェリンと千雨が口でいがみ合いながらも、その言葉に本気のとげがないことを感じ取っていた。
明日菜以外の人間ならば、明日菜と委員長の関係のようだったと答えただろう。
「あの姉さんがたは、あんまり魔力がないっすけどね」
「そうなの?」
「ええ。兄貴は千雨の姉さんは魔法使いって言ってましたけど、本当ですかい?」
「うん」
うなずきながらも、ネギが思い出せる千雨の魔法は燭台に火をつける光景だけだ。自分自身でももぐりの半人前だといっていたし、魔力がないというのはありえない話ではない。
実際は千雨の魔術はこの世界で言うところの魔力タンクを必要としないためなので、ネギの認識にも誤解がある。
「まあ、パクティオーは才能よりも相性ですぜ。長谷川の姉さんはあんまり協力的でもなかったッスけど」
「そんなことないよ」
ネギが間髪いれずに答えた。
明日菜とカモがネギの断定に驚いたような顔をする。
だがネギに言葉を撤回する気はない。ネギは千雨が協力的でないなら、それはそれでなにか意味があるはずだと考えている。
「そ、そうッスか? いくら兄貴と姉さんの仲がいいっていっても、あの姉さんはエヴァンジェリンって吸血鬼ともつながりがあるらしいじゃないッスか。もしかしたらおれっちらと敵対するかもしれないッスよ。あんまり肩入れしても――――」
「カモくん」
すっ、と真剣な表情をしたネギがカモミールの言葉をさえぎった。その瞳は百言費やすよりも明確に、ネギの真情を語っている。
そんな、いつものネギらしくない表情に、カモと明日菜が顔を合わせ、それに気づかずにネギがすたすたと歩いていく。
◆
そして、そんなネギたちと同様に、彼らが帰ったあとの千雨の部屋で、相坂さよと長谷川千雨も同様にエヴァンジェリンについてのことを話していた。
ネギの言葉は間違ってはいないわけだ。さすがに何も見なかったことにして見捨てられるほど、千雨もさよも悪辣ではない。
千雨も交渉の間くらいには立ってやるといった以上、それくらいはやるべきだと感じていた。
「エヴァンジェリンさんたち、そんなことしてたんですね」
「まあな。ネギの……先生の血が必要だってことだし、エヴァンジェリンのやつもめちゃめちゃやる気だった。先生たちはなんかまだ真剣みが足りなそうだったけどさ」
千雨が肩をすくめた。
「でもエヴァンジェリンに血を吸われても吸血鬼にはならない……はずだ。これまでの犠牲者の話と矛盾するし。なんかルビーの話でわたしも少し混乱してるけど、たぶん間違ってはいない。それにエヴァンジェリンはルビーと共同で、血を吸うことについては、何か折半案を出していたはずだ。……でも、先生から輸血パックで回収ってのじゃダメなんだろうな。魔力はまだしも、構成が壊れちまう……ネギの血に拘ってたし……いや、そもそもエヴァンジェリンとルビーだってそこまで明確な解除の手があるわけじゃないって話だったか……」
千雨がぶつぶつとつぶやく。
半分も理解できないさよは聞いているだけだ。
「でもエヴァンジェリンさんは、本当にネギ先生を殺しちゃうしかないって言うことならあきらめると思いますけど」
「ありえないとも言いがたいが……それでも可能性はある。忘れたのか相坂。あいつは人を殺せるぜ。わたし然りな」
「それは事故です。殺人とは別でしょう」
「つまりそれは事故なら殺せるって意味だ。殺人ってのは手段じゃなくて結果だぜ。……まあ、あいつもあきらめ切れないんだろ。15年って言ってたし」
それを言うなら相坂さよは60年なわけだが、最強の吸血鬼としては屈辱なのだろう。
どうにも面倒くさそうなことになりそうだと、千雨はため息を吐いた。
彼女はあれだけぐだぐだと言い訳を並べておきながら、次の選択肢に見捨てるというものはない。
やはりネギの見立ては正しかったわけである。
魔術師としては甘すぎる。だから騒動に巻き込まれるのだ。いまも昔も、この先も。
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カモミールが出てくる話。まき絵は普通に身体測定を受けました。というかカモの固有能力が厄介すぎるんですが、あれってラブコメだと無敵の能力ですよね。信頼愛情、友情を区分してグラフ化できるとか常時発動の簡易版イドの絵日記ですよ、あれ。
幕話をなくしてしまったので、二話投稿の形式をやめました。前回とかも分けた意味がほとんどなかったですし、気にする人もいないでしょう。ページ数的には足したくらいにはなっているはずです。
次回も更新は一週間後の予定です。せめて一区切りつくまでは定期更新は守りたいです。