「やっほーいい天気」
「んーホント」
絶好の買い物日和の原宿の街の中、背を伸ばしながら椎名桜子が言った。
隣を歩く柿崎美砂が同意する。
柿崎美砂、釘宮円、椎名桜子。通称チアリーダーズの三人は今日、修学旅行できるための服を見繕うために原宿まで出向いていた。
ショートの黒髪を揺らしている円はズボン姿だ。このまま男装する流れだと、彼女は学ランを着せられることになるだろう。
長い髪をざっくりと降ろし、帽子をかぶっているのは柿崎美砂。数少ない3-Aの彼氏もちである。千雨が最も苦手とする現代女子だ。流行に敏感な彼女はチェックのズボンと黒タイツ。長い髪はミニのスカートを超えて膝の辺りでゆれている。
そしてその二人に続いて、髪を二つにまとめている桜子が続いている。スカートに黒のソックス。耳にはこの年にしては珍しくピアスがはまっていた。
「ほにゃらば早速カラオケ行くよーっ」
「よーっし、歌っちゃうよぉー」
「コラコラ」
いい天気だといったすぐ後の桜子の台詞に釘宮円が突っ込みを入れる。
三人ともカラオケ好きだが、今日は目的つきだ。
このまま9時間耐久でカラオケをしてそのまま帰るというコースに入るわけには行かない。
といっても、基本的に麻帆良から遠出が出来ない三人はこういう機会を逃す気はない。服だけ買って終われるはずがない。
麻帆良は一大都市レベルの広さと内部施設を持つ上、趣味人たちによる個人を超越したレベルの露天も許可制で認められている。
ある程度のものならすべてが麻帆良の中でそろうのだ。
だから出不精の面々、たとえば長谷川千雨もほとんど麻帆良の外には出ない。
外に出るのは、麻帆良にないものをわざわざ手に入れようとする場合であるが、それもこのご時勢とあっては通販で事足りる。手で実際に触らなくてはわからない趣味用の布などを買いにでるときくらいのものだ。
チアリーダーズの3名は少ないとは言うもののほかの生徒と比べれば結構な割合で麻帆良の外に出ているのだが、年単位で麻帆良から出ていないものも多くいる。
だが、こういう機会は何度目だろうと楽しいものだ。
さっそく桜子と美砂が円の説教を流し聞きしながらクレープ屋に向かってふらふらと歩いていた。
「ゴーヤクレープ一丁!」
「あ、わたしもー」
「お、ゴーヤ行くのかい? 苦いよー」
「話聞けーっ! そこの馬鹿二人っ!」
罵りながらも円もクレープを注文した。
突っ込みのようで、釘宮円もこの3人組では別段舵取りをする役柄ではない。
三人でわいわいと騒ぐ。
クレープ店の店長としてはこのような女の子の集団は珍しくもない。熟練の手さばきでクレープをつくると、ゴーヤクレープを美砂たち三人に手渡した。
実験作として作られた苦味成分をまったくカットしていない常識はずれの苦いクレープである。
うあっ!? と苦味におどろく円に、ほかの二人が笑いながら、自分の分を口にする。
クレープを片手にぺちゃくちゃとしゃべりながら三人が原宿の町を散策する。
「あーん楽しいーっ。わたしたち普段麻帆良の外に出ないからねー」
にやつきながら桜子が言った。
最近は麻帆良のほうでも色々と騒動が起こって面白いのだが、こうして買い物をするのはまた別だ。
そうして人通りの多い道を三人が歩いていくと、
「――んっ?」
と柿崎美砂が声を上げる。
「どしたの柿崎?」
そう円が聞いて、ゴーヤクレープを片手にふらふらと露天の商品にちょっかいをかけていた桜子も目を向ける。
そんな三人の視線の先に、
「うわー、人が多いですね。千雨さん」
「だなあ。正直、麻帆良の中でもよかったかもな」
「いいじゃないですか。それに、麻帆良の外に行こうって最初に言ったのは千雨さんですよ」
「まっ、そうだけどさ」
二人で朗らかに話しながら、街を散策する長谷川千雨と、われらが3-Aの担任教師の姿があった。
幕話10
「ネギ。ありゃどうだ? 神楽坂にぴったりだろ」
「鉄アレイですか?」
「バカかてめえは。その横だよ。サプリメントだ。あいつ結構ジャンクフード好きだし、節約家だからちょうどいいだろ」
「でも木乃香さんはそういうのも考えてご飯を作ってくれてますよ」
「いいじゃんべつに。あって困るもんでもないし、形が残るものより無難だろ」
「誕生日プレゼントですよ。逆じゃないですか? ほら、服とかアクセサリーとか」
「わたしはそんなのもらっても逆に困っちまうけどなあ……。ああ、アクセサリーならちょっと考えがあるけど……」
気の乗らない口調で千雨が言った。
千雨はネットアイドルとして活躍する過程で、ネット間にさまざまな交流を持っているが、こうして誕生日プレゼントをわざわざ選ぶというのはめったにない。
ネギが一緒に買いに行こうという提案を簡単に了解してみたものの、こうして改めてネギと一緒に街に繰り出してみると、恥ずかしくてさっさと終わらせたくなってしまった。
これはデートなのだろうか? と千雨が悩む。ちらりとネギを見てため息を吐いた。
きょろきょろとあたりを見渡しながら、置物や、衣類。アクセサリーなどを手にとっては見せに来るネギの単純さをうらやましく思ったのだ。
今のところネギと自分が付き合っているということをしっているのは、エヴァンジェリン、茶々丸、神楽坂、カモミール、そしてあの日にいきなり明日菜にばらされたという近衛木乃香の計六人だ。超たちには話が流れていないと信じたい。
正直この中だと近衛が一番怖い。
ルビーに散々言われていたことだ。
秘密とは一人目にばれるまでであり、僅かでもほころびが出ればそこから全てが破綻する。
ルビーの件に関しては、早々にルビー自身が図書館島で騒ぎを起こしていたが、それにしたって誰かに尻尾を捕まれるということはなかった。あれはルビーのミスであり、千雨が疑われたわけではない。
だが、今は違う。
そもそも魔法使いや女子中学生などというのは他人の秘密に狭量なのだ。あやしいと一度疑われれば、一応の決着を見せるまで行動を続けるし、現代日本政治でもあるまいし、なあなあのままいつの間にか忘れられるということはない。
だから本来はエヴァンジェリンにばれた時点でおしまいなのだ。あいつも大概嘘つきなので、どうにかなるかと思っていたが、次にカモミールがきた。
カモミールについて楽観したがゆえに、千雨はいきなりばれたわけだ。
そしてすでに6人に広まり、いまこうしてどうにでもなれと先生と二人っきりでデートなどを楽しんでいる。
ばれはじめれば、周りの環境と同時に自分の中でたがが外れる。吹っ切れるといえば聞こえがいいが、ようするにやけくそだ。潔癖主義者はたいてい途中で失敗する。
だから千雨としては、すでに半分諦めているようなところがあった。ばれるならばれちまえと思っている。
ばれるまではグズグズと未練がましくするくせに、千雨はこういうところでは思い切りがいい。忍耐がきかないとも、隠し続けるだけの根性がないとも言える。
神楽坂も予想にもれず、近衛に当たり前のようにばらしたわけだし、そろそろ広まってしまうだろう。女子中学生のいう「絶対に秘密にしておく」ほどうそ臭いものはない。
あいつの場合はうかつに口を滑らせるというよりいらないおせっかいが原因の場合が多いが、それでもあやしい。
千雨はちらりと横を歩く男に視線を向ける。
どう見ても子供である。
こんな子供が恋人になっちまったというのだから、世の中は驚くことでいっぱいだ。
まあこの先生はクラスメートに人気もあったし、千雨自身が手を出さずとも、このようなイベントには困らなかったかもしれないが、それでも自分にこのようなことが起こるとは想像だにしていなかった。
実際のところ、将来ならばネギのハーレムだろうと作れたかもしれないが、今の生徒からの認識としてはまだまだ子供先生だというのが大多数だ。
かわいらしいと思っても、それを本気にするやつはあまりいない。
精々が委員長くらいのものだ。
委員長の雪広あやかだって、実際はなくした弟の影を見ている面が強いらしいし、暴走しがちなだけで、本気でネギに告白などはしないだろう。……最近はそうともいえなくなってきているが、たぶん本当だ。
他の生徒などは冗談半分。ネギから告白でもすればすこしは真剣に考えただろうが、ネギが誰かと付き合い始めたと聞いてそれを残念に思っても、本気で嫉妬するほどのものが居たりはすまい。
近衛もそこそこネギのことを気に入っていたと思ったが、やはりまだ弟的な見方が強かったようだ。
彼女はネギと千雨が付き合い始めたという話を、ニヤニヤと笑っていた明日菜から無理やり聞きだしたあと、興奮を隠せないまま千雨の部屋に直行しようとしたほどの恋愛話好きの猛者である。
ネギに恋人が出来たことをすこし残念だとは感じても、クラスメイトと同居人の恋愛話のほうが興味をそそるのだろう。
千雨とネギのことを知って、ニコニコと千雨のところを訪ねてきたあの少女から力になる、と励まされたとき、不覚にも涙が出てしまった。
もちろん感謝の意味などビタイチ含んではいない涙だ。
人の色恋に手を貸すことに喜びを見出しているという、最も悪意がなくて最も厄介なパターンである。
実際に彼女らにばれたときはとても大変だったのだ。
そう、あの時はもう本当に――――
「千雨ちゃん千雨ちゃん! 昨日あのあと、ネギとあのオコジョから聞いたんだけど、ネギと千雨ちゃん付き合ってるんだって!?」
「……神楽坂。あのさ、どういう風に聞いたかわからないけど…………」
「わかってるわかってる。大丈夫だって。誰にも言わないわよ。うふふふふふ」
「……にやけないでほしいんだが」
「ゴメンゴメン。いやー、ネギのたわごとじゃなくて、やっぱりほんとなんだ。ふーん、へぇー、ほぉー。はぁー」
「……あの、神楽坂?」
「いや、うん。ゴメンゴメン。ちょっと感心しちゃって。でもまさかネギと千雨ちゃんがねえ」
「……あのさ、ほんとに」
「大丈夫だって、任せておいてよ」
「……」
「うふふふふ。いやーでもまさかねー。千雨ちゃんとネギがねえ……」
「…………」
「あっ、手伝えることがあったら、なんでも言ってね。協力するから」
「………………」
「あっ、そうだ。でも昨日ネギに話きいてたら、木乃香にはばれちゃったんだった。ゴメンゴメン。あの子意外と鋭くてさー。でもまあ木乃香なら大丈夫よ、きっと」
「……………………」
「いや、その。……いや待って、違うのよ……」
「…………………………」
「あの、いやまあ、うん。違わないんだけど…………あの、でもね。悪気はなかったのよ。ごめんね。ホント」
「千雨ちゃん千雨ちゃん。千雨ちゃん。アスナとネギくんから聞いたで。ネギくんとお付きあいし始めたんやって?」
「……近衛。頼むからさ」
「任しときー。秘密にしとくわ。ウチは意外と口かたいんよ。うふふ」
「……ああ、頼むよ。…………そうだ、お茶とか入れようか? ほら、お茶菓子も食べてくれ。結構高級品らしいぞ。あ、あとお前オカルト系のもの好きだったよな。このランプとかどうだ? 気に入るんじゃないか?」
「もー千雨ちゃん、いややわあ。そんなん気を使わんといて」
「……遠慮せず、ぜひ持ってってくれ。ついでにこのペンダントとかどうだ。もって祈りゃあ願いが叶う霊験あらたかな本物だぞ」
「いやーん、なんやの、それ? すごいなあ、でも、そんな高そうなんもらえへんって」
「……手作りみたいなもんだからたいして金はかかってないんだよ。遠慮せず、なんでももってっていいぞ」
「そうなん? うれしいわあ。ありがとなあ、千雨ちゃん」
「……まったく何一つビタイチ欠片も気にしなくていい。じゃあ、そういうことでもう今日はさ……」
「そういや、ネギくんから聞いたけど、最初はネギくんから告白したってホントなん?」
「…………いや、いまいろいろ渡したよな、わたし? 受け取ったよな、近衛? 気にしなくていいって言われてほんとに気にしないようにな薄情なやつじゃないよな、お前?」
「わかっとるよ、ちょっとだけやって。なあなあ千雨ちゃん、こっそりと、どういう状況だったんか教えてくれへん? 実は昨日ずーっと問い詰めたんやけど、なんかネギくん歯切れが悪うてなあ」
「…………もう一晩くらいあいつを問い詰めてもいいからさ」
「困るネギくんもかわいかったんやけど、千雨ちゃんにも迷惑がかかるいうてなあ」
「…………まあアイツは意外と頑固だからな」
「もー、惚気んでもええって。ネギくんかわええもんなあ。ああ、そうや。ウチなら何でも相談に乗るから、なにかあったら相談してなぁ。ばっちり応援したるから」
「…………ああ、そう」
「もう、本気やで、うち。」
「……その言葉だけありがたく受け取るよ……でもさ、ホントに……」
「あっ、そうや。おじいちゃんにネギくんの部屋代わるようにウチから話そか? 千雨ちゃんも同じ部屋のほうがいいんやない?」
「…………」
「んっ? どうしたん、千雨ちゃん。なんか泣きそうやで?」
「千雨さんっ! 一体どういうことですかっ!」
「――いやー、あのな」
「ネギ先生とお付き合いだなんてっ!」
「――いや、そのな」
「ホントですかっ、ホントなんですねっ!? 本気なんですねっ!」
「――うん、それはな」
「はっ!? まさか、今日ネギ先生が千雨さんの部屋にいたときっ!」
「――だから、あのな」
「エヴァンジェリンさんが最初は入れって言ったのに、いきなり入るなって叫んでっ! そのあとも、千雨さんが魔術の練習中で不幸な事故でただの偶然だったって言っていたあの話は! いつもの騒動に巻き込まれただけだって言ってましたけど、本当はあのときすでに千雨さんはっ!?」
「――いや、お前一人だけテンション間違ってるからな」
「じゃあ手をつないじゃったりしてるんですか! キスはもうしちゃったんですかっ! 先生ってば千雨さんにギュッてしてもらったりしてるんですかっ!」
「――あの、だからな」
「ずるいです、酷いです。うらやましいですっ! あの、今まで勇気がなくていえませんでしたけど、わたしだって千雨さんともっと仲良く――――」
「――――いいか、入るなよっ! 茶々丸もだ! ちょっと外でまってろ!」
「…………」
「ほら、さっさとおきろ千雨! ったく、まさかほんとにこんな状況だとはなあ。普通思わんだろ? 軽くからかってやろうと思ってただけなんだって。いや、あのな……」
「…………ぐすっ…………」
「っ!? な、泣くなっ、ほら、服を着ろ、な? さよにばれるのも困るだろ? ほら、服着せてやるから。手を上げろ、ちゃんと立てって。……うるさい! 苛めてなどおらんわっ! グダグダいっとらんで、貴様はそっちをなんとかしろっ!」
「…………う……うぅ……」
「い、いや、ちがうっ! 坊やに言ったんだ。お前を怒ったわけじゃないぞっ。本当に悪かった! すまん、千雨! まさかホントにそーゆー行為をまだ続けてるとは思ってなくてな。いや、お前もその…………なかなかやるんだな……」
「………………うぅ」
「い、いや、違うぞ! 脅してるわけじゃない! ほら、泣き止め! 大丈夫だ! わたしはお前の味方だぞ。安心しろ。まずは服を着ような、外が騒がしいから。ほらっ、人が集まってくるとまずいだろ」
「……………………うん」
「そうそう。服を着て、上着もな。よしよし、えらいぞ。…………あと、あー、そのな。その、なんだ。一応、においも消したほうがいいぞ。これは善意で言ってるんだが、ちょっとな、結構……このままだと、普通の人間にも分かるというかな……かなりまずいと思うんだが」
「…………ぐすっ」
「な、泣くなっ、バカモノ! わたしのほうが泣きたいわっ!」
◆
「…………」
「どうしたんですか千雨さん」
早速つかれきって早めのお昼にするかと入ったカフェテリアで、スパゲッティの皿を前に、ぼうっとしていた千雨にネギが問いかけた。
千雨といえば、さきほどまでネギと付き合い始めたことで起こった騒動を思い出して食欲がなくなっていた。
あのときは素で泣いてしまった。
まさかエヴァンジェリンが助けに回ってくれるとは思ってなかったが、あそこまで気を使われると逆にへこむ。意外すぎる一面だった。
ちなみにネギが命を賭けてまで得ようとしたエヴァンジェリンから千雨に向けた初謝罪である。ぜんぜん嬉しくない。
隠し通せると信じきっていたわけではないが、ここまであっさりとばれなくてもいいではないか。
明日菜と木乃香はどちらかというとネギに焦点を絞っているようだが、エヴァンジェリンや茶々丸、そして何より相坂さよは完全に千雨側だ。特にさよが最近いろいろと真剣に考え込んでいるのは千雨としても気になっている。
どうしたものかと悩んではいるものの、相坂さよが千雨になついているのを、それほど深刻にとらえていない千雨としては行動が起こしにくいのだ。
あとあと千雨はその付けを払うことになるだろう。最近の千雨は少しばかり抜けすぎだ。
本当はこうして神楽坂の誕生日プレゼントを外に買いに来るのも遠慮すべきだったのかもしれないが、だんだんと諦めの境地に入ってしまい、ネギの誘いを断りきれなかった。
かろうじて残った理性により麻帆良の中で二人っきりの買い物姿を見られる危険性を感じ取ってこうして原宿まで出てきたが、昔の千雨だったら、いくらネギの頼みだろうが、相坂さよや近衛木乃香に同行を誘うか、ネギにアドバイスをするだけで、二人っきりの買い物に了承はしなかっただろう。
誰かに見られたら取り返しが付かないのはわかってるはずなのだ。
それなのに、いまこうしているのだから、世話はない。
このガキは自分の心労がバカらしくなるほどに単純だ。
気を利かせたのかサービスなのか、注文もしていないのに大きめのグラスに二つのストローを刺して持ってきたウェイトレスの後姿に半ば本気の殺気を飛ばしながら、残すのももったいないとスパゲッティに手を伸ばす。
テーブルの上のでかいグラスは見なかったことにしたい。
というか曲がりなりにも店なのだから、誰かが頼まなければ持ってくるはずがないんじゃないか。誰の仕業だこのジュース。
考えるのも面倒になって、千雨は無心で食事を続ける。
ああ、本当に、誰にも見られていませんように。
◆
「ちょっとちょっと、これってデートじゃないのっ!?」
当然だが、誰かに見られていた。
千雨的基準で、最悪から数えたほうがはやいチアリーダーズの面々である。ちなみにトップは早乙女で、次位が朝倉だ。
このあたりの順位にかんして、千雨は色々と思うところがあるらしい。
「で、でもネギくん十歳だし……ちょっと姉弟感覚で買い物にきただけじゃ」
「それでわざわざ原宿まで出てくる?」
「ネギくんはただの十歳じゃないよー」
順に釘宮円、柿崎美砂、椎名桜子だ。
ひそひそと話す姿はどう見ても目立っているが、千雨とネギには気づかれていない。
「わわわ、たた、大変かもーっ」
「誰かに知られたらまずいよこれ」
「生徒に手を出すなんて、ネギくんクビだよクビー」
キャーキャーと騒ぐ。どうしてこれでばれないのか不思議である。
初デートで意識をまわりに向けていないネギはまだしも、千雨が半分意識を飛ばしかけている現状がなければ、まずバレていただろう。
だが話している内容は真っ当だ。誤解じゃないというところが救えない。
「いや、まって落ち着いて! この場合、手を出したのはネギくんというよりたぶん長谷川なんじゃ?」
「おーっ、なるほど」
「たしかにそれっぽい感じよね。大体長谷川とネギくんって言ったら現時点で3-Aで噂の二人と評判じゃない。こうしてみてもちょっと信じられないけど、レオタードで抱き合ってたり、ネギくんが執着していたりと噂は耐えないわけだし」
「木乃香と明日菜も二人は仲がいいっていってたよねー」
円がノリノリで追従した。
「と、とにかく当局に連絡しなくちゃ」
「当局って? 職員室!?」
「バカ、んなとこ連絡したら即クビ&退学でしょうが!」
桜子の台詞に円が突っ込みを入れる。
そんな三人組の電話の先は、
「はーい。ん、なに? 柿崎? なによー、せっかくの休日なのにー」
もちろん3-Aのお世話番。神楽坂明日菜の携帯だった。
新聞配達のため、平日の朝がダントツに早い明日菜は休日は昼前まで寝ているのが常だ。
パジャマ姿のままベッドの上で携帯を手に取っている。横では置いていかれたカモがムニャムニャとうなっていた。
「休日の昼間っから寝てんじゃないわよ。大変! とにかく大変なのよっ、これ見て!」
「んっ、写真メール?」
You got a mailの合成音とともに画像メールを受信した。
明日菜が携帯の画面に目をやると、そこには二人でテーブルを囲む千雨とネギの姿があった。
テーブルの中央にストローが二本刺さったジュースが乗っている。
「…………うわぁ、これはまた」
千雨ちゃんも大概うかつねえ、と明日菜は頬をかいた。いきなりばれてるらしい。
「どう!? これって秘密のデートじゃない?」
「この二人どうなってんのよ! 明日菜なら何か知ってんじゃないの!?」
「アスナー、ネギくんとられちゃったねー」
ああ、コリャもうだめだ。
明日菜はあっさりと千雨を見捨てることにした。
たぶん明日にはクラス中に広まるだろう。
「知らないわよ。まあ、べつにいいんじゃないの? デバガメして怒られても知らないわよ」
一応いさめる努力くらいはすることにした。たぶん無駄だろうけど、千雨への言い訳ようだ。
そのまま、ポイッと携帯を投げて、二度寝に入る。
携帯からは柿崎美砂たちの声が聞こえてくるが、明日菜は無視した。
「も、もしもし、もしもし。アスナー!?」
「あっ、二人が動き始めた! 後をつけなきゃ」
「あんもー。信じれないのかなー、明日菜」
これ以上ないほどに信じている。
だが三人にはそんなことを知る由もない。
◆
昼食を食べ終わり、散策を続けながら歩いている中、千雨が口を開く。
「そういや近衛はどうしたんだ。あいつが神楽坂の誕生日をスルーするってことはないだろ。もう用意し終わってるのか?」
「いえ、今日買う予定だそうですけど」
「そうなのか。じゃあ一緒にくりゃあよかったじゃねえか」
明日菜の誕生日プレゼントなのだ。用意しないはずはないと思っていたが、それなら一緒に見繕いたかった。幾分気もまぎれただろう。
社交性のなさから千雨が木乃香を誘うことはなかったが、同行を申し出れば二つ返事で了解していただろう。
「いえ、相談したんですけど木乃香さんが自分はいいから、千雨さんを誘っていくようにと」
「ああそう……相談したのか」
一発で納得した。
むしろ同行しないのは幸いだったかもしれない。
近衛の笑顔を思い出しながら、引きつった笑いを漏らす千雨にネギが頬を赤めて言葉を続ける。
「いえ、でもボクも……その……一緒にいれて嬉しいというか……その、こうしていられて嬉しいです」
「そ、そりゃどうも」
なんでこういうときは年相応に照れるかね。
そのくせ言うべきことは言うのだから、口下手な千雨としては黙るしかない。
なんとか、ぶっきらぼうな返事を搾り出す。
だが千雨も頬の赤さを隠せていない。
千雨は改めて横に並ぶ男を見る。
顔を赤くしながらも幸せそうにニコニコと笑いながら歩くその姿。
くっ、と悔しそうにうなる千雨が足を速め、その横をとことことネギがついていく。
千雨はもう店など見ていないし、ネギも早足の千雨についていくだけだ。
いったいこの二人は、何のためにこんなところまで足を運んでいるのだろうか。
◆
そんなバカらしいほどにピンク色のオーラを振りまいている二人がようやく、店を物色し始める。
二人とも黙ったまま歩き、ネギが声をかけようとしてやはり思い直したのか口を閉じる。
千雨は黙ったままである。
そんなことを繰り返し、ネギが決心したように千雨に向かって声を上げた。
「あの、千雨さん」
「なんだよ。トイレならさっきの店でも借りれるぞ」
「違いますよっ!」
顔を赤くしているネギが叫んだ。
千雨が肩をすくめる。
そのまま少し黙ったものの、一度決心したあとの意志は固いネギは、もじもじとしたままもはっきりと言った。
「あの、手をつなぎませんか?」
ぴたりと千雨の歩調が乱れ、動揺を見せてしまったことを悔やむように、平静を装ってまた歩き始めた。
ネギはそんな千雨の横につき従う。
表面上は普段の顔で千雨が横を歩くネギに問いかけた。
「……それは誰の入れ知恵だ?」
「木乃香さんですけど」
「やっぱり近衛か」
やはり一番危ないのは近衛である、と千雨が思った。
ネギは単純に幸せそうだ。心のそこから見習いたい。
ぐっ、と一瞬どうするかを迷ったものの、断るのも意識しているようで恥ずかしい。
千雨は視線を向けずに手を握る。
そしてそのまま道を先導するように、ネギの手を引っ張った。
わわわ、とネギがあわてながらついてくる。
少し汗ばんだ温かな手の感触に千雨の顔も赤くなった。自爆だ。
だが、それがなぜか心地よく、思わず千雨の顔に笑みが浮かぶ。
皮肉気な、それでいて楽しそうなそんな微笑み。
あわてるネギの手を引きながら千雨は歩く。
手の先のいるその存在を実感しながら、その手を握る。
「ほら、いくぞ」
「は、はいっ」
千雨はそっぽを向きながら、頬を赤らめるネギの手を引いていく。
ネギはその手に引っ張られて千雨の横に並んで歩く。
姉と弟? 友人同士? 教師と生徒?
いやいや、その姿はどう見ても、
「おいおいおいーっ ひゃーん、いいフンイキーっ」
「完全に出来てるよ、あの二人―」
「禁断すぎるーっ!」
どう見ても初々しい恋人同士にしか見えないわけだ。
◆
先ほどの電話から一時間もせずに、再度明日菜の携帯がなった。
明日菜は寮の休憩室でジャンクフードを朝ごはん代わりにつまんでいた。
肩にはネギにおいていかれたカモミールが乗っている。
明日菜はすでに先ほどのことは意識の外だ。
彼女はどうしようもないことに関しては意外と薄情なのだ。
「はーい。……なんだ、また柿崎? 何の用よ」
「すごいーっ、すごいよアスナ! あの二人今にも駆け落ちでもしちゃいそうな雰囲気だよー」
「あー、そうなの? まあネギはまだしも千雨ちゃんはちょっと意外よね」
「もう、すごい初々しくてさー。手をつないで歩いてるんだけどさー、カップルボケって言うの? 幸せボケって言うの? もーなんなのあのオーラはっ!? ネギくんもだけど、特に長谷川の印象変わりまくりよーっ!」
「……ああ、そう」
自分もそうだったので、なんとも言えない明日菜。
ある程度はごまかしてやったほうがいいのかしらん、と思いつつ、ポテトをくわえる。
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「あら、どうかしましたの? 明日菜さん」
「えっ!? い、いやなんでもないのよ、いいんちょ。ホントに」
不味すぎる。さすがの明日菜もここで委員長にばれる展開となっては千雨に同情せざるをえない。
しかし、そううまくはいかないもの。明日菜に証拠を見せるつもりなのか、メールの着信音がなり、明日菜は反射的に携帯を覗き込んでしまった。
後ろから委員長が覗いているのだ、画面はばっちり二人に見える。
画面には手をつなぎながら歩くネギと千雨の姿があった。二人ともまんざらでもなさそうに幸せそうに微笑んでいるが、これを委員長に見られているとなると、この笑顔がいっそ哀れでもある。
明日菜は今日はじめて、わりと本気で千雨に同情した。
当然委員長が沸騰する。
「なんですのこれはーっ!? 悪戯メールにもほどがありますわーっ」
「知らないっ。わたしは知らないってばー。柿崎に聞きなさいよーっ」
「ちょっと、どういうことですの、柿崎さんっ!」
「げっ、いいんちょ!?」
明日菜に繋がっているはずの携帯から聞こえる声に、美砂と円、桜子の三人が頭を抱えた。このタイミングで一番ばれてはいけない人間にばれてしまったことに気づいたのだ。
「桜子さん、釘宮さん、柿崎さんっ、3-Aクラス委員長として命じますっ! 先生と生徒の不純異性交遊は絶対厳禁っ!! 断固阻止ですわっ!」
「で、でも、長谷川だよー? あいつはウトそうだしさあ、ここで邪魔しちゃったらあいつ一生独り身かもー」
「そうだよそうだよ。かわいそうだよー。応援してあげようよ、いいんちょー」
「どっちにしても、ここで邪魔するのはどうかと思うな」
失礼すぎる。
あながち間違いでもなさそうなのがまた面倒くさい。
そして、普段の千雨の社交性のなさを気にしていた委員長にとっては、かなり心に来る台詞だった。
最近は図書館組などとも仲がよくなったり、相坂さよなどが現れたりと賑やかになっているが、以前は学校行事の班分けも、彼女が千雨と同じ班になることが多かったのだ。
「で、ですが、不純異性交遊ではありませんのっ!」
「なにいってんのよ。うちのクラスだって彼氏持ちはいるじゃーん」
自分自身も彼氏持ちなので、柿崎美砂が突っ込んだ。
さっきまで大スキャンダルだとはしゃいでいたわりに、自分より興奮しているあやかの登場でその口調はいつものそれだ。
ちなみに3-Aに限れば彼氏を持たない人物は朝倉式判断法で恐らく5分の4以上と推定されている。
彼氏持ちが5分の1というわけではないらしいが、ナチュラルボーンキレイカワイイやからがそろっているにしては結構少ない、というのが千雨の見解である。
「で、ですが。ネギ先生はいまだ子供っ! 必要以上の交友は我々が適切に管理すべきです」
「えーっ」
どの口が言ってるんだ、このショタコン。とはさすがに言えないので、柿崎は黙った。
「どの口が言ってるのよ、このショタコン」
代わりに明日菜が当たり前のように突っ込みを入れた。勇者すぎる。
「失礼なっ! これは3-Aの委員長としての義務ですっ!」
「嘘くさいわねえ」
「そうだよー、応援するのがわたしたちの役目なのにー」
「いいですわね、釘宮さん、柿崎さん、桜子さん」
明日菜にあやかって文句を言う美砂だが、地獄のそこから響くような声で釘を刺された。
勇者ではないチアリーダーズの面々では反抗できない。
ちなみに煽るだけ煽った明日菜はすでにどうやって逃げようかを考え始めていた。
「もう、仕方ないなあ」
「じゃあ、正体がばれないように」
「しょうがないねー」
あそこまでいわれては仕方がない。ばれなければ千雨の応援をしたのだが、ここは委員長に従おう。
三人はササッと変装を済ませて、委員長の手伝いをすることにした。
それじゃ、と三人がポーズを決める。
「チアリーダーの名にかけて! いいんちょの私利私欲を応援よっ!」
千雨が聞いたら泣いただろう。
だが、幸運といっていいものか。
そんな三人に待ったをかけるように、話しかけるものたちが――――
◆
「さあわたしたちもすぐに現場に向かいますわよ!」
「えーっ? わたしもー?」
ハッスルしだした雪広あやかに手を引かれる。
明日菜にとってはこのまま委員長を連れて行くと、千雨にものすごい恨みを買われそうなのでいきたくない。
悪気はなかったらしいが、風邪を引かされて一晩寝込んだことを忘れてはいない。
彼女はネギよりもまっとうな魔女なのだ。
「ですが姐さん。ここで兄貴たちを見捨てたら、あとで千雨の姉御になにされるか分かりませんぜ」
「千雨ちゃんこういうのは敏感そうなのにね」
「姉御も女だったってことっすねえ」
グフフ、とカモミールが笑った。あやかに手を引かれている明日菜は肩に乗っているカモミールの顔を見る暇はなかったが、さぞ千雨が見たら怒り出すような顔をしていることだろう。
ますます行きたくない。
このオコジョは懲りていないのだろうか。いや、気づいていないだけか。
そのまま二人は電車に駆け込んだ。美砂たちから大まかな場所は聞いてあるが、ここは麻帆良で向こうは東京だ。すぐにはつかない。
「たとえ千雨さんといえども、ネギ先生に手を出すなんて、許せませんわ」
委員長は、以前に千雨がネギと抱き合っていたことを忘れてはいない。
委員長にとっては、以前からうわさのあったネギと千雨が本当に付き合っているのかも、と言う考えが捨てきれない。
実際のところ、あのときは本当にただの誤解だったわけだが、今は違う。運命的なタイミングだった。
「明日菜さん、ネギ先生は本当に千雨さんとお付き合いしてるわけじゃないんでしょうね」
「えっ!? いやー、どうなのかしらねえー。アハハハハ」
こういう場面でも、誤魔化しはするが嘘はつけない明日菜は適当に答えながら笑って誤魔化した。付き合っていることを知っている以上、付き合ってないとはいえないのだ。損な性格である。
「なにか知ってますわねっ!? 教えなさいっ!」
「いや、知っているというかさあ、あのね、いいんちょ。落ち着いて」
「落ち着いてますわ!」
「ほらほら、周りの迷惑になるでしょ」
「…………その態度。明日菜さん本当になにか知ってますわね?」
半眼で睨まれる。完全にあたりをつけられたらしい。
明日菜は冷や汗を隠せない。
付き合いが長い悪友同士。誤魔化しなど通じようはずもない。
どうしたものかと明日菜は頭を掻くが、ここは電車の中で原宿まではまだ遠い。
二人は魔法使いではないので、到着まではかなりかかる。
時間はたっぷり、逃げ場なし。
迫る委員長の顔を見ながら、明日菜は早くも諦め始めていた。
まあ、しょうがないわよね。
◆
さて、そろそろ破滅の序曲が聞こえてきそうな千雨とネギは、明日菜が自分たちのことを委員長にあっさりと売ったことも知らず、当の明日菜のためのプレゼントを決めていた。
特に何も起こることなく店をめぐったが、そこまで明日菜の好みを知らないとあって、時間がかかってしまった。
誕生日プレゼントを見繕い、ようやくといった風情で千雨が大きくのびをしたときには、そろそろ日が沈み始めていた。
平和に終わって結構なことだが、さすがに疲れた。インドア派には少しつらい。
「で、次はどうする?」
「そうですね。買い物も終わりましたし、東京も見れました」
ニコニコと笑いながらネギが言った。麻帆良も十分に大都市であるが、こうして外に出れるのはまた別だ。
「そりゃよかったな。帰る前に少し休むか? 結構疲れただろ」
二人は人気が少なくなった夕暮れの街中をあるいている。
ネギと千雨はジュースを買うと並んでベンチに座った。
そのまますこし会話を楽しむ。千雨はいつもどおり言葉少なに、ネギは今日一日はしゃぎ続けて少し疲れたようにうつらうつらと会話を続ける。
そして、ふっと出来た会話の間隙に、ネギはふらりと頭を揺らした。千雨が久しぶりに見た子供っぽい仕草に笑い、そのまま倒れるネギの頭を受けとめる。
そのまま膝枕をしたのは、雰囲気に流されたからだろう。それくらい久しぶりにゆっくりとした瞬間だった。
千雨はウトウトとしているネギの頭を撫でながら息を吐く。どっから見てもガキだった。
だけど、こいつは魔法使いで、先生で、有名人を親に持つマギステル・マギ候補の逸材とやらで、そしてわたしの恋人だ。
秘密にしている。ほとんど秘密になっていないけど、こいつと恋人になったことは秘密なのだ。
そういう綱渡りのような秘密の関係。
それがこの二人の関係なのだ。
だけどネギは恋人というよりもパートナーという考えを重視しているのだろう。彼はそれを話すことをためらわない。
いや、恋人だって同じことだ。恋人だろうがパートナーだろうが、今のネギはそういう区分にこだわっていない。
純粋な好意と、そして喜び。
だからネギは、意外にあからさまと人に話してしまおうとするところがある。
その根底にあるものは、つまり自慢だ。
簡単に言えば、ネギ・スプリングフィールドは長谷川千雨のことを自慢したくてたまらない。
うれしいのだ。
本当に、いまこの女性と一緒に立っていられることの幸福を、心のそこから感じている。
同じ立場の存在なんて居なかった。友達だといえる存在なんて数えるほどで、本当に心許せる存在なんて幼馴染と姉くらい。
親を求めて池に落ち、力を求めて夜の図書館に忍び込み、マギステル・マギを求めてただがむしゃらに生きてきた。
いびつに生きて、歪んだ道だと咎められ、それでもただ猛進した。
元来の性格と周囲の助けもあって表面上は明るく振舞っていたが、内面には悲しみを堆積させていたのだ。
そんな中、ネギの前に一人の少女が現れて、そして紆余曲折の末、ネギはパートナーを手に入れた。
自分と対等で、自分と素で話せて、自分が上でも相手が上でもなく、そして素直にすべてを共有できるほどの信頼を抱け、そして何者にも変えられない愛情を向け合えるそういう相手。
そういう相手が、いまこうして自分の横に。
ネギはそういう初めての存在がうれしくてたまらない。
そういうところを長谷川千雨はわかっていない。
彼がどれほどの喜びを感じているかがわかっていない。
彼がどれほどの感謝を捧げているかをわかっていない。
本当に、本当に本当に、ネギは千雨が本当に大好きで、そこらへんの真剣さをこのニブチンはまるっきりわかっちゃいないのだ。
彼女はただ常識に縛られて、ばれるのはまずいと考えて、それをネギに注意した。
だからネギは黙ってる。
だがネギは違う。
千雨がばらすなといったからネギは隠しているだけだ。
本当はネギは喋ってしまいたくてたまらない。
彼は自分だけが知る幸せじゃあ満足できない。
皆に聞いてもらいたい。皆に知ってもらいたい。皆に祝福してもらいたい。
彼にはそんな己の欲望に忠実なところがあって、
そして、ネギ・スプリングフィールドは、そうした願いをたいていかなえてきた意外に頑固でわがままで、そしてちょっとばかり世界に愛されている少年なのだ。
だからほら、あの祝福すべき二人から少し視線をずらせば、街路樹の陰で騒ぐチアがいて、向こうから走ってくる委員長がいて、あきれたような顔をしてその姿を見送る明日菜がいる。
今日の朝からずっと隠れていた木乃香とさよは騒ぐ美砂たちを引きとめながらもそろそろ限界らしいと、出てくる準備までしてるのに、千雨ときたらまったく気づかずにネギの頬をつつきながら微笑んでいる。
まったく甘いったらない。
周りから名を呼ばれ、ビクリと震えた千雨が動きを止める。
ネギはそんな喧騒を夢見心地で聞きながら微笑んだ。
きっといい夢を見ているのだろう。
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なんで秘密にする必要があるの、とか素で聞いちゃう子と、テレテレ恥ずかしがっている子の組み合わせ。ようやく初デート編。順番おかしいですね。
まさか! から なーんだ・・・につなげられるのは誤解が根底にあるからこそであって、そりゃマジならこうなります。当然ですがばれます。
同じような話が続きましたがただラブってるだけの話は今回で終わり。次回は最近はぶられている相坂さんがでてくるかもです。