さて、千雨が抱き合うさよと共にエヴァンジェリンから説教を受けるという、いつもどおりの騒動を伴った朝がすぎ、ようやく開放された千雨は駅前集合ということで、さよと茶々丸と連れ立って東京駅に集まっていた。
朝方から説教などされて気力もないが、団体行動を乱すわけにも行かない。
そんな千雨とは対照的に、さすがにさよは体を得て初めての長期旅行ということで気合十分だった。
眠れないと騒いでいたはずのさよはそんな気配をかけらも見せず、睡眠不足とその他もろもろの出来事でふらふらの千雨を引っ張っている。
茶々丸も同様に旅行は初めてのはずだが、彼女は旅行よりもエヴァンジェリンのことを気にし続けている。
エヴァンジェリンが主人らしいが、外見的にも性格的にも茶々丸のほうが姉か保護者のように見えた。
エヴァンジェリンの従者というには、この少女は上玉すぎる。朝もエヴァンジェリンに説教されて涙目だった千雨のフォローをしたのは茶々丸である。
説教を受けている千雨をケラケラと笑ってみていたルビーとぜひ立場を変わってほしい。
ちなみにルビーは大霊脈である世界樹の影響圏外である麻帆良大結界の外にでた時点で休眠中だ。さよは寂しがっていたが、千雨としてはこのまま旅行中は静かにしていてほしい。
「エヴァンジェリンさんにお土産をたくさん買っていきましょうね」
「はい。マスターも喜ぶと思います」
さよの言葉に茶々丸が微笑む。やはりこの二人は仲がいい。
すでにホームでは大勢の生徒と、当然のことながら引率として早めに集まっていたらしい先生がホームで騒いでいる。
千雨たちに気づいたのか、ネギがよってきた。
「おはようございます、皆さん。千雨さんは眠そうですね、大丈夫ですか?」
「んー。まあ電車で寝るよ。先生は元気だな……」
もちろんです、とはしゃぐ先生の前で、朝方に説教を食らっていた千雨がふらふらとゆれていた。
あたりを見渡せば、3-Aでは自分たちが最後のようだ。
3年全体で見ても駅に着いたのは遅めらしい。きっとエヴァンジェリンの所為だろう。
「ふぁあー、くそっ、すげえねみい……」
「千雨ちゃん、ねむそーだねえ」
笑いながらハルナが言った。
「てめえはいつも元気いっぱいだな」
「まあね。やっぱ修学旅行だし、楽しまないと」
千雨はそのテンションに顔を引きつらせながらあたりを見渡す。ぜひ自分とは関係ないところで楽しんでほしい。
話を聞くと始発できたらしい。千雨からすれば狂気の沙汰だ。
「おはようございます、千雨さん」
「おはよ。宮崎」
新しく加わった千雨に気づいたのどかが声をかけた。
ふらふらとゆれながら千雨が手を上げる。
自分の班の面々はと周りを見渡すと、すでにさよと茶々丸が刹那とザジと集まっていた。
実はすでに千雨よりも友人が多いさよである。班員同士の仲がよくて結構なことだ。
その横では超と四葉は普通に肉まんを売っている。ものすごく法律に抵触しているような気がするが、千雨は超たちがエヴァンジェリンの事情に通じるような輩であることを知っている。
心配する必要はないだろう。
そんなことを考えている千雨の横では宮崎と綾瀬、そして和泉が枕を片手に談笑している。
枕が替わると眠れないらしいが、駅のホームで枕を抱いている姿は流石に目立つ。
宮崎は引っ込み思案だと自分を認識しているらしいが、かなり嘘だと千雨は思う。こいつは意外と大胆だ。
まあ枕を抱きしめるくらいはいいだろう。ネギ然りさよ然り、人を抱き枕にするよりは全然ましだ。
そういえば、ネギはいまだに神楽坂に抱きついて寝ているのだろうかと、千雨は首をかしげた。相手がネギなだけに、ありえそうでもありえなさそうでもある。
ネギが聞いたら顔を真っ赤にして否定しただろうが、千雨は勝手に納得して勝手に結論付けるので、その思考は外には漏れない。
ルビーの指導で改善されているが、日常においては彼女の積極性はまだまだ低い。千雨と付き合っていく上で苦労する千雨の欠点である。
千雨はそのままうつらうつらと他人の会話を漏れ聞きながら電車を待つ。
騒ぐクラスメイトの元気を分けてほしかった。
そうしてさらに少し待つと、しずなとネギにより生徒に集合がかけられ、千雨も第6班の面々に合流する。
大して仲のいいやつなんていなかった身である。どのグループだろうと今までは意識することはなかった。
最近仲よくなった図書館組と神楽坂のグループに入れてもらうという道もあったかもしれないが、彼女らはすでに人数一杯なところもあるし、ぽっと出の自分が和を乱すこともない。
それに下手に図書館組に混じって質問攻めというのもぞっとしない。
さよの誘いはむしろ幸いだったのかもしれないわけだ。
ちらりと視線を向ければ、そわそわとした視線を委員長をはじめとする数人から向けられている。話しかけるタイミングを計るようなそんな間合い。
逆に、ザジに刹那にと六班の面々は特に質問する気配もないわけで、千雨はこっそり安堵した。やはりこの班には入れたのはよい選択だったらしい。
委員長やチアや近衛、早乙女や朝倉と一緒の班では、ホテルの夜が怖すぎる。
今日の夜はさっさと寝てしまおう。
そんなことを考えながら、千雨は半開きの目でふらふらゆれる。
判ごとに整列して、電車が来るまでの数分の待ち時間を、千雨はそんなことを考えながらうつらうつらと過ごすことになった。
第20話
新幹線が動きはじめ、風景が後ろに流れていく。
魔法を超越した科学の力。
時速300キロでおこなわれる大移動。
だがそんな感慨をいだくのは、半人前の魔術師だけのようで、他の皆は当然新幹線ごときにいまさら驚きもせず騒いでいる。
カードゲームに興じるもの、お菓子を食べて雑談するもの、寝ているもの。
相坂はわたしの横で、楽しそうに絡繰茶々丸と談笑していた。
こいつが修学旅行を楽しみにしていたなんてのは知らなかったはずも無いが、わたし抜きでも順当に学生生活を満喫しているようだ。
旅行における移動中の楽しさというのは理解しているつもりだが、わたしはさっそく寝に入っていた。
適度に暖房が効き、かすかに揺れるゆったりとした空間だ。ぶっちゃけた話耐えられそうも無い。
横で楽しそうにしている相坂さよの声を聞きながら、眠りに落ちる。
朝の目覚めがいきなりエヴァンジェリンの怒鳴り声だったので、目覚めもさわやかというわけではなかった。
昨晩は眠る間際にごたごたしだだけで、別に眠る時間はそれほど短かったというわけでもないのだが、どうにも眠い。
そうして、うつらうつらとしていたそんな折、カエルとか何とか騒ぎが聞こえた気もしたが、残念ながらわたしの意識はその騒動の前に沈んでいた。
◆◆◆
「カエル108匹回収し終わったアルよ」
古菲がカエルの詰まったゴミ袋かかえたまま報告する。
新幹線内にもう他のカエルの気配は無い。
現象数である108の符からなるカエルである。これはこのあとこっそりと符に戻されて回収されることになるだろう。
「し、しずな先生が失神してるーっ!?」
「保険委員は介抱をっ! いいんちょさんは至急点呼をお願いしますっ!」
「保険委員も失神してるわよっ」
ネギが指示を出し、目を回す和泉亜子を抱えながら明日菜が怒鳴った。
肩に乗ったカモが関西呪術協会の仕業だとささやき、流石にそれについては異論は無いネギがうなずく。
そのまま、胸元に入っていた手紙が式神のツバメに奪われて、そのままさらに一騒動が起こるわけだが、残念ながら、そこに千雨の出番はなかった。
ずっと眠っていたためだ。
「亜子さんと先生はそちらに寝かせて差し上げなさい」
あやかが指示を出しながら、気絶した亜子を介抱する。
各班の班長に点呼を取るように指示を出しながら、てきぱきと動く姿は、さすがに3-Aで委員長だった。その有能さが垣間見える。
当然六班の面々も点呼を取る。
茶々丸がカエルに驚いて転んでいたさよに手を貸した。
「さよさん、お怪我は?」
「あっ、ハイ、大丈夫みたいです。ザジさんは?」
「……大丈夫」
こくりとザジが首を傾けた。
これで三人。
だが千雨は眠りっぱなしで桜咲刹那はいなかった。
ずいぶんと問題の多い班だ。
茶々丸に刹那と千雨のことを聞かされ、委員長が呆れ顔をさらす。
特に見当たらないという刹那は問題だ。
指示を仰ごうにも、しずな先生は気絶して、ネギ先生はいきなり現れた鳥を追って消えてしまった。
しょうがないと、自分が音頭をとることにし、フリフリと頭を振って気を取り直す。
別段ネギと千雨が付き合ったからといって、ネギへの愛が消えるわけではない。打算もあるが、そういうところでは、あやかはしっかりとした信念を持っている。
だからネギのためにと、あやかはいつもより少し張り切って指示を出し始めた。
ここから改めてこのクラスをまとめなおせるのだから、やはり雪広あやかは優秀である。
◆
そして、ようやくカエル騒動も一段落着いた車両の中で、すかー、と寝息を立てる千雨の周りに人が集まった。
カードゲームをしていたものや、おしゃべりをしていたもの。行きの列車はざわめいていたし、彼女らだって千雨のことだけしかネタがないわけじゃない。
当然それぞれが旅行の過程を楽しんでいたが、そういうイベントが中断されてしまったことで出来た空白に、本当にただなんとなく、最近一番の話題の種に注目が集まったのだ。
千雨にとっては不幸としか言いようがない。
起きていればカエルの主に恨みごとの一つでもいっただろうが、彼女はいまだ夢の中だ。
「うわー、千雨ちゃんってば普通に寝てるよ。図太いなあ、意外と」
「意外でも何でもありませんわ。彼女のマイペースさはしっていましたもの」
いままでの学校行事では、たいてい同じ班で、千雨の手綱を取らされていたあやかがため息を吐いた。
放っておく分には最も楽だが、彼女を3-Aから浮かないようにさせるのはかなり大変なのだ。
あやかの責任感がもう少し足りなければ楽だったのだろうが、お気楽に張っちゃけるように見えても彼女は意外に苦労人なのだ。
いくら3-Aとはいえ、かつての千雨が曲がりなりにもクラスメイトとして皆に溶け込めていたのは、雪広あやかの功績である。
「ふーん。そういえばいいんちょはデートについていったんでしょー? 千雨ちゃんとネギ先生ってどんな感じだったの?」
「えっ? ま、まあそれはですね、なんといいますか……」
いい機会だと風香がきいた。
席に戻ろうとしていた周りの視線も固定される。しかしあやかとしてはあの日に声をかけた際に、本気でへこんでいた千雨を見ているだけにどうにも言いにくい。
それに自分は最後の最後に合流しただけだ。
デートの内容は美砂に聞いただけで、当の二人からは聞き出してすらいない。
「まーまー。いいんちょ。いいじゃんいいじゃん。もう認めてんでしょ? ネギくんのことさー」
言葉を詰まらせるあやかに美砂が口を挟んだ。
彼女は3-Aで数少ない現在進行形の彼氏持ちとあって、千雨にたいしてもっともフランクな印象を持っている。簡単に言えば遠慮がない。
「柿崎。あんた千雨ちゃんに怒られるわよ」
「もういまさらじゃん。だいじょぶだいじょぶ。こいつも許してくれるって」
「なになに、やっぱなんかいいネタもってんの?」
明日菜がいさめるが、早速和美が食いついていた。
「とーぜん。ほらっ、これ!」
昨日は千雨が怖かったので自重したが、今のこの空気で出さないわけにはいかないわよね、と美砂は携帯をとり出した。
先日の写真をみなに見せつける。
デートの終わり、ネギを膝枕する千雨の姿。
仏頂面がデフォルトのクラスメイトからこぼれる小さな微笑。
さすがに本気を出せば、ネットで一番とうたわれるその少女。笑顔どころか、つい先日までクラスメイトと喋る姿すら希少だったクラスメイトのそんな写真に皆が驚く。
地味目のクラスメイトだと思っていたが、これは掘り出し物すぎる。
キャーと一気にクラスメイトが盛り上がった。
さよは冷や汗を書きながら、すやすやと眠っている千雨を横目で見る。穏やかな顔だ。このまま起こさないでおいてあげるべきだろうか。
ネギ先生は鳥を追いかけたまま帰ってこないし、刹那は席から消えたままだ。茶々丸にいたってはむしろ興味深そうに美砂たちのほうを向いているし、無表情ながらザジも美砂のほうに視線を向けていた。
「ふわー。ちょっとあんたらも見てみなって。千雨ちゃんってこうしてお洒落してると美人だねー。なんでいつもはあんなかっこしてんだろ。意味あるのかね。何か秘密の顔があるとか」
「ハルナ……さすがにそれは失礼すぎると思うのです」
「やっぱりほんとだったんだねー」
のどかが感心したように言った。
「んっ、のどか。どうしたの? 略奪愛はあんまり賛成できないなあ。それにこれ見ると難しそうだよー」
「ちがうよー。それにわたしは知ってたし」
いたって当たり前のようにのどかが答えた。
「そうなのですか、のどか?」
「あっ、うん。たぶんそうなんじゃないかなって。あのね、前に――――」
のどかがかつてのことを思い返しながら口を開く。
「わかっとらんなあ、みんなは。千雨ちゃんよりもネギくんに注目するべきやって。もー、最近はアスナとウチなんかのろけ話ばっかりきいとるんやで」
「……あれはこのかが無理やり聞き出してるだけでしょーが」
あきれたように明日菜が言ったが、そんな台詞は誰も聞いていない。
「へー、ネギ君がねえ。まー長谷川は惚気たりはしなそうよね」
「そっかー。そりゃそうだよねー。昨日の二人を見る限り、ネギ君ラブラブっぽかったし。うらやましーなー」
裕奈の言葉にまき絵が頷く。
昨日は騒ぎが大きすぎたし、まだ修学旅行がどうなるかわからなかったりと問題が多かった。
それに何よりにこやかにクラスメイトと立ち回る千雨が意外に怖かったので大して話も出来なかったが、それでも感じ取れることはあった。
「そうそう。まきえの言うとおりだよ。いいなー、千雨ちゃん。ボクもラブラブな恋人がほしいよー」
「お、お姉ちゃん。あんまり大きな声出すとおきちゃうですよぅー」
キャーキャーと双子が騒ぐ。
千雨の横に座るさよは戦々恐々だ。
「千雨ちゃんからコクったのかなあ」
「あっ、それ気になるー。長谷川全然話さなかったしねー」
「そーそー。昨日とか驚いちゃったよー、結構ノリいいみたいだったしさー。こいつも怒鳴ったりするんだねー」
さよが不思議そうな顔をするが、いままでの千雨の印象は物静かな文学系少女なのだ。
ルビーから言わせれば猫かぶりすぎである。
「へー、じつは手が早いとか?」
「それがちゃうんよ。告白したのはネギくんかららしいでー」
秘密にしておくといっていたわりにあっさりと木乃香がばらした。
木乃香的にはこの辺の内容を話すのは問題にはならないらしい。
「マジ? はー、ネギくんがねえ」
うらやましー、とノリのいいクラスメイトが続いて騒ぎ、その大声に千雨がもぞもぞと動く。
さよは冷や汗を流しっぱなしだ。
ムニャムニャと平和そうに眠っているその顔をクラスメイトたちにじっくりと見られているとなっては、かわいそうすぎる薄氷の平穏である。
「じゃー、前のパートーナーの話はやっぱり千雨ちゃんだったんだねー」
「ああ、断られたとか言ってたやつね。なるほど、あのころからかあ」
「なになに、じゃあ千雨ちゃん王女さまってこと?」
「ネギ王子かー。このかはなんかきいてないの?」
「そうやね、パートーナーってのはネギくんもちょい話してたと思うわ。なんかいろいろとがんばっとるらしいで。話してくれんかったけど、あれやね、釣り合うようにはりきっとるゆうか、千雨ちゃんにふさわしくなろうとしてみたいな感じやね。アスナになんか相談してたしな」
へーと驚きの声をあげるクラスメイトを前に、くうぅ、と木乃香が一拍ためた。
「もー、なんなんやろなあ。ええなー、ああいうんて。ネギくんもすっごいカワかっこよかったでー。あっ、でもネギくんのことは千雨ちゃんには内緒な」
突っ込み役は皆無である。
「へー、いうねー。やるじゃんネギ君。アスナはなにいわれたの?」
「あのガキが気にしてるってだけよ。たいしたこと話してないって。千雨ちゃんに嫌われたくないってことでしょ」
亜子の問いに口ごもりながら明日菜が答えた。
魔法の修行を頑張っているとはさすがにいえない。
「一途すぎでしょー。どうやって落としたのよ長谷川は」
「確かにそれは気になるーっ!」
「でもちょっと子供っぽくない? 男はもっと余裕持たなきゃ」
「しょーがないでしょー。十歳だよー」
「……ゆーなは尽くしたがるタイプだからね。ファザコンだし」
なぜみんなネギのことに疑問を抱いていないのだろうと、冷や汗を流しながら話を聞いていたアキラがつぶやく。
「そーそー。そーゆー、美少年が一生懸命かっこつけたがるところがいいんじゃん」
ゆーなはロマンがわかってないな、と美砂が笑った。
「結婚しちゃいそうだよねー」
「さすがにそれはないでしょ」
「ネギくん一途っぽいしさ、絶対あるって」
桜子が力説するが、さすがにその言葉に頷くのは少数だ。修学旅行カップルの結婚率ではないが、さすがになあ、といった表情をする。
ちなみに麻帆良恋愛研究会の調べでは修学旅行での告白成功率は87%を超えている。その後のデータが望まれるところである。
逆に木乃香などはそんな疑問系のクラスメイトに対して、わかっとらんなあと頭を振ったりしているのだが、まあ反応は人それぞれ。
もちろんこの場にいるもの以外だって、話を聞いていないわけじゃない。
彼女たちの声はとても大きい。
「ふむ、結婚カ。それは実に興味深い話題だが……オヤ、ハカセ。どうしたネ。そんなに真剣に画面を見つめて。何か面白いことでも?」
桜子たちが騒ぐ声を聞きながら、面白そうに自体を見守っていた超がなにやらノートパソコンの画面とにらめっこしている葉加瀬に目をやった。
「…………えっ。いや、超さん。……えっと、茶々丸の記憶データで……。いや、茶々丸、このデータって……その、ほんと?」
「…………いえ、あの…………」
「ホホウ、どれどれ……」
超もパソコンの画面を覗き込む。
音声情報の文字データ。
情報を保存する脳みそ代わりのデータバンクはバックアップいらずのテラ単位。保存データは数年単位。
そして絡繰茶々丸はエヴァンジェリンの従者だが、創造主には逆らえない。
まあそんな当たり前のことをこれ以上かたる必要もないだろう。
「でもさー、まだネギ君ってこのかとアスナのところに泊まってるんでしょ? いいの、応援するって言ったのに」
「いやいや、隠してたんでしょ。そんな事したら即バレじゃん。てかさすがに駄目でしょー」
「まー、記事にゃあ出来なかっただろうねー、それは」
あはは、と円と和美が笑う。
「でも千雨ちゃんのところには良く遊びにいっとるで」
「えーっ、なにお泊まり!?」
きゃいきゃいと騒ぎが広まる。
「…………」
やばそうですよ、千雨さん。と心の中でさよがつぶやく。
さすがに一足飛びで連想することはないようだが、真実を知っている少数の一人としてさよは口も挟めない。
茶々丸は天才組に拉致されてしまったし、先生はいまだ帰ってこない。ザジにフォローは期待できそうにないし、刹那もいい加減戻ってきてほしいところだ。
「皆さん、もう少し落ち着きなさいな。亜子さんやしずな先生がお休みになっているのに……」
役に立たないさよの横から意外なフォローがきた。
しずなの具合を見ていたあやかが、さすがに騒ぐクラスメイトをいさめ始める。
さすがです、とさよが感心した。
あとで千雨はお礼の一つでもするべきだろう。あやかがここまで千雨の味方をしてくれるとはさよですら考えていなかったことだ。
そんな騒ぎなど知らずと寝ている千雨の周囲で、千雨とネギの馴れ初めを推測する様は、さすがに女子中学生と言うべきか。
さよは傍観の姿勢を崩さない。
知らないほうが幸せだろうと、起こさないでおいたが、ここは無理やり起こしてでも止めてもらったほうがいいだろうか。
正直自分ではこの騒ぎを止められる気がしない。
ちらりと横目で皆を見る。
いいタイミングでばっちりと和美たちと目が合って、彼女から不吉な笑みが送られた。
そりゃ、もうこの恋はもはやじっくり育てるもなにもないけれど、さすがに記事にしたら千雨さんも怒ってしまうと思います。
しかしそんなさよの無言の慟哭を聞いてくれるものなどいるはずない。
ああ、わたしもこの騒動に参加する羽目になりそうだ。
もちろん、千雨をかばう気はあるけれど、しゃべり相手のいなかった60年。
おしゃべりは大好きだったりする相坂さよ。
それにむしろ会話に加わっていたほうが、千雨のフォローが出来そうだ。
うん、きっとそうだろう。
と、いうわけで。
さよは話しても問題なさそうなネタを思い出しつつ、みなの会話に加わりながら、今のうちに千雨への言い訳を考えておくことにした。
◆
「カエルねえ」
そうなんですよ、となぜか目を泳がせながら事情を話すさよに生返事を返しながら、わたしは寝ててよかったなあと自分の英断に感心した。
なにやら騒ぎが起こったらしい。思い返せば夢うつつにクラスメイトが騒いでいた気がする。
ずいぶん盛り上がっていたようだが、あれはカエルが暴れたことだったのか。
話を聞くと、宴もたけなわと盛り上がる電車内で、いきなりカエルの群れが発生したらしい。
旅行は移動中が華であるというものだが、蛙の混じった食料品に口を付けてまで堪能したいとは思わない。
まあ本気で蛙が生まれたということはないだろうから、またぞろ、先生か関西呪術協会とやらが何かしらやらかしたのだろう。
実に迷惑だが、やはり嫌がらせ程度ということか。
さよが自分を起こさなかったということは深刻なことはなかったのだろうし、ネギによる騒動になれたクラスメイトにとってはたいした問題でもなかったに違いない。
むしろ自分に飛び火しない分、適当な騒ぎは歓迎したいくらいなのだ。
そんなことを考えながら、名前だけが先行して売れている清水の舞台からの景色を楽しむ。
「…………」
しかし、どうにも周りから視線が飛んでいる気がしてならない。
やはり、昨日先生の一件がばれたことが尾を引いているのだろうか。それにしては今朝の駅のホームよりも視線があからさまになっている気がする。
ちらりと茶々丸とさよに目をやると、なぜかその視線をそらされた。目をそらさないザジに対しては一応微笑んでから目をそらす。
いやな予感がするが、気のせいだろう。気のせいに違いない。気のせいであってほしい。あとであの二人に問いただそう。
清水寺について薀蓄を語る綾瀬を横目で見ながら、わたしは辺りを見回した。
天気もいいし、景色もいい。
シャッターを押してくれと委員長に頼んでいる釘宮の声を聞きながら、わたしも携帯で何枚か写真をとっておく。ちうのページで使うためだ。
そんな風に、漠然とした不安を感じながらも、一応はわたしも京都観光を楽しんでいた。
「そうそう。ここから先に進むと恋占いで女性に大人気の地主神社があるです」
そんな中、仏閣マニアとして清水寺を堪能していた綾瀬が声を上げた。
それに佐々木をはじめとするクラスメイトが反応する。
リアクションに気をよくしたのか、さらに綾瀬が石段を指差し、健康・学業・縁結びをつかさどる音羽の滝を紹介するころには、なぜかかなりの人数が盛り上がったまま、そちらの駆け出した。
時おりもれ聞こえるわたしの名前が恐ろしすぎる。
団体行動ということで、全員が移動し、わたしも少し離れて歩き始めた。
自然を楽しむ趣味がないわたしとしては、何枚かちう用に写真を撮れば、もう神社や森林は霊脈としての意味くらいしかない。
今日と独特の風景に感心しながら歩くネギとクラスメイトを視界の脇でとらえながら、一歩遅れてついていく。
「ちうちゃん。なにたそがれてんの?」
「……朝倉か。お前あっちに混じらなくていいのか? なんか騒いでるぞ」
「あー、恋占いの石とか恋愛成就の滝があるらしいね。わたしは石や滝自体には興味ないからなー」
それを楽しむクラスメイトのほうに興味があるらしい朝倉が悪の笑みを浮かべた。
ものすごく関わらないでほしい。あたりを見わたすが、助けてくれそうなやつがいなかった。
ちょいと遠くで茶々丸とさよとザジがそろって景色を楽しんでいるさまを見ながら、しょうがなく朝倉に付き合うことにした。
「あっ、そういえばネギ先生から告ったんだって?」
「……誰が言ってたんだ?」
「だれでもいいじゃん。電車で話してたよ。いやー、うちのクラスって面白いやつがそろってるわりに平和じゃない? こういう血沸き肉踊る大スクープってのは貴重だからさー。ほんと、よく停学食らわなかったね」
頬を引きつらせる。というかこいつはうちのクラスメイトの変態性を理解していたのか。
それを許容した上で楽しんでいるのだとしたら、底知れなすぎる。
「まー応援するってやつが大半みたいだよ。よかったねー、うちのクラスはお人よしばっかりで」
「まあ、お前みたいなのもいるけどな」
つい先日の騒動を経ておいて猫かぶりもなにもない。
いまさら取り繕う必要も何もないので辛口の言葉を返すが、なぜかそれに朝倉が楽しそうに笑った。
「いや、いいね、その性格。マジで意外だったわ」
「うるせえな。いいだろ別に」
「悪いって言ってるんじゃないって」
くっくっくと肩を震わせ、眦に浮かんだ涙をこすりながら、朝倉が言う。
「なんでいっつも黙ってたのよ。デートのときもこっそりとおしゃれしてたみたいだし、あれって一朝一夕でファッション雑誌見たって感じじゃなかったよ。慣れてるでしょ? そのわりにそういう服で見かけたことないし……それにそのメガネだって伊達じゃん」
「……」
「正直、もったいなくない? 昨日もうちのクラスを本気で嫌がってるって感じでもなかったしさ」
「意外とおせっかいだな、朝倉」
「あはは、違う違う。わたしが個人的に仲良くなっときたかったんだって」
胡散臭いと思いながら朝倉を見るが、こいつにしては珍しく真面目な表情だった。
目が合うとにこりと笑いを返された。
思わず後ずさるわたしに、朝倉が顔を寄せる。
おちゃらけながらも友人思いのパパラッチ。
クラスメイトに関わりたくないと思っていたわたしでも、そんなクラスメイトの姿を知らないということはない。
その行動に突っ込みを入れ、その性質にため息を吐きながらも数年の時間を共にした。
だからわたしは知っている。
こいつがいいやつだということを知っている。だからこそ厄介であることを知っている。
そいつの口から漏れる、わたしと仲良くしたいなんてそんな言葉。
警戒せずにはいられない。
「……どういう意味だ?」
思わず出るそんな問い。
わたしと仲良くなりたいなどと口にするその女。
だって、そんなことありえない。わたしが目新しさとスキャンダルから注目されるようになったって、わたしの本質は変わらない。
わたしと友達になりたがる奇特なやつなんて、さよくらいのものだった。
だってのに――――
「先生のこと抜きでいいからさ。あんたとは友達になっときたいな」
この女は軽々しくそういうことを口にする。
ルビーからもエヴァンジェリンからも茶々丸からも、さよやネギからだってそんな台詞をこんなにあっさりと言われたことはない。
そんな台詞は女子中学生だと考えれば、当たり前の言葉のはずなのに、当たり前じゃないやつらばかりだから忘れてた。
あまりに簡単に赤くなる自分の顔が恨めしい。
覚悟を持ったあいつらとは別物の、そんな言葉をあまりにあっさりと切り札とするそういう少女。
ああ、こいつは友達が多そうだしな、とわたしは頭の片隅で考える。
悪意がないから厄介で、善意のベクトルが違うから困り者。
伊達にわたしは友達ゼロ人で過ごしてはいなかったのだ。
大人びたその少女の言葉に、思わず目をそらしてしまう。
「駄目?」
首を傾げて笑う朝倉に、目を合わせることも出来ずに戸惑った。
なんだこいつ。キャラちげえだろ。
「い、いや……べつにいいけど……それくらい」
こういう時の口下手がいやになる。
赤くなった顔を隠すようにうつむいて、平静を装いきれずに戸惑って、そんな無様をさらしている。
自分の笑顔の力をきちんと認識している女の笑顔。
ネット限定のわたしと違って、こいつは効果的に人をたぶらかす方法を知っている。
この年で悪女すぎる女である。
それをきちんと理解していながら、わたしも顔の赤みが止められないのだから、たまらない。
さすがに不意打ちすぎた所為だ。
顔の赤みは引かず、わたしはそれ以上言葉が出ない。
うつむくわたしの耳に、くくく、と朝倉の笑い声が聞こえた。
「いやー、やっぱいいキャラしてるわ」
「うるさいぞ」
「まあまあ。でも友達ってのは嘘じゃないよ。いやさー、電車で話聞いてね、あんたと友達になっとかないともったいないと思ってたんだわ」
「く……やっぱそういう意味かよ。性悪すぎだろ」
「怒んなって、ちうちうー」
「くっつくな! てか、その呼び方はやめろ、テメエ!」
赤い顔のままうつむいて、軽口を応酬させながら道を歩く。
まあパパラッチと噂されようが、こいつは話すことと話すべきでないことを判断するタイプである。
もちろん、安心できるというわけではない。
朝倉は人の秘密に対して、自分が知ってそのあとに黙っておくかどうかを考えるタイプだ。
問題があるといえばあるし、黙っておくといっても自分自身は知ろうとするから、弱みを握られる可能性も十分にある。
しかし、ここまで大々的にばれたい上、わたしは特に引け目を感じる部分はないし、必要以上に恐れて無駄に勘ぐられたまま関わりつづけられても困る。
むしろこの程度の関係のほうが安全ともいえるだろう、とわたしは自分を誤魔化した。
「あっ、そういえばさ」
「なんだ?」
魔法のことなど、ばれると困るところもあるが、そこらへんも含めてさすがに不味いところはばれているはずがないと、わたしは――――
「ちうちゃん、ネギ先生と寝たって本当?」
――――わたしはいったいどうすればいいのだろうか。
◆
「千雨さんっ! なんか向こうで誰かが落とし穴に落っこちたそうです。茶々丸さんが見に行ってますけど、カエルが詰まってるとかで、たぶん朝の――――って、あれどうしたんですか、朝倉さん?」
「えっ!? い、いや。なんつーのかな。さよちゃん。いや、ほら、軽口って言うか揺さぶりって言うかさ。ぶっちゃけここまで自爆されるとわたしも困っちゃうんだけど…………わかる?」
「はっ? い、いえ、ちょっとよくわかりません……」
「うん、まあそうだろうね。いや悪気はなかったのよ、あのさ。まあ、なんというか、いやさすがに……わたしも結構図太いほうだとは思ってたんだけど……。あっ、落とし穴ってなに? なんかあったの?」
「え、あの……恋占いの石っていうのをやってたら落とし穴に落っこちてしまった人がいるみたいで……」
「へー、そう。落とし穴か。よくわからないけど、それは大変そうじゃん。怪我人とかいないの? うん。じゃあ見にいこっか」
「えっ? 怪我人はいないそうですけど、あ、あの、でも千雨さんは」
「いやー、なんかちうちゃんは一人になりたいみたいだよ。いや、うん。ちなみに何の他意もない独り言だけど、わたしは結構口は堅いから安心してね。あはは。よしっ、こっち来なってさよちゃん」
「えっ、あの。でもなんか新幹線のときと同じ蛙みたいで、一応千雨さんにも知らせておかないと」
「へー、なんで? カエルマニアなの? 意外ねー。あっ、カエルといえば今日の新幹線で長瀬がさー」
「えっ!? あの……、その……」
「大丈夫ですか! まき絵さんっ!」
「あらー、痛そー? まき絵、大丈夫?」
「うー、いきなり落とし穴だよ。足すりむいちゃった」
「平気でしょー。結構深かったみたいだけど、かえるのオモチャが詰まってたし。擦り傷って言うか、皮がちょっとすれただけじゃん」
「そうそう。亜子ちんがバンソーコー貼れるくらいだしねー」
「でも亜子ちょっと気分悪そうだよー、大丈夫?」
「そうだね。…………亜子、大丈夫? 血?」
「ありがと、アキラ。血は平気、でもカエルが……やっぱり……」
「そう。飲み物でも買ってくる?」
「うー、ありがとー。アキラ」
「危ないねー、なんで落とし穴なんてあったのよ、って。おー、あっちのあれはまさか音羽の滝?」
「縁結びの滝ですね」
「よーしみんな、ボクに続けー!」
「ちょっと、わたしを置いてかないでよー!?」
「あの、皆さん。団体行動を――――」
「――――ってわけ。麻帆良四天王も苦手なものくらいあるわけよ。くーちゃんは超りんたちの発明品が苦手とか言ってたかなあ」
「あ、あのその。朝倉さん。それで何か話があるとか……」
「あっ、そうだ。ごめんごめん。さよちゃんってちうちゃんの友達なんだよね」
「えっ!? は、はい」
「じゃあ、わたしとも友達になろうよ。いやー、改めて言うとやっぱ照れる台詞だね、コリャ」
「――っ!? ほ、本当ですかっ! ありがとうございます!」
「へっ? い、いや。なんでそんなに食いつきいいの、さよちゃん」
「……へーそういうこと。もー、ちうちゃんといい、さよちゃんといい、素直だなあ。小学生……とは流石にいえないけどさー。あっ、でもネギくんはまだ本当は小学生だっけ。ちうちゃんも大概ぶっとんでるよなー」
「はい? あっ、そ、そういえば、わたし何か話してませんでしたっけ? なにか用事があったような気が……」
「んっ。あー四天王にもちうちゃんにも弱みがあるとか、そんな話じゃなかった?」
「え? あの、それは違うような」
「まあまあいいじゃん。そういえば、さよちゃんはさ――――」
◆
「死にたい」
軽々しく日常で死という言葉を使うべきではない。
そんな当たり前の心得すら放棄して、わたしはのろのろと足を進めていた。
先ほど、去っていったさよと朝倉のことは考えたくもない。
そうしてとぼとぼと歩いていると、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
気持ちを切り替えて、とはさすがに行かないが、それでも何とか足を動かして石段をあがると、音羽の滝がある。
柄杓で受け止めた水を飲むと、恋がかなうというベタベタなご利益をうたっている音羽の滝の前にクラスメイトがそろっていた。
三条の滝が流れるが、全員左の滝に、恋愛成就の滝の水に群がっている。
キャーキャーと叫びながら滝の水を飲む姿をボウと眺めた。
理解できない。
「むっ……うまい!?」
「ぷっはぁーっ、なにこれー。おいしー」
「いっぱいのめばいっぱい効くかもー」
「わたしも千雨ちゃんみたいに彼氏ほしーし」
「うらやましいよねー」
訂正しよう。理解できるが、納得できない。
巻き込まれそうなので、距離をとってため息を吐いた。
「どうされたんですの? そんな顔をされて」
いつの間にか横に立っていた委員長から声をかけられる。
「疲れただけだよ。……いいんちょは行かないのか、あれ」
「ええ。相手もいないのに言っても意味はありませんもの」
うそ臭い。
例え先生のお気持ちが決まっていても、と先日の騒動の時にいっていたくせに。
「違いますわ。先生のお気持ちが決まっているから、行かないのです」
なんとまあ高潔だ。
さすがといっておくべきだろう。
「だけど、ちょっと意外だよな」
「意外と思われるほうが意外ですわ」
「いつもの騒ぎの自覚はないのかよ、委員長」
「恥じるところはありませんから」
断言された。
クククと思わず笑いが漏れる。
少しだけ沈んだ気分が晴れていた。
落ち込んだ気分を払拭するために伸びをすると、そんなわたしの姿に委員長が微笑んだ。
そんな委員長の姿に思わず苦笑する。
狙っていたらしい。一枚も二枚も上手のようだ。
「昨日はありがとな。みんなを抑えてくれて。ほんとに助かったよ」
「別にかまいませんわ。少々責任も感じておりましたし」
「ありゃわたしの所為だろ」
「どちらかというならネギ先生が原因でしょう。聞きましたわよ、お二人のこと」
「ああ、朝倉も言ってたな。近衛からか?」
「いいえ、みんなと一緒に今日の電車で。さよさんから」
「――――へーそう。ちなみにさよはいまどこにいる?」
◆
というわけで、わたしは音羽の滝からすこしはなれた路地裏に相坂さよを連れ込んでいた。
電車の騒動に、先ほどからやけに突き刺さる視線、
そして、縁結びの滝のほうからときおり聞こえるクラスメイトの騒ぎ声。
そう言うものを思いだし、そう言う喧騒を聞きながら、いやに静かな一画で、わたしとさよが向かいある。
無言で連れ出し、向き合って、なんとなくわたしのいいたいことを察したのか、さよがこわごわとわたしの顔をうかがっていた。
わたしは安心させるように、目の前でこちらを伺う涙目のさよに笑いかけた。
「で、どういうことだ。さよ」
「えっ!? い、いえ、その……なんのことですか?」
「心当たりないのか?」
「えっと……あっ! あのですね、昨日の夜のことは別にやましい気持ちがあったわけではなく、あれはただネギ先生の気持ちを知りたいなあと思っただけで、別段そういう意図ではないんですっ!」
なんだそれは。
「……昨日の夜のことは、別にもう怒ってないぞ」
「へっ? あっ、違いましたか」
さよが安堵したような顔をする。
確かに、寝ようとしていたところを邪魔されはしたが、そんなことをいちいち根に持ったりはしない。
今日の朝も寝相の悪かったらしいさよの所為で少し服が乱れていて、エヴァンジェリンに怒られたりもしたが、それも別にさよの所為ではあるまい。
わたしが聞きたいのは電車でこいつが他のクラスメイトに語ったことだ。
「ああ、それより電車でなにはなしたんだ?」
「あっ、それはですね。千雨さんが先生とよくお話してるとか、千雨さんがおやつを作ったりとか、そういうことだけですよ」
「ふーん。まあそうだよな。さすがに……まあ、それくらいなら……」
「はい。皆さんもすごく協力的で、千雨さんがデートしたり、手をつないでたり、チューしたりしてるという話を聞いたら、今度是非……………………あの千雨さん。怒ってますか?」
「怒ってないよ」
「……本当ですか?」
「本当だから続きを話せ」
「本当に本当ですか?」
「もちろん」
「そ、そうですか。えっとそれでですね。先生がよく千雨さんのお部屋に行って――――」
そうしてほっ、と息を吐いて再度話し始めるさよに、わたしはにっこりと微笑んだ。
もちろん嘘に決まってる。
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クラス全体で千雨をいじる話。30人ってやっぱり多すぎですね。まあこのレベルで人がでてくるのはしばらくお預け。あと次回からネギくんもマトモに出るようになると思います。
最近の話のぐだぐだっぷりがひどすぎるので、もうちょっと定期を守ります。次回も来週の予定。