「宮崎、わたしちょっと用を思い出した」
「……あの、長谷川さん?」
長谷川さんは突然そんなことを言い出した。
どう考えても、何か問題があってわたしを遠ざけようとしているとしか思えない。
「ってわけだから、先帰ってくれ、わるいな」
言葉をさえぎられる。
すこし悩んだが、わたしは言葉どおり先に帰ることにした。
幕話4
暗い夜道を一人で歩く。
いつもは怖いはずなのに、それよりも長谷川さんのことが気になった。
以前はこんなに話すようになるなんてまったく思わなかった。
あまり人と話さず、いつも一人でいたクラスメイト。
それでいて彼女は実は非常に面倒見のいいタイプであったりする。
わたしは長谷川さんと仲良くなるまで気づかなかった。
そういうことを見るのに長けているパルや夕映も意外だといっていた。
部屋に戻る。同部屋のハルナがすでに帰ってきていた。早乙女ハルナ、通称パル。わたしの同居人で友人だ。
彼女は手に漫画を持っている。確か先日発売したばかりの新刊だ。後で見せてもらおう。
「おかえりー。遅かったねえ」
「ただいま、ハルナ。ご飯は?」
「まだよー。のどかはもう食べてきちゃった? まだなら食堂行こうか」
「まだ食べてないよ。作ろうか?」
「いいよいいよ。のどかも帰ってきたばっかりじゃん。面倒でしょ。それにデザートに新作が出たらしいしねー」
「もう、ハルナったら」
コートを脱ぎながら答えた。
パルはまだ漫画を読みながらお茶請けらしいお煎餅をかじっている。
夕食前にそんなことをしているから毎回身体測定で泣くことになるのに気づいていないのだろうか。
わたしやゆえにあたるのでやめてほしかったりする。わたしたちからすればパルを羨ましく思うことはあっても羨ましがられることなんてないと思う。
じーっと見ている視線に気づいたのか、パルはお煎餅を一つわたしに差し出した。
「いる?」
「ううん、平気。太るよ、ハルナ」
ぐう、とうなった振りをするが、パルがこりないのは承知している。
もっとも、そろそろ夕食の時間なのだ。お腹もすくだろう。
もしかしてわたしを待っていてくれたのだろうか。
だとしたら、間食にわたしが文句をつけるのは筋違いかもしれない。
「おーし。じゃあいこっかあ」
「あっ、ちょっとまって。先に長谷川さんにメールしておきたいから……」
「んっ? メールって」
「うん、今日長谷川さんと図書館島にいったんだけどね」
帰り際に、長谷川さんと別れたことを告げた。
それを聞くとパルはむむむっとうなって食べていたお煎餅と読みかけの漫画を横にどける。
「ふーん、なんか怪しいねえ」
「あやしい?」
「あったり前でしょ。日の暮れた帰り道。二人で歩いて一人が引き返したらそれはもうホラー映画の範疇じゃない」
「そういうこといっちゃだめだよ。ほんとに何かあったら……」
「あはは。千雨ちゃんにますます嫌われちゃうねえ」
「パルー」
意地の悪い台詞にちょっとだけ涙が出た。
「冗談だって」
豪快に笑い飛ばして立ち上がる。
わたしもあわててメールを打って、夕食に向かうことにした。
◆
ご飯を食べて帰ってきた。あれから一時間もたっていない。
だがメールの返事はまだなかった。
別段おかしなことでもないが、パルにそれを告げるとすこしだけ怪訝そうな顔をした。
「へえ、意外に千雨ちゃんはこういうの律儀だったと思ったけどねえ。途中で分かれたってんなら、のどかがメール送るのに気づかないってこともないだろうし」
「どうしたの?」
「うーんまさかねえ。いや偶然だとは思うけど、あーのどか、もしかして千雨ちゃんと別れたのって桜通りだったりする?」
「? なんでわかるの、ハルナ」
確かに彼女と別れたのはちょうど桜通りの中だった。街灯が少なく、街路樹が生い茂って夜はなかなか雰囲気のある場所だが、とくに場所を念押しされるような場所ではないはずだ。
うーむ、とパルは難しい顔をした。
「あそこって吸血鬼騒ぎがあったのよ。半年くらい前からね。犠牲者も少ないうえに、一ヶ月のうち数日だけ。それにべつだん大怪我ってわけでもないからまだぜんぜん噂になってないけど」
「ふえぇ、それほんと?」
「ホントよ。吸血鬼っていうのはさすがにうそ臭いけど、なんかあるのはほんとみたい。今日は満月だし、噂でも満月の日が危ないらしいわよ。もう一回メール打ってみたら? 返事がなかったら探しにいこっかあ。千雨ちゃんの部屋にいってみる? いなかったら外ね」
パルはあっけらかんとそういった。
外は真っ暗でまだ肌寒い。寮の目の前とはいえ、桜通りまで出て捜すとなるとそれなりに大変だろうに、それをおくびにもださない。
思わず笑いがこぼれた。やっぱりパルはパルだった。長谷川さんも頬を膨らませながらもパルを本当に嫌っていないのはこういう理由からだろう。
「なに、えへえへ笑ってるのよ、のどか。んー、ちょっとお姉さんに言ってみー」
「な、なんでもないよぅ」
頭をぐりぐりと回される。
「まあ、心配のし過ぎだって。いくらなんでもそんなことにはなってないと思うよ」
その言葉に勇気づけられてわたしは、二度目のメールを打った。
本当に、心配のしすぎなだけならいいんだけれど。
そんな心配をしていたが、二度目のメールにはすぐに返事が来た。
長谷川さんの部屋まで行こうとしていたわたしとパルはその返事を見て笑いあう。
杞憂というほどではなかった。アクシデントはあったようだ。だけどそれをすでに笑い話に出来る状態になっている長谷川さんに微笑んだのだ。
自分で魔法の大家だなんて笑えるくらいあって、やっぱり長谷川さんはすごい人である。
わたしたちの前には、
『悪い。私用で駅前まで戻ってた。言うとつき合わせちまいそうだからな。そしたら、駅前で変質者に遭遇しちまってちょっとごたごたがあったんだ。さすがに驚いた。夜に出歩くもんじゃない。もう少しいろいろとかかるから、携帯は取れそうにないけど、宮崎も気をつけろよ。心配かけたな』
そんな長谷川さんからのメールがあった。
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幕話と4話、さらにもう一個幕話です。
主人公死す。ちなみに主人公はルビーじゃなくて千雨です。
幕話の4を入れた理由はこの話を次回に持ってくとぐだぐだになりすぎるからです。なので、来週は一話だけです。
というかべつに二話ずつ更新することを心がけているわけじゃなく、2話更新できているのは幕話が短いためです。適当な長さになれば幕話も分けて一話ずつになるかと思います。
あと次回の更新は一週間後になります。
それでは。