"千耳会"・・・――ハンター協会・マフィアンコミュニティ・その他多数の犯罪系組織と協定関係にある完全中立情報売買組織。
顧客に対するハンターの紹介、ハンターに対する仕事の斡旋はもちろん、武器類医薬品類その他物資の調達仲介、もろもろの情報収集売買を主な仕事としている。
各地に斡旋所・仲介所が点在しているが、正確な位置などは一部地域を除き一般公開されていない。
中立協定を破った人物・組織に関しては、それ相応の制裁が加わる。
「千耳会の情報について一般に公開されているものは以上です」
精悍というのには程遠いが、打ちつけのコンクリートの壁がモダンな様式をかもし出しているオフィスビル、その受付にて憤怒の形相の男と営業スマイルを顔面に貼り付けた受付係の女は対峙していた。
営業スマイルを貼り付けているといっても、貼り付けられたその下の女の顔に恐怖や畏怖が含まれているわけではないのは、女の和やかであり穏やかである雰囲気からも明らかだった。
男は巧みにそれを読み取りギリリと歯軋りしてから、ピュワホワイトの清潔感漂う受付ディスクにガンッと拳をたたき付ける。
「・・・んな事ぁ判ってんだよ」
地を這う、恐ろしくドスのきいた声を男はひねり出した。
清潔感漂う受付ディスクは哀れにも男の拳形にへこみ、木っ端になったかけらが拳の間から粉塵のように白い煙になって上っている。
彼のような歴戦の"戦闘員(ソルジャー)"からしてみれば聊か軽率な行為ではあったが、背に腹は変えられない。
男は、つまるところかなり焦っていた。
【その時、主人公は死んだ】
元をただせば、昨晩。いや、明朝と言っても差し支えのない時間ただったように思う。
とにかく、昼行性の人の子ならば十分にまどろみ大いに夢の世界を謳歌している時間帯に、それは起こった。
最初は小規模な爆発音だった。
その音を目覚まし代わりに(それにしたって心臓に悪い目覚ましだが)文字通り跳ね起きた男は肌身離さずいつも忍ばせている愛用のサバイバルナイフと、枕の下に敷いていた9ミリ経口の拳銃を手に部屋を出、そして目の当たりにした光景にあろうことか、呆然と立ちすくんでしまった。
彼が見たものソレは、黒い、真っ黒なつなぎ目の見当たらない服を纏った、おそらく体格からして女性。
そしてその傍らには真っ赤な、血のように赤い大きな四足歩行の生物を従えて、彼と同じ"戦闘員(ソルジャー)"である同僚達を今まさにたたききった瞬間であった。
バシュッという音を追うように飛び出た鮮血が、廊下に染みを作る。
その赤色でハッと我にかえった男は、自分が圧倒的不利な状況にいることに気がついた。
だがしかし、圧倒的有利な状況にいることにも、同時に気がついていた。
男は迷わず今しがた出てきたトア、その何の変哲もないドアノブを両手で握りこみギュッと両目をつぶった。そしてきわめて小さな声で「【世界を巡る扉―ドコデモドア―】」と呟き、真っ赤な四速歩行の生物を従えた女性が迫るより早く、その場から消えていたのである。
男はつまるところ、"瞬間移動系能力"を有する念能力者だった。
男は移動先の、先ほどの場所から数10キロ離れた先で知らずに詰めていた息をやっとの思いで吐き出した。
酸欠のためか、はたまた言い知れぬ恐怖に戦いたせいか。男の膝、否、全身が痙攣でも起こしたように震えていた。
食いしばった彼の歯がギリリ、と音を立てる。
敵前逃亡など、彼にとっては前代未聞であった。
前代未聞であったがしかし彼の、精神的にも肉体的にも死が隣接していた戦歴で養われた勘と、何よりも本能が告げていた。
アレは危険である、と。
だがしかし人間とは得てして不可思議な生物であり、男はその危険対象が目の前から消えてしまった途端に、羞恥に身を震わせた。戦わずして即座に尻尾を巻いて逃げてきた自分を恥じたのだ。
そしてソレをどうしてもぬぐいたい衝動に駆られ、男は生命の危機を乗り越えたにもかかわらず、移動先から取って返した。
もっと簡単に言ってしまえば、男は自分が負けたことを認めたくなかった。
そういうとても器の小さい、しかしてどうにも高く高く積み上げられたプライドを、男は捨てられなかった。
そこが男の、根本的な間違いだったのだろう。
男はアジトのある町に取って返しながらも、男が知りうる限りの情報を整理していた。
問題はなぜ襲撃を受けたのか、そもそもどこの組織が襲撃してきたのか。
男の所属する組織は、いわゆる大きなくくりとしては"秘密組織(マフィア)"にあたるが、そんな組織などあの街には吐いて捨てるほどあるのだ。今更潰す意味、それと目的が不明すぎる。
もしかしたら同業者、もしかしたら内部からの密告があり、摘発でもされていたなら話は別だがそれならそうと予兆があってもいいはずだった。だがそれも、男の知りうる限りではなかったように思える。
あるいはもっと上層部で何かが起こったのかもしれないが、そんな詮索は襲撃の後とあっては意味を成さない。
ならば今現在の最大の問題は、どこの組織あるいは個人が"戦争(ケンカ)"を売ってきたのか、ということである。
そのことに関して男は、ほんの少しだけ心当たりがあった。
―――・・・"千耳会"。
名前だけなら裏社会に片足しか突っ込んでいないストリートチルドレンでも知っている、大規模な"情報屋"。
情報収集のためなら殺人ですらいとわず、金を積めばたとえ味方の情報でも惜しげもなく差し出す、あまりにもゾッとしない組織。他の組織とは中立協定をむすんでいるが、一度彼らの協定にそむけば手痛い制裁・・・下手すれば損所そこらのマフィアなんて目ではない制裁を食らうことになるという。その彼らの動向が最近どうも活発であるという話を、以前彼の直接の上司から聞いた覚えがあった。
今のところ彼に思いつくような、彼の所属していた組織を襲うような輩は、彼ら以外ありえない。
彼はキュッと口元を引き締めて、目的地を変更した。
もし襲った相手が"千耳会"でなかったにせよ、情報はいるのだからそこへ向かうこと自体間違ったことではないと男は一人うなづき、一路千耳会本部へと向かったのである。
そしてその"本部"といわれているオフィスビルの受付係の女は、ニコリと営業スマイルをその顔に貼り付けたまま「左様でございましたか、大変失礼いたしました」と口を開いた。
「それ以上の情報をお求めとあれば、料金を頂くことになりますが」
「テメェ!!ふざけ」
「申し訳ございませんお客様。ですが一般公開、つまるところ無料でご提供できる当会の情報はここまでとなっております。この協定はたとえ公的な国際機関であっても有効ですのであしからずご了承ください。ですが、料金をお支払い頂けるのでしたら当会は情報の公開を惜しみません」
「っ・・・」
まさしく、取り付く島もない。
矢継ぎ早につむがれる彼女の丁寧な言葉に、男は気おされた。
力の末端を見せたというのにも関わらず、目の前の女は営業スマイルを崩さない。
あまたの修羅場を掻い潜ってきたと自負している能力者の彼は"得体の知れない何か"を、目の前のオーラ垂れ流しの、一般人であるはずの受付嬢に感じずにいられなかった。
さすがは"千耳会"といったところかもしれないが、今はそんなことに関心している場合ではない。
男はへこんだ受付ディスクに置きっぱなしだった拳をもう一度グッと握りこんでから「いくらだ」と口の中でつぶやいた。
「お客様の求める情報内容により、料金は異なります」
「・・・人物の情報がほしい」
「個人情報ですね。個人によって料金が異なります。性別、特徴など判っていることがあれば」
「赤い犬・・・たぶん念獣。そいつを連れてる。性別は女だ。・・・あのアマ、ぜってぇぶっ殺す・・・!!」
またしてもギリリと歯軋りを始めた男を尻目に受付嬢は「"赤い念獣を連れた女"ですね。少々お待ちくださいませ」と張り付いた笑顔のままスッと立ち上がり軸足をディスクに引っ掛け、次の瞬間にはへこんだ受付ディスクを歯軋りする男ごと飛び越えつつ、忍ばせていた重石付の極太ワイヤーを後ろから男の首に向かって投げた。
ワイヤーが巻きついた瞬間男との距離を限りなくゼロにし、そのままワイヤーをギリギリとしめあげ、彼女は彼女より頭2つ分でかい男の背中に左ひじを押し当て男の体を床からほんの少し浮かせる。
男が「グアッ」と短い悲鳴を上げた。
「わざわざ出向いてくれるなんて、アリガト。ご苦労さま。その惜しみない労力とどうしようもないほどかわいそうな無駄骨に"赤い念獣を連れてる女"の個人情報を教えてあげる。あー、でもお金は要らない。昨日の内にあんたんトコの組織壊滅しちゃって本部も焼いちゃったから、手持ちないだろうしね。あーあ私って優しーなー」
「グ・・・ガァッ・・・ぁ、めッ」
どこがやさしいものか、と男は叫びたかったが声帯を上から押しつぶされている状態ではあえぎ声をつむぐのが精々である。
男は視界を赤と青に点滅させながらそのワイヤーを引きちぎろうと、オーラを練りこんだ。
通常のワイヤーであるならば、首に念練りこみ"硬"をすれば千切れてしまう。
幾度となく同じような(それこそ暗殺等においてワイヤーや鋼糸などはポピュラーなものなのである)経験を重ねている男にとって、首にオーラを練りこみ"硬"をすることなど朝飯前ではあったが、ワイヤーは千切れるどころか、逆に彼の首をギリギリと余計に締め付けてくる。
どんなに練りこもうとも、そのワイヤーに切れ込み一つ入る気配はない。
「その女の名前はリオ=ブラッディフォード。出身はアイジエン大陸リンデイム国首都"セントラルフロートシティ"にある千耳会直営の孤児院。年は今年で26歳。誕生日は10月31日。13歳でプロハンター試験合格の後、千耳会に入会。現在は常移動型情報収集組にて活動中。通称"ブラッド"」
「ぉ、ぁ・・・グッは、グゥッ」
ありえない、そんなばかな、と男は黒く塗りつぶされていく視界の中で思った。
この世界に"転生"してから23年。けして短くはなかった。いや、その前の生が16年と短かったものだから、彼にしてみれば長かったといっていい。この世界に生を受けたとき、彼はそれこそ「そんなばかな」と思ったが、けしてこんな最後を迎えるために念の修行を、あの血反吐を吐くような修行をしてきたのではない。
このままいけば、後1年で"原作軸"だった。
そうして原作のキャラクターと出会って、できることなら原作を変えようと思っていた。
その力が自分にはあると彼は思っていたし、でなければ自ら進んで"秘密組織(マフィア)"などに入っていなかった。
「通称はお察しのとおりあの赤い念獣からついたっぽいかな。あ、いっとくけどあれ犬じゃないから。狼だからね?ここはハッキリさせとかないと・・・せっかくカッコいい動物にしようと思ってわざわざ狼にしたんだから。ああ、話脱線しちゃった。えーっと・・・あとは、得意武器とか情報にあがってたっけ?銃器はもちろんのこと、たいていのモノは使えるかな。得意なのはコレね、ワイヤー。刃物がついてるのなんか使い安くてすきかなー。あんまりかさ張んないし。それに・・・」
瞬間、受付嬢――リオ=ブラッディフォードの深く淀んだ緑の瞳に、暗い光が灯る。
「私の能力上、一番使い勝手がいいからさ」
「ひっ、ヒッ」
ジュッという音が耳元に届いたとき、彼は「なぜだ!!」と叫び声を心の中であげていた。
彼は、主人公になっていたはずだった。否、すでに彼の中では、彼は物語の主人公だった。
であるにもかかわらず、終わろうとしている。彼の命は、終わろうとしている。
「"濃硫酸"ってわかる?質量パーセント濃度が90以上の硫酸のことなんだけど。強力な酸化力に脱水作用なんかのある強酸性媒体。・・・今あんたが熱くて苦しくて痛いのは、念がその成分に変化してワイヤー伝ってあんたの皮膚を溶かしてるから」
「ギッ、――・・・」
「あー、そうそう。情報がひとつ欠如してたわ、ごめんねー。私の念系統、変化系なんだよ」
彼女の言葉が言い終わるよりもはやく、彼の首から上がゴトリと音を立て転がった。
「あんったねぇ・・・ちょっとリィ!!」
右手にパステルカラーのポーチ、左手にオフホワイトの携帯を手にした女性は紺色のハイヒールをカツカツと鳴らしながら首から上下に別れた死体を隠そうともせず、むしろ「え、死体?なぁにそれー」とでも言い出しかねない表情のリオ=ブラッディフォードに詰め寄った。
「あ、ウィズおっかえりー。下痢大丈夫?」
「下痢じゃないわよ失礼な!それよりなにこの殺人現場!あんた人の職場なんだとおもってんの!?」
「え?・・・えへへ?」
さらにいい連ねようかと思ったがしかし、女性――ウィズことウィゼル=モラルーシはグッと口をつぐむ。
ごまかす気なんてさらさらないのに"笑ってごまかす振りをする"のは、リオなりの弁解であることをこの数ヶ月で女性は理解していたというのもあるが何よりも、この首から上下がサヨナラしている死体、その恐怖にゆがんだ顔に見覚えがあった。
ウィゼルは千耳会の斡旋所に常時滞在する、いわゆる斡旋所滞在組構成員で情報データの整理を担当しているが、その情報データの一番新しい"ブラックリスト(制裁対象)"データに載っていたはずである。
そしてその情報は目の前で笑う緑を帯びた黒髪の彼女からもたらされた情報であった。
「ったくトイレに行ってる間になんて事・・・」
「いやーまあ、ぶっちゃけ助かっちゃったんだけどね。昨日あのーほら、なんだっけ・・・名前忘れたけど協定破ってた組織の情報収集と協定破った証拠見つけ次第制裁だったじゃん?めんどくさいから一掃しようとおもったら、一人逃げおおせちゃった運のいいんだか悪いんだかのが・・・あー、うん、まあぶっちゃけさっき渡したブラックリストのあたらしいやつ?ま、でもアホな事に乗り込んできてくれちゃったわけだけど。つーか、最初に手ぇだして器物破損さしたのはこいつだから、正当防衛だしー」
つまるところリオが言いたいのは「私悪くなーい」ということである。
ウィゼルはこれ見よがしにため息をついた。
「・・・まったくもう・・・いいわよ、わかった。器物破損報告しとくから、これ早く処理しちゃって。部屋中が鉄さびくさいったら」
「えー・・・処理はウィズのが得意でしょー?消失魔術の"ウィザード"」
その名は、いつの間にか呼ばれるようになった通り名だ。
発生源は定かではない。仲間内であるのか、それとも協定を結んでいるどこかの組織からなのか。
だがしかし、このいかにもな異名がウィゼルは大嫌いだった。
「・・・いっぺんあんたも消えてみる?"ブラッド"」
ジト目でにらまれたリオは、これまたわかりやすいように震え上がった動作をして見せて「ご遠慮もうしあげまーす」と笑った。
それに本日2回目のため息をついてから、ウィゼルは先ほどまでリオが座っていた本来自分のものである受付ディスクに腰を下ろす。瞬間目に入った拳形のへこみに彼女が思わず顔を覆ってしまったのは、致し方ない事だった。
<あとがき>
お読みいただきありがとうございました。
えー・・・うん、えっとですね。
コンセプトは"転生者orトリッパー(原作知識あり)のいるHH世界なんだけど、転生者が主人公じゃなくてオリジナルキャラクター(原作知識なし)が主人公"です。このような感じのssを読んだことがなかったので書いてみました。
転生者はぶっちゃけ当て馬です。かわいそうなことに。
HH板におくかどうしようか悩んだのですけど、とりあえずネタですしこちらに。
続きの掲載は読者様の食いつき具合と、私の執筆度合い次第ですねー(・3・)