少年は窓ガラスに手のひらを置いた。
紺色がどんどんとオレンジを侵食している夕闇の空に、星は見えない。
視線を少し下に動かせば、人工の灯りが星のように瞬いているのが見えた。
きっと外に出れば闇夜の静寂にはまだ程遠い、夕闇の喧騒で街は溢れ返っているのだろう。
少年は窓の外の光景から、窓ガラスに映りこむ自分自身と背後の部屋に視点を変えた。
青み掛かった鋼色の髪は先ほどまでの行為によってかけられた、どこか生臭い液体が乾きつつあるせいで、ところどころムースでもつけた様にパリパリしている。少年はけだるげにその濃紺の瞳を全裸の自身から背けた。
少年の背後には大きな――といっても少年からすれば大きいだけであって、比較的標準サイズであるベッドが2つに、備え付けのテーブルと椅子。小さな冷蔵庫がひとつ。
普通の、ごくごく一般的なビジネスホテルが少年の背景にはあった。
ただし、その2つあるうちのベッドのひとつに・・・―――。
「だから最初にいったでしょう、おじさん・・・"僕は高いから気をつけてね"って」
ベッドのひとつに、驚愕の表情を貼り付けたまま仰向けに倒れている少々小太りな男性がいなければの話、だ。
【3.その言葉は飴玉にも似て】
カフェ・バー"グリーンローラン"は、ヨルビアン大陸でもっとも有名な都市ヨークシンシティの雑居ビルの中にある。
少年は夜明け前の、空が薄スミレ色になるころにその店へ足を向けていた。
こじんまりとした古めかしい木製のドアをあけると、カランカランというなんとも似つかわしいカウベルが鳴り響く。
「お帰りガブ」
本来ならそのベルに反応するものはいない。
なぜならばこの時間帯はまだ準備中と書かれた札が下がっていて、マスターもその奥方も店の奥のほうにある住居スペースで夢の中にいるはずだからだ。
だがしかし、今日は様子がちがった。
少年に声をかけたのは未だにバーテンダーの格好をしているマスターであり、その彼のカウンターを挟んだ前には女性が一人。
その女性はマスターの声に反応して少年のほうを振り返った。
彼女の顔を見た瞬間にすべてを理解した少年は「また、厄介なのがきた」と顔に書いたまま口を開く。
「ただいまマスター・・・きてたの"ブラッド"」
「ちょ、マスター!会った早々嫌味まんまんだよこの子!でもそこがかわいい!かわいい!!抱きしめたい!」
少年――ガブことガブリエル=フォクシィはデレデレと笑う彼女――リオ=ブラッディフォードに軽くため息を吐きながら彼女の右隣のカウンター席に座った。
「・・・なんでそんなにテンションたかいの」
「え?これ普通だけど」
「・・・」
その言葉を聴かなかったことにしてガブリエルは「マスター、これ」とフラッシュメモリーを手渡した。
中には昨晩彼を食べようとして逆に食べられた小太りの男、彼が所属していた密輸組織の全容が入っている。
この情報を集めるのに3ヶ月半。かなり詳細な部分まで情報は集まっているが、それでもガブリエルとしては満足のいくものではなかった。主に掛かった時間について。
彼は隣の、ピーナッツをつまんで「こう、ポンッってやって口に・・・はいらなーい」とアホな事をしている彼女を胡乱な目で見やった。
リオ=ブラッディフォード、通称"ブラッド"は千耳会においてのエリート"常移動型情報収集組"に属している。
彼ら"常移動型情報収集組"の情報収集能力はすさまじく、行動は迅速であり且つ戦闘能力に申し分ない。
とりわけ血色の異名を持つ彼女は文字通り"一騎当千"であり、若干26歳にして"常移動型情報収集組"のトップに立っていた。
そう、普段の彼女からは想像するだに難しいが、彼女が彼らの組織のエリートのトップであり、つまりそれだけの戦歴と実力と情報収集能力を保有していることになる。
そしてさらに彼女は13年前、彼女が13歳のときにプロハンター試験を合格していた。
プロハンター試験とは大の大人ですら合格するのは難しい、数年受けてやっと受かるのが常である、むしろ一発でしかも若干13歳で受かってしまうことのほうが異例の、難攻不落の資格試験である。
千耳会では"プロハンター試験"に合格、つまりは公式に"ハンター"になることが"常移動型情報収集組"になることの前提、もっといえば、ハンター試験合格="常移動型情報収集組"への移籍なのであった。
つまるところ彼女は13歳にして"常移動型情報収集組"にその身をささげて来たことになる。
なぜ、ハンター試験合格="常移動型情報収集組"などという公式があるのか。
千耳会という組織は、大まかに言えば3つの部署に分かれている。
1つは仲介所、斡旋所に待機する"斡旋所滞在組"。
これは文字通り各地にある仲介所・斡旋所にて待機し、情報をネットから入手、あるいは持ち込まれた情報の整理、またはハンターへの仕事の斡旋(いわゆるハローワーク)を行っている。
千耳会の主な収入源はやはりここといっていいかもしれない。
次に"滞在型情報収集組"。
仲介所・斡旋所を中心に担当地域を決め複数、もしくは単体にてその土地に住み着き情報を入手する、簡単に言えば地域密着型の情報収集である。隣の家の情報から裏社会の情報まで事細かにじっくりと裏取りをするのが彼らの仕事であるがそれ故に争いごとは好めない。
この2つは地域から離れられない。
だから故に"ハンターライセンス"も必要としない。
彼らに必要なのはいざと言う時の戦闘力と情報収集能力だけである。欲を言えば忍耐力も必要かもしれないが。
最後は"常移動型情報収集組"。
彼らは担当の地域を持たず、情報を集めながら各地を転々とし、情報を収集していく。
さらに場合によっては斡旋所にて本来ならハンターが請け負う仕事をこなす・・・今となってはむしろ、こちらの方が本業なのかもしれない。故の"ハンターライセンス"である。
プロハンターというものは、世界に約600人しかない。そしてその中で"仕事を斡旋してもらう"ハンターは全体の10%に満たない。過半数が現在でも自由気ままに"自分のしたいこと"をしているのだ。何もそれが悪いというわけではないのだが(基よりハンターというものは"自分のしたいこと、やりたいことを追い求める職業"であり"仕事を斡旋してもらう"というのはとても邪推でハンター精神を殺ぐ部類のものであるのだ。)それを放っておいてしまっては需要と供給のバランスが崩壊してしまう。
そこで"常移動型情報収集組"つまりハンターライセンスを所持した千耳会所属戦闘構成員の出番なのである。
そしてそれこそがハンター試験合格="常移動型情報収集組"などという公式が組みあがった所以であった。
そんな彼らをガブリエルは人生の目標とし、地道に"滞在型情報収集組"にて下積みをしているのだが、どうもこのリオという女性を見ていると、気が抜けるというか、やる気がなくなるというか。
彼女のエリート中のエリートらしからぬ姿に、ガブリエルはもう一度だけ軽くため息をついた。
「で、今日はどうしたのリィ」
「あ、うん。ガブ宛てに会長から指令もらってきたの」
「・・・」
どうして、さきに、それを、早く、いわない!?という叫びが出かかったが、ガブリエルは何とかそれを飲み込んでから一つうなづき、次の言葉を待つ。
少年とて組織の一員。位が明らかに上の人間に対しての口の聞き方などは、骨身をしみて熟知していた。
「会長の例の念で自動再生するから聞き逃さないでね。んじゃいくよ」
リオは瞼を下ろし、次にあけた瞬間にはその瞳に生気はどこにも見当たらず、ただただ深く淀んだ緑色の瞳が虚空を見つめていた。そして彼女はそのいつもならコロコロと変わる表情をすべて凍てつかせ口を開く。
「"やあガブ久しぶりだね。元気だろうか。君がこの孤児院からはなれてもう5年になるが、私にはまるで昨日まで君があの聖堂でお祈りをしていたような錯覚に陥ることがある。年はとりたくないものだね・・・。"」
その声は先ほどまでの彼女のものではなく、往年の男性、それもガブリエルがよく知る人物の声に酷似していた。
というよりも本人そのものの声なのだろう。そのやさしげな顔が脳裏によぎり、ガブリエルは膝の上で手を握り締めた。
「"さて、今回リィから君に届けてもらう指令は・・・そうだな、上に行きたいと思っている君ならば避けては通れない道であるから、逆に君は喜ぶかもしれないね。率直に言おう、来年1月7日から始まる"プロハンター試験"を受験しなさい。君も知っていると思うが、われわれ千耳会はいたるところの組織と中立協定を結んでいる。もちろんハンター協会とも。そしてハンター協会との協定に、年1度行われるプロハンター試験へ1人以上の強制参加が義務付けられている。・・・まあ、戦力保持に協会も必死なんだろうね。念能力者の犯罪件数は近年右肩上がり、そのくせ協会所属のプロハンターは一律平均。・・・最も、今の情勢が完全中立である千耳会にとっては一番都合がいいのだけど。ああ、すまんね少し長くなってしまったかな。まあ今回の指令はそんなところだ。ハンター試験の詳細についてはローとリィに直接聞いてほしい。・・・それと、ガブ。君には本当に申し訳ないが、平行してもうひとつ任務を行ってほしい。といっても、さほど重要でもないのだけれど・・・。いいかいガブ、試験受験者の中にもし"能力者"がいたのなら、できるだけ数を減らしなさい。いいかい、【抹殺】ではないよ。【できるだけ数を減らす】んだ。わかったね・・・では、健闘を祈る"」
<あとがき>
とりあえず3話まで。
どうしようか迷った挙句、原作軸も導入の方向にしました。
どっちかって言うと書きたいのはカイとライの方の話なんですけど、動かしたい人物がガブくんとリィだっていうね。リィはともかくとしてガブくんは・・・もうどうしたらいいの。馬鹿なの死ぬの。
とりあえず原作をベースにして同時間の別の場所(いわゆる「一方そのころ!」的な)にてカイとライを隠密行動させたいんですが・・・はてさてどうなることやら。
【コメント返し的なアレ】
グリィン◆0021b933さま>>
お褒めの言葉恐縮です、まことにありがとうございますっ!
カジキ◆4d40200dさま>>
転生者さんは全員当て馬扱いです。ほんとひどい、誰これ考えたの!←
また、お読みになってくれた延べ約2000人の方、まことにありがとうございます。