・Sceane 4-3・
住めば都と言う言葉が存在するが。
ある日突然本当の意味で都―――このハヴォニワ王国の首都に暮らすことになった、アマギリは、周りが不審の目を向けてしまうくらい自然に、当たり前のように王城暮らしを満喫していた。
未だこの王城、内裏の中で暮らし始めて十日ばかりしか経っていないというのに、アマギリの日々のありようは、此処で生まれそして育ったとばかりに、あまりにも不自然なくらい自然に、王城の風景に溶け込んでいた。
客間から移され与えられた一般的な感性を有していれば持て余してしまいそうなくらい広大な面積を持つ私室にも、毎朝の、昼の、夕の仕度を手伝うべく傅いてくる若い異性の侍従たちにも、背後に付き従いそっと物事に関する助言を与えてくれる専属の侍従長にも、基礎教養を施すために秘密裏に呼ばれた家庭教師たちに対する対応も、それはそれはごく自然な、生まれ付いての王侯貴族の所作であった。
多少、遠慮のような、下の者に対して丁寧すぎる部分もあったが、それも個性と取れる程度の許容範囲であろう。
普通、貧困層の生まれのものが侍従たちに身の回りの世話をされる場合、どこか戸惑い遠慮が生まれてしまうものです。
しかしアマギリ様にはそのような所は見受けられず、むしろ鷹揚に傅く侍従たちの所作を受け入れていました。
ああいった自然な動作は、生まれながらにそういった行為になれていなければ、どこか不自然になってしまうものです。
アマギリの背後で常に控えていた眼鏡をかけたり知的な風貌の女性侍従長は、女王陛下に問われてそう答えた。
未だ詳しい事情を聞いていなかった彼女は、彼の出自は如何なる物なのでしょうかと尋ねるのだが、女王フローラ微笑を纏ったまま、それに答える事は無かった。
さて背後に控える眼鏡の美女がそのような事を考えているとは知りもせず、アマギリは降って沸いた―――与えられた―――押し付けられた―――生活を受け入れ、馴染んでいった。
慌て、戸惑って見せても良かったのだが、恐らくこの状況を作り出した女王は今のような状況を望んでいたのだろうとアマギリは考えていた。
既成事実。彼が当たり前のようにそこに居ると言う事。
それこそが自身がここに居られる理由だとアマギリは理解している。
女王は聡過ぎる新しい息子の応対に満足し―――もちろん、最大の満足と最高レベルの警戒は同義と言えたが―――彼の存在に関する既成事実を徐々に徐々に広げていく。
曰く、先王陛下の忘れ形見。
王位継承権争いが発生する事を防ぐために、王室直轄領に隠匿されていたと。
優秀な政務に関する知識を持ち、かつ聖機師の適性を持つため軍事にも詳しい。
ある事ない事、少し考えれば嘘だと解りそうな、そんな噂を王城内に広めていった。
噂は人から人へと渡っていき、真実を確かめようも無い地方の諸侯達、市井の人々の間にも、誤認された真実として広まっていった。
その噂の中心に居るアマギリはと言えば、何食わぬ顔で、嘘か真かも断ずるでもなく、今日も今日とて、昼下がりのバルコニーでティータイムに勤しんでいた。
「せっかく美しい庭園の風景が広がってますのに、視線を落として本を読むなど、勿体無いことではなくて?」
書庫から持ち出した―――持ち出して、当然の様に、控えていた侍従に運ばせた―――半世紀前の経済学者が記した市場経済に関する専門書に視線を走らせていたアマギリの耳に、住んだ金管楽器を思わせる美しい旋律が響いた。
それを少女の声だと認識して、アマギリが顔を上げると、テーブルの向かいの席には、すまし顔のこの国の王女が楚々とした態度で居座っていた。
テーブルの上に無造作に広げられていたはずのハードカバーの書籍群は、いつの間にか片付けられており、入れたてのハーブティーとバスケットに入れられた菓子類が広げられていた。
「風に運ばれてくる花の香りを楽しみながらの読書と言うのも、中々に味わい深いものですよ王女殿下」
アマギリはマリアの存在に気づき、失礼の無いように栞を挟んで本を閉じた。
そっと近づいてきた専属の侍従に、それを手渡し部屋に書棚に運んで置くように命じる。
「厳つい家庭教師のありがたい礼節の講義も終了した事ですしね、少しの息抜きのつもりだったんですが」
「息抜きで学術書を読むのは、些か不毛に思えるのですが」
かく言うマリアも午前中は弦楽の稽古に勤しんでおり、多少消耗した幼い身体をリフレッシュしようと思っていたところだ。
王室付きになるような家庭教師というものは、とにかく気位が高い。お前の方が王族に見えるわと思うくらいに無駄に鼻持ちならぬ性格をしていたりして、義務でもなければ付き合いたくないような人種である事が多いから、息抜きをしたくなるアマギリの気持ちはマリアには理解できた。
特に礼節の教師は、神経質で声がでかい、揚げ足取りなところがある子供には好かれにくいタイプの人間だった事を思い出したので、尚更だった。
「知識を入れるのは、割と昔から癖みたいなものなんですよ。知恵を育てるために、知識はあるに越した事は無いって、昔誰かに言われたような気がしてるんでね」
「はぁ……中々含蓄のある言葉をおっしゃる方がいらっしゃるんですね。……ひょっとしてアマギリさんの親御様ですか?」
「僕の親はフローラ女王陛下ですよ」
「ああ、確かにあの母なら言いそうなものですが……解っていて流してますよね、お兄様?」
一度会話に乗った後に目を細めて睨み付けると、アマギリは微苦笑を浮かべてあさっての方向へ視線を逃がした。マリアがアマギリのことを”お兄様”と呼ぶ時には、大抵怒っている時だと一週間と少しの付き合いで理解し始めていたから。
対するマリアも、毎日のごとく朝夕の食卓をともにし―――母フローラはは国主としての仕事が忙しく、最近は殆ど一日中政庁に詰めていた―――、加えて結構な頻度で、こうしてバルコニーでのお茶会を開いていたせいか、アマギリと言う年上の少年に関していくばくかの理解を得ていた。
聞かれたくない事柄に話が及んだら、あえて相手を怒らせて、その後会話を逸らす。
つまり今さっきの会話の内容も、アマギリにとってあまり好ましくない内容なのだろうとマリアは思った。
ならば、それに乗って会話を流して見せるのが淑女としての嗜みだろうとマリアは考えるが、さりとて本当にそれで良いのかとも、同時に考えてしまう。
出所不明、正体不明瞭な少年。いつの間にやらマリアの目の前で、当然のように生活している。
どう考えても貴顕な存在としての基礎教養を修めていそうなものであるのに、本人曰くは辺境の底辺暮らしだと言うのだ。
そのあたりに話が飛ぶたびに、アマギリはさり気なく話を逸らす。マリアは幾度か似たような事があったため、それに気づくようになっていた。
聞かれたくないと言う事は、知られてはまずい秘密があると言う事なのかと邪推してしまう。
そんな、なにか拙い物を持ち合わせた生い立ちであるなら、あの母が自身の傍に置こうなどとは考えないだろう。
いや、拙い部分があるからこそ、あえて手元に置くことも、あの母の所業から考えればまったく否定できない想像ではあるが。
どちらかと言うと神経質な気のある、物事には白黒はっきりつけないと落ち着かないタイプのマリアにとって、”灰色”の存在のまま風景に溶け込んでしまっているアマギリの存在は許容しきれない部分があった。
そして、マリアは母と同じ気風のよさ―――即ち、自らの望むものは自らの手で掴み取るべし、と言う意志の強さ―――を、持ち合わせていた。
「アマギリさん?」
「なんでしょう」
ハーブティーを口元に運んだまま、アマギリはマリアの問いかけに方眉を上げた。
マリアはそんな兄の対応に、いっそたおやかに微笑みながら、言葉を続けた。
「そろそろこちらにいらして一週間も過ぎますけど、王城の暮らしには慣れたかしら?」
「―――……ええ。そうですね。皆さんよくしてくれますし、今のところこれと言って問題は無いですよ。王女殿下こそ、目の前にこんな底辺者が……」
「それはようございました。これまで暮らしていた場所とはずいぶん勝手が違いましょうに、戸惑うことも無いとは喜ばしい限りです」
アマギリの言葉をさえぎって、マリアは自身の言葉を一気に押しかぶせる。
明らかに言葉を選んでいたアマギリは、マリアの言葉に続けるべき言葉を見失った。
その隙間を付いて、マリアは彼に逃げようの無い言葉を紡ぐ。
「ところで是非、此処へ来る前の暮らしをお教え願いたいのですが。庶民の暮らしぶりを知ると言う後学のためにも、是非」
是非、と二度も強調して、マリアはアマギリにまっすぐ視線を合わせたまま言葉を続ける。
問われる立場のアマギリは、二度三度目を瞬かせたあとで、もう考えをまとめきったのだろうか、ゆっくりと口を開いた。
自分でもはっきりしない部分のある、それは、気の強い年下の少女に対する、ちょっとした謎掛けの気分だった。
「そうですねぇ。つい先日までの話なのに、思い返してみるとなんだか何年も前のような気もしますね。……覚えている範囲で思い返してみるに、 別段、何か特別な事をしていたと言うわけでもありませんね」
アマギリはそこでまず言葉を切って、質問者の表情を伺う。
探るような目つきのマリアは、此処から先の一言一句を聞き漏らさないと考えていそうな真剣なものだった。
そんなマリアにアマギリは微笑を浮かべて、自身の言葉を続ける。
「僕が此処へ来る前に暮らしていたのは地名で言うとマラヤッカ山脈って言うらしいですね。適当に僕は”山”って言っていたんですが―――その中腹あたりの自然の広場に構えた山小屋で三年前から一人暮らしをしていました」
「三年前って、アマギリさん、まだ十一歳ですよね。……それはともかく、それ”以前”は?」
此処で会話に突っ込まなければ、三年以上前の話は聞けないと考えたらしい、マリアは”以前”と言う言葉を強調してアマギリに先を促す。
アマギリはあっさりと頷いて続きを口にした。
「それ以前はまぁ、その山小屋を築いたと自称していた偏屈な猟師の爺さんと暮らしてましてね。人嫌いで滅多に麓の集落にも降りようとしないのに、変なところで面倒見が良かったんでしょうね。”働かざるもの食うべからず”とか言って、色々と狩りに関する手練手管を仕込まれましたよ。食える野草の見分け方とか、その辺の知識もね。で、爺さんが居なくなったのは三年前で、そこから先はさっき言ったとおり一人暮らしです」
ほぼ自給自足、物々交換の社会の中での暮らしでしたと、アマギリは自身の過去をそう評した。
マリアはアマギリの語りに、眉をひそめて考える。
特にこれといって、流れに不振なところは無かった。三年前に祖父が死んで、それから先は一人暮らし。
「そのお爺様は、何か特別な教育を―――?」
「字は読めるけど計算の出来ないほど学の無い人でしたよ。いや、数字は読めてたから計算も出来たのか……? 聞かれなきゃ返事もしないような人だったしなぁ。―――まぁ、そもそも、あの辺りは貨幣経済がそれほど重要視されていないような地方ですからね」
さっき言ったとおり狩った獲物を物々交換で事足りますしと、アマギリはマリアの想像を否定した。
その言葉に、マリアは一層頭を悩ませてしまう。
それが真実ならば、計算も出来ないような祖父に育てられた彼が、此処まで頭が回るようになる理由が考えられない。
試しに学校に通った事は無いのかと尋ねてみても、思い出せる範囲内では無いですねと素気無く返されてしまった。
簡潔に答えるアマギリの顔は、何か嘘をついているようには見えなかった。
ただ、少しだけ。
人をからかって楽しんでいる時の、母フローラの顔が重なって見えたのは気のせいか。
からかわれている?
ならば、これまでの会話は全て嘘―――そんな風には思えない。これまでの王城でのアマギリの態度を観察していたところ、彼は母フローラには逆らうような事はしなかった。フローラの尋ねる質問にはほぼ全て真実を話しているように見えた。
そして、自身が辺境暮らしであると、アマギリがフローラに話している場面を、マリアは覚えている。
つまりそれは真実。
真実であるならば、先ほどまでの言葉の何処にマリアをからかえる要素があったのか。
秀才型の人間であるマリアは、物事を推察する時、与えられた情報を精査する事から始める。
アマギリ・ナナダンは三年前まで辺境で一人暮らししていた。
それ以前は、祖父とともに暮らしていた。
教育は、祖父に施された。
祖父は、字は読めるが数字の計算は出来ない(らしい)ような人間だった。
筋は通っている。ただ、何かボタンを掛け違えているような、居住まいの悪さ。
ならばどこかに、何か彼女が捉えきれぬ情報が挟まっているはずなのだ。それは何だ。
解らない。考えて答えが出ないまま、袋小路に陥りそうだったから、マリアは一旦思考をとめて一息入れるために首を回した。
首を回して―――、その途中。視界の端に。アマギリの背後に控えている侍従の手の中にある、本のタイトルが目に入った。
それは半世紀前の有名な経済学者が記したもので、商取引に関する専門的な知識を持ち合わせていないと、到底理解する事が不可能な―――不可能、な。
当たり前のようにその本を読み込んでいたアマギリは、趣味の一環とでも言うかのようにそれを読み流していたアマギリは、つまりそれを読める程度の知識を有している訳で。
―――果たして、算数も出来ないような祖父に教育を受けて、どうやってその知識を身につけたのか。
いや、違う。そこが発想の転換ポイントだ。マリアは先ほどまでのアマギリの言葉を良く思い出す。
アマギリは言った、祖父には狩りの手管を習ったと。
言い換えればそれは、アマギリが祖父に習ったのはあくまで狩りの手管だけであり、それ以外の知識を何処で身につけたのかは、彼は一言も話していない。
高度な知識、もって回った言い回しを可能とする弁舌手法。それらを何処で身に着けたのか―――それどころか。
そこまで考えをめぐらせて、マリアは気づいた。
胸の中に沸いた羞恥にも似た感情の赴くままに、マリアはアマギリを睨み付ける。
アマギリはそんな妹の拗ねた態度に、微笑を浮かべる事で答えるのだった。
そもそもアマギリは”猟師の爺さん”とは口にしたが、自身の”祖父”だなどとは、一言も言っていない。
単純に、マリアが勘違いしていただけだ。
祖父だと言わずに猟師の爺さんなどという、もってまわった言い回しをしているという事は、その人物とアマギリとの間に血の繋がりがあるとは考えにくい。
それにそう、アマギリは三年以前より前は猟師の老人と暮らしていた、とは言ったが”その暮らしをいつから始めたのか”は口にしていない。はっきりと期間が示されているのは、一人暮らしをしていた三年の間だけ。
それ以前は、確かに猟師の老人と暮らしていた事はあったろうが、”それ以外が無かった”とはアマギリは否定も肯定もしなかった。
「お兄様?」
二コリと微笑んで。マリアは自らの兄に尋ねた。
兄の顔が一瞬恐怖で引きつったように見えた事に、マリアは淑女の嗜みとして気づかない事にした。
「何でしょうか、王女殿下」
背筋を伸ばして返事をする兄にマリアは満足げに頷いて、それから次の言葉を述べた。
「最初から全部詳しく話しなさい」
優雅に庭園を見下ろせる昼下がりのバルコニー。
そのはずだったその場所は、ブリザードが吹き荒れる極北の如き極寒地帯と成り果てていた。
「最初からというと、その……ねぇ」
アマギリは苦笑いをしながら、何度も唾を飲み込みながら、言葉を続けようと試みる。この後に続く言葉が、確実に少女を怒らせるであろうと理解していても、それが真実である以上語らないわけにもいかなかったから。
一息ついて、覚悟を決めて。
アマギリはゆっくりと決定的なその言葉を口にした。
「さっきも言ったように、”覚えていない”んです」
ガン。
ソーサーにカップが叩きつけられた音にしては、あまりにも激しい音だった。
見ると、マリアの手にしたカップの取っ手から先が、ひび割れ砕けていた。因みにテーブルの上のソーサーは真っ二つである。
てめぇ、舐めてるのかという顔で睨み付けてくるマリアに、しかし半分椅子の上で腰を引かせながらも、アマギリは自身の言葉を撤回する事は出来なかった。
「ホント……いや、本当に申し訳ないと思うんですけど、覚えてないんですよね。何か子供のころ死に掛けるような高熱を出したらしくて。そのせいで」
それ以前の記憶が、曖昧なのだとアマギリは言った。
怒りの表情を改めて、意外なものを見るような目で自身を見るマリアに、アマギリは微苦笑を作って頷いた。
「爺さんが言うには、何処かの集落から捨てられたんだろうって話ですよ。……僕が高熱を出して山の中でぶっ倒れていて、それを爺さんが見つけた年は、丁度大規模な飢饉が発生した年だったから、食うに困って切り捨てたんじゃないかって。尤もその辺、聞いても深く答えてくれないんで自分で調べた上での推測混じりですが」
「大飢饉というと……確か、七年ほど前の話ですよね。私は当時三歳程度でしたから、余り良く覚えていないですが、資料を見ると餓死者も出るほどだったとか」
なるほど確かにとマリアは頷いた。
捨てられて拾われて、という事なら先ほどの説明はひとまず納得がいく。
ただでさえ農耕地の少ない地方であれば、食うに困って子や老人を山に捨てる事も無い話ではないだろう。
そして、山の中を幼い子供が一人で彷徨っていれば、体力を消耗して高熱を出し、記憶を失っても―――無くは無い。
有り得なくは、無いが。―――それは本当に真実か?
マリアもさすがに二度は引っかからなかった。
”爺さんが言うには”。
”~ないかって”。
それらは全て聞き伝の言葉を並べ立てているだけで、頭の切れる少年の言葉とは思えぬ曖昧なものだった。
「だいたい、そう。―――辺境の集落から切り捨てられたと言う生い立ちでは、貴方の知識に関する説明がまるで付かないではないですか」
マリアが口を尖らせてその矛盾を指摘すると、アマギリは良く見ましたとばかりに頷いた。そして、困ったように笑いながら正答を述べる。
「我ながら曖昧な話で申し訳ないですけどね、正直、僕も自分の知識が何処から引っ張ってきているのか解らないんですよ。一つだけ確かな事は、僕の出身地が辺境の貧乏農村か何かって事は絶対無いということです。政治・経済・軍事関連・一般教養その他、得物を手にしたときの効率の良い体の動かし方から機動兵器の操縦法に至るまで、何がしかの専門教育を何処かで施されたんではないかと言うのはここ数日の王城暮らしで自分でも理解できました。―――ただそれを、何処で身に着けたのか、と聞かれると……」
「―――解らない、ですか」
ハーブティーで時折口を湿らせながら言うアマギリの言葉を、マリアがくたびれた様な声で引き継いだ。
「―――本当に、何処かの貴族の落とし胤って事もありえそうですわね」
「それは無いんじゃないですか」
首をひねって考え込むように言うマリアの言葉を、しかしアマギリは確信的な口調で否定した。
「何故?」
「女王陛下が僕を此処に置いたままだからですよ。陛下が僕の身の上を調査していないわけも無いですから、調べた上で置いたままにしておいても問題ないと判断している以上、国内、国外問わず貴族の子だと言う線は消えます」
「―――そっか。諸侯の血統に連なるものだった場合、王族として迎え入れるわけが無いものね」
マリアの早い切り替えしに、アマギリは頷く。
「女王陛下はただでさえ中央集権に注力しているんですから、迂闊に諸侯のパワーバランスを崩壊させるような事をするとは思えません。同様に国外からの過度の干渉を控えるためにも、他国の血に連なる可能性のあるものを、この立場に置いたままにする事は無いでしょう」
「……なんだか、面倒な話になってきましたわね」
やれやれと、背もたれに体を預けてマリアは呟く。
それこそ、先王の落とし胤と言う事情が一番しっくり着てしまいそうだとぼやきながら。
正体は、相変わらず不明。高度な教育を施されている事は確かで、さりとて現状から考えるに何処かの貴族の血に連なるとも思えず。
そんな複雑怪奇な事情を全て満たしきるような存在は、この世界の何処にも存在しそうに無く―――。
そこまで考えて、マリアは身体を起こしてアマギリと視線を合わせた。
困ったように笑うその笑顔は、やはり、そういう考えに行き着きますよねと、言葉に乗らないマリアの考えを肯定しているかのようだった。
―――異世界人。
此処ではないどこかに住まう、高度文明人たち。
それこそ有り得ないような、それが一番しっくり来る事実だった。
・Seane 4:End・
※ で、結局きみは何なんだね、と言うお話。
そんなに真面目に隠す気も無いので、第一部の間に大体ネタは出揃うような気がします。