・Scene 44-4・
『とにかく、無事で安心したわ』
「だからそれは、こっちの台詞ですって。―――んじゃ、そろそろいい加減キリが無いんで」
『そう、ね……あんまり無茶するんじゃないわよ? ワウ辺りの言う事良く聞いて―――ああ、今居ないんだっけ。アウラは……駄目ね、ラシャラ辺りなら―――逆に悪化するかしら。良いわ、アンタ定期的に連絡入れるようにしなさい』
「了解。―――それじゃ、また。ひと段落したら連絡します」
『出来れば段落を書き出す前に連絡が欲しいんだけど……ホント、無茶しないのよ。―――じゃあね』
「邪魔をするぞ―――っと、どうやら本当に邪魔だったようだな。出直すか?」
夜も更け、そろそろ寝支度を整えようと考え出す人も多くなるであろう、そんな時間。
アウラはある男に貸し与えられている客間の寝室に、淑女とは思えぬ堂々とした態度で上がりこみ―――そして、ベッドサイドのテーブルの前に腰掛けている男の手元にあった通信端末を確認して、困ったような顔をした。
「いや、丁度終わったとこだから。―――と言うか、アウラさん。ここ、一応キミの自宅だよね」
手のひら大の通信機を弄びながら、男は夜風を誘う”窓の方”へ振り返りながら、苦笑を浮かべた。
アウラは何を当たり前のことをと頷きながら、窓枠を乗り越え、スプリングの効いたベッドの上に足を下ろした。
そして、ベッドの端に腰掛けたまま、手に提げていたサンダルを履きなおす。
その態度は余りにも堂々としすぎていて、突っ込もうとしていた男も、何かおかしい事があるだろうかと錯覚しそうだった。
「―――どうかしたか、アマギリ?」
何がおかしいのかと、薄いシルクの夜着一枚を羽織って、堂々と男の部屋に窓から上がりこんできたアウラは尋ねる。
男―――アマギリは、自身が眠るためのベッドに妙齢の美女が腰掛けていると言う状況に、むしろ頭痛を覚えていた。
「―――なんでわざわざ、窓から入ってくるんだ、アンタ」
彼女はこのシュリフォン王城の主たるシュリフォン王の一人娘である。
客人の部屋に踏み込むのに、窓から忍び込む理由は無い。
悪戯も過ぎれば毒だよなぁとアマギリが呆れていると、アウラは楽しそうに微笑んだ。
「いや、なに。この時間帯にお前の部屋と言うと、やはり窓からがベターかと思ってな」
「……じゃあ、ベストはどうなるのさ」
「そう―――だな。やはり、お前が自分から誘うと言うカタチを取るべきなのではないか?」
「いや、”ないか? ”なんて疑問系で聞かれても困るんだけどね」
そんな事を言いながらも、やれやれと立ち上がって部屋の隅に置かれていたワゴンに乗せてあったティーセットを用意しているあたりが、二人の力関係を示していた。
「まぁ、恋人との逢瀬を終えた瞬間別の女にそんな事を言われれば困るか、お前でも」
アマギリの用意したハーブティーをゆったりとした仕草で受け取りながら、アウラは言った。因みに、ベッドの端に腰掛けたままである。
「そう思うんだったらせめてドアから入ってきて欲しいんだけどなぁ」
ベッド脇の椅子に尻を投げ出しながら、投げやりに言うと、アウラは少し照れの混じった微苦笑を浮かべた。
「すまんな。―――ここ暫く気が滅入っているような状況だったから、少し気分がはしゃいでしまっているのかもしれない」
理由は聞くなと、カップを口に運びながら言うアウラに、アマギリは何とも言えない曖昧な顔で頷くしかなかった。お茶を入れるのに邪魔だったため、ポケットに突っ込んでおいた通信端末が、何故だか非常に重たく思えてくる。
「光栄だねって言って良いものかどうか、迷うね」
「リチアに申し訳ないから、自重したほうがいいだろう」
「―――じゃあ、自重してくれよ」
「そればかりは保障できんな。―――ところでリチアの様子はどうだった? 十日前に別れたきりだったのだが」
呻くアマギリにさらりと返しながら、アウラはここには居ない親友の少女の事を尋ねた。
「元気そうだったよ、若干空元気だったけど。―――救出した生徒達抱きこんで、何か派手にやらかそうとしてるみたいだけど―――ラピスさんも一緒だし、それほど無茶はしないんじゃないかな」
「ああ、先日漸く聖地から救出した全生徒を国許に帰す事が出来たからな。アレでウチの生徒も、纏めれば一大勢力となる。生徒会長として教皇の孫として、リチアもやるべき事をやるつもりなんだろう」
「それがリチアさんがやりたい事って言うんなら、止めないけど……」
「けど?」
微妙な顔で言葉を濁すアマギリに、アウラはカップをマイクに見立ててすっと、向けながら先を促す。
「その動機が、なぁ」
「―――まさか、解らんなどとは言ってくれるなよ」
「言わんけど……」
「けど?」
逃げ場を塞ぐように、アウラは問い詰める。有体に言って、凄く楽しそうだった。
アマギリは自分で入れたお茶を一口含み、暫く遠くを見ながら考えていた後、言った。
「まぁ、あの人の趣味は良く解らんなぁと」
回線が開いてまず、湧き上がるようなものを堪えるようにして出来た笑顔と、潤んだ瞳。
そういう美しくて仕方が無い顔を、自分だけに向けられているのだと思うと、アマギリとしてはどうしようもなくくすぐったいやら、申し訳ないやら。
「人の縁など奇なるもの―――と言うヤツだろ? 精々お前は、その幸運を感謝してやるべきだな」
「ありがた過ぎてちょっと重い時もあるんだけどねぇ」
「贅沢な悩みすぎて、怒りすら沸いてきそうな答えだな、それは」
「とは言え、女の子に頑張らせちゃうってのは趣味じゃないんだよ僕は」
どうにかならないかなと、割と本気で呟く仕草がおかしかったのか、アウラは薄い笑みを浮かべた。
「前から思っていたことだが、お前はフェミニストと言うよりは、アレだな。―――女性に対して、幻想を抱きすぎだ」
余り舐めないでもらいたいなと、シニカルな笑みで言われて―――アマギリは、それは仕方が無いと肩を竦める。
「昔から”現実が厳しすぎた”からさ。幻想くらい見たって良いじゃないか」
アマギリの記憶において、”弱い女性”と言う生き物が存在していた事実は存在しない。変わりに思い浮かぶのは、銀河最強だったり最恐だったりするような女性陣ばかりである。多少の癒しを求めるのも、同性であればきっと解ってもらえると信じたいものだった。
アウラは、その情けなさをもう少し何とかできないのかと思いつつ、一つ息を吐いて真面目な顔を浮かべて言う。
「リチアもワウも、ここに残ったままでは、きっとまたただ見ているだけの状態になると解っていたからな。―――自分にできる事を、確りと自分で考えてやろうとしているんだ。それをお前が認めてやらないでどうする?」
「認める事が出来るのは、精々自分の至らなさだけだね」
「―――ならば、お前にそんな思いをさせている我等は更に至らぬ人間だと言う事になるが?」
視線を逸らして言うアマギリに、アウラは淡々とした口調で返した。アマギリが眉根を寄せて応じる。
「そんな事は言って無いじゃないか」
「そう言っているとしか取れんだろう。いい加減、この期に及んで問題を全て自分に帰結させようとするのは止めにしろ。お前風に言うなら、そうだな―――”その遊びに、私たちも混ぜろ”、と言った所か」
冗談めかした物言いで、目だけは真剣なものだったから―――アマギリも、視線を外して罰が悪そうに呟くくらいしか出来なかった。
「よくよく、楽しくない事に進んで首突っ込みたいと思うよね、皆」
「それが楽しいか楽しくないかは、私たち自身が決める事だ。―――それに、何をするかを聞かないことには、それが楽しいのかどうかすら解らない」
だから、まずは話せと、アウラの言葉は至極明快だった。
確り目と目を見つめ合わせて言われてしまえば、どうにも逃げ道を防がれた気分になるから困るなと、アマギリは一つ息を吐いた。
実際問題として、アマギリは剣士が敵の手に堕ちたのは自身の過失であると認識している。
油断、慢心、見積もりの甘さ―――そういった諸々、仕込みに時間が取れなかった事だって、全部自分の立ち回りが下手だったからだと、他の誰に何と言われようと、誓ってそう確信している。
”嫌な予感”は初めからしていたのだから、対策は幾らでも立てられた―――筈なのに。真実最悪の状況を迎えてしまったのだから、これはもう自分の無能以外の何ものでもなかった。
だが、そういうアマギリの気持ちとは別に、現実問題としてこの問題の広い範囲の意味を拾えば、これは彼のものと言う以上に、彼女等の問題だと言う意味合いが大きい事も、当然理解している。
―――何故なら、彼女等はこの世界の人間で、そして。
「―――剣士殿は必ず取り戻す。あの方がこんな辺境の何処の馬の骨とも知れない一個人の思惑で使われている姿なんて、見るに耐えない」
結局まずはそこからだけど、と改めて決意表明をしてみると、アウラはなるほどと頷いて口を開いた。
「それで、その後は?」
「―――後?」
首を捻るアマギリに、アウラは後だ、ともう一度繰り返しながら言葉を続ける。
「剣士を取り戻すと言うのは良い。それは”お前にも”関わりのある事だからな。だが、その後はどうする? ガイアは? ハヴォニワは? ジェミナー、この世界は? リチアは、ワウは、フローラ女王たちは、お前はどうするつもりなんだ?」
―――私はいい加減、そこのところが知りたいと、アウラは言った。
アマギリは、一瞬言葉の意味が理解できなかった。
「いや、どうするって、そりゃ……」
「この世界など、お前にとっては元々係わり合いになる必要も無いものだろう。―――特に、今のお前にとっては」
言葉にまごつくアマギリに、アウラは正しく追求するような姿勢で問うて来る。
言葉の意外な苛烈さに戸惑うアマギリに、―――アウラは、確りと彼の瞳を見つめ、睨みつけながら、口を開く。
「お前はもう―――全部、思い出しているんだからな」
「―――ああ」
アマギリはなるほどと頷いた。何かに納得したような、何かをなくしてしまったかのような、そんな顔で。
「気付いてたんだ」
アウラにとっては、見知らぬ誰かのような顔で、頷いた。
「気付かなかった私が間抜けと言うべきか、気付かせなかったお前の不義理をなじるべきか」
「別にたいした問題じゃないんだから、一々アウラさんに言うことでも無いだろ?」
肩を竦めてアマギリは言う。そのあっさりとした態度に、アウラは眉間に皺を寄せた。
「たいした問題ではない、か。そうだな、お前にとってはここで起こるすべての事は瑣末事だったか」
「は? いやちょっと待て、そんな事は誰も……」
「翼を広げればお前は今すぐにでも天に帰れるのだろう? 剣士が心残りだと言うなら、彼を取り戻した段階でお前がここに居る理由も消滅だ」
「ちょ、それはちょっと極論だろう」
目を細めたまま語るアウラに、アマギリは眉根を寄せて反論する。なるほど確かにアマギリは、自分の本当の名前も含めて、ほぼ全てを思い出している。だが、だからと言って、その過去の記憶のみに全てを縛られているような言われ方は、流石に心外だった。
「やる事やったらはいサヨウナラ、なんて何処の人非人だよ。一体、人を何だと思ってるのさ」
「そんなものは決まっている。根暗で鈍感、ついでに秘密主義の唐変木だな」
「後半はいいとして―――根暗?」
「後半は良いのか」
若干引き攣った顔で突っ込むアウラに、言われ慣れているんでと適当に返す。
「これでも結構社交的にやってるつもりなんだけどなぁ。美人を夜中に寝室に招き入れるくらいには」
「そうやって、当たり障りの無い事をいって煙に巻こうとしている人間は、社交的とは言わん」
軽い口調で言うアマギリに、アウラは夜着の胸元を引き上げながら応じた。
「……思い出しているなら、言ってくれても良かったじゃないか」
―――リチアたちには話しにくいだろうし。
微妙に視線を逸らされながら、そんな風に言われてしまった。
何か微妙な空気になりそうだなと、アマギリは―――視線を逸らして、それで更に微妙な空気になった事に気付いて、泣きたくなった。
そんな気分を振り払うように頭を振った後で、あえて軽い口調で続ける。
「言わなかったのは別に、ホントにたいした事じゃなかったから言わなかっただけさ。前はどうしていたかなんて、今のこの時にどうするかの理由にはならないもの。ここに居られる限りは、ここで何とかするよ僕は。ガイアもこの世界も、リチアさんもワウも、フローラ様も妹様も、勿論、アウラさんのこともね」
―――今更足抜けなんて、出来ないところまで来た。
来れたと、思う。
どうかなと、微苦笑交じりに尋ねると、アウラも苦笑しながら頷いた。
「出来れば、それを普段から解りやすく伝えてくれれば、私もあまり余計な不安を覚えずに済むのだがな」
「そういうことが出来ない人間だって事くらい、いい加減解ってくれてると思ってたけど―――にしても、アウラさんそんな不安が覚えてたんだ」
以外だと、言外に込めた意味は、少女を見事に不機嫌にした。
「覚えて、悪いか? お前は私を何だと思ってるんだ。今にも居なくなりそうな親しい人間に関して、何の感慨も沸かないとでも?」
何と答えても大きな地雷か不発弾になりそうだなとアマギリは考えて―――それでも、アウラの視線は答えを返さないままを許さない雰囲気があったから、結局、どうしようもない答えを返していた。
「まぁ、変わった趣味をしているなぁとは、常々思ってたかな」
誰のせいだ、誰のと―――溜め息混じりの声が聞こえた。
※ 何だか最近誰(に刺されて迎えるBAD)ENDになるか自分で解らなくなってきた。
梶島ワールドだし今回は軟派なヤツにしようとか書き始めに想ってた筈なので、一応当初の予定通りでは在るんですが。
……書き初めって、もう五ヶ月以上前なのかー。