・Scene 45-2・
「……なん、だと?」
「ですから、後ろ盾ですよ。僕をハヴォニワの王子として擁立するための、う・し・ろ・だ・て。シュリフォンの王陛下が身元を保証していただければ、僕としても本国で動きやすい」
突然言われたとんでもない提案に目を剥くシュリフォン王に、アマギリはいっそ気楽に肩を竦めて応じた。
そこに、先ほどまでの真摯な態度は微塵も存在しない。
―――相変わらず、切り替えの早い男だ。
長く付き合っていれば慣れる問題だが、父王には些か荷が重たかろうなと、アウラは苦笑してしまった。
「確かに我がシュリフォンがお前こそがハヴォニワの本流だと保障すれば、それなりの効果も見込めるだろう。―――だが、他国に擁立された王子というのも、それはそれで問題が無いか?」
「国土の三割が敵国に持ってかれてるとか、女王以下中央政府が行方知れず以上の問題にはならないって、今更」
たしなめるようなアウラの言葉にも、アマギリの態度は見も蓋もなかった。
「―――今は、実利のみを追い求める段階ではないですか?」
強気の笑みで、シュリフォン王に視線を送ってみせる。
「むぅ……」
「状況が切迫しているのはご理解していただいていると思いますが」
唸るシュリフォン王に、アマギリは畳み掛けるように言葉を重ねた。正論ばかりを重ねられれば、相手は詰まるばかりであろうと言うのは解っているだろうに、それを止めはしないのが、如何にも彼らしかった。
「少し待て、アマギリ―――ではなく、アマキ・リンネだったか? いや、それは後で良い。先を急きすぎだ」
アウラは一つ嘆息して、父の替わりに場を受け持とうと決めた。
「誰も彼もがお前ほど頭の回転が速くは無い。―――順を追って整理しないと会話にならんぞ」
「その割りに、アウラさんは理解できてそうな感じがするけど―――あ、あと、名前は凛音でもアマギリでもどっちでも良いよ」
「リンネが名前なのか。……そうか、剣士と同じなんだな。あー……では、周りが紛らわしく感じそうだから普段は今までどおりアマギリにさせてもらうぞ? ともかく、交渉ごとにはまずお互いの要求を付き合わせることから始めるべきだと思うのだが」
何事も相互理解が大切だからなと、いい加減その辺りを覚えてもらえないかと言う心持ちで、アウラは言った。
尤も、アマギリはその辺りを弁えた上で、あえて突き放すようなやり方を好んでいるのだろうなと言う思いもあった。
そしてそれは事実なのだろう、アマギリは、若干不貞腐れたような顔で鼻を鳴らした後で、アウラの言葉に応じた。
「要求か。―――とは言え、これは交渉と言うよりも本当に僕からの要求ばかりを述べる事にしかならないと思うけど。そもそもシュリフォンが僕に何か要求する事ってあるの? 国外退去の言葉以外に」
「いや、国外退去などと口にする気も無いが―――無いですよね、父上」
「ん? あ、ああ―――……ウム」
視線だけを動かして問う娘の威圧感に、シュリフォン王は反射的に頷いてしまった。
てっきり、今日のアマギリの訪問は、ハヴォニワの平定のために帰還する前の挨拶程度の事だと思っていたとは、決して言える雰囲気ではなかった。
そんなシュリフォン王の内心を察したのか、アマギリは少しの目礼を彼に送った後で、アウラとの会話に戻った。
「じゃあ、要求があるのは僕だけか」
「私にとっては、今後の行動指針、といった所だが―――そうあって、欲しいものだな」
委細漏らさず説明しろと言うアウラに、アマギリは苦笑交じりに応じる。
「それに関しては、ご期待には添えたくないんだけどなぁ」
「お前の趣味に付き合っているような状況でもないからな、添えてもらうぞ、そこは。むしろそれこそが、我等シュリフォンの要求にしよう」
「……我等?」
いつの間にか国家代表的な意味で言葉を放っていた娘の横で、シュリフォン王は瞬きをして耳を疑った。―――とは言え、最早会話に介入するタイミングは逸していたが。
「ま、現実問題、時間も無いしな」
仕方ないかと、アマギリは一つ息を吐いてアウラの要求を受け入れた。
聖地での手痛い失敗が自身の面子に拘りすぎた事にあったのが、彼なりに少しは思うところがあったせいかもしれない。
「まず最終目標として、ガイアの打倒だ」
「―――……意外、と言っても良いか?」
「良いよ。僕も割りと意外な気分だし」
簡潔に述べられた言葉に、簡潔であるからこそ判断に困ったアウラに、アマギリもにっこりと微笑んで頷いた。
その後で、でも、と続ける。
「実際に直でぶつかってみて解ったけど、アレはやばいわ。”先史文明”なんて呼ばれてるものの遺産がが碌でもないものだなんてのは、銀河中で常識で、解ってるつもりだったけど―――それを勘案しても、ガイアのやばさは結構高いね。1Gの大気圏内小型戦闘機としては破格の戦闘能力だよ。早い・硬い・強い。―――まぁ、それを言ったら聖機人からして結構大概なんだけど」
この星自体が危険って言った方が早いかもしれないねと、アマギリはジェミナーの常識に染まっている人々には今ひとつ理解しがたい尺度で説明した。
「事実上現代のジェミナーの兵器で、アレの装甲をぶち抜く事は不可能だろう。聖地へ持っていった僕の虎の子も、どうやら効かなかったみたいだし、アレ以上強力なものを用意しようとしても―――そうすると、洒落でも冗談でもなく、ジェミナーは人が住めない土地になりそうだしな。そもそも単純な物理エネルギーで破壊できるのかね、アレ?」
「―――最後のあの大爆発、やはりお前の仕業なのか」
辛くも聖地から脱出し、女神の翼で守られながらスワンで渓谷を抜ける最中に見る事になった聖地―――聖地であった場所から立ち上るきのこの様な形をした灰色の雲に、アウラは生物的な嫌悪感を思い起こして身震いした。どう考えてもあの黒煙の中心となった場所が、まともで済む筈が無いと思えたからだ。
あれ以上の威力を想像するとなると―――それ以前に、あれ以上が存在する事事態が、信じがたい。
「そんな訳で、反応弾以上の威力の大量破壊兵器の作成は御免被りたい。―――どのみち、工房も材料も無いことだし」
「そう願いたいな。私もお前が教会から異端認定されるのは見たくないぞ」
「今更教会なんて顔色伺う必要性すら無いと思うけど―――まぁ、厄介ごとは避けたいしね」
相変わらず、宗教的権威は好きではないらしいアマギリは、アウラの忠告につまらなそうに頷いた。
それに仕方が無いなと苦笑しながら、アウラは首を捻った。
「それで、結局どうするんだ? まさか勝ち目の無い戦いに、シュリフォンの軍を総動員するという訳でもあるまい」
「いや、一面それであってるけど」
「なんだと!?」
娘の言葉にあっさりと頷くアマギリの態度に、黙って話の流れを伺っていたシュリフォン王が目を剥いた。
在って精々、シュリフォン軍の一部を借り受けてのハヴォニワ西部戦線の建て直し程度の要求だろうと思っていたから、”決死隊になれ”などと言われるのは心外以外の何ものでもない。
「ああ、陛下。勿論シュリフォンの精兵をガイアに特攻させようなどと言うつもりはありませんので、ご安心ください」
席から立ち上がって大声で反論しそうになったシュリフォン王に気付き、アマギリは慌てて付け加えた。
その言葉に一先ずシュリフォン王が落ち着いたところで―――アマギリは正しい要求を口にした。
「特攻してもらいたいのは、ガイアではなく剣士殿に向かってですから」
「剣士……!?」
その名前に、アウラが目を細める。
柾木剣士。異世界人の少年。今は、ガイアの掌中にあって、操られている。
「何は無くとも、ガイアを打倒するためには剣士殿の奪還は必要不可欠だ。―――むしろ、絶対条件といっても良い。剣士殿が居ないと―――僕にはガイアを破壊する算段がつかない」
アマギリは、はっきりとそう言い切った。
「待ちたまえアマギリ王子。ガイアが如何なる脅威かと言うのは、私も諸君等の報告から聞き及んでいるが―――その柾木剣士なる異世界人の少年が一人増えた程度で、ガイアの破壊は為るのか?」
私にはとても信じられないと、シュリフォン王は疑念を口にした。
聖地から逃亡してきた娘達を保護して以来、そこに至る経緯を詳細に報告させていたシュリフォン王は、ガイアが常識の外に居る恐るべき存在であるとの認識をしていた。
少なくとも、通常の聖機人程度の攻撃では全く歯が立たない。
対抗するためには、ガイアと同様に常識の外の、超常的な力が必要になる筈だ―――例えば。
言葉だけで翻弄してくる、この、目の前の少年のような力が。
あるいはその、柾木剣士なる少年にも秘めたる力があるのだろうか?
目の前に居るアマギリ・ナナダンと同郷であり、加えて、本来的な意味では柾木剣士こそがジェミナーを救うべく現れた異世界人のはずなのだから。
「剣士にも、やはりあるのか? お前と同じように―――その」
父と動揺の疑問に行き当たったのだろう、アウラが躊躇い混じりに尋ねた。
目の前に存在していたというのにまるで理解が出来なかった、光り輝く翼の存在を思い出しながら。
―――それが齎した、親友の昏睡という結果を思い出しながら。
もし剣士のも同様の力があったとしても、それを思い出せば使わせたいとは思えない。
難しい顔で口を噤んだアウラに、アマギリはしかし、あっさりと肩を竦めた。
「光鷹翼の事? うん、どうだろうね―――正直剣士殿個人の力は未知数だよ。”見た”感じ、三女神全ての加護を受けているって段階で、もう割と本気で理解不可能な領域だし。だいたい、幾らこっちが弱っていたからって、パンチ一発で光鷹翼に干渉して吹き飛ばしてくれるとか、まぁ人畜無害そうに見えて、柾木家の皆様は相変わらずぶっ飛んでいらっしゃるよ」
「……何の話をしているのか良く解らんが、その、つまり―――なんだ? ”コウオウヨク”と言うのが、女神の翼の事で良いんだな?」
「ああ、うん、そう。―――紛らわしいから女神の翼で統一しておこうか。とにかくアレなら、アウラさんたちも下から見てたかもしれないけど、ガイアの攻撃は完全に無効化できる。コアユニットしかない不完全な状態だったけど、あれ以上幾ら強くなった所で、ガイアでは女神の翼の防御を突破できない」
そういえば、光鷹翼を知らない人間しか居ないんだなと、自身の常識からすれば些か奇妙だなと思いつつも、アマギリはその防御力の絶対性を保障して見せた。
珍しく断言と言う形を取ったからにはそれは真実なのだろうとアウラは頷くが―――しかし、疑問に思うこともある。
「だが、守るだけでは勝てまい」
ガイアの攻撃は防げる。だが―――攻撃の手段が無い。ガイアもまたジェミナーの中では絶対的ともいえる装甲を保持しているのだから、並みの攻撃手段では傷一つつけられない。
アマギリ自身も先にそれは口にしていたので、否定する事無く頷いた。
「そう、守るだけでは勝てない。攻める手段が居る。―――そのために、剣士殿が必要だ」
「剣士の―――しかし、剣士にも女神の翼があったとして」
「いや、そうじゃない。剣士殿自身の力じゃなくて、この場合は剣士殿が”持たされている”物が必要なんだ。―――この、僕に」
「お前に?」
剣士―――優秀な聖機師(らしい)異世界人、そしておそらくはアマギリと同等かそれ以上の特異な力を秘めているらしいのだから、その少年を求めるのであればその力を欲しての事の筈。
しかし、アマギリは違うと首を振った。
剣士自身は、剣士の有する力は、この際勘定に加えていないと。
「そもそも剣士殿の力は未知数だしね。縦しんば単独で光鷹翼を出せても剣士殿のことだから驚かないけど―――それでも、出せる保証は無い。出せてもそれを、制御できるのかどうかの保証も無い」
それに、人任せなんて趣味じゃない。
散々に自分ひとりで物事を進めるなといわれながらも、凛音には結局そこを曲げる事は出来なかった。
自分のための雪辱戦なのだから、誰かの力に任せる事なんて出来ない。
「先に言ったろ、ガイアの打倒が目的だって。―――”僕自身”がガイアを打倒するのが目的だ。そのためには剣士殿が持っているものを回収する必要がある。ついでに、剣士殿も取り戻せるし、万々歳だ」
「……優先順位は、剣士よりもその、持ち物と言う事か?」
普段の剣士に対する態度からは予想できないほど割り切った考えを見せるアマギリに、アウラは恐る恐る問いかけた。
”それ”がどのような形をしているのか、どんなものなのかは解らないが、アマギリが今の所最優先で必要なものである事は理解できた。可能な限り速やかに、絶対に手元に置きたいと思っていることも。
で、あるならば。
それと剣士の無事を天秤に掛けた場合、アマギリはどちらを優先するのか―――アウラが不安に覚えるのも無理はない。
しかし、アマギリは苦笑してアウラの疑念を払拭した。
「”持たされた”って言っただろ。剣士殿は持たされてるだけで、多分だけどそれを彼に持たせた人間は、剣士殿が無事じゃない限り僕の手元にそれが渡らないようにしていると思うね。”面倒を見る報酬代わり”みたいな事を言ってたし」
「待て、何やらお前の話を聞いていると、お前と、その剣士に荷物を持たせた何者かには、殆ど面識が無さそうに聞こえるのだが」
信用できるのか?
と言うよりも、どうやら信用しているらしいアマギリの態度が不審だった。
確証の無いことを選択肢に含めない性質のアマギリにしては、良く解らない人間が持たせた”らしい”よく解らないものの存在を、さもそれがあれば平気と言うように語る姿はアウラには不自然に映った。
しかし、アマギリはアウラの疑問の視線を笑顔で受け流して持論を曲げようとしない。
「いや、あるね。修正パッチは必ずある。あんなご大層な”偽名”使った哲学師が、まさか自分の言葉を偽る筈が無い。”こんなこともあろうかと”が心情の哲学師が、しかもその言葉を述べた伝説になるような大人物の名前を語っておきながら―――ウソなんか言える筈が無いもの。ウソだってばれたら、銀河から爪弾きされるだろうし、ね」
語った言葉の内容は重要な部分以外五分も理解できなかったが、とりあえずアマギリがその謎の人物を信用している事だけは理解できた。
「納得がいくような、いかないような……。で、その、修正パッチ? と言うものがあると結局どうなるんだ?」
「ガイアを確実に破壊する方法が手に入る」
※ この辺りまで読んで漸く42のサブタイがあんなだった理由が解るという。むしろあの段階で解ってた方とか居るんでせうか。