・Scene 46-5・
「……酷い目に合った」
「それはアレか。ひょっとして突っ込み待ちと言うヤツか?」
どんよりとした顔で通信を終えた凛音に、アウラが冷静な顔で突っ込む。因みに、嫌な感じに酔いが冷めてしまっていたので、酒瓶その他は既に片付けられていた。
「と言うか、妹との久々の語らいが終わった瞬間に出てくる言葉がその体たらくな辺り、お主も大物といえば大物じゃの」
身内には欲しくないが、とラシャラが面倒そうに首を振る。処置なし、とか思っていた。
「いやでもさ、ホラ。僕にも色々心の準備をしたいところもある訳で。開口一番妹から他人行儀で呼びかけられるってどうよ?」
情けない顔で言い訳にもならない言い訳を口にする凛音に、二人の少女は揃って半眼で応じた。
「「お前が悪い」」
「ですよねー」
解ってたけどさ、と通信中から続いていたわざとらしいほどの情けない仕草を止めて、凛音は諦念混じりの微苦笑を浮かべた。
「ま、何時までも同じ場所にはいられないって解ってたけど、朝にあんなカッコつけたばかりで、いきなりコレだよ」
笑わずには居られないと、そういう顔をされてしまうと少女達もあまりきつく言えなかった。
「……別に、マリアもそれほど気にしている風には見えなかったが」
「あのさラシャラちゃん。気にされて無いならされてないで、それはそれでキツくない?」
「う……むぅ」
言葉に詰まったラシャラに、凛音は嫌な返し方をしちゃったねと、肩を竦めて謝意を示した。
「捨てられなかっただけ、良しとすべき場面だろうしね」
―――『あとでゆっくりお話しましょうね』
ゆっくり話して、それでどうにかなってくれる問題なのかは、生憎解らないのが凛音と言う人間だった。
「なに、アウラさん?」
「いや、別に。―――相変わらず見ていて飽きない男だと思っただけだ」
「……他人の不幸は密の味とか、アウラさんも随分性格悪くなったよね」
「お陰さまで、悪い友人が傍に居たからな」
不貞腐れる凛音に、アウラは苦笑交じりに返す。
あんなもの、話の流れから相手の顔から、どう考えても久しぶりの会話で兄に甘えている妹の図にしか見えないだろうに、何故この男は気付かないのだろうか。
同じ場所に入られない。なるほど事実だろう。
しかし、結局”皆が同時に次の場所へ”移動しているのだから、何を恐れる事があるのか。
「―――ま、その辺は後でのお楽しみって事で。とりあえず手駒が増えそうなのは良かったかなぁ」
相も変わらず気分の切り替えだけは早い。凛音はあっさりと表情を改めて目の前に控えた問題に思考を移した。
「だが、間に合うのか?」
一つ息を吐いたあとでやはり真面目な顔に切り替えて尋ねるアウラに、肩を竦めて応じる。
「流石に遠すぎるんじゃない? この際ほら、”来るかも”ってのが誘いにでもなれば御の字くらいの気持ちだよ。―――後は、向こうは向こうで動きを見せる訳だから、そっちに少し敵が分散してくれると嬉しいよね」
「身内をあっさりと陽動に使うつもりか。―――その辺り、割り切ると存外ドライに徹するの、お主」
オディールの面々も危機に晒されるのではないかとの視線を送ってくるラシャラ。凛音はまぁね、と疲れた息を吐いて応じる。
「それを言われるとね。でもホラ、次は本当に無理ゲーが控えてるし」
「―――剣士じゃな」
「樹雷の流儀で柾木家の皇子と向き合わなきゃいけないなんて、とんだ人生の大事だよホント。僕一人じゃ、とてもじゃないけど無理だ」
「なんだかんだと言っておきながら、結局キャイアにカンフル剤を入れたのはそのためか」
「腕は良いから、あの人」
好みではないけどと、いらない一言を付け加えつつラシャラに応じる。
「姉―――……ユキネさんも間に合ってくれるとホントに実際、大助かりなんだけどね」
「言い直す必要あるのか、今の」
「なんとなくで重ねちゃうとね、本物の雪姉にもユキネさんにも失礼な気分で」
苦笑交じりに返す凛音に、アウラは深々とため息を吐いた。
「それ、予想だが本人の前で言うと引っ叩かれると思うぞ」
ジト目で突っ込むアウラの横で、ラシャラも頷いていた。
「まぁ、きっとそれも”後の楽しみ”とでもいうヤツなのじゃろ。―――ともあれ、ワウが”荷物”を運んで来れない以上、取れる手段はこの辺りで全てか?」
「ああ、そっちはあんまり期待してなかったから良いさ」
「―――相変わらず無茶振りしておきながら酷いな」
「兵站線は幾らあっても助かるし、ついでに、僕があの子に連絡して、あの子の挙動が少しずれたって言う事実の方が欲しかっただけだし。―――オディールに居るのは予想外だったけどね」
まいったまいったと、冗談染みているようで、そこには本気の気分があった。
「ワウだけは本気で囮扱いにするつもりだったか」
「あの子はソレが仕事」
眉根をしかめるアウラに、凛音はあっさりと言い切った。ラシャラが苦笑混じりに言う。
「信頼している―――と取るべき場面か、悩むの」
「あの子も何だかんだで、聖機師としては良い腕持ってるからね。手元に居てくれればもうちょっと有利な状況も作れたんだけど、何か勝手に居なくなってるし―――まぁ、罰ゲームみたいなものだと思ってもらうさ」
「従者の心主知らず、とでも言うべきか」
「コレはコレでかみ合ってるのではないか?」
アウラとラシャラは顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべる。
「ともかく、向こうは向こうで変わらず頑張るだろうさ。最悪フローラ様辺りまで聖機人で暴れ始めそうだけど。―――問題はこっちだよね。アウラさんに掛かる負担が大きい感じで申し訳ないかな」
「致し方あるまい。必要な犠牲と言う言葉は理解できているつもりだが、それでも悪戯にシュリフォンの民を危機に晒す訳にもいかないからな」
凛音の言葉に、アウラはそれ以上言う必要も無いと言いたげな目で返した。
「―――この身は、シュリフォンの王女なのだから」
「―――僕も将来的に、そうなるんだっけ?」
「それはお前の努力次第だ」
「どっちの方向に努力するんじゃ、そなた達」
進むのか退くのか。端から見ているラシャラにとっては面白いとだけ感じられる話題ではある。
「ソレも後の楽しみって事で一つ」
「嫌な事は後回し、と言う発想と違うかそれ」
「気のせい気のせい。―――ともかく、僕だって”あまり”意味の無い犠牲は出したくないからね、鋭意努力を期待しますとしかいえないかな」
ラシャラに軽い言葉で応えたあと、凛音はアウラと確り向き合って言った。真面目な言葉である。
「期待されよう」
アウラも神妙な態度で頷く。―――そのあとで、少し表情を崩した。
「なんだか、父上に申し訳が立たない気分もあるのだがな」
「子供を溺愛してる親の図ってのは割りと有触れてるし、気分は解るんだけどね。―――でも悪いけど、今回はババを引いてもらうよ」
アウラの言葉に苦笑を浮かべながらも、凛音は断固とした口調で言い切った。その様子を、ラシャラが面白そうに言った。
「正しく、おぬしはジョーカーのようなものじゃものな。―――敵のエースを相手に何処まで立ち回れるか……剣士め」
敵に回ればこれほど恐ろしいものは無いと、あらゆる面において万能を発揮していた少年の姿を思い出し、身震いする。
「……勝てるのか?」
不安な様子を隠しようもなく尋ねるラシャラに、凛音も暗い瞳で応じた。
「やり方次第。生かしたまま捕獲って言うのが一番ネックだよなぁ。―――後は、そうだね。エースも二枚までなら処理できるけど、三枚詰みだったら……」
「……だったら?」
問いかけるアウラに答えず、凛音は手元に置いたままの通信端末に指を滑らせ、何処かへと通信を繋げる。
通信が繋がるまでのタイムラグの間に、ポツリと、呟いた。
「まぁ、此処まできたら、最後は化かしあいだな」
『―――以上です』
「ほう、まだシュリフォンに留まっておったとはな。貴様の予想も外れたというわけだ、ユライトよ」
だからと言って全く責める様な口調にはならず、ババルン・メストは暗い愉悦を纏わせた笑みを顔に貼り付けていた。モニター越しに向かい合う弟に対する口調は、優しげですらある。
「それで、攻めると?」
『はい。ドールと柾木剣士。二体の人造人間の力を用い、全力でアマギリ・ナナダンを撃破します』
「二人同時に使うか」
巨大モニターに映された戦闘艦艇のブリッジ、中央に立つユライトの後ろに色の無い目で立ち尽くす二人の人造人間を見やりながら、ババルンは鼻を鳴らした。
兄の疑問に、ええ、とユライトは頷く。
『異世界の龍―――女神の翼の力は強大です。崩壊した聖地からガイアの盾の発掘が遅々として進まぬ以上、人造人間二人と言う最大戦力を用いて一撃で決めるべきです』
「フン、―――女神の翼か」
忌々しいとばかりに弟の言葉に吐き捨てた後で、ババルンはニヤリと笑った。
「―――しかしな、ユライトよ。最大戦力と言うのに、”二人では少ない”だろ?」
『―――は? も、もしやガイアの盾の発掘が完了したのですか?』
ババルンの言葉に、モニターの向こうのユライトの能面じみた顔が崩れた。戸惑いが瞳を揺らしている事が、ババルンには事の外おかしかった。
「異世界の龍が残した置き土産は、中々に面倒を残してくれた。大量の土砂と焼け爛れ、そして冷えて固まった強固な岩塊の中から、ガイアの発掘を行うのは骨だ。―――私が言っているのはそういう事ではない」
あっさりと弟の期待―――期待? ―――を否定して、ババルンは言葉を続ける。
「全力で当たるというのならば―――何故、”三体”全てで当たろうとしない?」
ユライトの目が大きく見開かれた事は、疑いようの無い事実だった。
『三、体?』
ババルンは今こそ隠しようも無い愉悦を滾らせながら、”おとうと”に言い募る。
「女神の翼。なるほど、座して見逃す訳には行かない目障りな存在だと言う言葉は理解できる。確実な対抗手段であるガイアが復旧し切れていない以上、ドールと柾木剣士を向かわせるという判断も正しいだろう。―――だがそれで足りると思うか? いかな人造人間が操っているとは言え、ただの聖機人であの龍の化身を打ち滅ぼせるか―――答えは否。”人”に”龍”は殺せない。食い殺されるのがオチだ」
『―――……では、お止めになると?』
探るような態度を隠そうともせず、ユライトは鈍い口調で尋ねてくる。ババルンは子供の悪戯を咎めるかのような笑みを浮かべて首を横に振った。
「言ったであろう、女神の翼を見過ごす訳にはいかぬと。なにしろ、貴様が漸く居場所を吐いてくれたのだ。巣穴からあぶりだして膾切りにするのに、この機会を置いて他にあるまい」
言葉に、不審な部分は無い。
では何故会話の中に、これほど不吉な空気が漂っているのか。
「なぁ、ユライト―――いや、”ネイザイ・ワン”」
―――ユライトには、永遠に気付く機会は与えられなかったのだ。
何時ものように彼は、兄に”名”を呼ばれたが段階で、虚ろな瞳の人形に成り果てるのだから。
当然の話である。
ババルン・メストは彼をガイアの人造人間たらしめた聖機工であった父の教えを受けて聖機工として大成した。
無論、先史文明時代に生きていた自身の知識を利用していた事も否定しないが、父だった男の残した各種研究資料も、充分役に立った。
半身であるガイアのコアユニットの発見がこれほど早く済んだのも、その資料のお陰である。
父の―――”不慮の事故”による―――死。
メスト家の長兄であったババルンは、その研究の全てを引き継いだ。
資料の多くは、ババルンにとっては既知のもので役に立たないものばかりだったが、その中の幾つかは、実に重要なものがあった。
ババルン自身の―――ガイアの人造人間である自身の器以外にも、父は別の人造人間の器も発見していたのだ。
そして、何よりも有効だったのは、人造人間を支配下に置き、制御する方法が記されていた資料である。
あらゆる人造人間のアストラルコードに刻み込まれた、服従の烙印。先史文明次代ですら早い段階で失伝していたその方法を、父は復旧する事に成功していたのだ。
発見した二つの器。一つはババルンに、では、もう一つは―――?
若き日のババルンは”ある事実”に直ぐに気付いた。事実にさえ気付いていれば、その”視線”は不審に過ぎたから。
そして試して―――成功したのだ。
ソレがまさか、かつて自身を滅ぼした憎き聖機師であったなどと言うのは、運命の皮肉と言うほか無い。
―――あるいはそれこそが、ガイアによる世界の破滅を望む天意なのか。
「異世界の龍の、そしておまえ自身の企み。―――全て話せ」
『はい、兄上』
「―――ック。ハッハッハッハ。お前は昔から、本当に素直な弟だよ」
ババルンが見つめるモニターの向こうに映るのは、表情をなくした三体の人形の姿がある。
かつて敵だった、忌まわしき先史文明の遺産は全て、最早ガイアの手の内にある。
「遮るものなど、最早何も無い。滅びを開始する刹那の間際に―――精々、化かし合いでもして競い合おうではないか、異世界の龍よ。茶番も部慮の慰め程度にはなる……クッ、クハッ、ハッハッハ、ハァ―――ッハッハッハァ!!」
嘲笑が、世界を見たさんがばかりに、響き渡った。
しかし誰も咎めるものなどいない。
―――だって、そこには。
意思を持たぬ人形しか、居ないのだから。
・Scene 46:End・
※ 魔装機神が発売されましたねー。
コレを書こうとする前に、魔装機神のSSとか良いかなーとかネタ出しレベルまでは考えた事あったんですが、
まぁ、当時は移植されるなんて解っている筈もなく。
流石に14年前のゲーム実家から引っ張り出してくる訳にもいかんだろ、と言うことで、リアルタイムでやってる
異世界ロボットアニメ、と言うことでこれに目をつけることに……。
他にはライブレードとかの案もあったんですがね。アレも今からやり直すには、ねぇ。フルリメイクしてくれんかなぁ。
ライブレード以外の機体もまともに使えるバランスにして、後、ロード時間短くするだけで良いから。