・Scene 48-1・
「問答無用で眠らせてしまうとは、中々強引に行くの、愛妾六号よ」
「ここは私は、”いいや、正妻の勤めさ”とでも答えれば良いのか?」
「それはそれで、本音かどうか一度じっくりと尋ねてみたい答えであるが―――」
アウラの膝の上に崩れ落ちた凛音の顔を覗き込んでいたラシャラの顔が、冗談交じりなのはそこまでだった。
「―――本当に良かったのか?」
何が、とは問うまでも無かった。
遠目に見ていたキャイアでさえ、主の懸念は理解できた。
「この男抜きで、剣士を止められるのか?」
今も戦局図の上では三つの敵を示す光点の周りに、過剰なほどの味方戦力が密集している様が映し出されている。
三対多数、ではなく一対多数を三つ。タコ殴りと言う言葉すら乱暴と思える過剰な戦力が敵一体ごとに投入されているというのに―――徐々に戦力が減らされているのは、味方の方である。いや、敵が味方を減らす間隔が遅くなってきている事からして、敵もそれなりに消耗してきている事は伝わっている。
しかし、敵の行動速度がゼロに近くなるより先に、この調子では味方が全滅する方が早そうだった。
―――そんな状況に、アウラたちは飛び込むのだ。
龍の化身、女神の翼の超常的な力を抜きにしたまま。
そういう選択を、自ら選んだのである。
昨晩、バタバタと今日のための関係各所への根回し、準備に忙しかった中で、凛音が見ていないところでアウラが切り出し、ラシャラはソレを了承した。ついでに、連絡役としてその場に居た、凛音の腹心の老人も理解の態度―――成功したなら黙認、とも言う―――を示した。
「コイツにはガイアを倒してもらわねばならないからな」
アウラは凛音を地面に寝そべらせながら、ポツリとそう述べた。
「じゃが、それを成すためには剣士の力が必要だと―――そやつ本人がぬかしておったではないか」
「正確には剣士の”持っている物”とやらが必要らしいが、それは良いか。―――単純な話になるが、剣士は強い。おそらく、我等では勝ちを奪う事は難しいだろう」
チラ、と話を聞くだけだったキャイアに視線を送ると、彼女も同意の頷きを見せた。
「そう、ね。あの時は防戦一方のときにワウのフォローが入って漸く、しかも剣士の時間切れでギリギリ引き分け、みたいな感じだったし……、今回は、剣士以外に姉さんとも」
姉、ガイアに操られているらしい、何故か人造人間だった姉メザイア。これから、戦わねばならないのだ。
複雑な表情を浮かべる従者を、ラシャラが目敏く見咎めた。
「凛音殿がおらぬ以上、状況的にメザイアを追い詰める役割はキャイア、お主の役目となろう。―――やれぬと言うのであれば、今のうちに退くが良い」
「いえ。―――いえ、やります。メザイア姉さんの動きを一番良く解っているのは私でしょうし、きっと、私が一番その役目に最適ですから、それに―――」
やせ我慢とも言うべき真剣な表情を無理やり作って主に言葉を返した後、キャイアは瞼を閉じた凛音の方に視線を送った。
「それに?」
ラシャラが尋ねる言葉に、キャイアは苦い笑みを浮かべながら応じる。
「それにそれが、―――姉さんを救う近道になるらしいですから」
そんな風に、昨晩作戦の概要を伝えられた時に、凛音に言われていた事をキャイアは思い出す。
メザイアは剣士に執着を見せていた。聖地崩壊の最終段階のときも、ドールの姿のままで錯乱した剣士を必死に抱きとめ、呼びかけ続けていたから、演技とは思えない。
ならば、剣士をこちらに引き戻せば、後々剣士を求めるメザイアを、こちら側に引き込むチャンスも増えるだろうと、凛音はそんな風に解釈して見せた。
「不言実行が好みらしいから、言葉にした段階で疑わしいんですけどね……」
「確かに、碌でもない事ばかり断言するタイプじゃしの」
疲れたように言う従者に、ラシャラも呆れたように頷いた。
「まぁ、女との約束事は基本的には守る―――守ろうと、努力くらいはする男だろ」
散々な言われ様に、アウラもかなり酷い言い方でフォローじみた事付け加えた。苦笑を浮かべて凛音の額に掛かった髪を払った後で、ゆっくりと立ち上がる。
「凛音にはガイアを倒してもらわねばならん」
かみ締めるように、もう一度繰り返した。
「―――それ故に、剣士との戦いで消耗させる訳にはいかない。コイツ個人の好みとしては、きっと剣士の事を自分で止めたいと望むだろうが―――コイツの趣味に任せてまた寝込まれてもらっても困るからな」
「女神の翼、か?」
ラシャラの問いかけに、アウラは頷く。
「どう考えても凛音は、”私達に傷一つ付けず、且つシュリフォンの戦士達の消耗も最低限で”剣士を無力化しようと考えているからな。今行われているこの状況とて、人的、物的被害を最小限に食い止めるための方策なんだろうさ。それでもかなりの損耗が確実視されているのだから―――コイツが、例え必要だったとしてもそれ以上の被害が増える事を望む筈も無い」
「―――じゃろうな。特に、お主の肌にはかすり傷一つつく事すら嫌うじゃろうて。身内にはどこまでも、甘い男じゃから」
美点と言うか欠点と言うかと言う気分で、ラシャラは頷く。
キャイアは微妙な顔をしていた。自分は多分、半分くらい身内から外れているのだろうなと考えている。
アウラはキャイアの表情からソレを悟ったようだが、薄く微笑するだけに留めた。
「そんなだからコイツは、剣士を止めるためにかなり強引な手段に出る筈だ。”ある程度の犠牲さえあれば凌ぎきれる”場面だろうと、確実に無茶をして犠牲を抑えようとする。しかし私達にとっては既に犠牲は承知の上―――とすると、他の助力が得られない以上は自分ひとりで無茶をするしかない」
―――そして、甘木凛音と言う少年は、それを可能にする力有している。
「女神の、翼……」
「使えば、きっと確実に倒れるのじゃろうな」
幻想的と言って過言で無い、輝く翼が広がる様を思い出して呟くキャイアに、ラシャラは苦い顔で頷く。
また倒れられて、何時目覚めるかも解らない間、暗い気分で待ち続けるのは御免だった。特に、目覚めない理由の一端に、自身の無力などという物があったのなら、尚更。
「そんな訳で、今回はコイツの趣味に付き合ってやることは絶対に出来ない。―――少し、気になることもあるしな」
きっぱりとアウラは言い切った後で、少し含みを持った言葉を付け加えた。
「気になること?」
ラシャラが片眉を上げて問う。
「キャイアなら―――いや、キャイアも意識を失っていたな、確か。とすると、見ていたのは私だけか」
アウラの言葉に、キャイアは瞬きをして首を捻る。何を言われているのか解らなかったからだ。
アウラは苦笑して首を横に振ると、改めて凛音を見下ろしながら続けた。
「剣士がメスト卿―――ガイアの支配化に置かれる事となった、あの時のことなんだが」
「―――剣士が突然ババルンの命に従って襲い掛かってきた、と言うアレか」
ラシャラとキャイアにとっては、後で聞いた話だ。キャイアは、切り結んでいた人造人間が姉メザイアに姿を変えたことに混乱して、不意を突かれて意識を奪われていたし、そしてラシャラは装甲列車から辛くも脱出して、四輪車で喫水外の森の中をシュリフォン方面に逃亡している所だったから。
「ああ、あの最後の場面で、剣士が我等目掛けて攻撃を仕掛けてきた。混乱する私たちの中で、剣士の鋭い―――鋭すぎる一撃を防ぐために、凛音は使ったよ。アレだけ、血まみれで動く事もままならなかったというのに」
剣士の一撃を防いだのは、女神の翼の輝きだった。
反応すら出来ない速度で繰り出された一撃を、女神の翼は防いだ。
―――しかし。
「……しかし?」
「アレは、完全に防げていたのか……?」
疑問に眉を顰めるラシャラに、アウラは自分でも理解が出来ないと言う口調で呟く。
「どう言う事じゃ? ―――いや、想像はつくが、それでも疑問しか沸かぬ。あのガイアの砲撃すらも防いだ女神の翼が、まさか……」
ラシャラは、ガイアの恐らく今この場に居る三人の中で、尤もガイアの恐ろしさを身近に感じている人間だろう。
彼女は同乗した装甲列車の中で、ガイアの放つ凄まじい威力を持つ砲撃を、その威力を直に味わった―――味わい、かけた。
それを完璧に防ぎきった女神の翼の常識を超越した力を、肌で理解していたとも言える。
「だが見たのだ、私は。目の前で。剣士の”ただの拳”が、女神の翼を打ち弾く様を」
故に、アウラの疑念はラシャラには信じがたかった。
「俄かには信じがたい話じゃの……。それではまるで、ガイアよりも剣士の方が強いと言う事になってしまわぬか?」
「解らない。単純に、凛音が限界だったからか、それとも剣士が同質の力を有していたからなのかも知れぬし―――それに、凛音もあまり、女神の翼については話したがらない雰囲気だしな」
ラシャラの言葉に、アウラも曖昧な顔で首を横に振る。
幾度か凛音との会話の話題で、女神の翼について話しを振ったことがあるのだが、そのいずれも、よく解らない単語を並べられて煙に巻かれていた。天然でボケているのかと思ったが、それが繰り返されれば、どうやら話したくないのだろうという気持ちも伝わってくるから、余り深く尋ねる気も沸かなくなってきていた。
―――それ故に、解らないのなら、解る範囲でのみ解釈すべしと、判断するに至ったのである。
「肝心な所で防げず、そのくせダウン、では困るからな。今回は最初から頼らない事にすべきだと思う」
アウラはそんな風に纏めた。
「そうじゃな。死力を尽くせば人の手で超えられる難関を、初めから神頼みであっては如何にも具合が悪い。―――キャイアよ、良いな?」
アウラの言葉に頷いてから、ラシャラは確りとキャイアに視線を向ける。
「―――覚悟は出来ています」
キャイアもまた、その視線に答えて頷いた。
キャイアにとっても、この剣士奪還作戦は雪辱戦とも言えるものだったからだ。
目の前の状況に混乱するばかりで何も出来ず、その結果敵に付け入る隙を与えてしまった。
剣士が刺され、倒れる様を、ただ突っ立って見ているだけしか出来なかったのは、思い返せば痛恨の出来事であった。
「―――今度は、そんな無様な姿は」
「逸り過ぎて、前のめりに倒れるでないぞ。―――剣士の後には、メザイアの事が控えておるのだから」
「っ! ―――はい!」
嗜めるような主の言葉に、キャイアは力の在る言葉で返した。
ラシャラは従者の態度に満足そうに頷いた後で、何気ない仕草でアウラに視線を送った。
「それでお主は、正面から剣士とぶつかるという役割になる訳じゃろうが―――平気なのか?」
キャイアがその言葉に目を剥いた。
そう、自分のやることの困難さに忘れていたが、自身がメザイアを打ち崩す事を担当する以上、剣士を止める役割は必然的にアウラが負担するのだ。
剣士を。しかも、膨大な亜法波を撒き散らしながら突っ込んでくるリミッターを解除した聖機人を。
「平気さ、勿論」
不安の視線を向けるキャイアに微笑みかけた後で、アウラは堂々と宣言した。
「無茶な事は―――」
「しないさ。いや、必要な犠牲は掛かるだろうが、私も王族だ。それに関しては、背負う覚悟はある」
覚悟だけだが、と付け加えながら、ラシャラの疑念に首を横に振る。
「必要な犠牲、必要な努力―――それに、最後は」
答えながら、テントより歩みだし、空を見上げる。
高い高い、何処か遠くを見上げる様なその姿に、ラシャラは眉根を寄せた。
「最後はやはり、神頼み―――等とは言わんじゃろうな?」
まさか、と振り返り苦笑い。
「最後に頼りになるのは―――最後に人を救うのは、同じ、人さ」
※ 良いサブタイが思い浮かばなかったので、こんなで。
算術ホーリー辺りが欲しい状況ですね。