・Scene 53-3・
「計ったようなタイミングで来たの、また」
忌々しい限りと、ラシャラは移動用車両の中に後部座席に腰掛けながら呟く。
円筒形の地下施設の内周状に張り巡らされた通路を瞬かせる赤色の光は、厭でも今が非常事態であると意識させる。
余りにも広すぎる結界工房の地下施設―――それは最早、工房と言う枠を超えて、一つの大都市のような姿を赤い非常灯の元に晒していた。
天上と通路を支える柱の向こうに見える、幾層にも折り重なった積層都市のような、その姿。
「―――シェルターって所か」
「お兄様?」
窓際の一角で一人周りの空気を気にせずに落ち着いた様子で施設内を嘗め回していた凛音の漏らした言葉に、隣の席を確保していたマリアが小首を傾げる。
窓越しに反射したその愛らしい姿を苦笑交じりに見やりながら、凛音は妹の言葉に応じた。
「亜空間フィールドを形成して地下都市そのものを外部から隔離、さらに時流を加速させて時間の流れからも離脱して、きっと自給自足、完全な内部循環体制も確立してるんだろうな。―――此処は、先史文明が残した研究施設なんかじゃなくて、文字通りの意味で、先史文明そのものの姿なんだ」
「そのもの……と言うと?」
良く解らないと首を捻る、ひとつ前の列の座席に座っていたリチアが振り返ってきたので、凛音が口を開こうとすると、背後の席に腰掛けていたアウラが先に言った。
「ああ、だからつまり、シェルターなんだな。―――ガイアの脅威から、文明を完全な状態で保全するための」
「そう。個人的には悪魔の手が届かない宇宙に逃げればとか思うんだけど、エナによって発達した文明だからって事だろうね、上には逃げられなかったんだろう」
「だから、下と言うことですか」
広大な蜘蛛の巣状に通路が張り巡らされているのがかろうじて解る、暗く深い縦穴を見下ろしながら、マリアが言葉を引き継ぐ。
「と言うことは、工房には先史文明人が今も生き残っていたりするのか?」
「此処暫くの一件で、私も教会の内部資料を参照したりしたけど、そういうのは聞いた事が無いわね。―――あ、でもユライト先生みたいな人が、他にも居るのかしら。先史文明では既に、人の精神の根幹を成す”人格”の物質への保存を成功させていたって聞くし」
「それはつまり、こう……この都市の最下層にまで到達すると、幾つもの小さな結晶が硝子ケースの中に並んでいるような、一種不気味な光景が広がっているのでしょうか?」
リチアの言葉に、マリアが嫌そうな顔で想像した。
どうも、何れそれらが現代人に取り付いて復活を果たすとか言うB級ホラーと言うかSF染みた内容を想像してしまったらしい。
「いやいやお嬢様方、この世界に暮らす人間は全て文字通り、”先史文明人”だぞ?」
妹の突飛に走り始めた想像を止めようと、凛音が苦笑混じりに言う。
「皆して忘れてるかも知らんけど、この世界で成立している国家は全て崩壊した先史文明の生き残りたちが、教会の指導を受けて復興したものだ。言っちゃうと、先史と言うか地続きの過去の歴史に過ぎないんだよな。絶頂期、衰退期、と来て、今が復興期とでも言えば、丁度良いのか。―――案外、この地下シェルターに退避していた”一部”の人間が、今の国家の王族と呼ばれる類の人間なのかもなぁ」
「一部、と言うところで厭に含んだ感じだな。―――いや、言わんでも大体解るが」
眉根を寄せるアウラに、凛音は肩を竦めて応じる。その横で、マリアが考えながら言った。
「他に類を見ない巨大な地下施設―――それを作る技術力。そして資金力。出資できる人間は限られているし、いきなり全部が完成するはずもなく、入れる人も限られている。……となると」
「まぁ、知識層が生き残ったのかもしれない、と思えばそう悪い事でも無いんだけどね」
「アンタの言い方だと、何でもかんでも悪い事に聞こえるわよ……」
やれやれといった口調で付け足す凛音の言葉に、リチアが嫌そうに言った。その横に座っていたキャイアも頷いている。
「お詳しいですな、アマギリ殿下」
移動用車両を運転していたナウア・フランが、苦笑混じりに言った。
「生憎、お宅の機密情報を覗いた事は一度もありませんよ」
「その代わり、貴方が侵入する度に、何処かの研究室で誰かが奇声を上げる羽目になっていましたからねぇ」
「……お主、何を見たんじゃ」
「一流のハッカーってのは世間様に害を及ぼさない人間の事を言うらしいよ。―――言うなれば、ちょっとしたエンターテイメントかな」
ふざけた口調で言ってのける凛音に、ラシャラは呆れた口調で返す。
「具体的には?」
「端末に保存してあった”個人的な”データを―――個人的、な。”個人データ”じゃなくて―――少しね。減らしたり増やしたり。研究の場と言う干乾びた世界にひと時の潤いをってね、銀河アカデミーの創設の頃から伝わる、由緒正しいハッカーの手管なんだよ」
「相変わらず嫌な由緒伝統なるものがあるの、銀河の果てには」
しみじみと語られても、それが冗談かも判別付かないのが困りものだった。
横で聞いていた剣士が、微妙な顔をしていた事には生憎誰も気付かない。
彼からすれば、宇宙の果ての奇怪な風習も、この世界の何処かおかしい風習も、どっちもどっちの似たもの同士にしか思えなかったのだ。
―――更に第三者から言わせれば、彼自身の実家も、此処や星海の彼方と変わらぬ以上地帯である事も疑いようが無いのだが。
「しかし殿下、先ほどの話に戻りますが、工房の機密情報ではないとあらば、何処からあれほど正確に?」
「ん? ああ、ホラ。穴倉に引きこもってるお宅らと違って、こちとら星の海を西へ東へとか割とザラですから。病弱だってのに、一々駆りだすんだよなぁ……」
扇子をもった偉い人の姿を思い浮かべながら、凛音は面倒くさそうに言った。
「つまり、広い視点で見ればそう珍しくない訳ね、この世界の状況も」
「直接体験するのはこれが初めてだけど、資料を捲れば幾らでも、ね。まぁ、”先史”と言ってもピンキリだったりするから、どれも並べて見れることでも無いんだけど。似て否なるってヤツなら、何度か見た覚えがある」
「広い世界へ飛び出しても、所詮は人間。考える事は同じといった所かの」
「中々含蓄のある事を仰る。―――ついでに言うと、この銀河に於ける”人類”と言われる種の起源は、皆等しく同じ文明から端を発していると言われているから、同じメンタリティを有しているのも当然、と言う言い方も出来るらしいよ」
ラシャラの言葉に、学者の顔をして凛音は応じた。赤色灯に照らされる顔は実に楽しげであり、周りの人間の頬を引き攣らせるには余りある状況でもある。
「―――……、一応確認しておくが」
アウラが溜め息混じりに言った。口火を切るのは自分の担当らしいと、そろそろ無意識に板についてきたらしい。
「何かな?」
聞きたい事が解っているのだろうに、凛音は楽しげに聞き返すだけだ。
会話の流れを楽しむ事こそが本懐であり、その内容は彼にとっては瑣末な事に過ぎない、と言うことだろう。
「この計ったようなタイミングでの敵の襲撃―――襲撃、なのだよな、そもそも」
「そりゃ、自然災害が起きているとは思えないしね」
この辺の地盤は安定してるしと、凛音は鳴り響く警報に眉根を寄せながら返す。移動車両の窓をふさいでいると言うのに、煩くて適わなかった。
「まぁ、襲撃以外に考えようが無いな、確かに。―――で、このタイミングは予め、計っていたということで言いのだな?」
「もう少し一息ついた後に来るのかと思ってたんだけど、ね。―――連中も、案外そろそろ尻に火がついてきたのかもしれないね」
「予測済み、ですか。―――ですが殿下、工房の防衛システムが探知した所によると、工房周辺、航続距離一日以内で到達できるような位置に存在するシトレイユの艦隊はありませんでしたが」
口を挟んでくるナウアに、凛音は口元に手を当て考え込む。
「隔絶結界―――時流を加速する事が可能なほどの強力な規模で亜空間フィールドを展開している影響で、周辺空域のエナの密度が下がる?」
「―――良く見られますね、流石に」
「副次作用なのかと思ったら、その顔だと防衛機能の一環なのか」
サイドミラーに写ったナウアの苦い顔に、凛音はなるほどと頷いた。一人納得の態度を示す凛音に、リチアが首を捻って尋ねる。
「どう言う事?」
「いやね、壁を作って立て篭もった所で、上からつるべ撃ちにされたら防ぎようが無いからね。そう思ってたんだけど、報告から聞くに、どうやら工房の周囲にシトレイユ軍の姿は無いと来たものだから、何が有るのかと思ったら……」
「亜法結界炉がまともに動かないほどエナが希薄化しておっては、近づきたくても近づけないか」
「うん。最深部に降下してくる時に見たんだけど、内周に沿って対空砲らしきものが設置されてたろ? アレが何故か、亜法光弾の発射装置じゃなくて、ケミカルレーザーの発射口だったからさ、気になってたのさ」
亜法を用いない防衛兵器であるのなら、エナが希薄化していても稼動させられる。多少威力が落ちていたとしても、敵はそれ以上に打撃力を失っているに違いないから、優位に変わりはない。
「意地でも自分だけは生き残るってな……人間、生き足掻こうと決意したら強いからな」
「是非お兄様も見習うべきでは?」
「スマートな生き方がカッコイイと思う年頃なんだよ、生憎ね。―――まぁ、さて、話を戻すけど」
「後でゆっくりお話しますからね」
「―――話を、逸らすけど」
必死で妹の視線を避けながら、凛音は無理やり続けた。窓に反射した生暖かい視線の群れが、何故だか悲しかった。
「まぁ、当然スワンを工房の中に入れるためには結界を解くしかない。結界を解くとすれば、敵も近づく事が出来るようになる訳だ」
「つまり、それで気付かれたのか?」
「いや待って、スワンも索敵を厳戒にしていた筈でしょう? 周辺に敵影なんて一つもなかったじゃない」
アウラの言葉を、リチアが否定する。
「いえ、ですけどホラ。確か敵は好きな時に好きな場所へと飛んでこれるのでは?」
それでハヴォニワもやられたわけだしとマリアが言うと、剣士が曖昧な顔をしていた。実行者であるが故に、思うところが色々とあるのだろう。
「しかし、跳んでこれるから放置しておいた、とあらば尚更工房の結界が解除された事に気付けないのでは?」
「―――つまり、その辺をどうやって謀ったのか、と言うことが今回の議題の訳ね」
どうなんだ、と一斉に向けられる視線に、凛音は肩を竦めた。
「スワンってさ」
「ウム」
「シトレイユの船籍じゃない」
「そうじゃな。妾の御召艦と言うヤツじゃからの」
正式には王家王族御召艦であるが、現状シトレイユ王族はラシャラ以外居ないため、間違っていない。
「まぁ、それだと当然、艦のメンテナンスはシトレイユのドックで行われるんだよな」
「―――もしかして」
マリアが何かに気付いたように呟いた。アウラも、嫌な予感を覚えて眉根を寄せる。
「勿論、船の整備を、お召しになっていらっしゃる高貴なお方御自らなさる訳も無く」
「何故妾を見る」
勿論理解できているが、四方八方から掛かるプレッシャーから逃げるように、ラシャラは呟いた。
「つまり、シトレイユで整備した船である以上、何か仕掛けをしておいて通信内容を傍受するなどババルンにはわけない事と言うことですわね」
マリアが解りやすくはっきりと言い切ると、ラシャラが項垂れ、他のものたちは苦笑を浮かべた。
「まぁ、ラシャラちゃんの御付の人たちも皆優秀は優秀だけどさ、艦内設備のフルメンテまでは、流石に出来ないだろうしね、ドック内での解体整備でバックゲートなんて設置されちゃってたら、気付きようが無いって」
「ああ、なるほど。最近の通信でわざとらしくスワンの通信装置を使っていたのは……」
「そう、向こうに傍受してもらうため」
アウラの納得顔を、凛音は保障する。
因みに、本当に秘匿したい情報の場合は、手製の亜空間振動通信機を用いて行っている。
隔絶結界内に侵入したワウアンリーともリアルタイムで連絡を取り合えたのは、そのお陰だった。
「因みに何かにつけてラピスさんとお喋りするようになったのも、その影響」
「私、八割九分が雑談だったって聞いてるけど……」
と言うか、口説こうとしていなかったかとリチアは鋭い視線を向けてきた。凛音は礼儀正しく何も答えずに先を続ける。
「まぁともかく。ここいらでちょっと、オッサンに揺さぶりをかけてみようかって思ってね。この間の通信でわざとらしくエサを撒いてみたんだけど……」
「けど、何? 何か嫌な含み方なんだけど」
「お前がそういう顔をするときって、本当に嫌な経験しかした覚えが無いのだが」
生徒会長執務室の時から変わらず。リチアとアウラは凛音と近しいが故に容赦が無かった。
凛音も、最近は自分でもそう思うことが多かったので、苦笑混じりに言う。
「エサで釣れたのか、釣り餌だと気付いていながらわざと乗ってきたのか。―――あのオッサンも油断なら無いから、ね」
肩を竦めて凛音は吐き出す。。
全員がその言葉を聞いて嫌そうな顔で頷いている間に、移動用車両は漸く、結界工房の管制室へと到着した。
※ こりゃ、200超えるねと言う事に最近気付いた。
インターミッション的なのもそろそろ最後なので、ダラダラと話し続ける場面を増やしてるんですが、
そのせいで無駄に伸びると言うか。
まぁ、話数制限を初めから考えていないSSなんで、最後までこんな調子で行けるかと思います。