・Scene 53-5・
「―――また、厄介な」
接近する気もなく、結界工房から程近い位置を円周上に旋回しているだけの聖機人の映像を見て、凛音の漏らす言葉はそれだった。表情は苦々しい。
「黒いのは……ユライトじゃな」
「まぁ、メザイア・フランは虎の子だろうから、出せないだろうし」
腕を組んで眉根を寄せるラシャラに、一つ頷く。
「しかし、無手……」
以前シュリフォンを襲撃した時のように、長身のライフル銃を装備している訳でもなく、手ぶらで飛行している姿はアウラには不気味に写ったようだ。
「引き連れてるやつらの動きがどうも、前のユライトと揃いすぎてる気がするんだけど」
「―――あ、ホントだ。これ、聖機師の擬似生態コアを用いた遠隔操作ですよ」
ワウアンリーが端末に表示された三つ並び、しかもそれらがピタリと一致したグラフを見て断言した。
「擬似生態コアと言うと……」
「聖機人の無人遠隔運用を目的として考案されたんですけど―――と言うか、まぁ優秀な聖機師ってのはご存知の通り貴重ですから、何かにつけて誰かが思いつくネタなんですけど」
知らない単語に首を捻るユキネに、ワウアンリーが語って聞かせる。
「擬似生態コアって言うのはそのアイデアの中で、割と良い線行っていたモノです。聖機師の生態因子―――アストラルをコピーした特殊な機材を用いて生態亜法波を発生させて、亜法結界炉を起動させるって言うものなんですけど―――まぁ、機動までは出来るんですが、流石に出力上がらないんで、コストに見合わないって破棄された研究だったと思います」
「まぁ、成功してたら今頃戦場では無人機が闊歩している訳だしなぁ」
「ですです。―――でも一応機動状態にまでは持っていけるんで、無線接続して操作をトレースすれば運搬くらいは使える、って、見ての通りですね」
「無駄な機材そろえてまで運搬するぐらいなら、普通に輸送艇を使うか」
前方を進むユライトの機体の動きを完全にトレースしている追従する二機の聖機人。出力差故だろうか、同じ動きをしている筈なのに、何処か四肢が振り回されているような、弱々しい感じに見えてくる。
「それにしても、そんな戦闘では役に立たない玩具で何をするつもりなのでしょうか?」
「と言うか、本当にあの三機しか居ないの? ―――周りに隠れてるとか」
いつの間にか傍に集まっていたマリアとリチアが次々に言う。因みにキャイアも剣士も、当たり前のようにラシャラの傍に居た。
「ん~、亜法反応無し。ついでに熱探にも電探にも反応無しなんで、本当に居無いんじゃないですか?」
周囲の地形図の三次元モデルを目を細めて睨みながら、ワウアンリーが言った。
「ついでに、重力変動も連中の転位を確認して以来さっぱりだからな」
「重力変動?」
「宇宙船のワープとは違うけど、アレもホラ、突然空間に大質量が出現すれば、幾らかセンサーに反応が出るわけですよ」
首を傾げるアウラに、凛音は肩を竦めた。
「いや、私はその重力センサーとやらが何処に備わっているのか知りたいのだが」
「企業秘密」
ようするに話す気は無い、と言うことである。追及の声が入る前に、ユキネが会話の方向を逸らした。
「―――特許取る?」
「むしろ僕らはパテントを支払う側だろうね」
勝手につけられた機能だけど、と凛音は投げやりに言った。
「なるほどな―――で、どうするんだ、アレ」
語る気は無しと言う事を正確に理解したアウラは、気分を切り替えてモニターに映る三機の聖機人を指し示した。
「僕に聞くの?」
「―――あの、対ガイア戦はお兄様が最高指揮官ですよね?」
「ああ、そういえば」
「国際会議でアレだけ好き勝手に要求しておいて、忘れるってどうなのよ……」
呻くリチアに、どうでも良かったからとはとても言えそうになかった。
因みに、スワンが指揮艦であり、少女たちが直属部隊と言う扱いだったりする。参加メンバーが高貴過ぎて、前線に出すわけにも行かないから―――等と集まった各国の思惑の隙間を付いて、こうして好き勝手あちこちへと飛び回っていられると言うのが実情だった。
「順当にいくと、シュリフォンの雪辱戦って事になるんだけど―――って、ナウア師、何かありますか?」
「いえ、工房は殿下の決定に従います。教会本庁より、既に殿下に全面協力するように、命が下っていますから」
どうぞ、とナウアはあっさりと頷く。個人的な好みに関しては一切口にしない辺り、大人の対応だった。
そのまま口を閉じられてしまった手前、凛音は何となくキャイアの方へと視線を送ってしまう。キャイアの目が鋭くなった。
「……何?」
「いや、別に。―――キャイアさんの父親とは思えないくらいソツの無い対応だなとか思ってないから」
「思ってるじゃないの!」
自分でも思うところがあったのか、反論の言葉は勢いが足りなかった。単純に、身内の手前だったからかもしれないが。
少し恥ずかしげなキャイアの態度を、一頻り笑った後で、凛音は全く欠片もやる気を示さずに宣言する。
「んじゃ、出る? ―――メンバーはワウとお姫様方を除いて全員になるけど」
「お姫様って……」
「妾たちのことじゃろうな」
マリアとラシャラは互いの顔を見合わせ頷きあう。そしてその後で、揃って顔を一方へと向けた。
「何故私を見ながら言う。―――いや、別にその枠に含めて欲しい訳でもないが」
年少組み二人から意味深な視線を向けられて、アウラが頬を引き攣らせた。肩書き上、ラシャラよりもよほど本物のお姫様だったりするのだが、惜しむらくは本人の立ち居振る舞いなのかもしれない。
「まぁ、えーっと、アレだ。アウラさんは剣士殿と一緒に正面だから」
「お前、私が王女だと言う事を忘れていただろう」
「と言うか、アウラ様も忘れていらっしゃいましたよね?」
ジト目で凛音を睨むアウラに、マリアが何気なく口を挟んだ。アウラは少し固まった後で、咳払いをして再び口を開く。礼儀正しく、誰もその間に関しては突っ込まなかった。
「で、凛音。おまえ自身はどうするつもりだ?」
言葉の意味はシンプルで、理解をたがえるはずも無い。
故に、その返答には全員が注視せざるを得なかった。
「―――なんか最近、姉ちゃんたちより過保護になってきていませんかね、アウラさんや」
集中した少女たちの詰問の視線に耐え切れなくなって、凛音は半笑いで言った。
「年上の自立した美人が好きなお兄様としては嬉しいのではないですか?」
「……僕、キミにそれ言った事あったっけ?」
「言われなくてもアンタの趣味くらい見てれば解るわよ」
第三者であるキャイアの言葉が、妹の視線以上に厳しく感じる。早めに話を逸らすべきかなと凛音は判断した。
「僕はヘタレなので指揮官先頭とか無理な人なんで」
肩を竦めて、やる気の無い口調だった。
「なんだ、本当に出ないのか」
そんな空気がしていたがとアウラが目を丸くすると、ワウアンリーが端末を操作しながら面倒そうに口を挟んだ。
「そりゃそうですよ。―――だってその人、いざとなればワープできますから、ワープ」
「てめっ!? 余計なこと言うなよ!」
従者から発せられた余計な言葉に、凛音は思わず声を荒げる。
「余計な事。……つまり、後でこっそり跳んでくる予定だった、と」
「あ」
アウラの言葉に頬を引き攣らせるのも遅い、リチアが白い目をしていた。
「アンタいい加減、自分が無茶すればどうにかなるとか言う発想止めなさいよ。見てて怖いから」
「また吐血は勘弁じゃぞ。あの血が乾いた上着といったら、もう……」
嫌な事を思い出したとラシャラも呻く。
口々に続く少女たちの言葉に、凛音は気まずそうに視線を逸らして言う。
「いや、ホラ。―――パッチ中てて機能の追加も出来た事だし、試運転には丁度良いかなーって、思わないでもない、んだけど……」
「それで試運転とやらの最中に事故を起こした場合、その後どうするつもり何だお前」
「そりゃあ……」
「あの、俺が居るから平気、とかは止めてくださいね、アマギリ様」
黙っていた剣士が、視線を感じて口を挟んだ。
少女たちの視線を受けても変わらず泰然としている剣士に、内心をうかがわせない表情に改めて凛音は口を開く。
「―――駄目かい?」
「駄目です」
一言だった。凛音もそれ以上は聞かなかった。
「それじゃあ、仕方が無いね」
「この期に及んでお前は……」
リチアたちが聞いていなかった時の会話の内容を思い出しつつ、アウラは深くため息を吐く。
「いやほら、僕はヘタレだから」
「―――だったらせめて、格好付けるくらいはして下さいよ」
肩を竦めておどける凛音に、ワウアンリーが視線も送らずに苦言を呈した。
「……と言うか、キミたち。外のアレを、いい加減何とかしなくて良いのかね?」
何処まで行ってもグダグダな方向へと走り始めてしまう何時もの彼等のやり取りに、遂に耐え切れなくなってナウアが口を挟んだ。当然の判断と言えるのだが、
「ああ、まぁまともに打って出れば余裕で勝てちゃいますからね。―――それは向こうも理解してるでしょうから、ちょっとやる気でなくて」
「それは―――つまり?」
「いや、見るからに怪しいでしょう、アレは」
意味が解らないと眉根を寄せるナウアに、凛音はモニターの向こうを見ながら言い切る。
未だに、編隊を組んで飛行している三体の聖機人。
そして、飛行しているだけで未だに近づいてこない。
「何か解りそうか?」
ただ一人出撃を命じなかったワウアンリーに、凛音は尋ねた。
「とりあえず、雑談していて正解、とだけ」
ワウアンリーは漸く凛音の方を振り返って、苦笑交じりに応じる。
「―――正解、とは」
意味は解らなくてもようするにその通りの意味なのだろうなと思いつつも、付き合い良くマリアは聞いた。
「早い話が、これです」
敵聖機人の静止画像を拡大し、その背部を映し出す。
ユライトの黒い一機だけが尾が生えており、他の遠隔操作の二機はただ亜法結界炉が搭載されているだけの―――。
「デカイな」
「アレがつまり、手品の種と言う訳か? 随分と大型の結界炉だが……」
凛音の端的な一言に、アウラも首を捻った。
聖機人の背部には通常、腕部に搭載されているものと同サイズの亜法結界炉が二機搭載されている筈なのだが、今表示されている画像に映し出されている聖機人の背部には、大型の―――明らかに外付けだと思われる亜法結界炉が搭載されていた。
「アレが、擬似生態コアと言うヤツでしょうか?」
「いえ、違います。擬似生態コアなら、コア―――えっと、操縦シートの上に収まるサイズの筈ですから」
だからアレは別物ですと、ワウアンリーは苦い顔でマリアの回答を否定した。
「まさか、アレは……」
また碌でもないものが起きたのかと諦め気分になりかかっていた少女たちの横で、驚愕の面持ちでナウアが口を開いた。
「ご存知なのですか、お父様」
シリアスな空気に顔を見合わせた後、代表してキャイアが尋ねる。
ナウアは、それがあって欲しくないと何度か首を横に振った後で、酷く重い口調で呻いた。
「あれは、”聖機神用の”亜法結界炉だ」
※ 原作で登場したギミックは可能な限り拾う体で。
天地剣は流石に無理だったんですがねー。